【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
そのあいだに若様のいる城も変わった。
若様と棒を合わせると、俺が取る一本が増えた。若様が負けるともう一度と言うところは以前のままだった。
市様とも、若様を訪ねた折に顔を合わせてきた。稽古のあとで会うと、どちらが勝ったのかと聞かれる。初めて会った頃より背が伸び、今は数えで十になっていた。
まだ小さかった頃、何度目かに遊びに伺うと、市様からこんなことを聞かれた。
「藤十郎は長いから、とうって呼んでもいい?」
「はい。ここで遊ぶときは、それで」
それから奥の部屋へ通されると、「とう」と呼ぶ声が迎えてくれるようになった。
若様からは、市様と遊んだあの日のように話を振られることが増えた。急に尋ねられるので、返事をしかけて言葉を選び直すこともあった。
家の裏に並べた木から初めてしいたけが出たのは、始めて二度目の秋だった。
札をつけておいた木に茶色い傘を見つけ、山へ案内してくれた男を呼んだ。採ったものを一緒に確かめ、母に焼いてもらった。噛むと汁が出た。あの日は父の皿へ載せる分まで、俺が数えた。
その後も出る木と出ない木を分けて記し、収穫できた木の材を使って次を試した。今では家で使う分を干して蓄え、出来のよいものを少しずつ若様と柴田の家へ届けている。
あのとき仕込んだ醤油は、味噌造りの男と加減を変えながら試し、家の台所で使える味になった。焼いた魚へつけたものを若様にも召し上がっていただくと、次は菓子よりこちらを持てと言われた。
今では家から豆や麦、塩を買う銭を出し、男のところで仕込んでもらっている。出入りの商人に小分けで売ってもらうと、料理に使った客から次の注文が来た。
売れた分から材料代を戻し、造る者と売る者へ払ったあとにも榎並の取り分が残る。父はその一部で桶を買い足し、造り手と相談して豆や麦の買い入れも増やした。
俺も商人から注文の数を聞き、仕込んである量と見比べて次の仕込みを頼んだ。ほかの売り先も探してほしいと伝えると、持っていく見本を用意してくれと言われた。
男の仕事場には、榎並が銭を出した桶が何本も並ぶようになった。
カステラは若様から贈答用の注文をいただき、榎並の家で焼くようになった。高い砂糖は若様から預かり、ほかの材料代と焼く手間賃を受け取る。作ってもらった型を使い、俺が留守でも母と台所の者で注文の数を揃えられるようになった。
代金を受け取って卵や粉、水飴、炭や紙の代を払うと、家にも銭が残った。父は次に使う分を取り分け、焼いた者にも手間賃を渡した。
形の揃ったところを贈り物に包み、切り落とした端や余りを俺たちで食べた。若様へ届けると、贈答の包みより先に小さな方を覗き込まれる。市様も一緒の日は、その切れ端を並べて取り分を決めていた。
食べ終えれば歯を磨けと俺が言い、若様からお前もだと返される。それもいつものやり取りになっていた。
奥方様と言葉を交わしたのも、菓子を届けた日のことだった。
若様に部屋へ呼ばれると、奥方様の隣には市様も座っていた。俺が包みを置くと、若様が奥方様へ顔を向けた。
「榎並の藤十郎だ。この菓子のことなら、こやつに申せ」
この方が
「初めてお目にかかります。藤十郎にございます」
「殿からは、うまかったという話ばかり聞いております」
「そなたにも残しておるだろう」
「食べ終えてから思い出されることもございますね」
俺は包みを開く手を止めた。笑ってよいのか迷っていると、奥方様がこちらを見た。
「次からは私の分もお願いします」
「はい。奥方様にもお持ちいたします」
「とう、わたしのも忘れないでね」
市様が奥方様の袖を引きながら言った。
「市様の分も、ちゃんと残しますよ」
奥方様が笑った。若様は俺が開いた包みから一切れ取り、市様の皿へ置いた。
それからは菓子を届けた折に、奥方様へも挨拶をし、味の感想を伺うことがあった。
だが、織田の内輪の争いは収まらない。
同じ織田を名乗る家々が戦い、若様が兵を動かせば、誰がついていくかという話が家にも届いた。
美濃で奥方様の父、
夏になると、弟様のところへ人が集まっているという話を耳にするようになった。
弟様をお立てする。その言葉と一緒に
*
父に呼ばれたのは、若様のところから戻った日の夕方だった。
部屋には甚助もいた。俺が座ると、父は膝の前に置いていた文を脇へ寄せた。
「信長様へお味方する。榎並の者にはわしからそう伝える」
俺は父を見た。
父は俺の返事を待っていた。
「……はい」
「お前にも先に話しておきたかった」
「柴田からは何か」
「弟様のお力になってほしいとな。わしにも話は来ておる」
庭から、家の者が桶を片づける音が聞こえた。
父はその音がやむまで黙っていた。
「権六殿にはずいぶん助けていただいた。お前のことも幼い頃から見てくださった」
「はい」
「わしからお断りする。使いにお前を立てるつもりはない」
父はそう言い、脇へ寄せた文を見た。
「あの葬儀のとき、信長様がお前を伴って入ってこられたな」
「……あの顔で、ですか」
「そうだ」
甚助が目を伏せた。
俺は唇を舐めかけて、やめた。とっくに傷は消えている。
「あれからお前が持ち帰る話を聞いてきた。鳴海のこともな。わしも信長様へ伺い、こちらの都合を申し上げた。返事のしようは以前と変わられた」
「今でも腹は立てられます」
「知っておる。わしの話の途中で立たれたこともある。あとで続きを言えと呼び戻された」
そんなことがあったのか。
父は少し口元を緩めた。
「何もかも穏やかに聞かれる方ではない。それでも、話したことが役に立てばお使いになる。鳴海では、あちらにおった者にも守りを任せられた」
「清兵衛殿は今もよく働いておられます」
「お前がそう言うので、わしも会った」
俺が顔を上げると、父はうなずいた。
「任せたあとで何が足りぬかも聞いておられた。あの方の下であれば、榎並から申し上げることもあろうと思う」
父は俺の顔を見ていた。
俺が若様をどう思っているかを聞かれるのだろうかと、膝へ置いた手を握った。
「お前をあちらへ通わせたのはわしだ。ここまで付き合ってきたところで、争いになりそうだから離れよとは申せぬ」
「父上」
「お前の見てきた信長様をわしも信じてみる。わしが直接見たことも合わせてな」
喉の奥が詰まり、すぐに返事が出なかった。
父は甚助へ向き直った。
「人数を確かめておけ。呼ばれてから支度に困らぬようにする」
「承知しました」
甚助が答えてから、俺を見た。
俺も頭を下げた。
「俺からも信長様へお伝えします」
「うむ。権六殿に会いたければ会ってこい。話したことは帰ってから聞かせよ」
*
父が返事を届けたあと、権六から俺に会いたいと伝言が来た。
父へ行き先を告げ、甚助と柴田の家へ向かった。
権六は庭にいた。
俺を見ると立ち上がり、部屋へ上がれと言った。いつもなら棒を持ってこいと言われるところで、少し足が止まった。
甚助は案内の者と廊下に残った。
部屋へ入った権六は、戸を閉めずに俺と向かい合った。廊下の端に甚助の膝が見えた。
「お前の父からの返事は聞いた」
「はい」
「お前も同じか」
「若様のもとへ参ります」
権六は膝の上で手を組んだ。
「清須を取り、鳴海も守っておる。人の話を聞くようになったというのも分かる。わしもあの葬儀におった」
俺は黙って続きを待った。
「だが、弟様はその前から側へ来た者の話を聞いてこられた。信秀様を亡くされたあとも、お側へ参った者の顔と用を覚えておられた。わしが困っておれば、どうしたとお尋ねになった」
初めて挨拶した日のことを思い出した。
俺が若様を待たせていないかと、冗談を言われた。
「俺にもお言葉をくださいました」
「ああ。お前のことは今でも聞かれる」
権六の親指が組んだ手の甲をゆっくり擦った。
「あの方へこの先は兄上に任せてお引きくださいと申せば、誰が残ると思う。あの方のためにと集まった者も皆それぞれに言うておる。わしまで離れて、誰が側で物を申す」
「戦になる前に、お二人で話せませんか」
「兄上は人を取り、城を取り、弟様のところへ来る者にも声をかける。弟様は兄上の領分へ手を伸ばす。今はどちらに従うかを聞かれるところまで来ておる」
権六は息を吐いた。
「弟様をお立てすると、わしも皆に言うてきた」
窓の外で誰かが棒を振っていた。
空を切る音が二度して、止まる。
「権六殿は若様と戦われますか」
「命じられれば出る」
俺は一度、廊下へ目をやった。
甚助の膝は、先ほどと同じところにあった。
「では、俺たちも向かい合うことになります」
権六がこちらを見た。
「藤十郎。こっちへ来い」
俺は膝の上へ目を落とした。
「お前の父にも、もう一度わしから頼む。弟様へも話す。榎並が来たことで困る者がおれば、わしが間へ入る」
「父は決めました」
「ならば、お前だけでも来い」
俺だけ離れれば、父は家の者へ何と話せばいい。
権六は俺の顔を見て、身を乗り出した。
「あの小さかったお前が、わしへ槍を向けるのか」
返事をしようとしたのに、口が開かなかった。
権六が俺の手元へ目を落とす。
「初めて棒を持たせたときは、手から抜けそうでな。握り直せと言う前に、自分で持ち直しておった。覚えておるか」
俺はうなずいた。
その日のことは曖昧だ。棒を持たせてもらった日は、一日や二日ではない。
「今ではわしから一本取る」
権六は少し笑いかけた。
「もう一度合わせようと思うておった。お前が次に何をするか見たかった」
「俺もです」
「だったら、来い。お前に倒れてほしゅうない」
膝の上の手に力が入った。
この人はあとで信長に仕える。
前世で知っていた柴田勝家なら、そうなる。けれど、今ここにいる権六がその日まで生きて辿り着くかは分からない。葬儀の日には俺が殴った。その前の付き合いから、もう知っている歴史とは違っている。
「権六殿こそ、こちらへ来てください」
権六の顔から笑みが消えた。
「俺からも若様に頼みます。弟様とお話しするなら、その場に俺も」
「わしが来れば、弟様もついてくると思うか」
俺は唇を噛んだ。
「……分かりません」
「あの方へ人を集めておいて、話が違うから兄上へ参るとは、わしからは申せぬ」
権六は膝から手を離した。
俺の肩へ伸びかけた手が、間で止まった。
「お前には、それができると思ったか」
俺は首を振った。
「若様にも何度も来いと言われました。父も俺の話を聞いて、若様を選びました。鳴海にも一緒に働いてきた人がいます」
清兵衛と与吉の顔が浮かんだ。
そこへ若様の顔が重なる。
「俺が若様を殴ったあと、若様は皆の前でも言えと仰いました」
「それは聞いておる」
「あれから何度も俺の話を聞いてくださった。これからも言うと答えた俺が、ここで離れたくありません」
権六は口を閉じた。
俺は顔を上げた。
「俺も権六殿と戦いたくないです」
権六の手が俺の肩へ載った。
以前より小さく感じる手が着物をつかむ。
「ならば、なぜこっちへ来ぬ」
喉の奥が熱くなった。
「そっちへ来いと俺も言いたいからです」
しばらくどちらも黙っていた。
権六が手を離す。着物の肩に握られた
「……帰れ。暗くなる」
俺は頭を下げ、立ち上がった。
戸口まで来たところで、権六に呼ばれた。
「藤十郎」
振り向くと、権六は座ったまま俺を見ていた。
「槍の穂先から目を離すな。相手の顔ばかり見るなよ」
俺は返事をするまでに少しかかった。
「……はい」
廊下で甚助が立ち上がった。
庭には稽古に使う棒が二本立てかけてあった。
*
帰宅して父へ話すと、父は最後まで聞いた。
翌日、俺は清須へ行き、若様にも権六との話を伝えた。
「権六から来いと言われたか」
「はい。お断りしました」
若様は俺の顔を見た。
「戦になればあれは強いぞ」
「知っています」
「お前の槍も知っておる」
「はい」
若様は立ち上がり、庭へ下りた。
立てかけてあった棒を取り、俺へ一本差し出す。
「今日はわしを権六と思え」
「若様も権六殿と同じようには動かれません」
「ではわしを倒してから申せ」
俺は棒を受け取った。
最初に踏み込んだ若様の棒を払い、胸元へ先をつけた。
若様はそれを見下ろし、顔を上げた。
「もう一本」
その数日後、弟様の側が若様の領分を押さえ、林の兵も道を塞いだという知らせが来た。
父は家の者を集めた。甚助が槍を運び出し、俺は父と一緒に清須へ向かう列の先へ立った。
城で聞かされた敵の大将の名は、柴田権六と
本話では数年をまとめて進め、弘治二年(1556年)の兄弟対立へ入っています。鳴海の早期奪還から続く展開、榎並家の判断、権六と藤十郎の対話は本作の創作です。勝家が弟側へ加わった動機を、史実として断定するものではありません。市と藤十郎の出会い・交流、私的な場での呼び名「とう」、信長同席で奥方と言葉を交わす場面も本作の創作です。
またタラレバですが、前回の城を任せるアンケートで権六を選んだ場合、更にアンケートがその後すぐに発生して、そこでも権六を選んだ場合のみ、この時点で権六が信長につくルートもありました。その場合も権六を主人公がぶん殴っていたと思いますが。そげぶ?