【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
藤十郎は小姓としてではなく、父や甚助ら榎並家の者とともに出陣します。
「今度は、稽古ではないぞ」
父はそう言って、俺の前に置いた槍を指した。
若様が三河へ出る。
知らせを受けてから、家では外へ出す者を決め、残す仕事を振り分けていた。
俺も行く、と告げられたのは、その最初の日だった。
返事はした。父の顔を見てうなずき、必要な物を聞いた。
夜になると、聞いたことを最初から思い返した。
何度確かめても、俺が行くという話は変わらなかった。
年が改まり、俺は十六歳になる。
*
出立の朝、
胴を覆う具足は、試しに着けて歩いたときより重く感じた。
肩の紐を確かめてもらい、腕を上げる。引っかかっていたところを直すと、槍を持つ動きは普段と同じように出せた。
「そこでよろしいかと」
「ありがとう」
甚助が離れ、俺は穂先に巻いた布を見た。
持ち運ぶ間の覆いだ。着いたら外す。
稽古のように、刃のない棒へ替えてもらうことはない。
父が皆を呼んだ。
俺は返事をして、甚助と並んだ。
家から出る人数は多くない。
今日一緒に歩く者は、顔も声も知っていた。
父は道へ出る前に振り返った。
「離れるな。呼ばれたら声を返せ」
俺にも、ほかの者にも言った。
うなずくだけでは足りない気がして、はい、と答えた。
*
人が集まると、道の先が見えなくなった。
家で支度をしている間は、俺たちが何を持っていくかばかり考えていた。
ここには同じように支度をした人間が大勢いる。
槍の柄が揺れ、馬が鼻を鳴らし、あちこちから呼ぶ声が飛んでくる。
誰もが落ち着いているわけではなかった。
大きな声で話す者も、黙って荷を直す者もいる。
その中を、若様が通った。
こちらを見る顔は知っている。
身につけている物が違うだけで、庭で俺へ棒を向けていた人なのだと分かった。
俺は頭を下げた。
若様は父と短く言葉を交わし、それから俺を見た。
「藤十郎。来たな」
「はい」
竹丸、とからかわれるかと思っていた。
今日は違った。
何か続けて話そうとしたが、もう別の人間が若様へ声をかけていた。
若様がそちらを向き、馬が進む。
俺はその背を見送った。
甚助が隣へ戻ってきたので、俺も列へ顔を向け直した。
*
向かう先は、三河の
前世で知っている合戦の名前には、入っていない。
桶狭間なら今川義元が来て、信長が勝つ。
今はその話を思い出しても、目の前の道で何が起こるのかは分からなかった。
道は長かった。
途中から足よりも肩が痛くなり、持ち替えた槍の重さをまた確かめた。
休むと、甚助が握り飯を渡してくれた。
口へ入れたときは味がしたが、次に何を言われるか気になって、ゆっくり食べられなかった。
「今のうちに」
父にも言われ、残りを飲み込んだ。
進み出すと、話し声が少しずつ減った。
やがて列の前から、まだ遠いはずの声が聞こえてきた。
*
最初に見えたのは煙だった。
家並みの向こうから立っている。
誰かが火を放ったと聞き、俺はそちらを見た。
もう一つ、違う屋根の辺りからも煙が上がった。
敵のいる場所を焼く。
言葉では知っていた。
黒くなる屋根の下に、さっきまで誰かがいたかもしれない。
水を持って走る姿が一瞬見えたが、すぐ前を通った人の肩に隠れた。
父が呼んだ。
「こちらだ」
道から外れ、家並みへ通じる空いた場所へ進む。
別の組の者も近くにいたが、俺にはその人たちの指図までは聞き取れなかった。
父の声と、甚助のいる場所を確かめる。
穂先の覆いはもう外していた。
槍を持つ手が湿っている。
拭こうかと思ったとき、向こうから走ってくる人影が見えた。
*
敵だと分かったのは、そちらの槍がこちらへ向いたからだった。
声が飛び、味方が前へ出る。
俺も甚助と並んで槍を上げた。
庭で向かい合ったときより、人が多い。
後ろから押されるのかと思って足を踏ん張ると、隣の甚助が半歩前へ出た。
合わせて進む。
考えていたより先に、腕が動いた。
伸びてきた槍の柄を自分の槍で受け、俺たちの間へ入れないように押す。
甚助の槍が横から伸び、相手が引いた。
できた。
ほっとする暇はなかった。
別の槍が伸びてきて、俺は自分の槍を返した。さっきと同じ動きが、今度は少し小さく出せた。
知らない男が怒鳴る。
顔が近い。俺も声を出していたが、何と言ったかは分からない。
相手の槍の先を流すと、甚助の声がした。
「出すぎるな」
俺は追わず、横へ先を向け直した。
甚助との間隔を一度確かめた。
家の稽古で合わせた位置から、大きくは離れていない。
血のついた人が、俺たちの前をよろめいて通った。
味方か敵か、すぐには分からなかった。
その人が退いた場所へ、次の男が入ってきた。
*
甚助が一歩下がった。
相手の槍を受けながら踏み直した足が、地面のくぼみに入ったのだ。
膝が落ち、肩が俺より低くなる。
甚助へ向いた槍を、俺は横から受けた。
柄がぶつかり、腕まで震えた。
力では押し切れない。手元を変えながら、先をこちらの外へ逃がす。
その向こうから、別の男が来た。
刀を持っていた。
甚助へ向かっている。
男は低くなった甚助の頭を見て、刀を上げた。
槍が届く距離だった。
ここへ出せば、止められる。
体はもう、その動きを知っていた。
権六に見てもらい、甚助と繰り返した動きだ。
先にあるのが人間だということも、分かっていた。
男の口が開いている。
頬には土がついていた。
俺を見ていたわけではない。
突けば、この人に刺さる。
分かって、足を出した。
*
槍が入った。
稽古の棒が服へ触れるのとは違った。
押した手に重さが返り、男の声が途中で切れた。
その顔が俺へ向く。
俺は柄を握ったまま、男を見た。
何をしているのかと、男に問いかけたくなる。
したのは俺だった。
男がよろける。
その動きに槍を持っていかれそうになり、俺は引き戻した。
穂先が抜け、血が落ちた。
男は膝を折って倒れた。
刀が地面に当たり、短い音がした。
俺はそこを見ていた。
「藤十郎」
甚助が立っていた。
俺が受けた槍の男は、ほかの味方に押されて退いている。
「前を」
甚助の声で顔を上げた。
槍の先が低くなっていた。
俺は上げ直した。
*
男は、俺たちのすぐ前に倒れていた。
胸の辺りが濡れている。
初めは口が動いていたが、その動きも止まった。
こちらへ向いた目は、何も追わなくなった。
俺が殺した。
まだ生きているかもしれないと思いたかった。
甚助が男を見て、俺を見た。
何も言わなかった。
向こうからまた声が上がった。
次が来る。
足を引きたいと思った。
地面に倒れている男のところから、遠くへ行きたかった。
甚助は隣にいる。
前には槍を持った敵がいる。
ここを空ければ、その人間がこちらへ入る。
俺は両手で柄を握り直した。
もう一度突くことになっても、出す。
目の前の人間を見たまま、そう決めた。
*
次に来た男の槍を、甚助が受けた。
相手は踏み込み、こちらを押そうとしていた。
俺は横から先を出した。
腕が動いた。
さっきの顔が頭に浮かんでも、止まらなかった。
相手の体へ向けた槍が届き、男が引いた。
浅く当たったらしく、そのまま後ろへ退く。
俺は追わなかった。
甚助が前へ出たので、隣の位置を保って進んだ。
相手がこちらを見る。
俺はその胸元へ先を向けた。
味方が横から加わり、向こうの者たちが下がる。
誰かが追おうとして、後ろから止める声がした。
父の声も聞こえた。
「そろって戻れ」
俺は甚助を見て、うなずいた。
皆で足を引き、前へ向けた槍は下げずに下がった。
倒れた男の横を通った。
服の色だけが目に残った。
*
離れたところへ戻ると、腕が震えた。
槍を握っていたときは、動いていた。
いったん下ろすと指が落ち着かず、握り直しても柄が細かく揺れる。
父が来た。
「怪我は」
「分かりません」
父は俺の肩と腕を見て、袖へ手をやった。
血がついている。
痛いところを聞かれ、自分の腕を動かした。
「ここだけです」
柄を受けた腕が痛んだ。
父は袖を確かめ、切れてはいないと言った。
甚助が横から話した。
「藤十郎殿に助けられました」
父が顔を向ける。
甚助は倒れかけたことと、そのあと敵が来たことを短く伝えた。
父は俺へ向き直った。
「一人、突きました」
声は出た。
父へ話しているのに、いつもと違う声だった。
「死にました」
父はそちらへ目をやったが、もうここからは見えなかった。
俺の手元を一度見て、肩へ手を置いた。
「そうか」
甚助が水を差し出した。
受け取ろうと手を伸ばしたが、槍の柄が邪魔になった。
俺は先に槍を甚助へ渡した。
口へ運んだ水が少しこぼれた。
飲み下すと、ようやく喉が痛かったことに気づいた。
*
そのあとも、すぐには帰れなかった。
離れたところでは人が動き、煙もまだ見えた。
俺たちは父の指図でまとまり、呼ばれればまた移れるように待った。
俺の槍は、甚助から返された。
受け取るときに先を見た。
見ても、そのまま手に持てた。
ほかの組から負傷した人が運ばれてきた。
声を出している人もいた。二人に支えられたまま、足が地面をこする人もいた。
俺たちの一人も、手の甲を切っていた。
今まで話しかけていたのに気づかなかった。
布を当ててもらうところを見て、俺は自分の手へ目を落とした。
帰る指図が伝わると、父が皆の顔を確かめた。
俺も甚助も返事をした。
ほかの者の声が続き、父がうなずいた。
*
帰りの列で、若様を見た。
供の者へ何かを言っている。
言葉は聞こえないが、こちらへ向いた顔は見えた。
俺は頭を下げようとして、少しだけ動きが遅れた。
若様が父へ声をかけて止まった。
「そちらの者は」
父が、皆戻っていると答えた。
手を切った者がいることも伝えた。
若様はうなずき、俺を見た。
「藤十郎」
「はい」
「歩けるか」
「歩けます」
そのあと、家の者と立っていた場所の話を聞かれた。
俺が言いかけると、甚助が先ほどのことを伝えた。
若様は俺の槍を見た。
俺は持ち手を変えずに、そこへ立っていた。
「次も出せるか」
若様が尋ねた。
槍を、とは言わなかった。
でも、分かった。
「出します」
すぐには言えなかった。
それでも、答えを変えようとは思わなかった。
若様は俺を見て、うなずいた。
また列が動き出し、俺たちもそのあとへ続いた。
*
家へ戻ると、いつもの門があった。
俺は中へ入ってから、槍を渡す相手の顔を見た。
留守を預かっていた人だった。
その人が受け取ってくれたので、ようやく両手が空いた。
甚助に肩の紐をほどいてもらい、具足を外した。
胴が軽くなり、俺もほかの者の支度を手伝った。
袖についた血は乾いていた。
洗えば落ちるだろうかと思った。
そのときになって、誰の血なのかを考えた。
手を洗うための水が来た。
指を開いて、こすった。
爪の辺りをもう一度洗っても、柄を押したときの重さは思い出せた。
途中で手を止め、顔を上げる。
父が、先に食べろと言った。
*
飯は食べられた。
初めの一口を飲み込むまでに時間がかかったが、そのあとは箸が動いた。
甚助も食べている。
向かいにいる人が今日は暑かったと言い、別の人が足の痛む場所を示した。
俺も腕が痛いと話した。
甚助が、明日はもっと張るかもしれぬ、と答えた。
皆が食べている顔を見た。
あの人にも、一緒に飯を食べる相手がいたのだろうか。
考えかけて、椀へ目を戻した。
分からない。名前も知らない。
俺はその人を、殺した。
箸を置くと、隣に座った甚助が頭を下げた。
「戻れたのは、藤十郎殿のおかげです」
俺は顔を上げた。
さっきまで血のついていた甚助の手の甲が見えた。本人の怪我は、膝の打ち身だけだと聞いていた。
「甚助が立っていてくれたから、俺も戻れた」
そう答えると、甚助は少し顔を緩めた。
それから椀を取った。
俺も残っていた飯を食べた。
*
横になってから、男の顔が浮かんだ。
目を閉じると、突く直前の口元が見える。
開けると家の天井があった。
何度かそれを繰り返した。
眠れないので、身を起こして水を飲んだ。
戸口の方で人の声がした。
父と甚助が、明日確かめる武具の話をしている。
手を切った者のことも聞こえた。
俺は椀を置き、そちらへ声をかけた。
「俺の槍も、見ていただきたいです」
父がこちらを見た。
「ああ。明日、一緒に見よ」
俺はうなずいて、もう一度横になった。
まだ眠れそうにはなかったが、目を閉じた。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は新しいアンケートはありません。
信長の大浜への初陣を背景に、藤十郎が初めて人を殺し、その後も戦いに戻る一日を描きました。
信長の初陣は1547年とする紹介を参照していますが、具体的な月日は本作でも定めていません。
榎並家の参加、藤十郎たちの配置、敵との接触、負傷や殺傷、信長との会話は本作の創作です。実際の戦闘経過を再現したものではありません。