そうしてヴィクトリス王子との対面の日がきた。
バーバリアンの倅な経歴の持ち主であるヴィクトリス王子は、見た目だけなら貴公子だった。
美しい銀髪にサファイアよりも深い瞳には、思わず見惚れてしまう。ゲームのアナリーゼ・アガレスが夢中になるのも納得するというものだ。
タッパはデカくて脚もがっしりと太いが、線の細い男よりも筋肉質な男性が好きな女性ならば、きっとたまらないことだろう。
「やあアナリーゼ、久しいな」
従兄妹関係にあるからか、ヴィクトリス王子の第一声は実にフランクなものだった。
取り敢えずいきなり悪感情をぶつけられずアナリーゼはほっとする。
「え、えーと。お久しぶりでございます、ヴィクトリス殿下」
「ああ。それと石田三成だったか? 男爵の就任おめでとう!」
「……ありがとうござりまする。なれど拙者、まだ若輩者故に未だ当主につく権利なく、授爵されただけです」
本当は41歳の三成だが公式には三成の年齢は20歳ということになっていた。
無論将来アナリーゼと一緒に学園に通うためである。
「若輩だと当主になれんとは、そういうものなのか?」
「恐れながら殿下。常識でございます」
王子専属の従者なのだろう。メイド服を着た黒髪の女性が言った。
「常識か! なら分からぬのも無理ない。私は常識知らずな王子と有名故な! ははは! ところで三成。お前は遥か東方の国出身というが、お前の国にも強い武人はいたか?」
「……幼馴染だった人物に虎を退治した男がいました」
三成の幼馴染の虎殺しといえば加藤清正だろう。賤ヶ岳の七本槍で武勇ばかりが語られがちだが、政治面でも功績を残している文武両道の人物だ。
「虎か! 私は熊は倒したが、虎はまだだな! 今度試してみたい!」
「おやめください」
メイドが冷や汗を流しながら諫言した。きっと暴走気味の主君に、毎日のようにお腹を痛めているのだろう。アナリーゼは良い胃薬をメイドに差し入れしようと心に決めた。
それから三成とヴィクトリス王子は加藤清正の話題で盛り上がっていた。
やれどういう戦いで活躍したのかだとか、どれくらい強かったのだとかマシンガンのように繰り出されるヴィクトリス王子の質問に三成は淡々と答えていく。だが幼馴染のことを語る三成が、アナリーゼには少し楽しそうに見えた。
そうして加藤清正についての話が一段落すると、ヴィクトリス王子はどうでもよさげにアナリーゼへ顔を向けると、
「ではアナリーゼ。まどろっこしいことはなしだ。私と婚や――――」
「実はヴィクトリス殿下! 私のお友達にマルグリット・ハルファスっていうとっても良い娘がいるんです!!」
目を丸くしたヴィクトリス王子は、初めてアナリーゼに興味を向けた。
ヴィクトリス・バエルはアナリーゼ・アガレスとの縁談に興味はなかった。
一応アナリーゼとは従兄妹関係ではあるが特に親しいわけではない。悪い噂ばかりだったのが、最近になって良い噂ばかりが流れてくるようになったことに、ほんの少しばかり興味を抱いたがそれくらいである。
「(殿下! これは王国最大の貴族であるアガレス公爵家をこちら側に取り込むチャンスなんです! しっかりしてくださいよ、もう)」
メイドで腹心のテレーゼが口を酸っぱくして言ってくる。だがテレーゼの熱意に反してヴィクトリスの心は冷え切ったままだ。
「(分かってる分かってる。婚約すればいいのだろう。妻など、誰でも一緒だ。どうでもいい)」
ヴィクトリスは常日頃公言している通り王になる野心はない。
武王と謳われアスモデウス王国との戦いで大いに活躍した先王への憧れはある。だがヴィクトリスの心を最も掴んだのは王ではなく、王の下で働く猛将たちであった。
だが王子という身分は、ヴィクトリスに最前線で槍働きする自由を許してくれない。
なのでさっさとどこぞの貴族の婿養子として入り、王族から外れるのがヴィクトリスの希望だった。ついでに結婚することで王族としての義務も一応果たしたことにもなる。
「こほんっこほんっ」
食事会でアナリーゼそっちのけで、三成と加藤清正なる異国の豪傑についての話に熱中していたヴィクトリスは、テレーゼの咳払いで本来の目的を思い出す。
事前にテレーゼから口説き文句を教わっていたが、興味がなく忘れたので単刀直入にプロポーズすることにした。
「ではアナリーゼ。まどろっこしいことはなしだ。私と婚や――――」
「実はヴィクトリス殿下! 私のお友達にマルグリット・ハルファスっていうとっても良い娘がいるんです!!」
プロポーズを言い切るよりも早く、アナリーゼがまったく予想外のことを言い出した。
「可愛くていい子で、悪逆非道の公爵令嬢にも五分の魂があると信じて命を助けるため単身乗り込んで説得しようとするくらいのいい子なんです! えーと他には他には……」
アナリーゼは身振り手振りでマルグリット・ハルファスなる友達が、どれほど素晴らしい女性なのかを熱弁する。
そして言葉が詰まれば今度は三成が、
「聞くところによればマルグリット嬢は生来病弱で絵をかくのが趣味だとか。ヴィクトリス殿下とも趣味が合うかと」
三成の言う通り絵はヴィクトリスの数少ない文化的な趣味の一つである。
父親と違い絵を描く才能はなく、自分で描くことにも余り熱心になれなかったが、絵を観賞することは好きだった。
「とにかくものすごーく可愛くて良い子なんです! 私の百兆倍くらい!!」
ヴィクトリスが前に出会ったアナリーゼ・アガレスは、自分こそが世界で一番美しいと公言して憚らないような女だった。
事実として(内面はともかく見た目は)美しかったのでヴィクトリスも否定はしなかったのだが、そのアナリーゼが自分の百兆倍美しいのだという。ヴィクトリスには百兆という単位がどれくらいなのかよく分からなかったが、感覚でデカい数字なのだろうということは分かった。
ヴィクトリスの中でそのマルグリットなる伯爵令嬢に対する興味がみるみる湧いてきた。
「自分が一番美しいという態度を隠そうともしなかった君が、そこまで言うのだから可愛らしいレディなのだろうね」
「そうなんです! とっても可愛いんです! 殿下ともきっと話が合う…………かは分かりませんが、いい子オーラを感じて下さると思います!」
「そんなレディなら一度会ってみたいな」
「ほ、本当ですか!」
アナリーゼは嬉しそうに目を輝かせた。
「(ちょっと殿下! アナリーゼ様との婚約話でなぜ他の令嬢に会いに行こうとなされてるのです!)」
「(そうは言うがな。どう見ても脈、ないだろ)」
テレーゼは黙り込む。ヴィクトリスは自分の顔が整っていることは自覚していたが、アナリーゼからは恋愛的な関心を向けられている気配はゼロだった。
ヴィクトリスがプロポーズしてもアナリーゼは確実にやんわりと断ってくるだろう。だったらアナリーゼが推すマルグリット・ハルファスの方に目を向けるほうが建設的といえた。
「アナリーゼ、そのマルグリット・ハルファスにお忍びで会いに行く段取りを整えてくれるかな?」
「はい! 喜んで!」
「それと三成。マルグリット嬢のところへ行く時は是非とも君も同行して貰いたい。異国の武人の話をもっと聞きたいからね」
「御意にござる」
こうして食事会は終わった。
ヴィクトリス・バエルは始まった時とは打って変わってご機嫌であった。
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