付喪神の戦車道   作:Верный510

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「誰も来ないであります」

 ウロウロとするチハ。
 落ち着きなく行ったり来たりしている。
 というか物音がする度にそっちに行って確認している。

「最悪天井ぶち破るであります?」
「無理だと思うよ」

 そう返す沙織の近くには1年生が集まっている。
 母鳥みたいだ、とチハは思った。

「……暗い」

 ちなみに、この数分後に救助された。
 そしてあの日立製の奴のことは、すっかり仇から抜け落ちていた。


【不調】

「だめだね、クランクがロックしちゃってる。軽いカーボン噛みかなと思ったんだけど……左の5番、完全に焼き付いちゃってる。ヘッド外してピストン引っこ抜かなきゃいけないんだけど、この様子だと他にも異常がありそう」

 

 第二試合当日の朝、なんとチハの本体はエンジントラブルを起こした。

 起きてなんか腹の調子が良くないと、確か自動車部という人たちに見てもらったのだ。

 そしたらこうだった。

 

「治るんですか?」

「うん。でも時間かかっちゃうな」

 

 多分気を使って、今日の試合には参加できないと言いたいのだろう。

 しかし、まさかそんな壊れ方をしているとは思わなかった。

 チハは戦車ゆえに、整備はすべて整備兵任せにしていた。

 

 つまり自分がどう壊れているのか、どうすれば治るのかが分からないのである。

 

「大丈夫、今日の夜までには直してみせるよ」

 

 頼もしい事を言う自動車部の人。

 そして作業に入っていった。

 

ーーーー

 

 特にすることも無いので、チハは学園艦の上を散策することにした。

 周りをキョロキョロしながら歩くチハは、まるで迷子だ。

 迷子。実際間違っていはいない。

 

 この場所、未来なのか別世界なのかよくわからない所にいるチハは、迷子のようなものだ。

 どこまでも続くひび割れのないアスファルト、ゴミ一つ落ちていない街路、夜になると昼のように明るくなるLEDの街灯……。

 そして、チハの知りうるものは何も無い。

 

 知っているとすれば、大洗の八九式中戦車と、試合で会敵したシャーマンくらいだ。

 

 そんな事を考えながら、ゴツゴツと音を立てながらチハは歩く。

 

「あんた、九七式に乗ってた子かい?」

「わあ!?」

 

 突然横から声を掛けられたチハ。

 声の主を見てると、家の縁側に座っている婆さんだった。

 ちなみに道路からはかなり近め。それだと騒音うるさくないのだろうか。

 

「あー、はい。私は九七式に乗っていた子であります」

 

 手招きされたので、チハは敷地内に入る。

 そのまま縁側に座らせてもらった。

 

「随分と懐かしい柄の羽織を着ているね」

 

 婆さんは、チハの陣羽織を見て言う。本当は陣羽織なのだが、チハは言及するまでもないので何も言わなかった。

 

「父ちゃんを思い出すねぇ。あんたの柄とは少し違って、黄色い帯が直線的だったんだよ」

 

 婆さんの発言に、チハは何故かピンときた。

 同じ迷彩に、直線的な黄帯。

 日立製の九七式中戦車だ。

 

「そうなんでありますか?」

 

 その言葉に婆さんはゆっくり頷くと、言葉を続けた。

 

「帰っては来なかったけどねぇ、何か守ったんだって。

 身を挺したらしくてね、いつも『他人よりも自分を大事にしろ』って言ってた父ちゃんが守った、と聞いた時は驚いたもんだよ」

 

 帰ってこなかった。

 守った。

 身を挺した。

 

 引き金のような単語が、チハの記憶を呼び戻す。

 

 あの車両だ。

 何かに乗り上げて身動き取れなくなった、私の前に飛び出したあの日立製。

 

 その車両の中に、この人の父は乗っていた。

 こんなチハ(鉄屑)を守るために、家庭を持っていた人が死んだ。

 帰りも待つ人がいる家庭を、ぶち壊した。

 

「あ、ちょっとあんた」

 

 チハは敷地外へ走り出した。

 と言うより、逃げ出した。

 

 自分がいたから貴女の父を奪いました、なんて口が裂けても言えないし、まず意味不明だ。

 私は貴女の父に守られました、なんて言っても見た目の年齢が合わないし、そう言ったあと慰めてもらえるのはお涙頂戴系の紙の上だけだ。

 

 グルグルと頭の中が回転し、収拾がつかない。

 

 必死に、よろけながらも走る。

 

 チハは逃れたかったのだ。

 

 そして目を背けたかったのだ。

 

 過去の、罪から。




 直ると治る。
 同じ読みなのに、使うときは違う。
 チハは、治るを使っていた。

 人では無いのに。
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