【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~   作:病んでるくらいが一番

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第13話からの続きです。
馬を見に行く約束を果たした帰り道、竹丸は知っている相手に呼び止められます。


第14話「誰の子かと、見られている」

「今日は、馬だ」

 

 吉法師(きっぽうし)が先に言ったので、俺は笑って頭を下げた。

 

「承知しております」

「途中で変えるなと、お前が申した」

 

 横で彦七(ひこしち)が吹き出す。

 あの溝へ落ちた膝は、もうよくなったらしい。

 今日は近道をせず、馬を扱う者に話を通してから向かった。

 

     *

 

 馬は、近くで見ると大きかった。

 

 道で見かけるのと、これから乗れと言われるのとでは、まるで違う。

 俺が立つ位置を迷っていると、馬のそばにいた男が呼んでくれた。

 

「乗ったことは」

「ありません」

 

 前世でも、なかった。

 吉法師は俺の顔を見て、怖いか、と聞いた。

 

「少し」

「権六は怖くないのか」

「あの人は、言えば止まってくれます」

 

 言い終える前に馬が鼻を鳴らし、彦七が笑った。

 

 吉法師が先に乗るところを見てから、俺も男に手を貸してもらった。

 背に上がると、地面が遠い。

 歩き始めた馬の揺れに、初めは体を固めていたが、教わると少しずつ力を抜けた。

 

 一度うまく合った動きは、次にも出せる。

 何歩か進むうちに、前を見る余裕ができた。

 男が、覚えが早い、と言った。

 

 その直後、馬が首を動かし、俺はまた固まった。

 

 下りる頃には、もう一度乗りたいと思っていた。

 

 そのあと、広いところで少し足を動かした。

 俺が権六に教わった動きを見せ、彦七が真似をする。

 うまくいかないところを聞かれ、隣に並んでゆっくりやってみせた。

 

 吉法師も交じった。

 教えられるのを嫌がるかと思ったが、できないと黙ってやり直した。

 できた途端、もう一度やれ、と俺に言った。

 

 今日は、帰りまで面白かった。

 少なくとも、あの門の前へ来るまでは。

 

     *

 

 帰る途中で、俺たちは道の端へ腰を下ろした。

 吉法師が、買わせた食べ物を皆へ分けたのだ。

 

 俺も一つ受け取り、彦七と並んで食べた。

 馬の上で固まっていた俺を、彦七が真似る。

 あまり似ていなかったが、吉法師は面白がった。

 俺が言い返すと、さらに笑い声が大きくなった。

 

 人が通るたび、足を引く。

 俺はそれで、道を空けているつもりだった。

 

 笑いながら顔を上げ、門から出てきた男と目が合った。

 

 知っている人だった。

 父の使いで何度か会い、俺に荷を出す仕事を任せてくれた人だ。

 

 俺は立ち上がり、口の中のものを飲み込んだ。

 

「ご無沙汰しております」

 

 男は俺を見たあと、吉法師へ頭を下げた。

 

「若様。お戻りでございますか」

「そうだ」

 

 吉法師は、座ったまま答えた。

 男は少し待ったが、それ以上の返事がないと分かると、道の先へ目を向けた。

 

「お供の者も、難儀いたしますな」

「今日は、道を変えてはおらぬ」

 

 吉法師が俺を見る。

 その話を知らない男は笑わなかった。

 俺も、笑えなかった。

 

 やがて、吉法師が立ち上がった。

 食べ終えていた彦七たちも続く。

 

「竹丸。行くぞ」

 

 俺が返事をするより先に、男が言った。

 

「榎並(えなみ)殿の御子息には、少々」

 

 呼ばれたのは、俺だけだった。

 

     *

 

 吉法師が男を見た。

 

「使いの話か」

「少し、申し伝えることがございます」

 

 男は頭を下げたまま答えた。

 俺は、先に行っていてください、と吉法師へ言った。

 話が済んだら追いつくと伝えると、吉法師は、ではあちらで待つ、と道の先を指した。

 

 彦七が一度振り返った。

 俺は、うなずいてみせた。

 

 皆が離れてから、男がこちらへ向き直った。

 

「近頃、若様とよくご一緒だそうだな」

「はい」

「お父上はご存じか」

 

 俺は、少し背筋を伸ばした。

 

「許しをいただいております」

「そうか」

 

 返事があって、すぐには次の言葉が続かなかった。

 用向きの話なら、こんな間はなかった。

 

「お前は、榎並殿の使いで来る者だ。皆、それで顔を覚えておる」

 

 俺は、うなずいた。

 

「若様と同じように振る舞ってよいわけではないぞ」

 

 何を答えればよいか、分からなかった。

 男は、俺の袖へ目を落とした。

 座っていたところの土がついている。

 

「門の前であのように笑い、往来へ足を投げ出しておれば、誰の子かと見られる。榎並殿のお家では、そうさせているのかとな」

 

 俺は袖へ手をやりかけ、止めた。

 

「通る方の邪魔にならぬようには、しておりました」

「お前がそう思うていても、人はそう受け取らぬ」

 

 静かな声だった。

 怒鳴られるより、言い返しにくかった。

 

     *

 

 俺は、今朝の用事を思い返していた。

 今日は頼まれた使いを放り出して来たわけではない。

 父にも、誰とどこへ行くのか話してある。

 馬の男の言いつけも聞いた。危ない道へも入っていない。

 

 だから、今日はうまく過ごせたと思っていた。

 

 でも、男が話しているのは、そのことではない。

 

「若様も、いずれは人を従えるお方だ。おそばにいる者まで面白がっていては、ためになるまい」

 

 俺は、顔を上げた。

 

「馬の稽古もしておりました」

 

 言ってから、余計なことだったかと思った。

 男は少し眉を動かした。

 

「それは結構なことだ」

 

 話は、それで戻ってきた。

 

「だが、お前はお前の身を慎め。榎並殿が、よい跡取りだと送り出せるようにな」

 

 俺は頭を下げた。

 口の中が、さっきまで食べていた物とは違う味になっていた。

 

「父には、俺から話します」

「うむ。こちらも、お会いした折には申し上げよう」

 

 最後の一言で、腹のあたりが冷えた。

 俺が今ここで叱られて、それで済む話ではなかった。

 

     *

 

 門から離れ、皆が待つ方へ歩いた。

 足は動いているのに、頭だけがあの場所に残っている。

 

 勝手な約束を増やさず、預かった物を届け、返事を持ち帰る。

 そうして覚えてもらった顔だ。

 今日の俺を見たら、その分まで違って見えるのだろうか。

 

 仕事はちゃんとしています、と言い返したかった。

 言っても、同じ返事だった気がする。

 

 道端へ座り込んで笑っていたのは、俺自身だ。

 吉法師に、そこへ座れと命じられたわけではない。

 楽しんでいたことまで、なかったことにはできない。

 

 それでも、若様と同じように、という言葉が引っかかった。

 

 あの人のそばにいるだけで、俺までまとめて見られる。

 俺を見た人は、その先の父まで見る。

 

 道が、急に狭くなったような気がした。

 

     *

 

「遅かったな」

 

 吉法師が言った。

 彦七たちは、木陰で待っていた。

 俺が頭を下げると、吉法師はすぐに尋ねた。

 

「何を言われた」

「帰り道での振る舞いを、注意されました」

「何をだ」

 

 使いの用事だったことにしてしまおうか。

 一瞬、そう思った。

 

 でも、男は父にも話すと言っていた。

 どこで誰に伝わるか、俺には分からない。

 そのとき、吉法師だけが知らないというのも、妙だった。

 

「若様と同じように振る舞ってはならぬと、言われました」

 

 吉法師の顔から、笑いが消えた。

 

「わしといるな、と」

「そこまでは、言われておりません」

「同じことだ」

 

 吉法師が道を戻ろうとした。

 俺は思わず、その前へ一歩出た。

 

「お待ちください」

 

 止まった吉法師が、こちらを見た。

 怒っているのは俺にではないと分かっても、声を出すのに少し力が要った。

 

     *

 

「俺の振る舞いで、父までそう見られると。そういう話です」

「ならば、わしが呼んだと申せばよい」

 

 吉法師はすぐに答えた。

 それで済むと思っている顔だった。

 

 俺は、首を振った。

 

「来たいと言ったのは、俺です」

 

 吉法師が黙る。

 

「一緒に笑っていたのも、俺です。全部、若様に言われたことにはできません」

 

 俺をかばおうとしているのかもしれない。

 それは、ありがたかった。

 でも、あの男の前で吉法師にそう言ってもらえば、俺はますます、自分では何も言えない連れの一人になる気がした。

 

「父へは、俺から話します。今、あちらへ戻るのはやめてください」

 

 吉法師の口元が固くなった。

 

「お前は、それでよいのか」

 

 よくはない。

 叱られて、父にまで話が行くのがうれしいわけがない。

 俺は少し迷ってから答えた。

 

「若様が何をしていたかまで、悪く言われるのは嫌です。馬の稽古をしたことも、俺は話しました」

 

 彦七が、こちらを見た。

 

「ですが、門の前でどう見えたかは、俺も気をつけます」

 

 吉法師は、しばらく返事をしなかった。

 俺も待った。

 

 やがて、吉法師が道の先へ向き直った。

 

「今日は、戻らぬ」

 

 俺は、息を吐いた。

 今日、というところが少し気になったが、今はそれ以上、言葉を重ねられなかった。

 

     *

 

 帰る途中、吉法師はあまり話さなかった。

 彦七が俺の隣へ来る。

 

「前にも、若様の連れのことで言う者はおった」

 

 小さな声だった。

 

「そうなのか」

「だから、道を変えることもある」

 

 俺は彦七の顔を見た。

 あの家の裏を通ると叱られる、と笑っていた顔とは、少し違った。

 

「いつも、叱られる近道ばかり選んでいるのかと思った」

「それもある」

 

 否定しないので、少し笑ってしまった。

 彦七も、口元を緩めた。

 

「お前は、あの家へも使いに行くのだな」

「行く」

 

 彦七は、うなずいた。

 それ以上、大したことではない、とも、気にするな、とも言わなかった。

 

 別れるところで、吉法師が振り返った。

 

「次は」

 

 言いかけて、一度止まった。

 

「来るか」

 

 いつもの、来い、ではなかった。

 

 俺は、父と決めてある次の日を思い出した。

 

「父に今日のことを話してからです」

 

 吉法師の眉が寄る。

 俺は続けた。

 

「俺は、また来たいと思っています」

 

 その言葉には、うそがなかった。

 

 吉法師は俺の顔を見て、それから短く、分かった、と言った。

 俺は頭を下げた。

 

     *

 

 家へ戻り、袖についた土を払った。

 少し残った跡を見て、今日あそこに座ったことが全部の原因だったのかと考えた。

 

 たぶん、そうではない。

 誰といたかも、何をして笑っていたかも、見られていた。

 袖だけきれいにしても、なかったことにはならない。

 

 父は、奥で人と話していた。

 俺は話が終わるまで待ち、呼ばれてから入った。

 

「戻ったか。馬は、どうだった」

 

 いつもの声だった。

 だから、少し話しにくかった。

 

 俺は座り、頭を下げた。

 

「面白かったです。それと、帰りに、お話がありました」

 

 父が、こちらへ向き直った。

 俺は、あの門の前で言われたことを伝えた。

 自分も座って笑っていたこと。男が父にも話すと言ったこと。

 吉法師が戻ろうとしたので、止めたことも。

 

 父は途中で口を挟まなかった。

 最後まで話すと、しばらく黙っていた。

 

 その間が、一番落ち着かなかった。

 

「先に、お前から聞けてよかった」

 

 父が言った。

 

「これからも、先方へ顔は出す。会えば、わしも話そう」

 

 俺は、膝へ置いた手を握った。

 

「すみません」

「何を詫びておる」

 

 顔を上げる。

 父は怒鳴らなかった。

 

「門の前で行儀を悪くしたことか。若様と出かけたことか」

 

 俺は、すぐには答えられなかった。

 いつの間にか、自分でも同じことにしていた。

 

「行儀のことです。出かけたことは、間違いだったとは思っていません」

 

 声は、小さくなった。

 それでも、言えた。

 

 父はうなずいた。

 

「ならば、そこを混ぜるな。わしにも、先方にも」

 

 それだけ言って、父は脇へ置いていた紙を取った。

 

「明後日の使いは、予定どおり頼むぞ」

 

 俺は顔を上げた。

 紙には、今日、呼び止められた家の名があった。

 

 父の顔を見ても、こちらを試しているようには見えなかった。

 前から決まっていた用事だ。

 俺が今日、気まずい思いをしたからといって、消えるわけではない。

 

「はい」

 

 受け取った紙を、丁寧に畳んだ。

 

 吉法師のところへ、また行きたい。

 あの門にも、俺は自分の名を告げて入る。

 どちらか一方だけを、見なかったことにはできなかった。




お読みいただき、ありがとうございます。
今回は新しいアンケートはありません。

吉法師と出かける楽しさが、家の跡取りとしての立場と重なる話でした。
本話の外出、織田方の人物とのやり取り、父との会話は創作です。
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