【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~   作:病んでるくらいが一番

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第22話から続きます。
信長の問いへの家臣の返答と、藤十郎が起こした喧嘩の後始末です。


第23話「殴る前に申せ」

「信秀様がおられぬからこそ、でございます」

 

 若様の前にいた家臣が答えた。

 声は小さかったが、近くにいる者には聞こえた。

 

「弔いに人も集められぬとなれば、織田の家はもう衰えたと見られましょう。信秀様に縁のある方々を迎え、変わらずお付き合いいただくためにも」

「父上が死んだと、知らせてか」

「隠し続けることはできませぬ。知らせを聞いた方がそれぞれに参れば、いつまで弔問のために人を迎えるかも分かりませぬ」

 

 若様は相手をにらんだまま聞いていた。

 家臣は袖の中に手を収め、言葉を続ける。

 

「一堂に会することにも、意味がございます。若様も勘十郎様もここにおられる。皆が揃って信秀様をお送りする。その姿を見せるためでもございます」

 

 俺の前にいる父が、わずかにうなずいた。

 親父さんが死んだと広める場だと、若様は怒った。家臣は、跡に残った家を見せる場だと答えている。

 その人が本当にそう考えて支度をしたのか、今ここで理由を付けたのか、俺には分からなかった。

 ただ、返事を聞く前に香を投げて帰っていたら、この言葉も聞けなかった。

 

「皆が揃っただけで、敵が退くか」

「それだけでは退きませぬ」

「なら、備えはどうなっておる」

 

 若様が聞くと、別の者が進み出た。

 寺へ供を出す一方、留守の屋敷にも人を残しているという。使いが来たときに誰へ伝えるかも話した。

 

「そのほかは」

 

 今度は見張りの話になった。

 若様は途中で問い返したが、相手の答えを遮って立つことはなかった。聞いているうちに、俺も家で父と確かめた支度を思い出した。

 ここに集まる者の家が、皆空になっているわけではない。

 

「支度をしてあるなら、初めからそう申せ」

「お伝えしたつもりでございました。若様が寺へ出られる刻限を、お尋ねした折にも」

 

 若様の口が閉じた。

 俺は思わず目を伏せた。

 部屋では、着替えろ、いつ出る、と言われた話ばかりしていた。ほかに何を言われていたか、俺は聞いていない。

 

「……もう一度、聞く。寺を出てからだ」

 

 若様が言った。

 

「父上の弔いをするなとは申しておらぬ。これから誰が何をするか、わしにも分かるように話せ」

 

 家臣が頭を下げた。

 若様はしばらくその人を見ていたが、やがて声を落とした。

 

「ここに集まった者を、帰して終わりにするな。話すことがあるなら、聞く」

 

 俺は膝の上で手を開いた。

 右手の付け根が痛かった。

 

     *

 

 人の出入りが少し落ち着いたころ、父に呼ばれた。

 寺の者に案内された小部屋には、父と権六(ごんろく)が座っていた。甚助(じんすけ)もあとから入り、戸の脇へ座る。

 俺は父の前へ膝をついた。

 

「何があった」

 

 今度は答えを延ばせなかった。

 

「若様を殴りました」

 

 父が俺を見たまま黙った。

 権六は俺の顔へ目を向けた。

 

「お前からか」

「はい」

 

 父は甚助へ顔を向けた。

 甚助が頭を下げる。

 

「初めは部屋の外におりました。声を聞いて入ったときには、お二人とも」

「刀は」

「抜いておりませぬ。途中で、私が両方をお預かりしました」

 

 父の手が膝の上で握られた。

 

「若様に会いたいと申したな」

「はい」

「殴りに行けとは言っておらぬ」

「申し訳ありません」

 

 俺は頭を下げた。

 腹を折ると打たれたところが痛んだが、そのままにした。

 

「何を怒った」

 

 権六が聞いた。

 

「若様が、葬儀をぶち壊すとおっしゃったので」

 

 顔を上げ、話せるところから順に話した。

 敵に父の死を知らせることへの怒り。寺へ向かおうとしたこと。俺が呼び止め、腕をつかんでも止まらなかったこと。

 

「それで、腹が立ちました」

「若様にか」

「はい。皆の前で暴れて、また家の者を遠ざけるのかと思って」

 

 権六は俺の返事を聞くと、父へ顔を向けた。

 

「寺では、手を出さなかったな」

「それは見ておりました」

 

 父が答えた。

 

「だから、この顔は見過ごせませぬ」

 

 父は俺を見た。

 

「止めたかったというのは聞いた。だが、お前だけの身ではないぞ。榎並の名を申して屋敷へ入り、若様を殴ったのだ」

 

 俺は膝へ目を落とした。

 人目のあるところでは言い方を選んでいた。父へ迷惑をかけることも考えていた。

 考えたうえで、投げ出した。

 この人に何も言われずに済むとは思っていなかった。

 

「わしがお前に使いを任せるたび、先方は同じことを案ずるようになるかもしれぬ。気に入らぬことがあれば、また殴るのではないかとな」

「何でも殴るつもりではありません」

「今日、お前に殴られた方が、そうおっしゃってくださるか」

 

 返せなかった。

 

「そやつを殴ったのは、わしだ」

 

 戸口から声がした。

 若様が立っていた。俺たちが膝を揃え直す間に部屋へ入り、空いているところへ座る。

 

「話が聞こえた。皆、外へ下がらせた」

 

 父が頭を下げた。

 

「愚息が、誠に申し訳ございません」

「藤十郎が先に殴った。それは間違いない」

 

 助けてくれるのかと思ったところで、若様はそう言った。

 

「そのあと、わしも殴った。甚助たちが入ってきても、下がれと申した。あとは二人で話した」

「ですが」

「今後、使いに来るたび殴られるとは思うておらぬ。それは、わしから申す」

 

 父は顔を上げた。

 若様は俺を見た。

 

「お前も、次から殴る前に申せ」

「言いました。お待ちくださいと」

「そのあとのことだ」

「そのあとも聞かなかったでしょう」

 

 父の目がこちらを向いた。

 俺は口を閉じた。若様は腫れた頬へ指を当てる。

 

「そうだったな」

 

 権六が小さく息を吐いた。

 

「若様。止めた者に先に手を出されては、話を聞けとも言いにくくなります」

「押したことか」

「はい」

 

 若様は答えず、頬から手を離した。

 

「寺で、家臣が申すことは聞いた」

「承知しております」

 

 権六が頭を下げた。

 俺をかばってくれたようにも聞こえたが、若様を褒める言葉は続かなかった。

 

「聞いていただきたいことは、今後もありましょう」

「なら申せ」

「そのときに」

 

 権六はそう答え、若様を見た。

 若様も目をそらさなかった。

 

 父は二人のやり取りが終わるのを待ってから、もう一度頭を下げた。

 

「お許しいただいたことは、本人にもよく申し聞かせます。家でのことは、私からも話をいたします」

 

 若様はうなずき、俺へ顔を向けた。

 

「藤十郎。父親の話は、帰ってからよく聞け」

「はい」

 

     *

 

 父と権六が弟様の方へ戻ると、俺も甚助と出ようとした。

 若様が俺を呼び止めたので、甚助はまた廊下で待つことになった。

 

「何かあれば、すぐにお呼びください」

 

 甚助は俺だけでなく、若様にもそう言った。

 

「もう殴らぬ」

「俺も殴りません」

 

 二人の返事を聞いてから、甚助が戸を閉めた。

 

 俺は座り直した。

 朝から急いで歩き、殴り合いをして、葬儀の間は姿勢を崩せなかった。足を動かせるだけでも、だいぶ楽だった。

 若様は膝に肘を置いて俺を見た。

 

「乱世を統べると申したな」

 

 また、その話だった。

 

「わしが、取れると思うか」

「取ってほしいとは思っています」

「それは聞いた。取れると思うかと聞いておる」

 

 俺は若様の顔を見た。

 この人は桶狭間で勝つ。尾張をまとめ、美濃を取り、京へ行く。

 そこまで知っているつもりで、今日の葬儀では何を言えばよいかも分からなかった。

 歴史の中で何を成し遂げたかなら話せる。目の前の信長が、そこへどう行くかは分からない。

 

「今日、焼香をして、あの方々の返事を聞けた若様なら」

 

 若様が眉を寄せた。

 

「坊主の前で大人しく座れば、天下が取れるのか」

「座ったことだけで言っているのではありません。腹を立てても、何を考えているか聞けるなら、です」

「お前は聞かずに殴ったぞ」

「そこは俺も悪かったです。でも、若様も悪かったですよ」

 

 今度は謝れた。

 若様は俺の右手を見た。

 

「まだ怒っておるか」

「葬式を壊すと言い出したら、怒ります」

「そうか」

 

 若様は庭の方を向いた。

 

「わしにも、話しておったそうだ。留守の備えのことを」

「先ほど、そうおっしゃっていましたね」

「出る刻限ばかり聞かれたと思うておった」

 

 俺は返事をせずに聞いた。

 

「父上のことを聞きたかったのだ。何を申しておったか、どんな様子だったか。わしが会わなかったときのことを」

 

 若様は膝の上で指を組み、ほどいた。

 

「着替えの話をされるたび、腹が立った」

 

 俺は自分の袖へ目を落とした。若様の屋敷で借りた着物だった。

 

「俺も、着替えろと言いました」

「殴ったあとでな」

 

 若様が俺を見る。

 

「顔が腫れておるぞ」

「若様もです」

 

 若様は笑いかけ、頬を押さえた。

 俺はつられて笑うのをこらえた。

 

「それで、濃姫とは誰だ」

 

 こらえていた息まで止まった。

 

「わしの嫁のことだな」

「……はい」

「どこで、そう聞いた」

 

 前世で。

 教科書だか、ゲームだか、物語だか。どれが最初だったか分からないくらい前から、そういう名前だと思っていた。

 この世で誰が呼んだかと聞かれても、一人も浮かばなかった。

 

「美濃から来られた姫様なので」

「お前が勝手に呼んだのか」

「その……頭の中では」

 

 若様の目が細くなった。

 

「べっぴんとも申した。会ったか」

「お会いしていません」

「なら、なぜ知っておる」

 

 殴られても、ここまで追い詰められた気はしなかった。

 

「きっと、そうだろうと」

「何をもってだ」

「嫁のことで喜んでおられたので」

 

 若様が口を開きかけた。

 俺は先に続けた。

 

「嫁を迎える話を、俺にもしてくださったでしょう。それから奥方様のお話も」

「それだけで、顔まで決めたのか」

「言いすぎました」

 

 若様はしばらく俺を見ていた。

 目を合わせたままでいると、また何か滑らせそうだった。俺は腫れた唇へ舌を当て、痛みに顔をしかめた。

 

「お前は、妙なところまで口が回るな」

 

 若様が言った。

 

「それを、殴る前に使え」

 

 俺が答えようとしたとき、廊下から声がかかった。

 家臣が待っているという。若様は返事をし、膝から手を離した。

 俺も立ち上がろうとしたが、先に若様がこちらを見る。

 

「飯は食ったか」

「まだです」

「その顔では食えまい」

「誰のせいですか」

「先に殴ったのはお前だ」

 

 若様は廊下へ顔を向け、俺たちにも飯を回すよう頼んだ。

 

「甚助も、朝から食っておらぬだろう。父親にも伝えろ」

 

 俺は礼を言って部屋を出た。

 廊下で甚助が立つ。俺の顔を見てから、部屋の中を確かめた。

 

「終わりましたか」

「うん。飯をいただけるって」

 

 甚助は肩を下ろした。

 歩き出したところで、部屋から若様の声が追ってきた。

 

「藤十郎」

 

 振り向くと、若様は入口まで来ていた。

 

「天下の話は、また聞く」

 

 俺は返事をしようとして、口を閉じた。

 甚助が横から俺を見た。

 

「……まず、飯を食べたいです」

 

 若様が笑い、すぐに頬を押さえた。

 俺も笑ってしまって、唇が痛んだ。




今回は新しいアンケートはありません。

盛大な葬儀によって家の威勢や縁を示すという家臣の説明、留守の備え、葬儀後の会話は本作の創作です。実際の葬儀の企画意図や、家臣との問答が記録されているという意味ではありません。
権六が信長の言葉を聞いたことも、この場で信長への支持を決めたことにはしていません。藤十郎の失言は信長の記憶に残りますが、未来知識の持ち主だと理解されたわけではありません。
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