【書籍版打ち切り爆死】悪役令嬢と石田三成 作:RYUZEN(孔明)
ザリガニ釣り大会で見事優勝して数か月。学園は平穏な日々が続いていた。しかし学園が平穏でも、事件がまったくないわけではない。アナリーゼは三成共々学園を休んでアガレス公爵領へ戻ってきていた。アガレス公爵家にとって、重大な事件が起きたからである。それはアガレス公オルバート、つまりはアナリーゼの父が急死したからだ。
「まさか……こんなに早くお父様が亡くなるなんて、思っていなかったわ」
前世のアナリーゼは両親ともに健在で、祖父母も父方と母方ともに健在だった。なのでこれが初めての肉親との死別であった。
「階段で足を滑らせての転落死か。ノア、一応王政府の憲兵も呼んで事件性がないか徹底して調査しておけ。周囲に変な邪推をされても面倒だ」
「はっ」
三成が指示するとノアは短く返答して部屋を出ていった。
「邪推ってなんのこと?」
「早い話、お前が父親を暗殺したのではないかと疑われるかもしれんということだ」
「してないわよ!?」
とんでもない話にアナリーゼは食いつき気味に叫んだ。幾ら中身転生者であるから実感は薄いとはいえ親は親である。暗殺なんて考えたことすらないことだ。
「実際にしてはいなくとも疑う連中はいるということだ。公爵家の実権が既にお前にあるのは有名であるし、そもそも身近に実例がいるからな」
「あ~~~~」
アナリーゼはそう言われて納得してしまった。はっきりとした証拠は残っていないし、公的には病死となっているが、ヴェロニカが実父を権力闘争の果てに暗殺したことは、半ば公然の秘密として有名である。同じ公爵令嬢であるアナリーゼが、疑われるのも無理はないかもしれない。勿論アナリーゼの方は冤罪であるが。
「ところで三成さん。お父様が死んで私が喪主っていうのを務めるらしいけど、喪主ってどういうことをすればいいのかしら?」
前世では肉親の死を経験したことのないアナリーゼは、言うまでもなく喪主の経験もゼロである。
「葬儀の手配ならしたことはあるが…………この国の葬儀については俺は詳しく知らん。公爵家に長く仕えた者に聞いたほうがいいだろう」
「そうね。じゃあハレー、喪主ってどうすればいいのかしら?」
アナリーゼと三成が揃って留守の間、公爵家を切り盛りしているのは文官筆頭のハレーである。オルバート新政時代から公爵家の良心として、アガレス家をどうにか支えてきたハレーならそういうことにも詳しいだろう。
そのアナリーゼの考えは正解で、ハレーは淀みなく答えた。
「オルバート様はバエル王国筆頭貴族の当主であり、現国王オリヴァント四世陛下の義理の弟君でもあらせられます。葬儀は国王陛下や王族の方々も参列される大規模なものになるでしょう。恐らくバエル王国中の王立学園も臨時休校になって、特別な用事のない全員が献花に訪れるでしょうな」
「え? クラスメイトだけとかじゃなくて……王国中の学生が全員?」
「学生だけではありません、教職員も含めてです。また他家からも当主や次期当主たちが参列を希望するでしょう。もしかしたら友好国たるベリアル王国からサイモン王陛下が参列されるかもしれません。アスモデウス王国からは流石に王族はないにしても、それなりに格のある人物を王の代理として寄越してくるでしょう」
「参列者の宿泊する場所も用意しなくてはならんな。国王と王族方にはこの本邸を使って頂くとして、他の参列客にもそれ相応の場所を用意せねばならん。ベリアル王国は恐らくディアーヌを国王の代理とすると思うが、サイモン王が自ら参列した場合の事も想定しておかなければならん」
ハレーの説明に三成が口を挟むと、話は二人による葬儀の段取りの話へと移行していった。
葬式だけで国家全体を巻き込む大行事となってしまう。アナリーゼは今更ながら公爵という地位の重さを思い知らされた。
そうして主にハレーと三成二人の働きで、オルバート・アガレスの葬儀はつつがなく終わった。だが葬儀が終わったら今度は故人を偲んでの法宴が行われる。いつものアナリーゼならテーブルに並べられた料理を消化することに集中するところであるが、流石に自分が喪主を務める葬儀後の法宴でそんな能天気なことができるほど鈍感ではなかった。食欲はぐっと堪えて、参列者への応対に専念する。
なお宰相のドラコリスに言われて渋々来たのが態度から丸わかりだったオリヴァント四世はといえば、法宴には参加せず、さっさと公爵家本邸に用意した部屋に引っ込んでしまった。
(…………仮にも義弟のお葬式で、あんな国語の授業の音読くらい気の抜けた弔文を読み上げるなんて、王様以前に人間としてどうかしてるんじゃないかしら?)
アナリーゼはあまり人を悪く思う方ではないが、それにしてもオリヴァント四世は酷かった。人間的な心に欠けているようにすら思える。
(というより女子高生の私がこうして慣れない喪主として、参列者への挨拶とか頑張ってるのよ! いい大人が一番子供みたいな態度とって恥ずかしくないのかしら!)
自分が慣れないことをやっている苛立ちもあって、ぷりぷりと怒りを露わに……は、不敬罪になるのでできないので内心で毒づいた。
「アンタのことだから法宴でも馬鹿食いしてるんじゃないかって心配したら、流石に杞憂だったようで良かったわ」
そんなアナリーゼに気安く声をかけてきた者がいた。アナリーゼの表情がぱぁっと明るくなる。
「ヴェロニカ! ありがとう、来てくれて!」
「ま、今日はクラスメイトとしてじゃなくてウァレフォル公爵家次期当主にして当主代行としての出席だけどね。こほん……この度は御父君オルバート様が亡くなられて、さぞ悲しいことと思いますが、私もウァレフォル公爵家を継ぐ者として――――」
「ああもうやめてよ、そういう堅苦しいの! もうお葬式じゃなくてその後の法宴なんだから、私の友達のクラスメイトに戻ってって!」
「はいはい、私も堅苦しいのは好きじゃないからお言葉に甘えるわ」
そう言うとヴェロニカの口調が馴染み深いそれへと戻る。
「そういえば私が休んでいる間に学園じゃ変わったこととかはあった?」
「学園では、ないわね」
「というと学園以外でなんかあったの?」
「……まだ確定情報じゃないんだけどね。アスモデウス王国国王アイザック・アスモデウスの体調が、かなり悪いかもしれないそうよ」
「え!?」
思わずアナリーゼは式に国王の代理として参列している、アスモデウス王国の使者を見る。使者は柔和な笑みでバエル王国の大臣と会話していて、とても本国の主が大変な状況にあるようには見えない。
「ほ、本当なのそれ?」
「だから確定情報じゃないって言ったでしょ? あの国の防諜は大陸一だし、はっきりとしたことは分からないわ。けどここ最近、国王が評議の場に姿を現さないことが増えたっていうのは確かな情報よ」
「それだけなら普通に体調不良なんじゃ……」
「期間が延びているそうなのよ。最初は一日空くだけが、三日、一週間って具合にね」
「……病状が悪化している?」
「かもしれないわ。アイザック王は何処かの誰かさんと違って、仕事熱心な名君だから、いきなり堕落したとも考えにくいしね」
「ちょ、ヴェロニカ! 危ないわよ! 誰かに聞かれたら不敬罪で――――」
「聞かれたらなんだって言うの? 私は何処かの誰かとしか言っていないわよ? もしこれを不敬罪だって咎める奴がいたら、私は素知らぬ顔でアスモデウス王国の過去の暗君の名前をあげて、逆にそいつを不敬罪って訴えてやるわよ」
そう言ってヴェロニカは挑発気に笑った。それを耳にしてなにやら得意満面の笑みでヴェロニカに近づいて来ようとしていた髭の貴族は、青ざめた顔で退散していった。賢明な判断である。
「ところでアイザック王の事だけど、病気じゃなくて人為的な何かって線はないの?」
「人為的って、毒でも盛られたんじゃないかってこと? ないと思うわよ。今のアイザック王は中道路線で王党派だけじゃなくて貴族派からもそこそこ支持されてるし、暗殺なんてしようものなら逆につけ入る隙を与えかねないわ。それとも暗殺しそうな人間に心当たりでもあるの?」
「それは……」
アナリーゼの脳裏に浮かぶのは、以前出会ったジゼル・アスモデウスである。会った当初は能天気にも彼女をディアーヌやヴェロニカと同じように友達になれたと無邪気に考えていたが、それから色々あって今ではとてもそうは思えない。
「ごめん。なんでもないわ、ただの思い付きよ」
けれど王太女で、他に王位継承のライバルもいないジゼルに王を暗殺する合理的理由は一つもありはしない。アナリーゼは自分の危険過ぎる想像を、口に出すことは出来なかった。
ヴェロニカと別れてからもアナリーゼは色々な人と会った。マルグリットの母親やアスモデウス王国の使者にディアーヌに、エドムンドの実家であるサブナック家当主を始めとした東部四大諸侯の当主たち。友達のディアーヌは癒しタイムであったが、それ以外は殆ど気を張り続けていてアナリーゼはくたくたであった。
そして挨拶の列が終わってやっと一息というところで、
「アガレス嬢、我からも一つ挨拶などいいかな?」
急に周囲が暗くなった。それがとんでもなく大柄な人間が前に立ったせいで、自分の体がすっぽり影で覆われたことだとアナリーゼは数瞬遅れて気付く。
何事かと見上げれば、そこに巨人がいた。
身長はアスールより更に大きい、恐らくは2m30cmほどはあるだろう。脚も腕も丸太のように太く、着ているのは貴族らしいものなのに完全武装の重騎士の百倍は重圧感がある。巌のような顔にある口元が見下したように弧を描いているのは、単に身長差があるからではないだろう。護衛としてこれまでずっと黙って後ろに控えていたアスールが、無言でアナリーゼの直ぐ横に立った。
「失礼ですが、どちら様ですか?」
「ふっ。アガレス嬢は成り上がりの我のことなど知らんか。これでもアガレス嬢とは少なからず因縁があるのだがな」
「因縁……?」
「そうだ。我の下から出ていった恩知らずの子分を、やたらと好待遇で拾ったと聞いているぞ」
一体なんのことかとアナリーゼが聞こうとしたところで、
「これはこれはお久しぶりです、我が旧主たるバルドゥス・アースロック男爵閣下」
表情に虚無を張り付けたクロムウェルが現れ慇懃無礼に言った。
「いつの話をしている、クロムウェル。今の俺はバルドゥス・グランドール"伯爵"だ」
「ああ、そうでした。ご自身を平民から男爵に取り立てたアスモデウス王を裏切り、バエル王国に寝返って、新しい姓と爵位を得たのでしたね。私にとっては恥の記憶なのですっかり忘れておりました」
そこでアナリーゼはクロムウェルの旧主がアスモデウス王国からバエル王国に寝返って、それを恥に思ったことで王都で私塾講師として隠棲していたことを思い出した。
「ふん、俺のお零れで武勲を上げただけの小賢しい男が、随分と舐めた口を利いてくれるじゃないか」
怒気を漲らせると、それだけで近くにあるグラスが割れた。
「舐めてなどおりません。ただの……本音です」
「言ったな小童が!」
バルドゥスの性根は兎も角、戦の強さだけで平民から爵位持ちの貴族まで成り上がった実力は本物だ。もしも万が一彼が暴れ出したら、確実に法宴会場は惨劇に染まるだろう。
場が一触即発になりかけた、その時だった。
「あ。ちゃんと会場につけたんですね、良かったです」
その場の空気に反する、明るい声が響いた。アナリーゼが声のした方向を見ると、ハレーに次ぐ文官で一門貴族であるラウラがいた。
「えーとラウラ、そちらの……グランドール伯爵と知り合いなの?」
信じがたいことだがラウラの先の言葉は、バルドゥスに向けてのものだった。するとラウラはあっさり肯定する。
「はい。会場で迷っておいでだったので道案内をさせて頂きました。けど名乗らずに行ってしまわれたので、まさかあのグランドール伯爵だったとは思いませんでしたよ」
「……………………う、うむ。そうだ俺がグランドール伯爵だ、凄く強いのだ」
「ええ、武名はかねがね」
「…………そ、そうか!」
なにやらバルドゥスの様子が妙だった。ラウラが現れた瞬間、先ほどまでの傲岸不遜な態度が雲散霧消して、ガチガチに固まってしまっている。
「……あ、アガレス嬢。お、俺はこれにて。…………あ、御父君のことお悔やみもうしゅ……申し上げる。では!」
バルドゥスは噛みながら言うと、そそくさと退散していった。
あまりのことにアナリーゼは勿論、嘗ての家臣だったクロムウェルまで唖然としていた。
「あのお嬢様。一体なにがあったのですか?」
「私が聞きたいわよ」
ラウラの問いにアナリーゼはそう答えるしかなかった。