【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
この話は、全3話中の2話目です。ひとつ前の第10話からお読みください。
十四歳になった竹丸。織田方へ通う日々の中で、思いがけない相手から声をかけられます。
「お前が、権六に負けぬという奴か」
初めて会った相手にそう言われて、俺は手にしていた縄を落としかけた。
俺より、少し年下だろう。
袖をまくり、歩きやすいよう裾を上げている。後ろには、同じくらいの年頃の者と、年上の男が一人ずついた。
こちらを見ている目に、遠慮がない。
かといって、ただ喧嘩を売りに来たようにも見えなかった。
「誰から、そのような話を」
尋ねた俺の横で、
「
吉法師。
その名前には、覚えがあった。
*
十四歳になっていた。
父の代わりに荷を届け、また来てほしいと言われたあの日から、織田方へ通う用事が増えた。
品を受け渡すだけでなく、次の使いへ返事を預けたり、人の出入りに合わせて荷をまとめたりする。
父から教わった相手に、今度は俺自身の名前で呼ばれる。知らない家へ行くときも、その家へ通う人が間に入ってくれるようになった。
その日は
何度か荷造りを手伝っている家で、持ち帰る返事を待っていたところだ。
宗吉もちょうど品を納めに来ていて、二人で、運び出す荷の仕上がりを見ていた。
最後の結び目を確かめていたところへ、彼が来た。
桶狭間で勝ち、本能寺で死ぬ。前世の俺にも名前を知られていた男。
けれど、目の前にいるのは、まだ少年だった。
父に聞いた年齢からすれば、俺より三つ下。元服もまだだと聞いている。
俺の知っている絵や映像の顔とは、当然ながら違った。
少し遅れて、自分が立ったままだと気づいた。
縄を置き、頭を下げる。
「
「それは今、聞いた」
返事が早い。
俺が次に何を言うか迷う間に、少年は荷を見た。
「まだ終わらぬか」
「これで最後です」
「なら、終わらせよ」
俺は結び目を締め直した。
自分の手だけが普段どおりに動いているのが、妙な感じだった。
*
仕事の話をしたのは、宗吉だったらしい。
品を届けた折、年の近い者がよく働いている、と話した。
榎並家や柴田家へも出入りする宗吉は、俺が父の供で座っていた頃から知っている。今は織田方の家で、大人に交じって荷を受けたり、使いに立ったりしている、と話したのだという。
それだけなら、手の早い働き者がいるという話だった。
「権六に聞いたら、知っておった」
吉法師が言った。
「そう申しておりましたか」
「手本を見せると、すぐ覚える。次に会うても忘れぬ。あれにはかなわぬ、と」
俺は顔を上げた。
その話と、権六に負けないという話は、だいぶ違う。
「それは覚える早さのことかと」
「勝ったことはないのか」
答えに詰まった。
決められた動きだけの稽古なら、権六より早く終えたことはある。
相手をしてもらい、一本取れたこともある。
だが、勝てる相手になったかと聞かれれば、まだ違った。
「取れたことはあります。取られた数のほうが、ずっと多いですが」
吉法師は、声を出して笑った。
「権六も、そう言うておった」
知っていたのか。
「では、なぜ」
「お前が、何と答えるか聞きたかった」
初対面から、随分な試し方をする。
俺が黙ると、吉法師はまた笑った。
「宗吉の話だけでは、面白うなかった。よう働く、間違えぬ、返事を忘れぬ。年寄りの話を聞いておるようだ」
横で宗吉が咳払いをした。
「お褒めしたつもりなのですが」
「だから権六にも聞いたのだ」
俺は、庭へ目を向けた。
宗吉の褒め言葉と、権六の稽古話。
別々の場所でしたことが、ここで一つにつながっていた。
信長は、俺の顔を見に来たらしい。
話に出てきた奴が本当に面白いか、確かめたかったのだろう。
*
「棒はあるか」
吉法師が家の者へ尋ねた。
俺は思わず、宗吉を見た。
宗吉も、少し困った顔をしている。
「若様。お怪我などなさいませぬよう」
「ならば、当てる前に止めればよい」
後ろにいた年上の男が、庭へ出てきた。
「それならば、私が見ております。危うければお止めします」
これで、断りにくくなった。
俺は荷のそばから離れ、渡された棒を確かめた。
重さは、普段使っているものと少し違う。
手の中で持つ位置を変え、短く振って止める。
もう一度。
先の重さが分かると、止めるところを決めやすくなった。
吉法師は、それを黙って見ていた。
「何度も振らずとも、よいのか」
「これで、だいたい分かります」
「そうか」
構えたと思ったら、すぐ来た。
速い。
俺は棒を合わせ、横へ退いた。
止まった先へ、また打ち込んでくる。
権六とは違う。
あちらは俺が何をしようとするか、待ってから潰してくることがある。
この人は、こちらが決める前に、次を出してくる。
身体は動いた。
習った受け方で相手の棒を外し、足を運ぶ。
だが、受けるばかりでは庭の端へ追われる。
「逃げるだけか」
声が飛んできた。
俺は一瞬、相手の肩を見る。
踏み込む向きが、少し大きい。
次を外せば、横が空く。
そう思ったのに、手が遅れた。
相手が誰かを考えてしまったのだ。
棒の先が、俺の袖をかすめた。
「そこまで」
見ていた男が言った。
吉法師が棒を下ろす。
「今、止めたな」
「……はい」
「打てると思うたか」
嘘をつけば、また顔に出る気がした。
「横へ出られるかと」
「なら、出よ」
もう一度、棒が上がった。
*
二度目は、相手の顔を見ないようにした。
肩と足を見る。
打たれれば痛いのは、誰が相手でも同じだ。
吉法師は、先ほどと違うほうへ踏み込んだ。
俺も動きを変える。
相手の棒を受けても押し合わず、先を外す。
重さのかかる向きが変わったところで、足を出した。
吉法師の肩へ届く寸前に、俺の棒を止める。
吉法師が棒を返そうとした。だが、その先がこちらへ向くより、俺が止めるほうが早かった。
「止め」
男の声で、二人とも動きを止めた。
今度は先を取れた。相手に触れずに止めた棒を、俺はゆっくり引いた。
吉法師は、すぐには何も言わなかった。
俺の足元を見て、棒を見た。
口を結び、次の言葉を飲み込むようにしてから、少し悔しそうに笑った。
「そちらのほうがよい」
怒ってはいない。
そのことに安心してから、俺は初めて、自分が息を詰めていたと気づいた。
「もう一度」
今度は俺が、宗吉を振り返った。
日が、さっきより傾いている。
このあと届ける紙が、まだ一つあった。
「今日は戻らねばなりません」
吉法師の眉が寄った。
「まだ使いがあるのか」
「はい。こちらのお返事を届けるよう、父から言われております」
「明日ではいかぬか」
明日でもよいかどうかを、俺が決めてよい話ではなかった。
「今日戻ると、伝えてあります」
少しの間、誰も口を開かなかった。
宗吉が何か言いかけたとき、吉法師が棒を下ろした。
「なら、次は用を済ませてから来い」
俺は、顔を上げた。
「次、ですか」
「今日だけでは、分からぬ」
何が、と聞きそうになった。
権六に勝てるかどうかだろうか。
俺がどんな奴か、という話だろうか。
吉法師は、俺の返事を待たず宗吉へ向き直った。
「父親に伝えよ。次は少し、借りたいとな」
宗吉が頭を下げる。
俺も慌てて、それにならった。
*
帰り道、宗吉が大きく息を吐いた。
「お疲れになりましたか」
尋ねると、横目で見られた。
「竹丸様が、若様の棒を受けている間は」
俺は、謝るべきか迷った。
受けなければ、こちらが打たれていたと思う。
宗吉は少し歩いてから、言った。
「働きぶりを聞かれたので、見たままをお答えしたのです。権六殿のお話まで、ご自分で聞いておいでとは」
「何か、まずかったでしょうか」
「そこが、私にも分かりません」
正直な返事だった。
俺は、縄を結んでいたときのことを思い出した。
いきなりこちらへ来た少年の目。
構える前から、何かを試したくて仕方がないという顔。
俺が知っている信長は、物語の中で笑うか、怒るか、誰かを焼くかしていた。
今日の信長は、棒の持ち方を変え、もう一度やれと言い、約束を理由に帰ろうとする俺を、少し不満そうに見た。
未来の天下人だ。
そう思えば、何をしても特別に見えてしまう。
けれど、棒を合わせている間に見えたのは、負けたくない同年代の顔だった。
俺は、預かった返事の紙を確かめた。
まず、これを届ける。
父へ今日のことを話すのは、それからだ。
その日の仕事を全部済ませて家へ戻ると、父は俺の顔を見るなり尋ねた。
「那古野の若様に、お会いしたそうだな」
宗吉のほうが、話を通すのは早かったらしい。
俺は、その場で背筋を伸ばした。
お読みいただき、ありがとうございます。
続く第12話まで連続投稿しています。
本話は1545年ごろを想定し、信長は元服前の幼名「吉法師」で登場しています。宗吉が見てきた働きぶりと、権六本人の稽古の話がつながる初対面です。出会い、伝聞の経路、稽古や会話は本作の創作です。
今回は新しいアンケートはありません。