カフェから出て、地面の白線をなぞりながら自らの寮へと脚を進める。
先ほどと違って、顔は酷く無機質だった。
『お姉ちゃん』
後ろから声が聞こえ、弾かれたように振り向くチハ。
無論、振り向いた所で何もいない。夕暮れに焼かれる道が見えるだけだ。
『ねぇ、
今度は前から聞こえ、そちらを向くチハ。
妹が立っていた。
自分と全く同じ顔。同じ身長。同じ髪型で。
『どうしてお姉ちゃんは生き残ったの?』
顔を伏せてはいるが、恨みのこもった声で、チハに問いかける。
その場に妹はいないはず。それなのに、妙に質感が現実のようだった。
「……」
口が開いても、声が出ないチハ。
そんな状態の姉へ、妹は滑るように近寄ってくる。
『お姉ちゃんを守るために、何両死んだと思ってるの?』
妹は、顔を上げた。
顔を上げたはずだった。
それは、もはや顔とは呼べなかった。
右目は抉れたように無くなっており、左目を含む顔半分は潰れていた。
かろうじて口だけは残っている。
「違う……違う……!私は守られたかったわけじゃ」
『百発百中百撃破の英雄。お姉ちゃんは私たちを盾にして敵を倒してたんでしょ?』
チハの弁明に、覆い被せるように言い放つ妹。
百発百中百撃破。これはチハが戦車だった時の話である。
撃てば必中。守りはいらず、相手の弾が避けていく。
そんな伝説的な戦果を残したのが、チハだった。
国はチハを祭り上げた。軍神に近いレベルまで。
そして、数々の激戦区に投入していった。
だがチハは撃破されることなく戦果をあげ続けた。
誰かが言った。1号車だけは撃破させてはならないと。
そのために、何両もの妹と弟が死んだ。
飛び出して撃破された弟。擱座したチハを庇うために、砲火へと身を晒された妹。
その犠牲でチハは生き残ってきた。
『みんな同じ性能のはずだった。
みんな同じ戦車のはずだった。
みんな同じ仲間のはずだった』
言い聞かせるように、妹は繰り返す。
『なのに、どうしてお姉ちゃんだけが、特別扱いだったの?』
少しだけ、悲しみの含んだ言葉のあとに、妹の姿は消えた。
チハはその場に立ち尽くしていた。
物の輪郭が朧気になり、世界が曖昧になっていく。
チハの姿も、同じように曖昧になる。
チハがまた歩き出すまで、ずいぶん時間がかかった。
「……本当に、どうして私だったのかなぁ?」
震える声で、小さく呟いた。
誰に聞かれることは無くとも、つい溢れ出てしまった。
すっかり日の落ちた道を歩いて行く。
まるでチハの心を表すかのように、側溝や影から這い出てきた夜の黒が身体に纏わりつく。
寮の中に入っても、黒は纏わりついていた。
まるで、呪いのように。
タグ見直したほうがいいかなこれ