付喪神の戦車道   作:Верный510

10 / 13
「……」

 カフェから出て、地面の白線をなぞりながら自らの寮へと脚を進める。

 先ほどと違って、顔は酷く無機質だった。


【明滅】

『お姉ちゃん』

 

 後ろから声が聞こえ、弾かれたように振り向くチハ。

 無論、振り向いた所で何もいない。夕暮れに焼かれる道が見えるだけだ。

 

『ねぇ、お姉ちゃん(英雄)』

 

 今度は前から聞こえ、そちらを向くチハ。

 

 妹が立っていた。

 

 自分と全く同じ顔。同じ身長。同じ髪型で。

 

『どうしてお姉ちゃんは生き残ったの?』

 

 顔を伏せてはいるが、恨みのこもった声で、チハに問いかける。

 その場に妹はいないはず。それなのに、妙に質感が現実のようだった。

 

「……」

 

 口が開いても、声が出ないチハ。

 そんな状態の姉へ、妹は滑るように近寄ってくる。

 

『お姉ちゃんを守るために、何両死んだと思ってるの?』

 

 妹は、顔を上げた。

 顔を上げたはずだった。

 

 それは、もはや顔とは呼べなかった。

 

 右目は抉れたように無くなっており、左目を含む顔半分は潰れていた。

 かろうじて口だけは残っている。

 

「違う……違う……!私は守られたかったわけじゃ」

『百発百中百撃破の英雄。お姉ちゃんは私たちを盾にして敵を倒してたんでしょ?』

 

 チハの弁明に、覆い被せるように言い放つ妹。

 

 百発百中百撃破。これはチハが戦車だった時の話である。

 撃てば必中。守りはいらず、相手の弾が避けていく。

 そんな伝説的な戦果を残したのが、チハだった。

 

 国はチハを祭り上げた。軍神に近いレベルまで。

 そして、数々の激戦区に投入していった。

 だがチハは撃破されることなく戦果をあげ続けた。

 

 誰かが言った。1号車だけは撃破させてはならないと。

 

 そのために、何両もの妹と弟が死んだ。

 飛び出して撃破された弟。擱座したチハを庇うために、砲火へと身を晒された妹。

 その犠牲でチハは生き残ってきた。

 

『みんな同じ性能のはずだった。

 みんな同じ戦車のはずだった。

 みんな同じ仲間のはずだった』

 

 言い聞かせるように、妹は繰り返す。

 

『なのに、どうしてお姉ちゃんだけが、特別扱いだったの?』

 

 少しだけ、悲しみの含んだ言葉のあとに、妹の姿は消えた。

 

 チハはその場に立ち尽くしていた。

 物の輪郭が朧気になり、世界が曖昧になっていく。

 チハの姿も、同じように曖昧になる。

 

 チハがまた歩き出すまで、ずいぶん時間がかかった。

 

「……本当に、どうして私だったのかなぁ?」

 

 震える声で、小さく呟いた。

 誰に聞かれることは無くとも、つい溢れ出てしまった。

 

 すっかり日の落ちた道を歩いて行く。

 まるでチハの心を表すかのように、側溝や影から這い出てきた夜の黒が身体に纏わりつく。

 

 寮の中に入っても、黒は纏わりついていた。

 まるで、呪いのように。





タグ見直したほうがいいかなこれ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。