【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
第5回は全9票でした。
・信長と行動する機会を増やす:5票
・使いや荷渡しを軸に交流を続ける:3票
・父や柴田家との仕事を優先する:1票
最多票の「信長と行動する機会を増やす」を採用します。
今回は、竹丸が信長の連れに交じって過ごすようになる話です。
「若様と出かける日を、増やしたいです」
父の前で、そう答えた。
袖から転がった小石は、もう懐へしまってある。
父は、すぐにはうなずかなかった。
「引き受けた使いは、どうする」
「済ませます。そのあとで行ける日を、先に決めておきたいです」
誘いが来るたび、父へ頼む。
そのたびに、誰かが予定を動かす。
それでは、俺も行けるかどうか分からないまま返事をすることになる。
父と用向きを確かめ、空けられそうな日を探した。
俺が父についていく予定だった一度は、留守に残る側へ回る。その代わり、別の日には自分の使いを早く済ませることになった。
何もかも思いどおり、とはいかなかったが、次に会える日が決まった。
「その日は、若様のところへ参ってよい」
「ありがとうございます」
頭を下げると、父が少し笑った。
「ただし、勝手に泊まってくるでないぞ」
さすがに、それはしない。
そう答えかけて、あの人なら帰る途中でもう一か所、と言い出しそうだと思った。
*
前にいた少年が来ない日もあれば、途中で誰かが加わる日もある。
その中で、俺が早く顔と名前を覚えたのが、
俺とそう変わらない年頃で、川へ行った日にもいた。背は俺より少し低く、目が合うと、何か言いたそうに口の端を上げる。
「今日は何を数えに来た」
二度目に会ったとき、最初に言われたのがそれだった。
「お前が同じことを聞いた数」
「まだ一度だ」
「よく覚えているな」
横で吉法師が笑った。
彦七は俺を見てから、ふん、と鼻を鳴らす。
怒らせたかと思ったが、歩き始めると普通に話しかけてきた。
道の先にいる犬は、近づくと吠える。あの家の裏を抜けると、老人に叱られる。
仕事で通っただけでは知らないことを、次々に教えてくれる。
俺が覚えていたのは、誰の家にどの門から入るかだ。
彦七が覚えているのは、どこへ行けば面白く、どこで捕まるかだった。
「では、あちらへ行かなければよいのでは」
「近い」
それで叱られていたら、結局遅くなるのではないか。
俺がそう言うと、吉法師が先に、今日はどちらだ、と聞いた。
二人とも、道を変える気はなさそうだった。
*
何度か一緒に出かけるうちに、俺も、挨拶を済ませるたび宗吉の顔を探すことはなくなった。
取り次いでもらう用がなければ、宗吉は自分の仕事へ行く。
俺は、そこから先を吉法師たちと歩く。
走ることも、川べりで遊ぶこともあった。
あれを見ろと言われ、皆で同じ方を向いたら、吉法師だけ先に駆け出していたこともある。
追いついた彦七が文句を言うと、振り返ったのはお前だろう、と笑っていた。
俺も一度やられた。
二度目は騙されなかった。
三度目は、向こうに本当に大きな鳥がいて、見ているうちに置いていかれた。
信長と聞いて、前世の俺が想像するような会話は、あまりない。
国をどうする、敵をどう倒す、などという話より、誰が足を滑らせたとか、誰が先に逃げたとか、そんな話のほうが多かった。
それでも、俺は次に出かける日を数えるようになった。
次はいつ行けるか。
そう思いながら仕事を済ませると、今までより早く手が動く気さえした。
*
「お前は、走るのも早いのか」
彦七が聞いたのは、雨が上がって二日ほど経った日のことだった。
人家を離れ、道が広くなったところで、吉法師がこちらを振り返る。
「権六に聞けば分かるか」
「走り比べは、あまりしません」
権六と競うのは、主に木の剣だ。
俺が答えると、彦七は待っていたように道の先を指した。
「あの木までだ」
遠くに、道から枝を張り出した大きな木があった。
そこまでなら、息が切れても戻れる。
俺は隣に並んだ。
吉法師が、まだか、と急かす。
お供の男は道の先を確かめ、帰りは歩いていただきますぞ、とだけ言った。
「では、行くぞ」
言った彦七が、行くぞ、の途中で走り出した。
おい。
俺は慌てて追った。
吉法師も後ろから来る。
踏み出す足に力を乗せると、思ったより早く、彦七の背中が近づいた。
背が伸びた。
毎日のように歩いて、稽古もしている。
この身体をどう動かすかは、もうよく分かっていた。
手が届きそうになったところで、彦七が道の端へ寄った。
浅い水たまりを、ぎりぎりで避ける。
俺は同じところを通ろうとして、足を一つ余計に置いた。
その差が、最後まで残った。
木の幹を先に叩いたのは、彦七だった。
「勝った」
息を切らしながら、こちらを見る。
俺は膝に手をついて、顔を上げた。
「出るのが早かった」
「始めると言った」
「言い終わっていない」
彦七が笑う。
遅れて着いた吉法師も、木に手をつきながら笑っていた。
「ならば、次はお前が言え」
次があるのか。
そう思ったが、俺はすぐにうなずいた。
「少し、息を整えてから」
負けたまま帰るのは、面白くなかった。
*
二度目は、さっきの水たまりを早めに避けた。
足の置き場所を知っていれば、そこで迷わずに済む。
今度は彦七より先に、戻る目印にした石へ触れた。
追いついてきた彦七が、その場にしゃがみ込む。
「覚えるのが早いのは、道までか」
「一度走ったからな」
答えると、彦七はもう一度道を見た。
唇をとがらせている。
勝てたのはうれしかった。
ただ、俺が速くなったからといって、彦七が急に遅くなったわけではない。
さっき抜けなかった背中を思い出す。
「あの水たまりは、よく避けたな」
「何度も通っておる」
「次は、俺も分かっている」
彦七が顔を上げた。
「ならば、違う道だ」
その返事に笑ってしまった。
彦七も、少し笑った。
吉法師が追いつき、まだ続ける気かと言った。
その口調が、疲れたからやめたいのか、次は自分も勝ちたいのか、よく分からない。
俺は、今度は帰り道で、と答えた。
お供の男に、帰りは歩くと申しました、と叱られた。
*
そこで戻るはずだった。
水を飲み、息を整えていると、吉法師が川の方を見た。
少し先の低い土地から、馬の鳴く声がしたのだ。
道を行く男に尋ねると、河原で馬を走らせている者がいるという。
それを聞いた途端、吉法師の顔が変わった。
「見に行く」
俺は、濡れた道の先を見た。
今いる場所から川へは、道なりに回って下りることになる。
「戻るのでは」
「見てから戻る」
もう歩き出している。
お供の男が、長くは見られませぬぞ、と追った。
俺も立ち上がった。
今日はすぐに戻らなければならない用事があるわけではない。
少し遠回りをするだけなら、まだよかった。
吉法師が、細い横道へ入るまでは。
*
「そちらは、回れませぬ」
お供の男が声をかけた。
吉法師は止まらず、先にある土の高まりを指す。
「あそこへ出ればよい」
畑の脇を通る、細い足場だった。
踏んだ跡はあるが、雨のあとで端が崩れている。
水の流れる溝を挟んで、向こうに道が見えた。
俺は、後ろの彦七を見た。
「通ったことは」
「ある。乾いておれば」
今は乾いていない。
吉法師が先へ行くので、彦七も足を進めた。
俺はそのあとに続いた。
足場の広いところで、吉法師が向こうへ渡った。
振り返り、早う来い、と手を振る。
俺が見ている前で、彦七が踏み切ろうとした。
踏んだ土が、崩れた。
彦七の足が溝へ落ち、片膝まで泥につかった。
慌てて手をついたので、顔から倒れずには済んだ。
ただ、その手も泥だらけだ。
「彦七」
俺は少し手前で止まり、腰を落とした。
吉法師が向こうから腕を伸ばす。
「手を出せ」
「待ってください。足が」
彦七が言った。
片足を引こうとするたび、顔がしかめられる。
俺は脇の固いところへ回り、腕を貸した。
「無理に抜くな。まず、こちらへ体を寄せろ」
彦七の身体を支え、足を少しずつ動かしてもらう。
お供の男も追いつき、彦七の足元を見た。
泥に取られた草履を外すと、ようやく脚が抜けた。
彦七は土の上に座り込み、膝をさすった。
足を動かせるか聞かれ、うなずく。
吉法師が、向こう側から言った。
「歩けるなら、そちらを回れ。先で待つ」
俺は顔を上げた。
「まだ、見に行くのですか」
*
吉法師が俺を見た。
「すぐそこだ」
「彦七の足を見てからにしてください」
自分でも、声が強くなったのが分かった。
彦七が俺の袖を引く。
「大事ない」
「泥を落としてからだ」
足を動かせても、擦りむいているかもしれない。
それに、俺たちが抜けたところを、ほかの者まで通る必要はなかった。
お供の男が、いったん道へ戻りましょう、と重ねて言った。
吉法師は、馬の声がする方を見た。
それから、俺たちを見た。
「お前も、来たではないか」
そう言われて、言葉が詰まった。
止められたわけではない。
渡れと命じられる前に、自分でついてきた。
「来ました。俺も、来なければよかったです」
口にすると、余計に腹が立った。
吉法師だけでなく、まずい道だと思いながら進んだ自分にも。
「でも、今は一度、戻ってほしいのです」
しばらく、吉法師は動かなかった。
俺も、目をそらせなかった。
やがて、吉法師が溝に沿って歩き出した。
離れたところにある広い足場を回り、こちらへ戻ってくる。
「では、戻る」
声は、不機嫌だった。
俺は頭を下げたが、さっきの言葉を取り消す気にはなれなかった。
*
道まで戻る途中、畑にいた男から声をかけられた。
「そこは歩かれますな。土が落ちて、水が詰まります」
お供の男が、足場を崩したことを詫びた。
俺も頭を下げた。
男は溝を見に行き、小さく舌打ちした。
通った俺たちは帰れても、崩れた土は残る。
その人にとっては、余計な仕事だった。
道端で、持っていた水を使い、彦七の膝と手の泥を落とした。
膝に小さな擦り傷があった。本人は曲げ伸ばしをして、これくらいなら歩けると言う。
お供の男は、今日はもう戻ると決めた。
吉法師は少し離れて立っていた。
俺たちの方を見ていたが、何も言わなかった。
後ろで、畑の男が別の者へ話している声がした。
若様、という言葉と、困ったものだ、という声だけが聞こえた。
俺は、その顔を見ないようにした。
こういうことも、あるのだ。
面白い道を見つけることと、人に迷惑をかけることが、別々になっていない。
信長だから何か深い考えがあるのかもしれない、と探す気にはなれなかった。
今日は、馬を見たかっただけだと思う。
俺も見たかった。だから、途中まで一緒についていった。
彦七の草履から泥を落としながら、次に同じ道を指されたら、先に言おうと思った。
*
帰りは、さっきまでのようには話さなかった。
彦七が歩く速さに合わせると、道が長く感じられる。
吉法師は先へ行きかけ、少し戻ってきた。
「痛むか」
「もう、それほどは」
彦七が答えた。
吉法師は、その足を見た。
「馬は、次にする」
それだけ言って、前へ向き直った。
謝った、とは言えない。
けれど、そのあとは走り出さなかった。
別れるところまで来ると、吉法師が俺へ言った。
「次も来い」
俺は、少し迷った。
もう会いたくない、とは思わなかった。
でも、何もなかったように返事をするのも違った。
「次は、道を変える前に、ひと声いただけますか」
「見に行くと言うた」
「曲がる前です」
吉法師の眉が寄った。
また怒らせたかと思ったとき、隣で彦七が吹き出した。
「若様の足より先に言わせるのは、難しいぞ」
俺も笑いそうになった。
吉法師は彦七をにらみ、それから俺へ向き直る。
「次は、初めから馬を見に行く。それならよかろう」
少なくとも、行き先は決まったらしい。
俺は頭を下げた。
「そのつもりで参ります」
*
吉法師が帰ったあと、彦七が俺の袖をつまんだ。
「竹丸」
呼び止められ、振り返る。
彦七は、自分の膝を指した。
「さっきは、助かった」
「次は乾いている道にしろよ」
「お前も来た」
また、それを言われた。
俺がうなずくと、彦七は少し笑った。
「若様にも、ああ言うのだな」
「いつもではない」
「そうか」
その返事は、妙にうれしそうだった。
理由を聞く前に、彦七は土を払って立ち直った。
「足が治ったら、もう一度だ」
「何を」
「走る。一度ずつでは決まっておらぬ」
覚えていたのか。
俺も、忘れたわけではなかった。
「次は同時に出ろよ」
彦七は、返事をせずに笑った。
*
父には、その日のことを話した。
彦七が怪我をしたことも、自分も同じ道へ入ったことも。
危ないと思ったときに言えなかった、と話すと、父は、次は先に申せ、とだけ言った。
言うのが簡単なら、と少し思った。
でも、言わずについていくと、困るのは俺だけではない。
数日後、柴田家へ父の供で出向くと、
俺を見つけると、手にしていた木の剣を少し上げる。
「今日は振る暇があるか」
その言い方に、思わず笑った。
「そのつもりで早く来ました」
「では、先に挨拶を済ませてこい」
父の用が終わるのを待ち、許しをもらって庭へ戻る。
権六は俺に短い木剣を渡した。
手に持つと、使い慣れた重さが戻ってくる。
向かい合うと、さっきまでの気安さが少し薄れた。
この人は、俺が待っていても勝手に隙を作ってはくれない。
一度目は、こちらから踏み込んだ。
横へ受け流される前に手元を返したが、権六はもう近くにいた。
肩先へ木剣が止まる。
「足は、よく出るようになった」
褒められたのに、負けている。
俺は少し下がり、もう一度構えた。
二度目は、さっき止められたところへは入らない。
木剣を動かしかけ、権六が受ける向きを変えたところで足をずらした。
先へ出られる。
そう思った瞬間、権六の木剣が俺の木剣の先を押さえた。
そこから動かそうとしても、もう遅かった。
「よいが、まだ早い」
「今のは、届くと思いました」
「思わせた」
ずるい。
顔に出たらしく、権六が笑った。
「若様のところでも、その顔をしておるのか」
俺は木剣を下ろした。
「この前は、もっと困った顔をしていたと思います」
*
少し休むあいだに、川へ行きかけた話をした。
権六は黙って聞き、俺たちが馬を見ずに帰ったところで、肩を揺らした。
「怪我をしたのですが」
「それを笑ってはおらぬ。お前が若様に、曲がる前に言えと申したところだ」
そこは、笑われるところなのか。
権六はまだ口元を緩めていた。
「それで、次も参るのだな」
「はい」
答えてから、少し考えた。
「腹が立ったのに、次は何をするのかと思うと、行きたいのです」
「そうか」
権六は、それ以上、吉法師を褒めも悪く言いもしなかった。
俺の木剣へ目を向ける。
「こちらへ来る暇も、残しておけよ」
俺は顔を上げた。
「もちろんです」
「先ほどの続きがある。あれで終わりでは、お前も面白くなかろう」
よく分かっている。
俺が立つと、権六も立ち上がった。
この人には、負けたところからもう一度頼める。
悔しい顔をしても、失敗した話をしても、知っている顔で笑ってくれる。
吉法師といるときには、まだできないことだった。
それでも、吉法師のところでも、少しずつ言葉が出るようになっている。
困ったときに黙るだけだった俺が、あの日は戻ってほしいと言えた。
どちらへ行く日も、楽しみにしている。
ふと、信長の弟、という言葉が頭をよぎった。
この人が、いつか別の側につくのだとして。
そのとき、自分はどこにいるのだろう。
「竹丸」
呼ばれて、目の前を見る。
権六が構えて待っていた。
「若様のことを考えながら、わしに勝つつもりか」
「今は、権六殿のことを考えています」
「ならば、来い」
俺は木剣を上げた。
さっき押さえられた先を、今度こそ抜いてみたかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は新しいアンケートはありません。
吉法師との行動を増やしたことで、新しい仲間との縁も育ち始めました。一方で、権六との稽古や付き合いも続いています。
彦七は本作の架空人物です。今回の外出、競争、怪我、稽古などは創作で、信長や柴田勝家の実際の逸話を再現したものではありません。