【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
城へ戻って具足を外すと、腕の腫れがはっきり見えた。
父に傷を見せ、若様に残るよう言われていると伝えた。父は甚助と家の者を連れて先に帰り、俺は着替えて呼ばれるのを待った。
通された部屋には若様だけがいた。
俺が座ると、若様は脇に置いてあった水を勧めた。喉へ流し込んでいるあいだもこちらを見ている。
「弟がもう一度背く。そしてわしが殺す。まずはその話からだ」
椀を置き、両手を膝へ戻した。
「一度はお母上が間に入られて、弟様は許される。けれどまた若様に背いて、最後には若様が病だと聞いて訪ねたところを殺される。俺が覚えているのはそういう話です」
「誰が弟の企てを知らせる」
権六の顔が浮かび、俺は一度唇を湿らせてから答えた。
「権六殿だったと思います」
「今日わしへ兵を向けた男がか」
「はい。弟様がまた謀反を企てていると、あの方が若様へ打ち明けるんです」
若様は膝の上で指を組み直した。
「いつだ」
「今日からどれほど先のことか、そこまでは覚えていません」
「何を企て、どこに兵を集めるのだ」
「それも分かりません」
答えるたびに若様の顔を見る。怒ってはいなかったが、次の問いはすぐに来た。
「次の謀反に誰が加わるのかも分からぬか」
「はい。権六殿が知らせたことは覚えていますが、ほかに誰がいたのかまでは」
若様は少し間を置き、俺の言葉を繰り返した。
「覚えておる、か。まだ起きてもおらぬことを、お前はどこで知ったのだ」
俺は畳の縁へ目を落とし、どう説明すれば伝わるか言葉を探した。
「若様たちがこの先どうなったかを記した話を、読んだ記憶があるんです」
「これから起こることが、すでに書かれておったと申すか」
「はい。まだ起きていないことを読んだと言っても、妙な話に聞こえるでしょうが」
「濃姫も、天下もか」
「はい」
「南蛮の菓子やあの調味料も同じか」
「そちらは作り方や食べた味を覚えていたんです」
若様が眉を寄せた。
「お前の話は聞くほど妙になる」
「俺もどう話せばよいか困っています」
「その覚えておることに、間違いはないのか」
「名前も順番も怪しいところがあります。たとえば若様と徳川が一緒に武田と戦って大負けしたと思っていたんですが……誰がどこで負けたのか考えると、自信がありません」
口にしてからまた話を広げてしまったと思った。
若様はこちらを見据えたまま尋ねる。
「その徳川とは誰だ」
竹千代が今は何という名なのか、すぐには思い出せなかった。
「のちに徳川家康と名乗る、松平の竹千代です」
「今川にいるあの子か」
「はい。若様とは同盟を組むはずです」
若様が黙ったので、俺もそれ以上は言わずに待った。水の椀を持ち上げると腕が痛み、一口飲んで畳へ戻した。
「その覚えた話の中にお前はおるか」
「いません。俺の名も榎並の名も知りませんでした」
「ではお前がわしを殴ったことも載っておらぬな」
「……はい」
若様が鼻で笑った。
「父上の葬儀はどうなっておった」
「若様がご焼香で抹香を投げつけ、出ていかれたと」
若様は笑みを消して俺の顔を見ると、やがて自分の頬へ手を当てた。
「それであれほど必死に止めたか」
「はい」
「最初からそう申せばよかったものを」
「信じていただけましたか」
「少なくとも殴られる前には聞けた」
「いいえ。あのときの若様は、殴らないと聞いてくださらなかったでしょう」
若様が頬に手を当てたまま俺を見た。
「言い切るか」
「先に言葉で止めました。それでも寺へ行って暴れるとおっしゃったのは若様です」
「お前もよう殴った」
「若様も殴り返されたでしょう」
若様は俺の口元を見て、とうとう笑い出した。
俺も笑い返すと、若様は頬から手を離し、俺の腕へ目を移した。
「今日の傷はその話にはなかったのだろう」
「ありません」
「弟のこともすでに違うておるかもしれぬ」
「はい。弟様がまた兵を挙げる前に、権六殿と話したいんです。今度は弟様を止めていただけるように」
*
「弟を殺すことが人の取り立てとどうつながる」
若様に問われ、俺は膝の上で手を開いた。
「俺の覚えている若様は、家柄が低くても働く者を取り立て、大きな仕事を任せて力をつけていかれます」
「今も清兵衛に城を任せておる」
「はい。ですから俺の考えすぎかもしれません。ただ、身内に二度裏切られたことが血筋より働きを見るようになった理由かと思っていたんです」
若様は少し首を傾けた。
「弟に裏切られねば、わしは働く者も見分けられぬか」
「そう言いたいわけでは」
言いかけたが、確かに俺の心配はそう聞こえると思い、口を閉じた。
「……失礼しました。俺が勝手につなげて考えていました」
「ならば今から始めればよい。家柄に埋もれておる者を、お前ならどうやって見つける」
俺は顔を上げた。
若様は自分の椀を取り、俺の答えを待っていた。俺も少し身を乗り出した。
「身分の低い者の案が上の者に取り次いでもらえず消えることはあると思います。俺が聞いて良い案だと思ったら、考えた本人を連れてきて説明させていただきたい」
「わざわざ本人をわしの前へ出すか」
若様の口元に笑みが浮かんだ。
「若様もお分かりでしょう。俺から話を聞くだけでなく、本人に会って、何を任せられるか見ていただきたいんです」
「本人を呼べば、お前も皆の前で分からぬことを聞くようになるな。彦兵衛は驚くぞ」
「俺が何でも答えられると?」
「わしがお前ばかり呼んでおるからな。何を話しても通じ合うと思うておるようだ」
俺は苦笑した。
今日もこうして、問い返されるたびに言葉を探している。二人で話しているところまで見れば、彦兵衛殿も少しは違う顔をするだろう。
「若様がわざと答えにくいことを聞くところも、見ていただきたいですね」
「今の問いにもよう答えたではないか」
若様は笑って水を一口飲んだ。
「よい。連れて来い。お前が見つけた者の話は、本人から聞こう」
「では、探してきます」
*
「弟のことだが」
若様が椀を置いた。
「命を助ければそれで収まると考えておるのか」
「いいえ。弟様を担いでいた者がそのまま兵を集められるなら、同じことはできてしまいます」
「兵を取り上げれば従うか」
「それだけではますます若様を恨むかもしれません」
「ではどうする」
すぐには答えが出ず、礼を尽くして俺の話を聞いてくれた弟様の顔を思い出した。何を望んで兵を挙げたのか、俺は本人に聞いていない。
「弟様が何をお望みなのか、直接聞いていただきたいです。ご自分こそ当主になるべきだと思っておられるのか、ほかにご不満があるのか。それを聞いてから、収める方法を考えられませんか」
「話は聞こう。だが弟の望みをかなえれば、今日わしについて戦った者はどう思う」
父に肩を借りて戻ってきた家の男の顔が浮かんだ。
俺は膝の上で手を組み直した。
「城の守りは若様が選んだ者に任せて、弟様が独断で兵を動かせぬようにする。そのうえで、弟様と今後のことを話していただけませんか」
「弟が何を申すかにもよる。今ここで沙汰は決めぬぞ」
「はい」
「権六には何を頼むつもりだ」
「弟様を諫めていただきたいんです。前にお会いしたときも、弟様を置いていけぬとおっしゃっていましたから」
「弟のそばに残って止めろと申すのか」
「はい。権六殿の言葉なら、弟様も聞いてくださるかもしれません」
権六が俺に来いと言った日の顔を思い出した。
「父も甚助も無事に戻ったと伝えて、権六殿にも生きていてほしいと話します。弟様を大切に思うなら、また戦になる前に思いとどまらせてほしい。それを俺から頼みたいです」
若様は俺の顔を見た。
「今日あれと槍を合わせて、まだそう申すか」
「……はい」
「お前は甘いな。戦では人を突くくせに、弟も権六も助けたいと言う」
今日突いた男の胸へ穂先が沈んだ感触を思い出した。
あのときは槍を引き戻すと、すぐに次の相手へ向けていた。今もここで水を飲み、人の生き死にを話している。
けれど、権六が死んだと聞くところを思い浮かべると喉が詰まった。
「戦が終わった今なら、話す時間があります。もう一度あの方と殺し合う前に、できることをしておきたいんです」
若様はしばらく俺を見てから、少し口元を緩めた。
「その甘さで、わしの弟のことまで案じておるのだからな」
「若様にも、弟様を殺してほしくありませんから」
「うむ。お前がそう言うのは、悪い気はせぬ。弟の方から使いが来たらお前も呼ぶ。権六と話す席を設けるかは、その話を聞いて決める」
「ありがとうございます」
「ただし、兵や城の処置も、お前が覚えておる話も権六には明かすな。あれが弟のもとへ持ち帰るつもりで話せ」
「分かりました。まずは権六殿の話を聞いてから、俺が頼みたいことをお伝えします」
若様がうなずいたので、俺は頭を下げて立ち上がろうとした。そのとき、もう一度呼び止められた。
「藤十郎。弟のことが済んだらさっきの松平の話も聞くぞ」
「……覚えている範囲で、よろしければ」
「その範囲を確かめるのだ。菓子と同じで、知っておることはまずわしに話せ」
「菓子のときは、ずいぶん気に入ってくださいましたね」
「うむ。あれくらいには役立ててみせろ」
若様が笑った。
俺も笑いかけて、ふと思いついた。
「今すぐ役に立つ話ではありませんけど、一つお教えしましょうか」
「何だ。今度も菓子か」
「人が月へ行きます」
若様の笑いが止まった。
俺はまだ座ったまま、指で天井の方を示した。
「鉄の箱のような乗り物に乗って、あの月に足を踏み入れる人が現れるんですよ」
「馬鹿を申すな。どうやって鉄の箱を空へ上げる」
「後ろへ勢いよく噴き出して飛ばすんです。詳しい造りまでは俺も知りませんが、人が乗って月まで行き、帰ってきます」
若様は俺の顔を見たあと、開いていた障子の向こうへ目を向けた。
「……月へな」
「はい。それから、はるか遠くにいる相手と、顔を見ながら話せるようにもなります。たとえば、この星の裏側にいる人とでも」
「星の裏側とは何だ」
「俺たちが立っているこの大地も、大きな丸い星なんです。その反対側にいる人と話せる、ということです」
若様は片手を額へ当てた。
「月の次は、地面まで丸くするか」
「俺が丸くしたわけではありませんよ」
「その遠くの相手は、どこに見える」
俺は両手で小さな四角を作った。
「硯くらいの大きさの物に、相手の顔が映るんです。向こうにも同じ物があって、こちらの顔を見ながら話せます」
「絵ではなく、今しゃべっておる顔がか」
「はい。笑えば笑った顔が見えますし、手を振ればそれも」
若様が身を乗り出した。
「ならば、城を留守にしておっても、残した者に様子を聞けるな」
「そういうこともできます」
「使いが着くのを何日も待たずにか」
「その場で返事が聞けます」
若様はしばらく俺の手で作った四角を見つめていたが、やがて大きく笑った。
「それを先に申せ。月より、その硯の方がよほど欲しいわ」
「本当に、何でも戦の役に立てようとなさいますね」
「お前は使わぬのか」
父や母の顔が浮かんだ。
「……出先から、家の者と話せたらうれしいですね」
「うむ。お前はそう使うか」
若様が笑みを残したままうなずいたところで、廊下から報告を願う声がした。
俺は今度こそ頭を下げ、襖へ手をかけた。
「藤十郎」
「はい」
「次に来るときは、月の方も忘れるなよ」
信長と藤十郎の会話、未来の知識を踏まえた対応や登用の相談は本作の創作です。弟との決別が信長の人材登用を変えたという因果は、藤十郎個人の推測として描いています。松平・武田についての発言には、本人の曖昧な記憶も含まれます。