【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~   作:病んでるくらいが一番

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前回のアンケートは、「すぐ信長のもとへ向かう」3票、「支度を整えて信長に会いに行く」3票、「父とともに弔問へ向かう」0票でした。
最多票が同票のため、告知したルールに従い作者判断で「すぐ信長のもとへ向かう」を採用しました。

藤十郎は葬儀が始まる前の信長に会いに行きます。


第22話「この馬鹿信長」

「先に、若様のところへ参ります」

 

 父は俺の返事を聞くと、甚助に同行を頼んだ。

 俺は荷を置いたまま家を出た。着替えを待っているうちに、若様が寺へ向かってしまうのが怖かった。

 

 道を急ぐ俺の隣を、甚助(じんすけ)が歩く。

 足を速めても、頭に浮かぶことまでは振り切れなかった。

 

 信長は父親の葬儀で香を投げつける。弟はきちんと焼香をして、家臣たちは弟の方がよいと言う。

 俺が覚えているのは、そこから弟が敵になり、結局は信長に殺されるという話だ。その途中で何があったのかまでは思い出せない。

 あの葬儀で家臣に見限られたからこそ、信長がやり方を変えたのだとしたら。

 香を投げるのを止めて、かえって今川に負けるようなことになったら、どうする。

 

 そもそも、俺が口を出してよいことなのか。

 主君の父親が亡くなった日に、葬儀の振る舞いを注意しに押しかける。親しいからと許される話ではない。若様に嫌われるだけならまだしも、父にまで迷惑がかかるかもしれなかった。

 

「若様に、何と申し上げるおつもりですか」

 

 甚助に聞かれて、俺は歩く速さを少し落とした。

 

「まだ、決めていない」

「そうですか」

「ただ、会いたい」

 

 甚助はうなずき、俺と並んで歩き続けた。

 

     *

 

 屋敷では、寺へ出る支度が進んでいた。

 俺が名乗って若様への取り次ぎを頼むと、門の者はまず俺の着物を見た。父には行き先を伝えてあること、父もあとから寺へ参ることを話して待つ。

 

 やがて中へ呼ばれた。甚助は廊下で待ち、俺だけが部屋へ入った。

 腰の刀を外し、入口脇へ置いて座る。

 

 若様は庭に向いたまま、俺を見なかった。

 いつもなら、来たかと声がかかる。俺の座る音がしても、今日は何も言わない。

 

「知らせを聞きました」

「そうか」

 

 少ししてから返事があった。

 若様がこちらへ顔を向ける。目の下に影があり、俺の方を見ているのに、視線が合った感じがしなかった。

 

「父親は」

「あとから寺へ参ります。俺は甚助と、先に伺いました」

「その格好でか」

「帰ったところで聞いたので」

 

 若様は俺の裾を見た。

 笑われるかと思ったが、また庭へ目を戻した。

 

「父上は、お前の父親より若かったな」

「はい」

「まだ死ぬような年ではなかろう」

 

 俺には返す言葉がなかった。

 医者に診せ、祈らせ、少しよくなったとも聞いた。俺が次に来る日を父と相談しているあいだに、信秀様は亡くなった。

 

「お加減が戻れば、またお会いできると思っていました」

「わしもだ」

 

 若様は膝に置いた手を見下ろした。

 

「まだ聞いておくことがあった」

 

 それきり口を閉じた。

 部屋の外では、人の足音が行き交っていた。どこかで寺へ運ぶものを確かめる声がする。俺は若様の向かいに座ったまま、次の言葉を待った。

 

「寺には、ずいぶん人が集まるそうですね」

 

 黙っているのがつらくなって、俺から話した。

 

「国中の坊主を呼んでおる」

「信秀様のお弔いに」

「それは聞いた」

 

 声が少し硬くなった。

 

「父上が死んだと、どこまで知らせるつもりだ」

 

 俺が顔を上げると、若様はこちらを見ていた。

 

「安城を取られた。兄上を取り戻すために人質を渡した。今川には尾張まで入られた」

「はい」

「和睦したから、もう安心か」

「そうは思いません」

「なら、なぜこんなことをする」

 

 若様の目が入口へ向いた。

 廊下を通った者が、誰かに急ぐよう呼びかけている。

 

「父上がおらぬと知れば、今川はどう思う。清須は。岩倉は」

 

 俺はすぐには答えられなかった。

 若様は返事を待たずに続けた。

 

「親父殿も親父殿だ。こんなときに、わしらを残して逝きおって」

 

 膝の上の手が握られた。

 

「皆を集め、銭を使い、坊主に経を読ませれば戻ってくるのか。敵にまで聞こえるほど騒いで、父上はもうおらぬと教えてやるのか」

「若様」

「寺へ行く」

 

 若様が立った。

 

「こんな葬式、ぶち壊してくれる」

 

 俺も立ち上がった。

 

 俺が来なくても、若様は寺へ向かううちに悲しみより怒りが勝って、そのまま香を投げつけたのかもしれない。

 目の前の顔を見ていると、あの話が急に生々しく思えた。

 

「お待ちください。今、腹を立てたまま行かれては」

「どけ」

 

 若様が俺の横を通ろうとしたので、戸口の前へ移った。

 

「まず、お話を」

「今した」

「葬儀を壊せば、集まった方々は若様をどう見ると思われますか」

「知ったことか」

 

 肩を押され、俺は片足を引いて踏みとどまった。

 若様の右腕をつかむ。

 

「皆の前でそんなことをすれば、弟様の方がよいと――」

「なら、あれに任せればよかろう!」

 

 腕を振り払われた。

 若様が俺を押しのけ、戸へ手を伸ばす。

 

 ここへ来るまで、何を言うか考えていた。

 歴史を変えてよいのか。無礼にならないか。俺の顔を見たくなくなるかもしれない。

 その全部を気にして言葉を選んでいる横で、この人は自分から家臣を突き放そうとしている。

 

 もう、どうでもいい気がしてきた。

 未来がどうなるとか、知っている歴史と違うとか。どうせ何をしたって、先のことまで分かりはしない。

 なんとかなるだろ。なんとかならなきゃ、そのとき考える。

 もういい。今はこの馬鹿を止める。

 

「いい加減にしろよ」

 

 若様が振り向いた。

 

「うつけを演じるなら時と場合を考えろ、この馬鹿信長!」

 

 右の拳で頬を殴った。

 若様の顔が横へ向き、肩が戸に当たった。

 

「まだ吉法師のつもりかよ! お前がこの乱世を統一するんだろうが! 濃姫とかいうべっぴんの嫁までいるのに、ガキみたいに騒いでんじゃねえ!」

 

 若様が頬を押さえた。

 俺を見た目から、さっきまでの遠さが消えた。

 

「何が、演じるだ」

 

 胸元をつかまれた。

 

「知ったようなことを申すな!」

 

 左の頬へ拳が来た。顔をそらしたが避けきれず、唇を噛んだ。

 口の中へ血の味が広がる。

 俺は襟をつかんでいる腕を押し下げ、若様の胸を押した。戸口から離れた若様が俺の袖を引き、二人とも部屋の中へよろけた。

 

「藤十郎様!」

 

 廊下から甚助が入ってきた。

 続いて屋敷の者も駆け込んでくる。

 

「離せ! こやつと話をしておる!」

 

 若様が怒鳴った。

 俺の腕へ手を伸ばしていた甚助が止まる。

 

「話をするなら、戸の方へ行くな!」

「お前が塞いだのであろうが!」

「葬式を壊すって言ったからだろ!」

 

 俺が襟をつかみ返すと、若様はその手を払い、腹を殴った。

 息が詰まって腰が折れる。俺は若様の帯をつかんで引き、踏み込んできた足を払った。

 若様の膝が畳についた。覆いかぶさろうとした俺の胸を押し返し、今度は若様が上になる。

 肩をつかんで転がると、袖の縫い目が裂けた。

 

「お二人とも! 刀がございます!」

 

 甚助の声に、俺は入口を見た。

 屋敷の者が、俺の刀を抱えて廊下へ下がる。若様が腰に差していた刀は、鞘の先が畳に引っかかっていた。

 

「抜くか、馬鹿者!」

 

 若様は俺から離れ、腰の刀を外した。

 甚助が手を伸ばして受け取る。

 俺は膝をついて起きた。若様も立ち上がらず、その場に座った。

 

「もうよい。外で待て」

 

 若様が言った。

 甚助は俺を見た。俺がうなずくと、二人の刀を持って廊下へ戻った。屋敷の者も付いて下がったが、戸は開いたままになった。

 

 俺は口元を袖で拭いた。

 若様の頬が赤く腫れ始めている。乱れた襟から首がのぞき、ほどけた髪が顔にかかっていた。

 

「親父さんが死んで腹が立つなら、俺に怒鳴れよ」

 

 若様は荒い息をつきながら俺をにらんだ。

 

「何が分かる」

「分からんよ。俺の父は生きてるし」

「なら黙れ」

「葬式を壊す話まで黙って聞けるか」

 

 口を動かすと、切れたところが痛かった。

 俺は袖を握り、若様から目をそらさなかった。

 

「お前は父上に会ったか。亡くなる前に」

「……会っていない」

 

 俺が答えると、若様は目を伏せた。

 

「わしも、まだ話せると思うておった」

 

 若様は拳を膝に押しつけた。

 

「また来いと申した。来れば、話せると思うておったのだ」

 

 俺は何も言えなかった。

 

「それが、次は寺だと。父上の代わりに坊主が待っておる。皆はわしに着替えろと申す。いつ出るかと申す」

 

 声が低くなった。

 

「父上には、もう聞けぬ」

 

 俺はうなずいた。

 分かると答えるのは、違う気がした。

 

 若様はしばらく黙っていたが、やがて俺の破れた袖を見た。

 

「お前まで、わしの着物を直せと申すか」

「言う。寺へ行く前には」

「皆と同じではないか」

「同じことを言うからって、全部気に入らんのかよ」

 

 若様の顔がまた険しくなった。

 

「敵に死を知らせるなと言うておる!」

「分かってる。さっき聞いた」

「分かっておらぬから止めたのだろう」

「今から葬式を壊しても、呼んだ人は帰らん。父上が亡くなったことだって消えんだろ!」

 

 若様が口を閉じた。

 俺はその顔を見ながら続けた。

 

「そのうえ、お前が皆の前で暴れたら、敵にもう一つ教えてやることになるぞ。跡を継ぐ息子まで、葬式で家臣と揉める馬鹿うつけだって」

「わしに、黙って経を聞けと」

「まず親父さんに手を合わせろよ。そのあとで、なぜこんなに人を呼んだのか聞けばいいだろ」

「それで済むと思うか」

「済まないなら、済むまで話せよ。香を投げて出ていったら、何を怒っているかも伝わらん」

 

 若様が俺を見た。

 

「香を投げるとは、誰が申した」

 

 喉が詰まった。

 頭の中にあった葬儀の場面が、そのまま言葉に出ていた。

 

「……壊すっていうから。物を投げたりするつもりかと思って」

 

 若様は答えず、俺を見続けた。

 俺は腫れてきた唇に触れ、すぐに手を引っ込めた。

 

「乱世を統べるとも申したな」

 

 今度こそ、さっき自分が何を叫んだか思い出した。

 濃姫、とまで言った。

 この屋敷で奥方様をそんなふうに呼んだことはない。

 

「そうなってほしいと思ってる」

 

 若様の顔を見て答えた。

 

「そのために、俺もここへ通ってる。父の用だけ済ませて帰るなら、稽古もしないし、一緒に三河まで行かない」

「お前の父親は、そう申しておるのか」

「これは俺の話だ」

 

 若様が息を吐いた。

 

「わしを殴っておいてか」

「殴った。殴られもした」

「お前が先だ」

「そうだよ」

 

 俺は認めた。

 謝ってさえしまえば、今言ったことまで引っ込めて済むような気になりそうだった。

 

「でも、寺へ行って暴れるのであれば止める。またぶん殴ってでも止めるぞ」

 

 若様は俺の拳を見た。

 右手の指の付け根が赤くなっていた。俺も若様の顔を見た。思っていたより腫れている。

 

「その手でか」

「左もある」

「わしにもあるぞ」

 

 若様が左手を上げた。

 俺が身構えると、手はそのまま髪をかき上げた。

 

「甚助」

 

 入口に呼びかける。

 すぐに甚助が顔を出した。

 

「水をくれ。こやつにもだ。それから着物を」

 

 俺は若様を見た。

 

「寺へ行く。着替えればよいのであろう」

「暴れないなら」

「お前は黙れ。口から血が出ておる」

 

 俺が言い返す前に、若様は甚助へ付け加えた。

 

「お前の父親に、その格好を見せるわけにはいかぬ」

 

     *

 

 顔を洗っても、腫れは引かなかった。

 若様は頬に、俺は唇と目の下に傷を残したまま、着物を替えた。借りた着物の袖を通すと、殴られた腹が痛んだ。

 刀を受け取って帯へ差す。甚助は渡す前に俺の顔を確かめたが、何も言わなかった。

 

 俺たちが万松寺(ばんしょうじ)へ着くと、父がこちらを見つけた。

 声をかけようとして若様の顔を見て、次に俺を見た。

 

「藤十郎。その顔は」

「あとで、お話しします」

 

 父の向こうにいた権六(ごんろく)も、俺たちを見ていた。

 若様の腫れた頬から俺の唇へ視線が移る。何か聞こうと口を開いたが、若様が先に寺の者へ挨拶をしたので、言葉をのみ込んだ。

 その口元が、ほんの少し笑ったように見えた。

 

 俺は若様から離れ、父のそばへ入った。

 寺の中には僧が大勢いて、読経の声が重なっていた。

 若様は姿勢を正して座った。顔の腫れがなければ、いつもの庭で騒ぐ人と同じだと思えないほどだった。

 

 やがて仏前へ進む。

 香をつまむ手が上がったとき、俺は思わず膝の上で拳を握った。

 

 若様は香を投げなかった。

 静かに焼香をし、頭を下げた。

 

 父の横で、俺は息を吐いた。

 戻ってくる若様を、周囲の者が目で追っていた。腫れた顔で礼を尽くす姿を見て、隣へ顔を寄せる者もいる。権六は眉を寄せ、こちらを見た。俺は目を伏せた。

 

 弟様も焼香をした。

 経が続くあいだ、若様は席を立たなかった。俺も座り直さずに聞いた。唇が腫れ、腹が痛む。隣の父に、あとで何から話せばいいのかも分からなかった。

 

 葬儀の一区切りがつき、付き従ってきた家臣たちが若様の近くへ集まった。

 俺は父の後ろにいた。若様が一人の言葉を最後まで聞いてから、顔を上げる。

 

「一つ聞く」

 

 皆が口を閉じた。

 

「なぜ、このように盛大な葬儀を行った」

 

 家臣の一人が、信秀様のお弔いのためだと答えた。

 

「それは分かっておる。なぜこれほど人を集めたかと聞いておるのだ」

 

 若様は腫れた頬のまま、相手を見据えた。

 

「今川に安城を取られ、尾張にまで入られた。父上のおられぬ今、敵はわしらの様子を見ておる。そのときに国中から人を呼び、父上が死んだと広めて、次の備えはどうするつもりだ」

 

 声が大きくなった。

 俺の前で父が背を伸ばした。離れたところにいた者まで振り向く。

 

「父上を弔うためだと言えば、何をしてもよいのか!」

 

 俺は若様の手を見た。

 拳は膝の上に置かれたままだった。

 若様は立ち去らず、家臣の返事を待っていた。




今回は新しいアンケートはありません。

信秀の葬儀で信長が抹香を投げたという逸話を、この作品では藤十郎の介入によって変えています。面会、喧嘩、礼を尽くした焼香、葬儀後の叱責は本作の創作です。
信長の怒りは、父に生きていてほしかったという思いと、敵が機会をうかがう状況で盛大な葬儀を行う家中への不満として描きました。これは心情の解釈であり、史料で確定した動機ではありません。
藤十郎が口走った「乱世を統一する」「濃姫」は前世の記憶による言葉です。「うつけを演じる」という発言も藤十郎の認識で、信長の振る舞いすべてが演技だったと確定するものではありません。
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