【読者参加型】戦国の弱小武家に転生しました~転生先も特典もその他いろいろ、アンケートで決まります~ 作:病んでるくらいが一番
第3回の結果は、全8票でした。
・父について家や土地の仕事を学ぶ:6票
・柴田家との交流と武芸の基礎:0票
・読み書きや算用を学ぶ:2票
最多票の「父について家や土地の仕事を学ぶ」を採用します。
父との同行や家の仕事を中心に描きながら、普段の稽古や読み書きも続けていきます。
「父上。またお供をさせてください」
書き終えた手本を差し出して、俺は言った。
父は紙を受け取り、字を見て、それから俺の顔を見た。
「今度は、どこへ行きたい」
「父上がお仕事をするところへ」
少し考えた父が、紙を脇へ置く。
「途中で飽いても、勝手に帰るなよ」
「はい」
それからは、父が許してくれる日に、外へついていくようになった。
道の話。木を渡す話。約束した日に人が来なかった話。
一つずつ聞いていると、同じ名前が何度も出てくる。家で呼ばれる名と、よその人が呼ぶ名が違っていて、別人だと思っていたこともあった。
顔と名前が結びつくにつれて、父の話も少しずつ分かるようになった。
筆の練習も、
ただ、今は朝になると、父がどこへ行くのかを先に確かめた。
そうして何度か外へ出たあと、初めて仕事を渡された。
「貸していた
*
庭の端に、返された鍬が並んでいた。
父は奥へ戻る前に、そばにいた男へ声をかけた。
「
「承知しました」
弥助は、以前に木片を削ってくれた男だ。
父を見送ってから、俺は鍬を数え、紙へ五と書いた。
次は傷み具合だ。弥助に一本ずつ持ち上げてもらい、刃と柄を見比べる。
「こちらもご覧になりますか」
持ち上げた一本の柄が細く裂けている。
「力をかければ、ここから折れましょう」
刃の近くにも土が残っている。ほかの四つを見比べると、まだ使えそうな物と、手を入れたほうがよさそうな物があった。
表面の傷なのか、使えば折れる傷なのか。
鍬を使った経験のない俺には、その見分けがつかなかった。
「これは別にしておくのですか」
「はい。柄を替えるまでは」
弥助が、傷んだ一本を横へ寄せた。
俺は紙の五を見た。
受け取った数。
使える数。
この二つは、分けて書いておこう。
数は自分で確かめられる。使えるかどうかは、慣れた人に聞く必要がある。
「ほかのも見せてください」
弥助は残りを一本ずつ持ち上げた。
俺は触らず、どこを見るのかを聞いた。
*
父に報告するときは、少し緊張した。
「五つ戻りました。そのうち一つは、柄を替えないと使えません」
「誰に貸した物だ」
持ってきた男の名を答えた。
その人に貸した物で間違いないことは、先に弥助へ確かめてある。
父が紙を見る。
受け取った数と、傷んだ一本のことを、短く分けて書いておいた。
「これは弥助が見つけたか」
「はい。傷は見えましたが、使ってよいか分からなかったので、教わりました」
父は弥助へ目を向けた。
「貸す前には、傷んでおらなんだか」
「そのときは、見当たりませなんだ。ただ、古い柄ではございます」
父はうなずいた。
「まず替えておけ。古い柄は、見せられるよう残しておくのだ」
壊した者を呼べ、とは言わなかった。
「誰が直す分を出すかは、まだ決めないのですか」
尋ねると、父は俺の紙を指した。
「ここに、誰が傷めたと書けるか」
書けない。
戻ってきたときに傷んでいたことしか、確かめていない。
「聞いてからですね」
「そうだ。だが、聞き終えるまで使えぬままにしておくこともない」
父は俺の紙を、ほかの覚え書きと一緒に重ねた。
書き取りの手本とは、扱いが違った。
*
昼を過ぎる前に、門のほうが騒がしくなった。
弥助が顔を上げる。
俺もそちらを見たが、誰が来たのかは、庭からでは分からなかった。
父を呼ぶ声がする。
続いて、早足で廊下を渡る音がした。
俺は立ちかけた。
「若様は、こちらへ」
弥助の手が、俺の肩の前に出た。
さっきまで鍬を見せてくれていたときとは、声が違う。
父が来客を迎えるのは、珍しいことではない。
それなのに弥助は、俺を戸口から遠いほうへ座らせた。
奥から、切れ切れに声が聞こえる。
「……三河の」
「守山へ……」
守山。
父について歩いたときにも聞いた、近くの地名だった。
俺は耳を澄ませた。
声は低くなり、それ以上は聞き取れない。
しばらくして、父が庭へ出てきた。
「今日は、もう外へ出るな」
俺ではなく、弥助に言っている。
「出ている者を確かめろ。近くなら、人をやって戻してくれ。遠くまでは行かせぬように」
「はい」
弥助が立ち上がった。
父は俺を見て、横にある鍬へ目を移す。
「使える物は、すぐ出せるところへ。直す物は混ぜるな」
さっきの五本が、急に違う物に見えた。
「戦ですか」
父の目が、俺に戻った。
「まだ、確かなことは分からぬ」
否定は、してくれなかった。
*
家の中を、人が行き来し始めた。
父は来た男をもう一度呼び、どこで誰から聞いたのかを尋ねている。
別の男には、家に戻っていない者の名前を言わせていた。
俺は敷物の端に座り、足の指を曲げた。
三河から、守山へ。
織田と松平が戦ったのだろうか。そこに今川も関係するのか。
桶狭間なら知っている。
だが、信長が大人になる前、この辺りで何があったかと聞かれても、答えられない。
守山という名前から、勝つ側も、逃げるべき方角も出てこなかった。
俺は父のほうを見た。
「何か、手伝えますか」
声をかけると、父は少し眉を寄せた。
「ここにおれ。呼ばれても、一人で門へ行くな」
俺はうなずいた。
ここで勝手に動けば、誰かが俺を探すことになる。
廊下を戻ってきた弥助に、父が声をかけた。
「縄も見ておいてくれ。荷をまとめるのに使える物が、どれだけある」
弥助が奥へ向かいかけたとき、俺は口を開いた。
「見た物を書くのは、俺がしてもいいですか」
父が足を止めた。
「弥助に見てもらって、使える物と、直す物を分けます。さっきのように」
数えるだけなら、弥助一人でもできる。
それでも、確かめた分を俺が書けば、父へ伝えるために何度も行き来しなくて済む。
父は弥助を見た。
「ここへ運べる分だけだ。竹丸は動かすな」
「承知しました」
紙と筆が、俺の前に置かれた。
弥助は持ってきた縄をほどき、途中がほつれている物をよけて、使えそうな物を確かめていく。
俺は言われた数を書き、用途を聞いた。短い縄と、長い縄を、同じ一つとしてまとめないようにした。
いつもより、筆を握る指が冷たかった。
それでも、書き慣れた字の形は崩れない。
手が覚えている動きに任せられる分だけ、弥助の言葉を聞く余裕があった。
「短いほうは、三つですね」
「はい。こちらは、荷を結ぶには足りましょう」
紙へ書く。
まだ、ここで使うのか、どこかへ持ち出すのかも分からない。
父が戻り、俺の書いた数を弥助と確かめた。
「分かった。これを使おう」
紙を取り上げる父に、俺は尋ねた。
「父上は、どこかへ行くのですか」
父の手が止まった。
「話を聞きに行かねばならぬかもしれぬ」
「帰ってきますか」
聞いてから、自分でも驚いた。
父は俺の前にしゃがみ、筆を持っていないほうの手を握った。
「そのために、今、支度をしておる」
必ず、とは言わなかった。
父は男を一人連れ、門を出ていった。
俺は追わず、弥助のそばへ座り直した。
*
日が傾いても、外の仕事は再開しなかった。
出先から戻った男たちが、門の内側で言葉を交わしている。
大勢来ると言う者もいれば、道でそれらしい人影を見ただけだと言う者もいた。
俺には、どこまで本当か分からない。
家の者が荷をまとめ始めると、いよいよ胸が冷えた。
普段なら気にも留めない器や布まで、持っていく物と置く物に分けられている。
俺の木片は、部屋の隅にあった。
持っていく余裕は、あるのだろうか。
そう考えてから、膝の紙に目を戻した。
「荷に使う縄を、二つ」
戸口から声がかかった。
弥助は今、傷んだ柄を外すために別の男と手を動かしている。
「長いほうですか」
「そうだ」
俺は紙を見て、確かめ終えた束を指した。
「それなら、そちらにあります」
弥助が顔を上げ、うなずいた。
男は縄を取ると、礼を言って戻っていく。
俺は渡した分を紙に書き添えた。
誰かを助けたとか、戦に役立ったとか、そんな大きなことではない。
ただ、忙しい弥助が作業を止めずに済んだ。
男も、傷んだ縄を持っていかずに済んだ。
次に声をかけられたとき、俺はさっきより早く顔を上げられた。
父が戻ったのは、外が暗くなってからだった。
門で声がした途端、俺は立ち上がる。
「父上」
駆け寄りかけた俺のほうへ、父が先に来てくれた。
袖の端をつかむと、土と外の冷たい空気の匂いがした。
「変わりはないか」
「はい」
弥助が答え、その日の出入りを伝える。
父は聞き終えるまで、俺の手を袖から外さなかった。
*
そのあとも、落ち着かない日は続いた。
俺が「何か分かりましたか」と尋ねても、父は確かめているところだと答えるばかりだった。
明日は外へ行けるか、とは聞かなかった。
やがて、家に入ってくる話が変わった。
「松平の清康殿が、亡くなられた」
父がそう言うと、弥助の手が止まった。
「討ち取られたので」
「身内の者に斬られたという知らせだ。詳しいことは、まだ分からぬ」
俺は、その名前を頭の中で繰り返した。
松平なら知っている。
けれど、清康という人が今ここで死ぬことは、知らなかった。
父と男たちは、道の様子や、外へ出していた者が戻ったことを確かめ合っていた。
清康の死を聞いただけで、すぐ荷をほどいたわけではない。
それでも、話す声からは、最初の日の硬さが少し抜けていた。
俺は父がひと息つくのを待って、尋ねた。
「もう、逃げなくてもよいのですか」
「今すぐ家を出る支度は、解いてよい」
父は、そう答えた。
そして弥助へ、借りて集めた物を返すように言いつけた。
家の中から、誰かの長い息が聞こえた。
俺もようやく、膝の上で握っていた手を開いた。
*
荷を解く日、俺はまた紙を前に置いて座っていた。
出した縄が戻ってくる。
使った物、使わずに済んだ物。借りた先へ返す物は、家の物と分けておく。
弥助が確かめ、俺が書く。
「こちらは、どこから借りたのでしたか」
男に尋ねられ、俺は父が残しておいた覚え書きの、読める名前を指した。
弥助に確かめてもらってから、声に出す。
「こちらへ返す分です」
紙の上の名前には、顔が浮かんだ。
父について外へ出なければ、まだ知らないままだった人だ。
俺は刀も振らず、敵の姿さえ見なかった。
それでも、父が門を出てから戻るまでの時間は、もう一度味わいたいものではなかった。
父が、使わずに済んだ縄を手に取った。
「無駄になりましたか」
聞くと、父は首を振った。
「使わずに済んだなら、それでよい」
俺は紙の端に、返した分を書き足した。
次に必要になったとき、どこへ頼めばよいのかも、今なら少し分かる。
庭では、柄を替えた鍬を男が確かめていた。
あの日から止まっていた仕事が、一つずつ動き始めている。
「父上。次に外へ行くときも、お供をさせてください」
父がこちらを見た。
「また、行きたくなったか」
「はい。今度は、返すところも見たいです」
父は、俺の書いた紙を持ち上げた。
「では、これを持って来い。途中で落とすなよ」
俺は両手で受け取った。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は、父の仕事を手伝い始めた竹丸が、守山方面の騒動を家の中から経験する回でした。
背景に置いたのは、天文四年(一五三五年)、松平清康が守山で家臣に殺害された「守山崩れ」です。
榎並家へ届く知らせ、その順序や日数、父の外出、道具の貸し借りと家の備えは創作です。史実の軍勢が架空の集落を通ったという設定ではありません。
弥助は、以前に竹丸の木片を削ってくれた男として名前を出しました。
今回は新しいアンケートはありません。次話では、その後の成長もまとめながら、家や土地との関わりを先へ進めていきます。