【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~   作:病んでるくらいが一番

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お読みいただき、ありがとうございます。
今回は、柴田家の来訪の続きです。
父親の後ろに控えていた少年が、竹丸のそばではどんな顔を見せるのか。少しずつ距離が縮まる一日をお楽しみください。


第5話「権六殿は、負けたくない」

 権六(ごんろく)は、俺の前に置かれた木片を見ていた。

 

「これは、何に使う」

 

 遊ぶ物です。

 ついでに、指を動かす練習にも使っています。

 

「あい」

 

 説明は、まだできなかった。

 

 父が俺の脇へ手を添え、膝から敷物の上へ降ろす。

 

「この頃、それを並べるのが好きでしてな」

「並べるだけか」

 

 権六は不思議そうに首を傾げた。

 まあ、十歳くらいの子供には、物足りない遊びだろう。

 

 父たちは、また話を始めていた。

 

 道のぬかるみ。

 傷んだ板。

 人手を出せる日。

 

 俺にはまだ全部は分からないが、柴田殿は、俺の顔を見るためだけに来たわけではないらしい。

 

「権六。少し相手をしてやれ」

 

 父親に言われた少年は、背筋を伸ばした。

 

「はい」

 

 それから俺を見た。

 どうやって、と顔に書いてある。

 

 俺は手近な木片を持ち上げた。

 下にするのは、幅が広くて平たいほう。

 その上へ、もう一つを載せる。

 

 指を引き抜くときに少しずれたが、落ちなかった。

 

 どうだ。

 

「それだけか」

 

 それだけですけど。

 

 権六は二つの木片を手に取り、当たり前のように重ね直した。

 俺が両手を使うところを、片手で済ませている。

 

 それは、ずるいと思う。

 

     *

 

 俺は権六の手を見ていた。

 

 木片の端をつかみ、もう片方の端を下の木片へつけてから、静かに倒す。

 そうやって片側を支えれば、位置を決めやすい。それは俺にも分かる。

 

 ただ、権六は置いてから手を離すまでが滑らかだった。

 俺もあのくらい、思ったとおりに指が動いてくれればいいのだが。

 

 手を伸ばすと、権六は木片を俺の前へ戻してくれた。

 

「こうだ」

 

 今度は、ゆっくりやって見せる。

 

 俺も端を持とうとした。

 しかし、大きい。

 権六の指では簡単につまめる厚さでも、俺の指だと握りにくかった。

 

 真似をしているつもりなのに、木片が傾く。

 

「そこではない。もっと――」

 

 権六の手が伸びかけて、止まった。

 

 俺の手と、自分の手を見比べている。

 先ほど俺を立たせたとき、引くなと叱られたことを思い出したのかもしれない。

 

「……両手で持て」

 

 持っています。

 

 俺が木片を握り直すと、権六は自分でも両手を使って見せた。

 さっきよりも、ずっと大げさな動きだった。

 

 端をつける。

 倒す。

 手を離す。

 

 俺は両手の間隔を少し広げて、もう一度試した。

 今度は傾かずに置けた。指も引っかからずに離れる。

 

 この持ち方なら、今の俺の手でもやりやすい。

 うまくいった感覚が残っている。

 もう一度試したくて、俺は上の木片を持ち上げた。

 

 だが、その前に権六がこちらを覗き込んだ。

 

「できたではないか」

 

 自分が置いたときよりも、うれしそうだった。

 

 俺は、木片を膝へ下ろした。

 そうだな。今は、一緒に喜んでおいたほうがいい。

 

「あい」

 

 笑って返すと、権六も口元を緩めた。

 

 そこでやめておけば、よかったのだと思う。

 

 少年は、もう一度木片を手に取った。

 

「なら、こちらもできるぞ」

 

 幅の狭いほうを下にして、上に大きいほうを載せる。

 載った。

 

 俺が見つめていると、今度は下の木片を横向きに立てた。

 その細い縁へ、もう一つの木片を重ねようとする。

 

 それは、難しくないか。

 

 こつん、と音がした。

 

 上の木片が床へ落ちた。

 権六は黙って拾い、もう一度やり直す。

 

 また落ちる。

 

 俺は隣で、普通に二つを重ねた。

 こっちは成功した。

 

「……待て」

 

 待っています。

 

「今のは、少しずれただけだ」

 

 説明しなくても大丈夫だ。

 誰も勝負だとは言っていない。

 

     *

 

 しばらくして、父たちの話が止まった。

 

 権六は、三度目か四度目の挑戦をしていた。

 指先を離すと、上の木片がぐらつく。

 

 俺も息を止めた。

 

 止まった。

 

「見ろ」

 

 権六が顔を上げた。

 

 その声に驚いて俺が身を乗り出したせいで、膝が木片に当たった。

 

 崩れた。

 

 ……申し訳ない。

 

 権六は床を見つめたまま、しばらく動かなかった。

 俺はどうしたものかと考え、木片を一つ拾って差し出した。

 

 少年が受け取る。

 

「もう一度なら、できる」

 

「権六」

 

 父親の声だった。

 

 少年の背中が、ぴんと伸びた。

 

「何を頼んだ」

「竹丸の相手をせよ、と」

「そうだな」

 

 それ以上、柴田殿は何も言わなかった。

 権六は俺の手の中に残った木片を見て、それから自分の木片を俺の前へ置いた。

 

 俺の父が、口元を押さえている。

 

 笑うなら笑ってやってくれ。

 俺まで、少し居心地が悪い。

 

「ずいぶん懐いたようでございます」

 

 父がそう言うと、権六はこちらを見た。

 

 懐いたかどうかはともかく、怖い人ではなさそうだ。

 少なくとも、一歳児相手に木片を積み直すくらいには、真面目で負けず嫌いらしい。

 

 俺が両手を伸ばすと、権六はまた手を貸してくれた。

 

 今度は、引かなかった。

 

     *

 

 父たちは庭へ出ることになった。

 

 裏手の溝に渡してある板を、柴田殿にも見てもらうのだという。

 権六も立ち上がったので、俺はその袖をつかんだ。

 

 俺も行く。

 

「竹丸様は、こちらで待っておいでなさい」

 

 世話の女に言われ、袖を握る指へ力を込めた。

 ここで待っていたら、また知らない話のまま終わってしまう。

 

 権六が俺の手を見下ろす。

 

「連れていってはならぬか」

 

 援軍が来た。

 

 女は父へ目を向けた。

 父は庭の明るさを見てから、うなずく。

 

「抱いて来てくれ。溝の近くでは降ろすなよ」

 

 女が俺を抱き上げる。

 俺は権六の袖から手を離した。

 

 少年はそれを見てから、父親の後へついていった。

 大股で歩きかけ、こちらを振り返る。

 少しだけ、歩く速さが落ちた。

 

 合わせてくれたのだろうか。

 

 もっとも、歩いているのは俺ではなく、女なのだが。

 

 庭の端を回ると、細い溝が見えた。

 土の間を水が流れ、その上に板が渡してある。

 

 父が板の端を指差した。

 

「ここが傷んでおります。人が通るたびに沈むようになりまして」

 

 柴田殿はしゃがみ、板を眺めた。

 

「上の板だけではないな。下が流れておる」

 

 言われて見れば、板を支える土の一部が削れていた。

 俺には、父が指した場所しか見えていなかった。

 

 権六も、父親の隣で膝を曲げる。

 さっきの木片遊びとは違う顔をしていた。

 

「板を替えればよいのでは」

「また下が流れれば、同じことだ」

 

 柴田殿は流れのほうへ指を向けた。

 

「まず、どこから水が当たっておるか見よ」

 

 権六が溝の上手へ目を向ける。

 俺もそちらを見たが、女の肩に隠れてよく見えない。

 

 身体をひねったら、抱き直された。

 

「落ちますよ」

 

 見学にも限界がある。

 

 父と柴田殿は、そばにいた男を交えて話し始めた。

 どこへ土を足すか。板をどこから運ぶか。

 権六は口を挟まず、交互に相手の顔を見ている。

 

 さっきまでは、自分が教える側だった。

 今は、教わる側に戻っている。

 

 よく考えれば、当たり前だ。

 この子だって、何でも知っているわけではない。

 

「権六。軒の下に縄があったな。持ってこい」

 

 柴田殿に言われ、少年が立ち上がった。

 

「はい」

 

 すぐに駆け出しかけたが、板の手前で足を止める。

 傷んだ場所を避け、遠回りして庭へ戻っていった。

 

 俺は、その背中を見送った。

 

 あれは、さっき聞いたばかりのことだ。

 教わったから、気をつけた。

 

 俺も同じだ。

 技を覚える身体があっても、何を見ればいいのかは、誰かに教わることがある。

 

     *

 

 帰る頃には、俺の頭は重くなっていた。

 

 部屋で遊んで、庭へ運ばれて、話を聞いただけだ。

 自分の足では、ほとんど歩いていない。

 

 なのに眠い。

 今日も身体のほうが、先に店じまいを始めている。

 

 父は戸口で柴田殿と話していた。

 俺は女に抱かれ、権六が草履を履くのを見ている。

 

 少年は立ち上がると、こちらへ戻ってきた。

 

「竹丸」

 

 顔を上げる。

 権六の手に、木片が一つあった。

 

 さっき遊んでいた、大きいほうだ。

 

「敷物の脇に落ちておった」

 

 女が受け取ろうとしたが、権六は俺の手の前で木片を止めた。

 俺がつかむまで、離さない。

 

 受け取ると、掌から木の温かさが伝わった。

 

 俺は女の肩から頭を起こした。

 何か言いたい。

 

 礼を言いたいのか、また来てほしいのか、自分でもうまく分からなかった。

 ただ、さっきまで一緒にいた子が帰るのは、少し惜しい。

 

「ご……」

 

 権六が顔を近づけた。

 

「何だ」

 

「ご、う」

 

 駄目だった。

 

 舌がついてこない。

 権六という名前は、今の俺には長すぎる。

 

 少年は少し考えて、俺の手元を見た。

 

「もっと遊びたいのか」

 

 そういうことにしておこう。

 うなずくと、権六は門のほうに立つ父親を振り返った。

 

「父上。また、参ってもよろしいか」

 

 柴田殿は息子を見て、俺を見た。

 

「用があればな」

 

 許可とも、約束ともつかない返事だった。

 それでも権六はうなずいて、もう一度こちらへ向き直る。

 

「また来る。次は、倒さずに載せてみせる」

 

 そっちの心残りもあるのか。

 

 笑いそうになった俺の口から、あくびが出た。

 権六は一瞬、不満そうに眉を寄せたが、すぐに表情を戻した。

 

「よく寝ておけ」

 

 少し偉そうに言い、父親を追っていく。

 

 鬼柴田。

 そう呼ばれる姿は、まだ想像できなかった。

 

 今日会ったのは、木片が積めなくて悔しがり、父親の言葉には背筋を伸ばし、俺がつかむまで手を離さない少年だった。

 

 女が俺を抱き直す。

 

「権六様に、遊んでいただけてよかったですね」

 

 俺は木片を胸へ引き寄せた。

 

「あい」

 

 今度の返事は、ちゃんと意味が合っていた。

 

 




お読みいただき、ありがとうございます。

権六は、竹丸の前では教える側、父親の前では教わる側です。
後の姿を知っている主人公も、まずは目の前の少年と付き合っていくことになります。

今回の遊びや来訪中のやり取り、溝を見に行く場面は創作です。
新しいアンケートはまだ設けず、もう少し竹丸の暮らしと周囲の人たちを描いていきます。
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