【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
信長の問いへの家臣の返答と、藤十郎が起こした喧嘩の後始末です。
「信秀様がおられぬからこそ、でございます」
若様の前にいた家臣が答えた。
声は小さかったが、近くにいる者には聞こえた。
「弔いに人も集められぬとなれば、織田の家はもう衰えたと見られましょう。信秀様に縁のある方々を迎え、変わらずお付き合いいただくためにも」
「父上が死んだと、知らせてか」
「隠し続けることはできませぬ。知らせを聞いた方がそれぞれに参れば、いつまで弔問のために人を迎えるかも分かりませぬ」
若様は相手をにらんだまま聞いていた。
家臣は袖の中に手を収め、言葉を続ける。
「一堂に会することにも、意味がございます。若様も勘十郎様もここにおられる。皆が揃って信秀様をお送りする。その姿を見せるためでもございます」
俺の前にいる父が、わずかにうなずいた。
親父さんが死んだと広める場だと、若様は怒った。家臣は、跡に残った家を見せる場だと答えている。
その人が本当にそう考えて支度をしたのか、今ここで理由を付けたのか、俺には分からなかった。
ただ、返事を聞く前に香を投げて帰っていたら、この言葉も聞けなかった。
「皆が揃っただけで、敵が退くか」
「それだけでは退きませぬ」
「なら、備えはどうなっておる」
若様が聞くと、別の者が進み出た。
寺へ供を出す一方、留守の屋敷にも人を残しているという。使いが来たときに誰へ伝えるかも話した。
「そのほかは」
今度は見張りの話になった。
若様は途中で問い返したが、相手の答えを遮って立つことはなかった。聞いているうちに、俺も家で父と確かめた支度を思い出した。
ここに集まる者の家が、皆空になっているわけではない。
「支度をしてあるなら、初めからそう申せ」
「お伝えしたつもりでございました。若様が寺へ出られる刻限を、お尋ねした折にも」
若様の口が閉じた。
俺は思わず目を伏せた。
部屋では、着替えろ、いつ出る、と言われた話ばかりしていた。ほかに何を言われていたか、俺は聞いていない。
「……もう一度、聞く。寺を出てからだ」
若様が言った。
「父上の弔いをするなとは申しておらぬ。これから誰が何をするか、わしにも分かるように話せ」
家臣が頭を下げた。
若様はしばらくその人を見ていたが、やがて声を落とした。
「ここに集まった者を、帰して終わりにするな。話すことがあるなら、聞く」
俺は膝の上で手を開いた。
右手の付け根が痛かった。
*
人の出入りが少し落ち着いたころ、父に呼ばれた。
寺の者に案内された小部屋には、父と
俺は父の前へ膝をついた。
「何があった」
今度は答えを延ばせなかった。
「若様を殴りました」
父が俺を見たまま黙った。
権六は俺の顔へ目を向けた。
「お前からか」
「はい」
父は甚助へ顔を向けた。
甚助が頭を下げる。
「初めは部屋の外におりました。声を聞いて入ったときには、お二人とも」
「刀は」
「抜いておりませぬ。途中で、私が両方をお預かりしました」
父の手が膝の上で握られた。
「若様に会いたいと申したな」
「はい」
「殴りに行けとは言っておらぬ」
「申し訳ありません」
俺は頭を下げた。
腹を折ると打たれたところが痛んだが、そのままにした。
「何を怒った」
権六が聞いた。
「若様が、葬儀をぶち壊すとおっしゃったので」
顔を上げ、話せるところから順に話した。
敵に父の死を知らせることへの怒り。寺へ向かおうとしたこと。俺が呼び止め、腕をつかんでも止まらなかったこと。
「それで、腹が立ちました」
「若様にか」
「はい。皆の前で暴れて、また家の者を遠ざけるのかと思って」
権六は俺の返事を聞くと、父へ顔を向けた。
「寺では、手を出さなかったな」
「それは見ておりました」
父が答えた。
「だから、この顔は見過ごせませぬ」
父は俺を見た。
「止めたかったというのは聞いた。だが、お前だけの身ではないぞ。榎並の名を申して屋敷へ入り、若様を殴ったのだ」
俺は膝へ目を落とした。
人目のあるところでは言い方を選んでいた。父へ迷惑をかけることも考えていた。
考えたうえで、投げ出した。
この人に何も言われずに済むとは思っていなかった。
「わしがお前に使いを任せるたび、先方は同じことを案ずるようになるかもしれぬ。気に入らぬことがあれば、また殴るのではないかとな」
「何でも殴るつもりではありません」
「今日、お前に殴られた方が、そうおっしゃってくださるか」
返せなかった。
「そやつを殴ったのは、わしだ」
戸口から声がした。
若様が立っていた。俺たちが膝を揃え直す間に部屋へ入り、空いているところへ座る。
「話が聞こえた。皆、外へ下がらせた」
父が頭を下げた。
「愚息が、誠に申し訳ございません」
「藤十郎が先に殴った。それは間違いない」
助けてくれるのかと思ったところで、若様はそう言った。
「そのあと、わしも殴った。甚助たちが入ってきても、下がれと申した。あとは二人で話した」
「ですが」
「今後、使いに来るたび殴られるとは思うておらぬ。それは、わしから申す」
父は顔を上げた。
若様は俺を見た。
「お前も、次から殴る前に申せ」
「言いました。お待ちくださいと」
「そのあとのことだ」
「そのあとも聞かなかったでしょう」
父の目がこちらを向いた。
俺は口を閉じた。若様は腫れた頬へ指を当てる。
「そうだったな」
権六が小さく息を吐いた。
「若様。止めた者に先に手を出されては、話を聞けとも言いにくくなります」
「押したことか」
「はい」
若様は答えず、頬から手を離した。
「寺で、家臣が申すことは聞いた」
「承知しております」
権六が頭を下げた。
俺をかばってくれたようにも聞こえたが、若様を褒める言葉は続かなかった。
「聞いていただきたいことは、今後もありましょう」
「なら申せ」
「そのときに」
権六はそう答え、若様を見た。
若様も目をそらさなかった。
父は二人のやり取りが終わるのを待ってから、もう一度頭を下げた。
「お許しいただいたことは、本人にもよく申し聞かせます。家でのことは、私からも話をいたします」
若様はうなずき、俺へ顔を向けた。
「藤十郎。父親の話は、帰ってからよく聞け」
「はい」
*
父と権六が弟様の方へ戻ると、俺も甚助と出ようとした。
若様が俺を呼び止めたので、甚助はまた廊下で待つことになった。
「何かあれば、すぐにお呼びください」
甚助は俺だけでなく、若様にもそう言った。
「もう殴らぬ」
「俺も殴りません」
二人の返事を聞いてから、甚助が戸を閉めた。
俺は座り直した。
朝から急いで歩き、殴り合いをして、葬儀の間は姿勢を崩せなかった。足を動かせるだけでも、だいぶ楽だった。
若様は膝に肘を置いて俺を見た。
「乱世を統べると申したな」
また、その話だった。
「わしが、取れると思うか」
「取ってほしいとは思っています」
「それは聞いた。取れると思うかと聞いておる」
俺は若様の顔を見た。
この人は桶狭間で勝つ。尾張をまとめ、美濃を取り、京へ行く。
そこまで知っているつもりで、今日の葬儀では何を言えばよいかも分からなかった。
歴史の中で何を成し遂げたかなら話せる。目の前の信長が、そこへどう行くかは分からない。
「今日、焼香をして、あの方々の返事を聞けた若様なら」
若様が眉を寄せた。
「坊主の前で大人しく座れば、天下が取れるのか」
「座ったことだけで言っているのではありません。腹を立てても、何を考えているか聞けるなら、です」
「お前は聞かずに殴ったぞ」
「そこは俺も悪かったです。でも、若様も悪かったですよ」
今度は謝れた。
若様は俺の右手を見た。
「まだ怒っておるか」
「葬式を壊すと言い出したら、怒ります」
「そうか」
若様は庭の方を向いた。
「わしにも、話しておったそうだ。留守の備えのことを」
「先ほど、そうおっしゃっていましたね」
「出る刻限ばかり聞かれたと思うておった」
俺は返事をせずに聞いた。
「父上のことを聞きたかったのだ。何を申しておったか、どんな様子だったか。わしが会わなかったときのことを」
若様は膝の上で指を組み、ほどいた。
「着替えの話をされるたび、腹が立った」
俺は自分の袖へ目を落とした。若様の屋敷で借りた着物だった。
「俺も、着替えろと言いました」
「殴ったあとでな」
若様が俺を見る。
「顔が腫れておるぞ」
「若様もです」
若様は笑いかけ、頬を押さえた。
俺はつられて笑うのをこらえた。
「それで、濃姫とは誰だ」
こらえていた息まで止まった。
「わしの嫁のことだな」
「……はい」
「どこで、そう聞いた」
前世で。
教科書だか、ゲームだか、物語だか。どれが最初だったか分からないくらい前から、そういう名前だと思っていた。
この世で誰が呼んだかと聞かれても、一人も浮かばなかった。
「美濃から来られた姫様なので」
「お前が勝手に呼んだのか」
「その……頭の中では」
若様の目が細くなった。
「べっぴんとも申した。会ったか」
「お会いしていません」
「なら、なぜ知っておる」
殴られても、ここまで追い詰められた気はしなかった。
「きっと、そうだろうと」
「何をもってだ」
「嫁のことで喜んでおられたので」
若様が口を開きかけた。
俺は先に続けた。
「嫁を迎える話を、俺にもしてくださったでしょう。それから奥方様のお話も」
「それだけで、顔まで決めたのか」
「言いすぎました」
若様はしばらく俺を見ていた。
目を合わせたままでいると、また何か滑らせそうだった。俺は腫れた唇へ舌を当て、痛みに顔をしかめた。
「お前は、妙なところまで口が回るな」
若様が言った。
「それを、殴る前に使え」
俺が答えようとしたとき、廊下から声がかかった。
家臣が待っているという。若様は返事をし、膝から手を離した。
俺も立ち上がろうとしたが、先に若様がこちらを見る。
「飯は食ったか」
「まだです」
「その顔では食えまい」
「誰のせいですか」
「先に殴ったのはお前だ」
若様は廊下へ顔を向け、俺たちにも飯を回すよう頼んだ。
「甚助も、朝から食っておらぬだろう。父親にも伝えろ」
俺は礼を言って部屋を出た。
廊下で甚助が立つ。俺の顔を見てから、部屋の中を確かめた。
「終わりましたか」
「うん。飯をいただけるって」
甚助は肩を下ろした。
歩き出したところで、部屋から若様の声が追ってきた。
「藤十郎」
振り向くと、若様は入口まで来ていた。
「天下の話は、また聞く」
俺は返事をしようとして、口を閉じた。
甚助が横から俺を見た。
「……まず、飯を食べたいです」
若様が笑い、すぐに頬を押さえた。
俺も笑ってしまって、唇が痛んだ。
今回は新しいアンケートはありません。
盛大な葬儀によって家の威勢や縁を示すという家臣の説明、留守の備え、葬儀後の会話は本作の創作です。実際の葬儀の企画意図や、家臣との問答が記録されているという意味ではありません。
権六が信長の言葉を聞いたことも、この場で信長への支持を決めたことにはしていません。藤十郎の失言は信長の記憶に残りますが、未来知識の持ち主だと理解されたわけではありません。