会長はチハの脚を見ながら言う。
機械のようにゴツゴツとした、膝まであるブーツである。
まぁ、チハにとってこれは脚なのだが。
もしかすると義足のように見えたのかもしれない。
「ほんじゃよろしく〜。あ、みんなにもあいさつしといてね〜」
そう言って会長と言う人は出て行ってしまう。
と、同時に片眼鏡の人から制服を渡された。
「えぇ……」
「あ、刀は没収だよ」
「へっ?」
渡された制服を着てみる。
とりあえず、ダボダボだがなんとかなった。
しかしスカートはどうしてもずり落ちるので、最初身につけていた半ズボンでどうにかすることにした。
幸いにも、上の裾が長いので特段違和感はない。
「あ……。こんにちは!急遽戦車道をやることになった久奈 千春であります!チハとお呼びください!」
口角を上げ、トーンを上げ、できる限りの笑顔で挨拶をするチハ。
チハは身長がとても低いので、かなり年下に見える。
「よろしく〜」
「ちっちゃくて可愛い」
「よろしく頼む」
「制服ブカブカだけど大丈夫そう?」
「1年生?同じだ!」
どうやら好意的に受け止められている様子。中には手を振ってくれている生徒もいた。
チハは安堵したのか、軽く息を吐いた。
「早速だけど……これ使ってね」
ポン、とブラシを渡された。
正直誰が誰だか分かっていないので、突然渡されたチハは混乱する。
何だ何だと辺りを見渡してみれば、どうやら洗車をしているらしい。
チハは自分の本体である九七式のそばに立った。
生まれた時のように、何故か旧砲塔だけは傷も汚れもほとんど無いが、車体は
そもそも自分はこの姿ではなかったじゃないか。途中から変わったのだから、元に戻るはずなんて無い。
そう思いながら、チハは自らの
冷たい。無機質な鉄の感触。そして伝わる細かな砂の感触。
水はあのヤケにはしゃいでる女の子たちが使っているので、チハはブラシで砂を落とすことにした。
ザリザリと、ガサガサと。
一度やってみると面白いもので、見る見る汚れが落ちていく。
チハはすっかり夢中になり、時間が立つのも忘れてブラシを動かす。
途中で水を使わせてもらい、自由に水が使えることに感激しながら丁寧に洗う。
最後に雑巾で至る所を拭き取れば、まるで生まれたてのように艶々で、新車のように輝いている。
あの怖めな片眼鏡の人が解散を告げる。
すると、それぞれが各々友人たちと会話しながらバラけて帰っていく。
「君は帰らないのか?」
金髪で軍服みたいなものを羽織っている人が声をかけてきた。
あとで知ったが、エルヴィンと言う人らしい。
「あ、大丈夫であります!もう少し細かい所を拭いたら帰るので!」
元気よく返事をし、いつもの笑顔を作るチハ。
「そうか。気を付けて帰るんだぞ」
笑顔の甲斐あってか、その人もおそらく友人の三人組と帰っていく。
ちなみに、チハが言った帰るというのは嘘だ。
チハに帰る場所など無い。ただの出任せである。
誰も居なくなったグラウンド。
チハは本体の上に、夕日を背にして座っていた。
「……はは、笑えたかな」
グイ、と指で口角を押し上げる。無理やり作り上げるかのように。
その瞳は何一つ感じない、まるで機械のような、無機質で無気力な色をしている。
夕暮れの仄暗さと暗い表情と合わさり、影が一つ濃くなる。
チハは九七式中戦車の第1号車。
全てのチハの長女であり、付喪神。
妹や弟を盾にして生き残ってきた卑怯者。
「……何があったのか分からないけど、頑張ろうね」
と、チハは自らの本体に語りかけた。