【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
「これは、何に使う」
遊ぶ物です。
ついでに、指を動かす練習にも使っています。
「あい」
説明は、まだできなかった。
父が俺の脇へ手を添え、膝から敷物の上へ降ろす。
「この頃、それを並べるのが好きでしてな」
「並べるだけか」
権六は不思議そうに首を傾げた。
まあ、十歳くらいの子供には、物足りない遊びだろう。
父たちは、また話を始めていた。
道のぬかるみ。
傷んだ板。
人手を出せる日。
俺にはまだ全部は分からないが、柴田殿は、俺の顔を見るためだけに来たわけではないらしい。
「権六。少し相手をしてやれ」
父親に言われた少年は、背筋を伸ばした。
「はい」
それから俺を見た。
どうやって、と顔に書いてある。
俺は手近な木片を持ち上げた。
下にするのは、幅が広くて平たいほう。
その上へ、もう一つを載せる。
指を引き抜くときに少しずれたが、落ちなかった。
どうだ。
「それだけか」
それだけですけど。
権六は二つの木片を手に取り、当たり前のように重ね直した。
俺が両手を使うところを、片手で済ませている。
それは、ずるいと思う。
*
俺は権六の手を見ていた。
木片の端をつかみ、もう片方の端を下の木片へつけてから、静かに倒す。
そうやって片側を支えれば、位置を決めやすい。それは俺にも分かる。
ただ、権六は置いてから手を離すまでが滑らかだった。
俺もあのくらい、思ったとおりに指が動いてくれればいいのだが。
手を伸ばすと、権六は木片を俺の前へ戻してくれた。
「こうだ」
今度は、ゆっくりやって見せる。
俺も端を持とうとした。
しかし、大きい。
権六の指では簡単につまめる厚さでも、俺の指だと握りにくかった。
真似をしているつもりなのに、木片が傾く。
「そこではない。もっと――」
権六の手が伸びかけて、止まった。
俺の手と、自分の手を見比べている。
先ほど俺を立たせたとき、引くなと叱られたことを思い出したのかもしれない。
「……両手で持て」
持っています。
俺が木片を握り直すと、権六は自分でも両手を使って見せた。
さっきよりも、ずっと大げさな動きだった。
端をつける。
倒す。
手を離す。
俺は両手の間隔を少し広げて、もう一度試した。
今度は傾かずに置けた。指も引っかからずに離れる。
この持ち方なら、今の俺の手でもやりやすい。
うまくいった感覚が残っている。
もう一度試したくて、俺は上の木片を持ち上げた。
だが、その前に権六がこちらを覗き込んだ。
「できたではないか」
自分が置いたときよりも、うれしそうだった。
俺は、木片を膝へ下ろした。
そうだな。今は、一緒に喜んでおいたほうがいい。
「あい」
笑って返すと、権六も口元を緩めた。
そこでやめておけば、よかったのだと思う。
少年は、もう一度木片を手に取った。
「なら、こちらもできるぞ」
幅の狭いほうを下にして、上に大きいほうを載せる。
載った。
俺が見つめていると、今度は下の木片を横向きに立てた。
その細い縁へ、もう一つの木片を重ねようとする。
それは、難しくないか。
こつん、と音がした。
上の木片が床へ落ちた。
権六は黙って拾い、もう一度やり直す。
また落ちる。
俺は隣で、普通に二つを重ねた。
こっちは成功した。
「……待て」
待っています。
「今のは、少しずれただけだ」
説明しなくても大丈夫だ。
誰も勝負だとは言っていない。
*
しばらくして、父たちの話が止まった。
権六は、三度目か四度目の挑戦をしていた。
指先を離すと、上の木片がぐらつく。
俺も息を止めた。
止まった。
「見ろ」
権六が顔を上げた。
その声に驚いて俺が身を乗り出したせいで、膝が木片に当たった。
崩れた。
……申し訳ない。
権六は床を見つめたまま、しばらく動かなかった。
俺はどうしたものかと考え、木片を一つ拾って差し出した。
少年が受け取る。
「もう一度なら、できる」
「権六」
父親の声だった。
少年の背中が、ぴんと伸びた。
「何を頼んだ」
「竹丸の相手をせよ、と」
「そうだな」
それ以上、柴田殿は何も言わなかった。
権六は俺の手の中に残った木片を見て、それから自分の木片を俺の前へ置いた。
俺の父が、口元を押さえている。
笑うなら笑ってやってくれ。
俺まで、少し居心地が悪い。
「ずいぶん懐いたようでございます」
父がそう言うと、権六はこちらを見た。
懐いたかどうかはともかく、怖い人ではなさそうだ。
少なくとも、一歳児相手に木片を積み直すくらいには、真面目で負けず嫌いらしい。
俺が両手を伸ばすと、権六はまた手を貸してくれた。
今度は、引かなかった。
*
父たちは庭へ出ることになった。
裏手の溝に渡してある板を、柴田殿にも見てもらうのだという。
権六も立ち上がったので、俺はその袖をつかんだ。
俺も行く。
「竹丸様は、こちらで待っておいでなさい」
世話の女に言われ、袖を握る指へ力を込めた。
ここで待っていたら、また知らない話のまま終わってしまう。
権六が俺の手を見下ろす。
「連れていってはならぬか」
援軍が来た。
女は父へ目を向けた。
父は庭の明るさを見てから、うなずく。
「抱いて来てくれ。溝の近くでは降ろすなよ」
女が俺を抱き上げる。
俺は権六の袖から手を離した。
少年はそれを見てから、父親の後へついていった。
大股で歩きかけ、こちらを振り返る。
少しだけ、歩く速さが落ちた。
合わせてくれたのだろうか。
もっとも、歩いているのは俺ではなく、女なのだが。
庭の端を回ると、細い溝が見えた。
土の間を水が流れ、その上に板が渡してある。
父が板の端を指差した。
「ここが傷んでおります。人が通るたびに沈むようになりまして」
柴田殿はしゃがみ、板を眺めた。
「上の板だけではないな。下が流れておる」
言われて見れば、板を支える土の一部が削れていた。
俺には、父が指した場所しか見えていなかった。
権六も、父親の隣で膝を曲げる。
さっきの木片遊びとは違う顔をしていた。
「板を替えればよいのでは」
「また下が流れれば、同じことだ」
柴田殿は流れのほうへ指を向けた。
「まず、どこから水が当たっておるか見よ」
権六が溝の上手へ目を向ける。
俺もそちらを見たが、女の肩に隠れてよく見えない。
身体をひねったら、抱き直された。
「落ちますよ」
見学にも限界がある。
父と柴田殿は、そばにいた男を交えて話し始めた。
どこへ土を足すか。板をどこから運ぶか。
権六は口を挟まず、交互に相手の顔を見ている。
さっきまでは、自分が教える側だった。
今は、教わる側に戻っている。
よく考えれば、当たり前だ。
この子だって、何でも知っているわけではない。
「権六。軒の下に縄があったな。持ってこい」
柴田殿に言われ、少年が立ち上がった。
「はい」
すぐに駆け出しかけたが、板の手前で足を止める。
傷んだ場所を避け、遠回りして庭へ戻っていった。
俺は、その背中を見送った。
あれは、さっき聞いたばかりのことだ。
教わったから、気をつけた。
俺も同じだ。
技を覚える身体があっても、何を見ればいいのかは、誰かに教わることがある。
*
帰る頃には、俺の頭は重くなっていた。
部屋で遊んで、庭へ運ばれて、話を聞いただけだ。
自分の足では、ほとんど歩いていない。
なのに眠い。
今日も身体のほうが、先に店じまいを始めている。
父は戸口で柴田殿と話していた。
俺は女に抱かれ、権六が草履を履くのを見ている。
少年は立ち上がると、こちらへ戻ってきた。
「竹丸」
顔を上げる。
権六の手に、木片が一つあった。
さっき遊んでいた、大きいほうだ。
「敷物の脇に落ちておった」
女が受け取ろうとしたが、権六は俺の手の前で木片を止めた。
俺がつかむまで、離さない。
受け取ると、掌から木の温かさが伝わった。
俺は女の肩から頭を起こした。
何か言いたい。
礼を言いたいのか、また来てほしいのか、自分でもうまく分からなかった。
ただ、さっきまで一緒にいた子が帰るのは、少し惜しい。
「ご……」
権六が顔を近づけた。
「何だ」
「ご、う」
駄目だった。
舌がついてこない。
権六という名前は、今の俺には長すぎる。
少年は少し考えて、俺の手元を見た。
「もっと遊びたいのか」
そういうことにしておこう。
うなずくと、権六は門のほうに立つ父親を振り返った。
「父上。また参ってもよろしいか」
柴田殿は息子を見て、俺を見た。
「用があればな」
許可とも約束ともつかない返事だった。
それでも権六はうなずいて、もう一度こちらへ向き直る。
「また来る。次は、倒さずに載せてみせる」
そっちの心残りもあるのか。
笑いそうになった俺の口から、あくびが出た。
権六は一瞬、不満そうに眉を寄せたが、すぐに表情を戻した。
「よく寝ておけ」
少し偉そうに言い、父親を追っていく。
鬼柴田。
そう呼ばれる姿は、まだ想像できなかった。
今日会ったのは、木片が積めなくて悔しがり、父親の言葉には背筋を伸ばし、俺がつかむまで手を離さない少年だった。
女が俺を抱き直す。
「権六様に、遊んでいただけてよかったですね」
俺は木片を胸へ引き寄せた。
「あい」
今度の返事は、ちゃんと意味が合っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
権六は、竹丸の前では教える側、父親の前では教わる側です。
後の姿を知っている主人公も、まずは目の前の少年と付き合っていくことになります。
今回の遊びや来訪中のやり取り、溝を見に行く場面は創作です。
新しいアンケートはまだ設けず、もう少し竹丸の暮らしと周囲の人たちを描いていきます。