【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~   作:病んでるくらいが一番

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第16話から年を一つ進め、今回は初陣の話です。
藤十郎は小姓としてではなく、父や甚助ら榎並家の者とともに出陣します。


第17話「槍を出す」

「今度は、稽古ではないぞ」

 

 父はそう言って、俺の前に置いた槍を指した。

 

 若様が三河へ出る。

 知らせを受けてから、家では外へ出す者を決め、残す仕事を振り分けていた。

 

 俺も行く、と告げられたのは、その最初の日だった。

 返事はした。父の顔を見てうなずき、必要な物を聞いた。

 

 夜になると、聞いたことを最初から思い返した。

 何度確かめても、俺が行くという話は変わらなかった。

 

 年が改まり、俺は十六歳になる。

 藤十郎(とうじゅうろう)という呼び名にも慣れた頃だった。

 

     *

 

 出立の朝、甚助(じんすけ)が俺の支度を見た。

 

 胴を覆う具足は、試しに着けて歩いたときより重く感じた。

 肩の紐を確かめてもらい、腕を上げる。引っかかっていたところを直すと、槍を持つ動きは普段と同じように出せた。

 

「そこでよろしいかと」

「ありがとう」

 

 甚助が離れ、俺は穂先に巻いた布を見た。

 持ち運ぶ間の覆いだ。着いたら外す。

 稽古のように、刃のない棒へ替えてもらうことはない。

 

 父が皆を呼んだ。

 俺は返事をして、甚助と並んだ。

 

 家から出る人数は多くない。

 今日一緒に歩く者は、顔も声も知っていた。

 

 父は道へ出る前に振り返った。

 

「離れるな。呼ばれたら声を返せ」

 

 俺にも、ほかの者にも言った。

 うなずくだけでは足りない気がして、はい、と答えた。

 

     *

 

 人が集まると、道の先が見えなくなった。

 

 家で支度をしている間は、俺たちが何を持っていくかばかり考えていた。

 ここには同じように支度をした人間が大勢いる。

 槍の柄が揺れ、馬が鼻を鳴らし、あちこちから呼ぶ声が飛んでくる。

 

 誰もが落ち着いているわけではなかった。

 大きな声で話す者も、黙って荷を直す者もいる。

 

 その中を、若様が通った。

 

 こちらを見る顔は知っている。

 身につけている物が違うだけで、庭で俺へ棒を向けていた人なのだと分かった。

 

 俺は頭を下げた。

 若様は父と短く言葉を交わし、それから俺を見た。

 

「藤十郎。来たな」

「はい」

 

 竹丸、とからかわれるかと思っていた。

 今日は違った。

 

 何か続けて話そうとしたが、もう別の人間が若様へ声をかけていた。

 若様がそちらを向き、馬が進む。

 

 俺はその背を見送った。

 甚助が隣へ戻ってきたので、俺も列へ顔を向け直した。

 

     *

 

 向かう先は、三河の大浜(おおはま)だと聞いていた。

 

 前世で知っている合戦の名前には、入っていない。

 桶狭間なら今川義元が来て、信長が勝つ。

 今はその話を思い出しても、目の前の道で何が起こるのかは分からなかった。

 

 道は長かった。

 途中から足よりも肩が痛くなり、持ち替えた槍の重さをまた確かめた。

 

 休むと、甚助が握り飯を渡してくれた。

 口へ入れたときは味がしたが、次に何を言われるか気になって、ゆっくり食べられなかった。

 

「今のうちに」

 

 父にも言われ、残りを飲み込んだ。

 

 進み出すと、話し声が少しずつ減った。

 やがて列の前から、まだ遠いはずの声が聞こえてきた。

 

     *

 

 最初に見えたのは煙だった。

 

 家並みの向こうから立っている。

 誰かが火を放ったと聞き、俺はそちらを見た。

 もう一つ、違う屋根の辺りからも煙が上がった。

 

 敵のいる場所を焼く。

 言葉では知っていた。

 

 黒くなる屋根の下に、さっきまで誰かがいたかもしれない。

 水を持って走る姿が一瞬見えたが、すぐ前を通った人の肩に隠れた。

 

 父が呼んだ。

 

「こちらだ」

 

 道から外れ、家並みへ通じる空いた場所へ進む。

 別の組の者も近くにいたが、俺にはその人たちの指図までは聞き取れなかった。

 

 父の声と、甚助のいる場所を確かめる。

 穂先の覆いはもう外していた。

 

 槍を持つ手が湿っている。

 拭こうかと思ったとき、向こうから走ってくる人影が見えた。

 

     *

 

 敵だと分かったのは、そちらの槍がこちらへ向いたからだった。

 

 声が飛び、味方が前へ出る。

 俺も甚助と並んで槍を上げた。

 

 庭で向かい合ったときより、人が多い。

 後ろから押されるのかと思って足を踏ん張ると、隣の甚助が半歩前へ出た。

 

 合わせて進む。

 

 考えていたより先に、腕が動いた。

 伸びてきた槍の柄を自分の槍で受け、俺たちの間へ入れないように押す。

 甚助の槍が横から伸び、相手が引いた。

 

 できた。

 

 ほっとする暇はなかった。

 別の槍が伸びてきて、俺は自分の槍を返した。さっきと同じ動きが、今度は少し小さく出せた。

 

 知らない男が怒鳴る。

 顔が近い。俺も声を出していたが、何と言ったかは分からない。

 

 相手の槍の先を流すと、甚助の声がした。

 

「出すぎるな」

 

 俺は追わず、横へ先を向け直した。

 甚助との間隔を一度確かめた。

 家の稽古で合わせた位置から、大きくは離れていない。

 

 血のついた人が、俺たちの前をよろめいて通った。

 味方か敵か、すぐには分からなかった。

 その人が退いた場所へ、次の男が入ってきた。

 

     *

 

 甚助が一歩下がった。

 

 相手の槍を受けながら踏み直した足が、地面のくぼみに入ったのだ。

 膝が落ち、肩が俺より低くなる。

 

 甚助へ向いた槍を、俺は横から受けた。

 柄がぶつかり、腕まで震えた。

 力では押し切れない。手元を変えながら、先をこちらの外へ逃がす。

 

 その向こうから、別の男が来た。

 

 刀を持っていた。

 甚助へ向かっている。

 男は低くなった甚助の頭を見て、刀を上げた。

 

 槍が届く距離だった。

 

 ここへ出せば、止められる。

 

 体はもう、その動きを知っていた。

 権六に見てもらい、甚助と繰り返した動きだ。

 

 先にあるのが人間だということも、分かっていた。

 

 男の口が開いている。

 頬には土がついていた。

 俺を見ていたわけではない。

 

 突けば、この人に刺さる。

 

 分かって、足を出した。

 

     *

 

 槍が入った。

 

 稽古の棒が服へ触れるのとは違った。

 押した手に重さが返り、男の声が途中で切れた。

 

 その顔が俺へ向く。

 

 俺は柄を握ったまま、男を見た。

 何をしているのかと、男に問いかけたくなる。

 したのは俺だった。

 

 男がよろける。

 その動きに槍を持っていかれそうになり、俺は引き戻した。

 

 穂先が抜け、血が落ちた。

 男は膝を折って倒れた。

 刀が地面に当たり、短い音がした。

 

 俺はそこを見ていた。

 

「藤十郎」

 

 甚助が立っていた。

 俺が受けた槍の男は、ほかの味方に押されて退いている。

 

「前を」

 

 甚助の声で顔を上げた。

 槍の先が低くなっていた。

 

 俺は上げ直した。

 

     *

 

 男は、俺たちのすぐ前に倒れていた。

 

 胸の辺りが濡れている。

 初めは口が動いていたが、その動きも止まった。

 こちらへ向いた目は、何も追わなくなった。

 

 俺が殺した。

 

 まだ生きているかもしれないと思いたかった。

 甚助が男を見て、俺を見た。

 何も言わなかった。

 

 向こうからまた声が上がった。

 

 次が来る。

 

 足を引きたいと思った。

 地面に倒れている男のところから、遠くへ行きたかった。

 

 甚助は隣にいる。

 前には槍を持った敵がいる。

 ここを空ければ、その人間がこちらへ入る。

 

 俺は両手で柄を握り直した。

 

 もう一度突くことになっても、出す。

 目の前の人間を見たまま、そう決めた。

 

     *

 

 次に来た男の槍を、甚助が受けた。

 

 相手は踏み込み、こちらを押そうとしていた。

 俺は横から先を出した。

 

 腕が動いた。

 さっきの顔が頭に浮かんでも、止まらなかった。

 

 相手の体へ向けた槍が届き、男が引いた。

 浅く当たったらしく、そのまま後ろへ退く。

 

 俺は追わなかった。

 甚助が前へ出たので、隣の位置を保って進んだ。

 

 相手がこちらを見る。

 俺はその胸元へ先を向けた。

 

 味方が横から加わり、向こうの者たちが下がる。

 誰かが追おうとして、後ろから止める声がした。

 

 父の声も聞こえた。

 

「そろって戻れ」

 

 俺は甚助を見て、うなずいた。

 皆で足を引き、前へ向けた槍は下げずに下がった。

 

 倒れた男の横を通った。

 服の色だけが目に残った。

 

     *

 

 離れたところへ戻ると、腕が震えた。

 

 槍を握っていたときは、動いていた。

 いったん下ろすと指が落ち着かず、握り直しても柄が細かく揺れる。

 

 父が来た。

 

「怪我は」

「分かりません」

 

 父は俺の肩と腕を見て、袖へ手をやった。

 血がついている。

 痛いところを聞かれ、自分の腕を動かした。

 

「ここだけです」

 

 柄を受けた腕が痛んだ。

 父は袖を確かめ、切れてはいないと言った。

 

 甚助が横から話した。

 

「藤十郎殿に助けられました」

 

 父が顔を向ける。

 甚助は倒れかけたことと、そのあと敵が来たことを短く伝えた。

 

 父は俺へ向き直った。

 

「一人、突きました」

 

 声は出た。

 父へ話しているのに、いつもと違う声だった。

 

「死にました」

 

 父はそちらへ目をやったが、もうここからは見えなかった。

 俺の手元を一度見て、肩へ手を置いた。

 

「そうか」

 

 甚助が水を差し出した。

 受け取ろうと手を伸ばしたが、槍の柄が邪魔になった。

 俺は先に槍を甚助へ渡した。

 

 口へ運んだ水が少しこぼれた。

 飲み下すと、ようやく喉が痛かったことに気づいた。

 

     *

 

 そのあとも、すぐには帰れなかった。

 

 離れたところでは人が動き、煙もまだ見えた。

 俺たちは父の指図でまとまり、呼ばれればまた移れるように待った。

 

 俺の槍は、甚助から返された。

 受け取るときに先を見た。

 見ても、そのまま手に持てた。

 

 ほかの組から負傷した人が運ばれてきた。

 声を出している人もいた。二人に支えられたまま、足が地面をこする人もいた。

 

 俺たちの一人も、手の甲を切っていた。

 今まで話しかけていたのに気づかなかった。

 布を当ててもらうところを見て、俺は自分の手へ目を落とした。

 

 帰る指図が伝わると、父が皆の顔を確かめた。

 俺も甚助も返事をした。

 ほかの者の声が続き、父がうなずいた。

 

     *

 

 帰りの列で、若様を見た。

 

 供の者へ何かを言っている。

 言葉は聞こえないが、こちらへ向いた顔は見えた。

 

 俺は頭を下げようとして、少しだけ動きが遅れた。

 若様が父へ声をかけて止まった。

 

「そちらの者は」

 

 父が、皆戻っていると答えた。

 手を切った者がいることも伝えた。

 

 若様はうなずき、俺を見た。

 

「藤十郎」

「はい」

「歩けるか」

「歩けます」

 

 そのあと、家の者と立っていた場所の話を聞かれた。

 俺が言いかけると、甚助が先ほどのことを伝えた。

 

 若様は俺の槍を見た。

 俺は持ち手を変えずに、そこへ立っていた。

 

「次も出せるか」

 

 若様が尋ねた。

 槍を、とは言わなかった。

 でも、分かった。

 

「出します」

 

 すぐには言えなかった。

 それでも、答えを変えようとは思わなかった。

 

 若様は俺を見て、うなずいた。

 また列が動き出し、俺たちもそのあとへ続いた。

 

     *

 

 家へ戻ると、いつもの門があった。

 

 俺は中へ入ってから、槍を渡す相手の顔を見た。

 留守を預かっていた人だった。

 その人が受け取ってくれたので、ようやく両手が空いた。

 

 甚助に肩の紐をほどいてもらい、具足を外した。

 胴が軽くなり、俺もほかの者の支度を手伝った。

 

 袖についた血は乾いていた。

 洗えば落ちるだろうかと思った。

 そのときになって、誰の血なのかを考えた。

 

 手を洗うための水が来た。

 指を開いて、こすった。

 爪の辺りをもう一度洗っても、柄を押したときの重さは思い出せた。

 

 途中で手を止め、顔を上げる。

 父が、先に食べろと言った。

 

     *

 

 飯は食べられた。

 

 初めの一口を飲み込むまでに時間がかかったが、そのあとは箸が動いた。

 甚助も食べている。

 向かいにいる人が今日は暑かったと言い、別の人が足の痛む場所を示した。

 

 俺も腕が痛いと話した。

 甚助が、明日はもっと張るかもしれぬ、と答えた。

 

 皆が食べている顔を見た。

 

 あの人にも、一緒に飯を食べる相手がいたのだろうか。

 

 考えかけて、椀へ目を戻した。

 分からない。名前も知らない。

 俺はその人を、殺した。

 

 箸を置くと、隣に座った甚助が頭を下げた。

 

「戻れたのは、藤十郎殿のおかげです」

 

 俺は顔を上げた。

 さっきまで血のついていた甚助の手の甲が見えた。本人の怪我は、膝の打ち身だけだと聞いていた。

 

「甚助が立っていてくれたから、俺も戻れた」

 

 そう答えると、甚助は少し顔を緩めた。

 それから椀を取った。

 

 俺も残っていた飯を食べた。

 

     *

 

 横になってから、男の顔が浮かんだ。

 

 目を閉じると、突く直前の口元が見える。

 開けると家の天井があった。

 

 何度かそれを繰り返した。

 眠れないので、身を起こして水を飲んだ。

 

 戸口の方で人の声がした。

 父と甚助が、明日確かめる武具の話をしている。

 手を切った者のことも聞こえた。

 

 俺は椀を置き、そちらへ声をかけた。

 

「俺の槍も、見ていただきたいです」

 

 父がこちらを見た。

 

「ああ。明日、一緒に見よ」

 

 俺はうなずいて、もう一度横になった。

 まだ眠れそうにはなかったが、目を閉じた。




お読みいただき、ありがとうございます。
今回は新しいアンケートはありません。

信長の大浜への初陣を背景に、藤十郎が初めて人を殺し、その後も戦いに戻る一日を描きました。
信長の初陣は1547年とする紹介を参照していますが、具体的な月日は本作でも定めていません。

榎並家の参加、藤十郎たちの配置、敵との接触、負傷や殺傷、信長との会話は本作の創作です。実際の戦闘経過を再現したものではありません。
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