【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
馬を見に行く約束を果たした帰り道、竹丸は知っている相手に呼び止められます。
「今日は、馬だ」
「承知しております」
「途中で変えるなと、お前が申した」
横で
あの溝へ落ちた膝は、もうよくなったらしい。
今日は近道をせず、馬を扱う者に話を通してから向かった。
*
馬は、近くで見ると大きかった。
道で見かけるのと、これから乗れと言われるのとでは、まるで違う。
俺が立つ位置を迷っていると、馬のそばにいた男が呼んでくれた。
「乗ったことは」
「ありません」
前世でも、なかった。
吉法師は俺の顔を見て、怖いか、と聞いた。
「少し」
「権六は怖くないのか」
「あの人は、言えば止まってくれます」
言い終える前に馬が鼻を鳴らし、彦七が笑った。
吉法師が先に乗るところを見てから、俺も男に手を貸してもらった。
背に上がると、地面が遠い。
歩き始めた馬の揺れに、初めは体を固めていたが、教わると少しずつ力を抜けた。
一度うまく合った動きは、次にも出せる。
何歩か進むうちに、前を見る余裕ができた。
男が、覚えが早い、と言った。
その直後、馬が首を動かし、俺はまた固まった。
下りる頃には、もう一度乗りたいと思っていた。
そのあと、広いところで少し足を動かした。
俺が権六に教わった動きを見せ、彦七が真似をする。
うまくいかないところを聞かれ、隣に並んでゆっくりやってみせた。
吉法師も交じった。
教えられるのを嫌がるかと思ったが、できないと黙ってやり直した。
できた途端、もう一度やれ、と俺に言った。
今日は、帰りまで面白かった。
少なくとも、あの門の前へ来るまでは。
*
帰る途中で、俺たちは道の端へ腰を下ろした。
吉法師が、買わせた食べ物を皆へ分けたのだ。
俺も一つ受け取り、彦七と並んで食べた。
馬の上で固まっていた俺を、彦七が真似る。
あまり似ていなかったが、吉法師は面白がった。
俺が言い返すと、さらに笑い声が大きくなった。
人が通るたび、足を引く。
俺はそれで、道を空けているつもりだった。
笑いながら顔を上げ、門から出てきた男と目が合った。
知っている人だった。
父の使いで何度か会い、俺に荷を出す仕事を任せてくれた人だ。
俺は立ち上がり、口の中のものを飲み込んだ。
「ご無沙汰しております」
男は俺を見たあと、吉法師へ頭を下げた。
「若様。お戻りでございますか」
「そうだ」
吉法師は、座ったまま答えた。
男は少し待ったが、それ以上の返事がないと分かると、道の先へ目を向けた。
「お供の者も、難儀いたしますな」
「今日は、道を変えてはおらぬ」
吉法師が俺を見る。
その話を知らない男は笑わなかった。
俺も、笑えなかった。
やがて、吉法師が立ち上がった。
食べ終えていた彦七たちも続く。
「竹丸。行くぞ」
俺が返事をするより先に、男が言った。
「
呼ばれたのは、俺だけだった。
*
吉法師が男を見た。
「使いの話か」
「少し、申し伝えることがございます」
男は頭を下げたまま答えた。
俺は、先に行っていてください、と吉法師へ言った。
話が済んだら追いつくと伝えると、吉法師は、ではあちらで待つ、と道の先を指した。
彦七が一度振り返った。
俺は、うなずいてみせた。
皆が離れてから、男がこちらへ向き直った。
「近頃、若様とよくご一緒だそうだな」
「はい」
「お父上はご存じか」
俺は、少し背筋を伸ばした。
「許しをいただいております」
「そうか」
返事があって、すぐには次の言葉が続かなかった。
用向きの話なら、こんな間はなかった。
「お前は、榎並殿の使いで来る者だ。皆、それで顔を覚えておる」
俺は、うなずいた。
「若様と同じように振る舞ってよいわけではないぞ」
何を答えればよいか、分からなかった。
男は、俺の袖へ目を落とした。
座っていたところの土がついている。
「門の前であのように笑い、往来へ足を投げ出しておれば、誰の子かと見られる。榎並殿のお家では、そうさせているのかとな」
俺は袖へ手をやりかけ、止めた。
「通る方の邪魔にならぬようには、しておりました」
「お前がそう思うていても、人はそう受け取らぬ」
静かな声だった。
怒鳴られるより、言い返しにくかった。
*
俺は、今朝の用事を思い返していた。
今日は頼まれた使いを放り出して来たわけではない。
父にも、誰とどこへ行くのか話してある。
馬の男の言いつけも聞いた。危ない道へも入っていない。
だから、今日はうまく過ごせたと思っていた。
でも、男が話しているのは、そのことではない。
「若様も、いずれは人を従えるお方だ。おそばにいる者まで面白がっていては、ためになるまい」
俺は、顔を上げた。
「馬の稽古もしておりました」
言ってから、余計なことだったかと思った。
男は少し眉を動かした。
「それは結構なことだ」
話は、それで戻ってきた。
「だが、お前はお前の身を慎め。榎並殿が、よい跡取りだと送り出せるようにな」
俺は頭を下げた。
口の中が、さっきまで食べていた物とは違う味になっていた。
「父には、俺から話します」
「うむ。こちらも、お会いした折には申し上げよう」
最後の一言で、腹のあたりが冷えた。
俺が今ここで叱られて、それで済む話ではなかった。
*
門から離れ、皆が待つ方へ歩いた。
足は動いているのに、頭だけがあの場所に残っている。
勝手な約束を増やさず、預かった物を届け、返事を持ち帰る。
そうして覚えてもらった顔だ。
今日の俺を見たら、その分まで違って見えるのだろうか。
仕事はちゃんとしています、と言い返したかった。
言っても、同じ返事だった気がする。
道端へ座り込んで笑っていたのは、俺自身だ。
吉法師に、そこへ座れと命じられたわけではない。
楽しんでいたことまで、なかったことにはできない。
それでも、若様と同じように、という言葉が引っかかった。
あの人のそばにいるだけで、俺までまとめて見られる。
俺を見た人は、その先の父まで見る。
道が、急に狭くなったような気がした。
*
「遅かったな」
吉法師が言った。
彦七たちは、木陰で待っていた。
俺が頭を下げると、吉法師はすぐに尋ねた。
「何を言われた」
「帰り道での振る舞いを、注意されました」
「何をだ」
使いの用事だったことにしてしまおうか。
一瞬、そう思った。
でも、男は父にも話すと言っていた。
どこで誰に伝わるか、俺には分からない。
そのとき、吉法師だけが知らないというのも、妙だった。
「若様と同じように振る舞ってはならぬと、言われました」
吉法師の顔から、笑いが消えた。
「わしといるな、と」
「そこまでは、言われておりません」
「同じことだ」
吉法師が道を戻ろうとした。
俺は思わず、その前へ一歩出た。
「お待ちください」
止まった吉法師が、こちらを見た。
怒っているのは俺にではないと分かっても、声を出すのに少し力が要った。
*
「俺の振る舞いで、父までそう見られると。そういう話です」
「ならば、わしが呼んだと申せばよい」
吉法師はすぐに答えた。
それで済むと思っている顔だった。
俺は、首を振った。
「来たいと言ったのは、俺です」
吉法師が黙る。
「一緒に笑っていたのも、俺です。全部、若様に言われたことにはできません」
俺をかばおうとしているのかもしれない。
それは、ありがたかった。
でも、あの男の前で吉法師にそう言ってもらえば、俺はますます、自分では何も言えない連れの一人になる気がした。
「父へは、俺から話します。今、あちらへ戻るのはやめてください」
吉法師の口元が固くなった。
「お前は、それでよいのか」
よくはない。
叱られて、父にまで話が行くのがうれしいわけがない。
俺は少し迷ってから答えた。
「若様が何をしていたかまで、悪く言われるのは嫌です。馬の稽古をしたことも、俺は話しました」
彦七が、こちらを見た。
「ですが、門の前でどう見えたかは、俺も気をつけます」
吉法師は、しばらく返事をしなかった。
俺も待った。
やがて、吉法師が道の先へ向き直った。
「今日は、戻らぬ」
俺は、息を吐いた。
今日、というところが少し気になったが、今はそれ以上、言葉を重ねられなかった。
*
帰る途中、吉法師はあまり話さなかった。
彦七が俺の隣へ来る。
「前にも、若様の連れのことで言う者はおった」
小さな声だった。
「そうなのか」
「だから、道を変えることもある」
俺は彦七の顔を見た。
あの家の裏を通ると叱られる、と笑っていた顔とは、少し違った。
「いつも、叱られる近道ばかり選んでいるのかと思った」
「それもある」
否定しないので、少し笑ってしまった。
彦七も、口元を緩めた。
「お前は、あの家へも使いに行くのだな」
「行く」
彦七は、うなずいた。
それ以上、大したことではない、とも、気にするな、とも言わなかった。
別れるところで、吉法師が振り返った。
「次は」
言いかけて、一度止まった。
「来るか」
いつもの、来い、ではなかった。
俺は、父と決めてある次の日を思い出した。
「父に今日のことを話してからです」
吉法師の眉が寄る。
俺は続けた。
「俺は、また来たいと思っています」
その言葉には、うそがなかった。
吉法師は俺の顔を見て、それから短く、分かった、と言った。
俺は頭を下げた。
*
家へ戻り、袖についた土を払った。
少し残った跡を見て、今日あそこに座ったことが全部の原因だったのかと考えた。
たぶん、そうではない。
誰といたかも、何をして笑っていたかも、見られていた。
袖だけきれいにしても、なかったことにはならない。
父は、奥で人と話していた。
俺は話が終わるまで待ち、呼ばれてから入った。
「戻ったか。馬は、どうだった」
いつもの声だった。
だから、少し話しにくかった。
俺は座り、頭を下げた。
「面白かったです。それと、帰りに、お話がありました」
父が、こちらへ向き直った。
俺は、あの門の前で言われたことを伝えた。
自分も座って笑っていたこと。男が父にも話すと言ったこと。
吉法師が戻ろうとしたので、止めたことも。
父は途中で口を挟まなかった。
最後まで話すと、しばらく黙っていた。
その間が、一番落ち着かなかった。
「先に、お前から聞けてよかった」
父が言った。
「これからも、先方へ顔は出す。会えば、わしも話そう」
俺は、膝へ置いた手を握った。
「すみません」
「何を詫びておる」
顔を上げる。
父は怒鳴らなかった。
「門の前で行儀を悪くしたことか。若様と出かけたことか」
俺は、すぐには答えられなかった。
いつの間にか、自分でも同じことにしていた。
「行儀のことです。出かけたことは、間違いだったとは思っていません」
声は、小さくなった。
それでも、言えた。
父はうなずいた。
「ならば、そこを混ぜるな。わしにも、先方にも」
それだけ言って、父は脇へ置いていた紙を取った。
「明後日の使いは、予定どおり頼むぞ」
俺は顔を上げた。
紙には、今日、呼び止められた家の名があった。
父の顔を見ても、こちらを試しているようには見えなかった。
前から決まっていた用事だ。
俺が今日、気まずい思いをしたからといって、消えるわけではない。
「はい」
受け取った紙を、丁寧に畳んだ。
吉法師のところへ、また行きたい。
あの門にも、俺は自分の名を告げて入る。
どちらか一方だけを、見なかったことにはできなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は新しいアンケートはありません。
吉法師と出かける楽しさが、家の跡取りとしての立場と重なる話でした。
本話の外出、織田方の人物とのやり取り、父との会話は創作です。