【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
川の水が増え、向こうへ渡った者が泥をつけて帰ってきた。若様の前で、砦の備えがまだ整っていないと話す。
そこへ弟様の兵が動いたという知らせが来た。
俺は父の隣で、
「今川まで来ればわしが手を分けねばならぬ。鳴海はあれに守らせる」
使いが頭を下げて退出した。
「藤十郎」
若様が俺を呼んだ。
「榎並の人数を連れて来い。父親にも一緒に動いてもらう」
「承知いたしました」
父が答え、俺も頭を下げた。
揃って部屋を出ると、父が俺の顔を見た。
「具合はどうだ」
「動けます」
「うむ」
父は俺の肩を一度叩き、家の者が待つところへ歩き出した。
出る前に槍の柄を拭いた。
手を滑らせたときに引っかかる箇所を確かめ、濡れた布を甚助へ渡す。
甚助は自分の槍も拭いてから、布を荷へ戻した。
「権六殿と向かい合うかもしれませんな」
「ああ」
「私もあの方には稽古をつけていただきました。敵として槍を向けるとなると、どうにもやりづらいですな」
俺は槍の柄を握り直し、自分にも言い聞かせるように答えた。
「……それでも、迷うな」
甚助がうなずき、槍を持ち上げた。
俺も続いて、若様のいる方へ向かった。
*
翌朝、
道に沿って来る者と田の方から近づく者がいる。敵の旗は離れた二か所で揺れていた。
若様は兵を下げ、藪の近くで並び直させた。
俺たちはその前へ出る組に加わった。
父は後ろに残る家の者を集めていた。俺がそばを通ると、こちらへ顔を向けた。
「前は任せた。後ろはわしが引き受ける」
「はい。行ってまいります」
父がうなずいた。
俺は自分の組へ戻り、集まっていた者の顔を見渡した。
「甚助、左を見てくれ。俺は右にも目を配る」
「承知しました」
甚助を左側に置き、俺は中央で家の者と槍を並べた。前の組が進むのを見て歩き出し、間が詰まれば手で合図して止める。
道の向こうから声が飛んできた。
権六の声だった。
言っていることまでは聞き取れない。それでも、誰かを呼ぶときに最後の音が低くなるところで分かった。
俺は向こうの男たちの顔を見た。
先頭にいる者の肩越しに、槍を持つ腕が上がった。
相手の顔ばかり見るな。
俺は目を下げ、こちらへ向いた穂先を見た。
「来るぞ」
甚助の声と一緒に、前が動いた。
味方の槍のあいだから先を出す。向こうの槍がぶつかり、柄を握る指へ衝撃が伝わった。
一人が大きく振りかぶる。
俺は相手の柄が下りてくる前に、穂先を外側へずらした。槍を打ち合わせ、横へ流れた柄に沿って突き出す。
先が男の肩へ入った。
引き抜くと男は槍を落とし、後ろへ下がった。
すぐ脇から別の男が出てくる。俺はそちらへ先を向け、近づく足を止めた。
「左、頼む」
甚助が間を詰めて俺の左へ並んだ。
俺が突き出した槍を相手に打たせ、その槍を甚助が横から押した。俺は空いた胸元へ突いた。
男が倒れ、後ろの兵が足を止める。
「前へ出すぎるな。列を揃えろ」
振り返らずに声を出した。
右にいた家の者が一歩戻り、俺たちと槍を並べる。
息を吐くたびに喉が乾いた。
腕はまだ動く。繰り返してきた突き戻しは、相手の槍がぶつかっても狙ったところへ戻せた。
その向こうで倒れた男を別の男が引きずっている。
俺は次の穂先へ目を移した。
敵の後ろから大きな声が上がった。
「押せ。下がるな」
権六だった。
人のあいだから一瞬だけ顔が見えた。
額の下の目がこちらを向いていた。
俺の前にいた敵兵が槍を突き出した。
柄を両手で回し、相手の穂先を右へ弾く。体の前が空いた男の喉元へ俺の先が向いた。
相手が俺の穂先を左手で払おうとし、槍を持つ右手を引いた。
その手が戻る前に、俺は胸へ突いた。穂先が沈み、男の体重が槍へかかる。
柄を引き戻すと男が膝をついた。俺は一歩下がり、甚助の隣へ槍を戻した。
「右、寄らせるな」
俺の右にいた者が槍を出し、倒れた男の脇から入ろうとしていた敵を押し返した。
手のひらには今の重さが残っていた。息を吐き、隣の槍が揃うのを見て先を出した。
権六の姿はもう見えなかった。
*
味方の列が左の方から崩れた。
血のついた顔で走ってくる者がいる。その後ろから敵が押し寄せ、槍を下げたまま逃げる味方へ追いつこうとしていた。
「戻れ。若様のところへ戻るぞ」
前の組から声が来た。
俺は甚助へうなずき、家の者にも聞こえるよう叫んだ。
「甚助、後ろの道を見てくれ。皆、槍を向けたまま下がれ」
甚助が列の後ろへ回り、逃げてくる味方のあいだに戻る道を探した。
俺は追ってくる敵へ槍を向け、左右の者と足を合わせて下がった。隣の男が先に下がれば、その前へ穂先を出す。男の槍が戻るのを待って、今度は俺が足を引く。
背中の方から男がぶつかってきた。俺の肩をつかみかけたので、甚助がその腕を取って横へ通した。
「後ろへ行け。ここを空けろ」
俺たちは左右にいる味方と一緒に、追ってくる敵へ穂先を揃えた。
一本が近づけば二本で押し返す。俺の右の男が足を取られたときは、俺がその前へ槍を出し、甚助が男の腕を引いた。
後ろから父の声がした。
「藤十郎、こちらだ」
振り向くと父がいた。
その奥に若様が見えた。まだ逃げてくる者の方へ顔を向けている。
父のいる列まで下がり、俺は隣へ入った。
権六の兵が近づいてくる。
向こうの一人が俺たちを見て、何か叫んだ。
「下がるな!」
若様の声が、すぐ後ろから響いた。
俺は槍を握り直した。
若様が前へ出る。逃げてきた兵の一人を呼び止め、槍を持つ手を指さした。
「持っておるなら向けろ。わしの横へ立て」
呼ばれた男が振り向いた。
後ろにいた二人も足を止める。若様は俺たちの方を見た。
「藤十郎。そこを空けるな」
「はい」
「甚助、左を揃えてくれ。右は俺についてこい」
甚助が左の者へ声をかけ、俺は右にいた二人へ間を詰めるよう手で示した。
父が俺の隣へ入り、前へ穂先を向けた。俺も槍を出すと、甚助の方から順に家の者の槍が並んだ。
敵の先頭が止まった。
後ろから来た者と肩がぶつかり、横へずれる。そこへこちらの槍が届いた。
若様に呼び戻された男が突き、隣へ戻った仲間も続いた。
押し返せる。
「揃えて出ろ」
俺は右の男へ声をかけた。
穂先を並べて進むと、向こうの兵が一人下がった。その隣が槍を引き、さらに後ろの男が背を向けた。
権六が怒鳴る声がした。
俺は前の槍を払い、顔を上げた。
味方と敵のあいだに権六がいた。
一人を肩で押し戻し、こちらへ槍を向けている。頬の横から血が流れていた。
権六の目が俺の顔で止まった。
「権六殿」
口から名が出た。
俺の右で味方の男が踏み込む。
権六はその槍を打ち上げた。男がよろめいたところへ、俺は槍の柄を横にして、権六の突きを受けた。
重い。
俺は右足を引き、押し込まれる柄を斜めに滑らせた。権六の穂先が脇を抜けるのに合わせ、先を返して胸元へ突き出す。
権六が身をひねり、槍の柄で弾いた。返ってきた先を外へ払い、俺も足を踏み替えて向き直る。
「甚助、左から」
横から甚助の槍が入った。
権六がそれを避けて間を取ると、俺は穂先を向けたまま、甚助とのあいだを詰めた。
敵の男が二人駆け寄った。
「権六様、退いてくだされ」
一人が権六の腕を引いた。
権六はその男を押しのけかけ、向こうで走り出した兵を見た。それから槍をこちらへ向けたまま、足を引いた。
俺も先を下げずに見送った。
敵の男が間へ入り、権六の顔が隠れる。
「藤十郎、右だ。林の兵が残っておる」
父の声で、俺は右へ向き直った。
味方の兵が南へ走っている。離れたところでは、まだ林の兵と槍を合わせていた。
若様がそちらへ向かった。
「甚助、皆を右へ。俺が前へ出る」
俺は近くにいた家の者を連れて若様の進む方へ回った。甚助が残る者を呼んで続き、父の組もその後ろへついた。
*
林美作守が討たれたと、前から声が来た。
そのあとも逃げる者を追う声は続いたが、俺たちが戻れと言われた頃には、まとまって槍を向けてくる敵はいなくなっていた。
槍を持ったまま人の集まるところへ戻った。
甚助が家の者の名を呼んだ。一人ずつ返事があり、最後の一人は父に肩を借りて歩いてきた。
足を捻ったという。甚助へ引き渡すと、父は俺の顔を覗き込んだ。
「どこかやられたか」
「腕を打ちました。動きます」
左手で柄を握り直して見せた。
父は俺の袖を持ち上げ、血がにじんでいないか確かめた。
「権六殿の槍を受けました」
「見ておった」
父が袖を下ろした。
俺は槍へ目を落とした。
柄についた新しい傷に爪が引っかかった。
さっき権六の喉も胸も見えた。
俺の前へ出ればこの槍で突く場所にあった。
「藤十郎」
父に呼ばれ、顔を上げた。
若様が歩いてきた。
「人数は」
俺は家の者が全員戻ったことと、足を痛めた者が一人いることを答えた。
若様は座っている男へ近づき、帰りは人をつけるよう父へ言った。
それから俺を見る。
「権六を見たか」
「はい。退いていかれました」
「どちらへ」
俺は権六が消えた方を示した。
若様はそちらを見て、そばの者へ行く先を確かめるよう命じた。
「林美作は討った」
俺は若様へ向き直った。
「弟様は」
「まだ分からぬ。城へ戻る者を見ておる」
若様はそこまで言って、俺の槍へ目を落とした。
「権六と合わせたか」
「一度槍を受けました」
「そうか」
若様は俺の隣に立ち、敵の退いた方を見た。
俺は聞きかけた。
このあと弟を許しますか。
前世で聞いた話では一度許して、そのあとまた裏切られる。
けれど、権六が俺へ向けた槍の重さは知っていた話のどこにもなかった。
打たれた腕がまだ痛む。あの穂先を避け損ねていたら、俺はここで死んでいたかもしれない。
俺にとっては、これが現実だ。
知っている歴史から外れるのを怖がるには、もう今更だろう。若様を殴って葬儀まで変えたくせに、ここで記憶どおりに進むのを待ってどうする。
弟様がまた兵を挙げると知っているなら、その前にできることを探そう。
ただ、そこを変えた先が気になった。
俺の覚えている信長は、生まれや家柄にかかわらず、働く者を取り立てる人だった。身内に二度裏切られて弟を殺したことも、そういう人の見方につながったんじゃないか。前世では、そんなふうに考えていた。
もし弟様との決別を止めたら、後に取り立てられるはずの誰かまで埋もれるのか。
弟を殺さずに済んでも、人の働きを見て取り立てることはできるはずだ。清兵衛殿を城に置くときも、若様は話を聞いて、ご自分で任せると決めた。
ああいう相談には、これからも口を出そう。家柄のよい者が並ぶ席でも、使える案なら出してもらう。俺だけが重宝されて終わるのでは、皆の前で意見を言えと頼まれた役目も果たせない。
「……何だ」
若様が俺を見た。
俺は顔を上げ、その目を見返した。
「弟様をお許しになるおつもりですか」
「まだ何も申してきておらぬ」
「一度お許しになっても、もう一度裏切られますよ」
若様の目が細くなった。
「ずいぶんとはっきり申すな。弟がそう話しておったか」
「いいえ」
「では、なぜ分かる」
槍の柄を握る手に力が入った。
いつものように、聞いた話だと言って済ませることもできた。だが、若様は俺から目を離さなかった。
「……そうなると、覚えています」
「覚えておる?」
「はい。弟様は一度許されても、また若様に背きます。そのときは、若様も弟様を殺すことになります」
若様は黙った。
近くで誰かが人を呼んでいた。足音が通り過ぎるまで待ち、若様が俺へ一歩近づいた。
「わしが弟を殺すと、お前は申すのか」
「……はい」
若様の顔を見ながら、俺も声を落とした。
「若様に弟様を殺してほしくありません。その前に止めたいんです。表には出されませんけど、そうなれば若様も傷つくでしょうから」
若様が口を開きかけた。
何も言わずに閉じ、俺から目をそらす。しばらく敵の退いた方を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……余計なところまで気を回す」
「友ですから」
若様がこちらを向いた。
俺はその目を見て続けた。
「権六殿とも話したいです。今日のように槍を向け合うのも、もう御免です」
「弟がまた背くと、あれにも申す気か」
「まず若様と相談させてください。俺の知っている話と、今の権六殿が同じように動くかは分かりません」
若様は俺の槍の傷へ目を落とし、それから俺の顔を見た。
「城へ戻ったら残れ。二人で話す」
「はい。それと、人を取り立てることについても、お話ししたいです」
「誰か推したい者でもおるのか」
「これからです。家柄が低くても、役に立つ知恵や腕を持つ者がいたら、話を聞いていただきたい。俺もそういう者を探します」
若様が俺の顔を見直した。
「弟の話から、そこまで飛ぶか」
「つながっているかもしれません。俺の覚えている若様が、どうしてそうなったのかという話です」
「……ますます聞かねばならぬな」
若様は俺のそばから離れる前に、声を落とした。
「お前が何を覚えておるのか聞かせろ。わしを案じておるなら、今度は途中でごまかすなよ」
やっと未来の知識を使って、本格的に動き出しました。(前回も動いてたけど)
レジギガスかよ。
信長にぶっちゃけたのは、友に親族殺しをさせたくないのと、自分一人で抱えるより、信長に話した方がうまく活用できると思ったからですね。