【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
今回は、選ばれた特典を使いながらの幼児生活と、柴田家との出会いのお話です。
新しいアンケートは挟まず、竹丸の身近な人たちを少しずつ描いていきます。
布を一枚、畳む。
前世の俺なら、何も考えずにできたはずだ。
少なくとも、両端を合わせて半分にするくらいは。
今の俺は、その半分に負けていた。
右手で持ち上げると、左手で押さえた所まで引っ張ってしまう。
力を抜けば布が落ちる。握り直すと、今度は端ではなく真ん中をつかむ。
膝の上には、丸まった布ができていた。
「まあ。お手伝いのつもりですか」
世話の女が笑っている。
違う。これは訓練だ。
技を覚える身体をもらった以上、起きている時間は有効に使いたい。
そう思って布を広げたら、隣に積んであった分まで崩れた。
仕事は増やした。
*
朝に目を覚まし、食べて、動いて、眠る。
次に起きるとまだ明るいので、また少し動く。
そんな暮らしを続けているうちに、庭へ出るときの足取りは、前より頼りになるものになっていた。
ただし、急ぐと転ぶ。
父が帰ってきて、声のほうへ身体を向けたら、そのまま尻から落ちたこともある。
前世の調子でひょいと振り向くと、足がついてこない。
向きを変えるたびに、今の歩幅を忘れないようにするのが面倒だった。
特典をもらえば、身体を動かすこと全部が一度にうまくなる。
そんな都合のいい話ではなかった。
だから、できるところから試している。
立って、座る。
手を借りて歩く。
右へ向いて、今度は左へ向く。
指先のほうは、女の仕事を見て思いついた。
布を畳む、その手だ。
指で端を拾い、もう片方の手で押さえる。
布が重なると、掌で軽く撫でて形を整える。
女は話をしながらでも、それを次々に済ませてしまう。
あれなら、やり方は知っている。
小さな布を借りれば、今の手の練習にもなりそうだ。
「あい」
指を差して手を伸ばすと、女は俺の顔と布を見比べた。
「これですか」
うなずくつもりで、頭を大きく振った。
その拍子に身体まで前へ傾いて、膝を押さえられた。
うなずくだけのつもりだったのに、勢いをつけすぎた。
そうして一枚渡してもらった結果が、先ほどの惨状である。
女は崩れた布を脇へ寄せ、俺の前に一枚だけ広げ直した。
「こちらを持って。そう、こちらも」
小さな指を、布の端へ導かれる。
端をそろえて重ねればいい。それは分かっている。
ただ、つまんだつもりの布が指から抜けると、慌ててつかみ直して、反対の手まで動かしてしまう。
女に支えてもらうと、その余計な力を抜きやすかった。
今度は左右の端をつかみ、女の手と一緒に持ち上げる。
手前へ重ねると、膝の上に四角い形が残った。
できた。
「お上手」
ほとんどこの人がやったのだが、うれしかった。
もう一度。
端を持って、持ち上げて、重ねる。
次は片方がずれた。
それでも、さっき手を添えてもらったときの力加減は残っている。
左手をそのままにして、右手だけを少し戻す。今度は端がそろった。
まだ綺麗ではないが、さっきの丸まった布よりはましだ。
これで剣の腕まで上がるとは思わない。
でも、自分の指を狙った所へ持っていけるのは、悪くない。
「今度は、こちらを畳みましょうね」
女が隣の布へ手を伸ばした。
俺も、自分の布へ手を伸ばす。
まずは、もう一回。
女が畳んだ布の数は増えた。
俺の布は、一枚のままだった。
*
何日かすると、木片も手に入った。
庭の端で、男が木を削っていたのだ。
削りくずが落ちるたびに目で追っていたら、俺が欲しがっていると思ったらしい。
「これでは口に入りますな」
男は小さな切れ端を脇へ払い、別の木を選んだ。
角と縁を削って、指で何度か撫でてから、女へ渡す。
「これなら、いかがでしょう」
俺の手には少し大きい、平たい木片だった。
女が確かめてから膝の前へ置いてくれたので、両手で持ち上げた。
軽い。
置くと、板の床にこつんと音がする。
楽しい。
いや、音を鳴らすためにもらったわけではない。
狙った場所に置く練習に使おうと思ったのだ。
こつん。
もう一回くらいはいいだろう。
男は俺の顔を見て笑い、もう一つ作ってくれた。
形も長さも少し違うが、それがかえってよかった。
並べる。
向きを変える。
一つの上へ、もう一つを載せてみる。
手を離す瞬間に指が引っかかると、上の木片が落ちた。
押しつけすぎても、下の木片まで動いてしまう。
そっと置いて、指を開く。
頭ではそれだけなのに、置くまではしっかり握っていた手の、力を抜くのが遅れる。
何度か試すうちに、うまく離せたときの感覚をつかめてきた。重ねた木片から、両手を引く。
今度は崩れなかった。
俺は満足して手を叩いた。
肘が当たって、木片が崩れた。
次は、喜び方を考えよう。
*
父の仕事を見る機会も増えた。
前は戸口の声を聞くだけだったが、今は女に抱かれて庭へ出ることがある。
父が男たちと話していれば、少し離れた所から、その様子を眺めた。
「先に上の溝を直さねば、下を掘ってもまた埋まります」
「分かっておる。だが、上の田の者ばかり呼ぶわけにもいかぬ」
土のついた男が、口を結ぶ。
父はしばらく考え、別の男へ顔を向けた。
「下で水を使う者にも話をしてくれ。どちらも田の仕事があろう。出せる人数を聞いてから決める」
男たちはうなずいたが、すぐに話が済むわけではなかった。
誰が来られるのか。道具は足りるのか。
一つ決まると、また別の相談が始まる。
俺は途中で、女の肩へ顎を載せた。
難しい。
水が来ないなら、溝を直す。
それだけなら俺にも分かる。
でも、実際に誰が直すのか。
その人が家を空けた間、田の仕事はどうするのか。
父は、俺が思いつかなかったところで悩んでいた。
刀が使えれば武家をやれるわけではないらしい。
将来、俺もこの話の輪に入るのだろうか。
まず、人の名前から覚えないとな。
男の一人がこちらを見て、顔をほころばせた。
「若様も、見に参られましたか」
違う。
抱いて運ばれてきた。
とは言えないので、片手を上げた。
男が頭を下げたから、俺もまねをした。
額が女の肩にぶつかった。
「お眠りになりますか」
まだ違う。
*
ある日、父がいつもより早く戻ってきた。
俺は部屋で、木片を並べていた。
父はそれを一目見ると、しゃがんで俺の頬に触れた。
「今日は柴田殿がお見えになる。お前も顔を見せよ」
柴田。
頭の中で、散らばっていた名前が一つにつながった。
勝家。
戦国。織田。柴田と来たら、やっぱりあの人だろう。
何をした人かと聞かれると、詳しくは答えられない。
ただ、ひどく強そうな顔と、鬼柴田という呼び名だけは思い浮かぶ。
今のうちに会っておけば、何か教えてもらえるかもしれない。
俺は木片を置き、父へ両手を伸ばした。
「おお。分かったか」
分かった。
少なくとも、有名人かもしれない人が来るのは分かった。
父は俺を抱き上げた。
そこで急に、気になった。
……怖い人だったら、どうしよう。
*
やって来たのは、肩幅のある男だった。
父より年上に見える。
眉が太く、口を結んでいると、それだけで少し怖い。
派手な格好ではないのに、部屋へ入ってくると、父も女も姿勢を改めた。
なるほど。
この人が。
「道はどうでした」
「歩くには困らぬ。あのぬかるみも、だいぶましになったな」
男は父と話しながら腰を下ろし、俺へ目を向けた。
「それが竹丸か」
「はい。ようやく、少し歩くようになりまして」
父の声が明るくなる。
話題が俺になると、いつもこうだ。
男は膝に手を置いたまま、俺をじっと見た。
俺も見返す。
……何か、芸でもしたほうがいいのか。
「よく食うか」
「食います」
「なら、よい」
それで終わった。
思ったより、話が早い。
男が後ろへ顔を向ける。
「お前も、こちらへ来い」
そこで初めて、もう一人いることに気づいた。
男の後ろに控えていた、少年だった。
十歳くらいだろうか。俺から見れば十分に大きいが、顔にはまだ幼さがある。
髪を後ろでまとめ、背筋を伸ばして座る姿が、少しだけ力んで見えた。
父が俺を膝から降ろし、床へ座らせる。
「ご子息も、また背が伸びられましたな」
「背ばかりでは困る」
男が言うと、少年の肩がわずかに動いた。
厳しい父親らしい。
少年は言い返さず、俺のほうへ顔を向ける。
「歩けるのか」
声は思ったより高かった。
「あい」
最近、何を聞かれてもこれで返している気がする。
少年は膝を進め、俺の前へ片手を差し出した。
父が俺の背中を支える。
「ご挨拶をせよ、竹丸」
俺は少年の指を握った。
父の手よりは細い。
それでも俺の指を全部使って、ようやくつかめるくらいだった。
立ち上がると、少年がほんの少し手を引いた。
思っていたより強い。
足が追いつかず、俺の身体が前へ傾く。
「引くな。待ってやれ」
男の声が飛んだ。
少年は慌てて手を止め、もう片方の手も差し出した。
俺はその腕につかまって、どうにか踏みとどまる。
「……すまぬ」
謝った。
俺へ言ったのだと分かるまで、少しかかった。
少年は眉を寄せ、俺の足元を見ている。さっきよりずっと慎重だった。
一歩出すと、待ってくれる。
次の足を出すまで、手を動かさない。
父や女がしてくれることと、同じだ。
ただ、慣れていないらしく、少年のほうまで身体を固くしていた。
今度はうまく進めた。
「そうだ。それでよい」
男の言葉に、少年の口元が少しだけ緩んだ。
俺ではなく、息子へ言ったらしい。
父が俺を受け止めると、少年はようやく手を離した。
その指が、俺の袖を直しかけて止まる。
どう扱えばいいか、まだ迷っているようだった。
「竹丸。こちらは柴田殿のご子息、
権六。
どこかで聞いた。
さっきまで思い浮かべていた名前に、もう一つ、聞き覚えのある呼び名が重なる。
柴田権六。
……そっち?
俺は父の膝から、少年を見上げた。
少年は、自分の父親をちらりと見てから、俺へ小さくうなずく。
まさか、この子が。
俺の知っている、あの柴田勝家なのか。
大人の男のほうを、もう一度見た。
さっきから、この人を勝家だと思っていた。
信長の父親が生きている時代。
頭では分かっていたはずなのに、有名な武将の顔は、どれも勝手に大人で思い浮かべていたらしい。
権六が、俺の足元を指差す。
「布が寄っておる。また転ぶぞ」
気づけば、敷物の端が少し折れていた。
俺が手を伸ばす前に、少年がそこを平らにする。
俺を見る顔は、まだ真面目そのものだ。
うまくできたかどうか、少し気にしているようにも見えた。
鬼柴田。
たぶん、今はまだ、子供だ。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は、竹丸が布や木片で遊びながら、自分の身体の扱い方を覚える回でした。
布を畳んだから剣術まで上達するのではなく、まずは目の前の動作を、手本と練習を通じて身につけていきます。
最後には、柴田家の親子が登場しました。
本作では勝家を1522年生まれとする説をもとに年齢を組み立てていますが、生年や幼少期には不明な点があります。少年時代から「権六」と呼ばれる設定、父子の性格、榎並家との交流は、本作の創作です。
布や木片を使った遊びも、当時の尾張で定着していた幼児遊びとして紹介するものではありません。
今回は新しいアンケートはありません。まずは、竹丸の身近な人たちとの関わりを描いていきます。