ウロウロとするチハ。
落ち着きなく行ったり来たりしている。
というか物音がする度にそっちに行って確認している。
「最悪天井ぶち破るであります?」
「無理だと思うよ」
そう返す沙織の近くには1年生が集まっている。
母鳥みたいだ、とチハは思った。
「……暗い」
ちなみに、この数分後に救助された。
そしてあの日立製の奴のことは、すっかり仇から抜け落ちていた。
「だめだね、クランクがロックしちゃってる。軽いカーボン噛みかなと思ったんだけど……左の5番、完全に焼き付いちゃってる。ヘッド外してピストン引っこ抜かなきゃいけないんだけど、この様子だと他にも異常がありそう」
第二試合当日の朝、なんとチハの本体はエンジントラブルを起こした。
起きてなんか腹の調子が良くないと、確か自動車部という人たちに見てもらったのだ。
そしたらこうだった。
「治るんですか?」
「うん。でも時間かかっちゃうな」
多分気を使って、今日の試合には参加できないと言いたいのだろう。
しかし、まさかそんな壊れ方をしているとは思わなかった。
チハは戦車ゆえに、整備はすべて整備兵任せにしていた。
つまり自分がどう壊れているのか、どうすれば治るのかが分からないのである。
「大丈夫、今日の夜までには直してみせるよ」
頼もしい事を言う自動車部の人。
そして作業に入っていった。
ーーーー
特にすることも無いので、チハは学園艦の上を散策することにした。
周りをキョロキョロしながら歩くチハは、まるで迷子だ。
迷子。実際間違っていはいない。
この場所、未来なのか別世界なのかよくわからない所にいるチハは、迷子のようなものだ。
どこまでも続くひび割れのないアスファルト、ゴミ一つ落ちていない街路、夜になると昼のように明るくなるLEDの街灯……。
そして、チハの知りうるものは何も無い。
知っているとすれば、大洗の八九式中戦車と、試合で会敵したシャーマンくらいだ。
そんな事を考えながら、ゴツゴツと音を立てながらチハは歩く。
「あんた、九七式に乗ってた子かい?」
「わあ!?」
突然横から声を掛けられたチハ。
声の主を見てると、家の縁側に座っている婆さんだった。
ちなみに道路からはかなり近め。それだと騒音うるさくないのだろうか。
「あー、はい。私は九七式に乗っていた子であります」
手招きされたので、チハは敷地内に入る。
そのまま縁側に座らせてもらった。
「随分と懐かしい柄の羽織を着ているね」
婆さんは、チハの陣羽織を見て言う。本当は陣羽織なのだが、チハは言及するまでもないので何も言わなかった。
「父ちゃんを思い出すねぇ。あんたの柄とは少し違って、黄色い帯が直線的だったんだよ」
婆さんの発言に、チハは何故かピンときた。
同じ迷彩に、直線的な黄帯。
日立製の九七式中戦車だ。
「そうなんでありますか?」
その言葉に婆さんはゆっくり頷くと、言葉を続けた。
「帰っては来なかったけどねぇ、何か守ったんだって。
身を挺したらしくてね、いつも『他人よりも自分を大事にしろ』って言ってた父ちゃんが守った、と聞いた時は驚いたもんだよ」
帰ってこなかった。
守った。
身を挺した。
引き金のような単語が、チハの記憶を呼び戻す。
あの車両だ。
何かに乗り上げて身動き取れなくなった、私の前に飛び出したあの日立製。
その車両の中に、この人の父は乗っていた。
こんな
帰りも待つ人がいる家庭を、ぶち壊した。
「あ、ちょっとあんた」
チハは敷地外へ走り出した。
と言うより、逃げ出した。
自分がいたから貴女の父を奪いました、なんて口が裂けても言えないし、まず意味不明だ。
私は貴女の父に守られました、なんて言っても見た目の年齢が合わないし、そう言ったあと慰めてもらえるのはお涙頂戴系の紙の上だけだ。
グルグルと頭の中が回転し、収拾がつかない。
必死に、よろけながらも走る。
チハは逃れたかったのだ。
そして目を背けたかったのだ。
過去の、罪から。
直ると治る。
同じ読みなのに、使うときは違う。
チハは、治るを使っていた。
人では無いのに。