【書籍版打ち切り爆死】悪役令嬢と石田三成 作:RYUZEN(孔明)
第二次デネブ・カイトス攻防戦は革命軍の侵攻を防ぎ切った、アガレス側の戦略的勝利で決着した。乾坤一擲の東征に失敗した革命軍は、そのまま本拠地のある北部へと撤退。とはいえ大っぴらに敗戦した、と認める訳にもいかないので欺瞞であることは承知で、ヴォーティガンは敵に与えた損害はアガレス側の方が多かったという戦術的勝利をもって、革命軍の勝利であるという発表をせざるを得なかった。
またアガレスと革命軍とが東部で争った事で、漁夫の利を得た形となったのが共和国である。出撃したカシム率いる共和国軍は無人と化した王都シリウスを難なく奪還。捲土重来を果たした。結果的に一連の戦いにおける一番の勝利者は、一兵も損なうことなく王都奪還という玉を得た共和国であったかもしれない。
北西部から革命軍の本拠地である北部に攻め入ったヴェロニカは、元辺境伯であるヴェルモントが守る北部へと侵攻。流石にアスモデウス王国との国境を守って来たヴェルモントは手強く激戦が繰り広げられたものの、ヴェロニカ率いるウァレフォル軍はそれ以上に強く二割の領土を削り取られてしまった。ただ守っているのがヴェルモントではなければ、とうの昔に旧フルカス領は失陥し、革命軍にチェックメイトがかかっていたことだろう。人材マニアのヴェロニカの欲しい人材リストにヴェルモントが名を連ねたのは言うまでもない。
更にヴェロニカは宰相兼摂政である自分の名前で、内乱に関わった者への大赦を行うことで旧ナベリウス領、旧フルカス領などのイジドール自由連邦の民衆に融和政策をとった。
特に革命軍に対して苛烈な姿勢のアナリーゼに対して、穏健的な姿勢を見せる事で反アガレスの人間を集めようとする宣伝戦略の一環であった。
「嘗て韓信は高祖に項羽と戦う戦略を求められた時、項羽の逆を行えば天下をとれると説いたという。ヴェロニカはお前と逆の姿勢を示す事で、お前に反感を持つ人間からの人気を得ようとしているのだろう」
軍議の場で三成はヴェロニカの動きについてそう評価した。
事実ユージーンを騙し討ちして殺害した事から始まる謀略の数々で、アナリーゼの評判というのは人徳ある公爵令嬢から悪役令嬢に、女王に即位した今では氷の女帝まで落ちきっている。対するヴェロニカの方はアナリーゼと違い、寛容で度量ある若き女宰相というものに急上昇しているので一定の成果はあっただろう。
「おほんっ」
項羽と劉邦というアナリーゼと三成しか分からない故事で分かり合う二人に、クロムウェルは咳払いして話を戻す。
「女王陛下。我らには今二つの選択肢があります。北へ撤退した革命軍を追い、その本拠地を攻撃するか、王都シリウスを奪還したばかりの共和国を攻撃するかです」
「考えるまでもないわ。革命軍を攻撃するわよ」
ピシャリと言い切ったアナリーゼにトリスタンが異を唱える。
「お待ちください女王。王都奪還及び共和国軍との戦いは、一考に値するのではないでしょうか?」
「ええ、エリゴスの自爆というリスクはありますが、王都を奪還し共和国を我々旧東部四大諸侯のように降伏させることができれば、ウァレフォルの本土を突けますよ」
「そうですね。革命軍も西から攻めてきているウァレフォルの対処で、我々に構う余裕はないでしょうし」
トリスタンの案にオリヴィアとクロムウェルが賛同を示す。アナリーゼの目的が天下統一ならばトリスタンの提案をよく吟味していただろう。しかしアナリーゼの真の目的は天下統一だけではないので却下した。
「駄目よ。それだとヴェロニカが革命軍を滅ぼしちゃうかもしれないし、革命軍がヴェロニカを滅ぼしちゃうかもしれないじゃない。私は革命軍も、共和国も、ウァレフォルも全て私の手で滅ぼす。滅ぼさないといけないの。私が望む天下人とは、そういうものよ」
強烈な意思から放たれた言葉に家臣達は押し黙る。
「全てを滅ぼすが故に、全てを支配する。大勝ではなく完勝こそをお望みですか?」
「まあそういうことよ」
本当の目的を話す訳にもいかないので、アナリーゼは曖昧に答える。そこを追及されても面倒なので三成が話を変えた。
「革命軍を攻めるならば、迅速に動くにこしたことはない。早くせねばヴェロニカがヴェルモントを突破して、革命軍の本拠地に雪崩れ込んでしまう。そうなればおしまいだ」
「ハレー、北部までの障害は?」
「王都シリウスから出撃した革命軍は東部に侵入するのに、バルバトス領のデネブ・カイトス要塞を通る必要がありましたが、この旧アンドラス領から革命軍本拠地アステローペ市までは平野が広がるのみです。障害はなにもありません」
革命軍が東部制圧に動いた時には、その進軍ルートは使えなかった。当時王都シリウスにいた革命軍本軍がそのルートを使う場合、一度北部へ進軍した後でその後に東へ移動し、最後に南下するという大きく時計回りに迂回しなければならないからである。そんなにモタモタとしていればアガレス本軍が東部に入り、準備万端で待ち構えられてしまい奇襲にならない。
逆に真っ直ぐ東進してデネブ・カイトス要塞を陥落させることができれば、その要塞でアガレス本軍を迎え撃ちつつ、東部を平定する事が出来る。そういう戦略がヴォーティガンにはあったのだ。失敗に終わったが。
「過ぎたことはいいわ。それより直ぐに出兵の準備を進めて。準備が済み次第、北伐を開始するわ。革命軍本拠地アステローペ市を陥落させて、指導者のヴォーティガン・リドルを捕縛する」
「討つのではなく、捕縛……ですか?」
意図が分からないオリヴィアが聞いた。
「ええ捕縛よ。先王ヴィクトリス陛下が亡くなられた原因は、愚かなるユージーンによるところが大だけど、直接の仇はヴォーティガンよ。死すら生温いと感じるガキッド監獄島に送りたいのは山々だけど、危険すぎて生かしておけないから、彼には公衆の面前で惨たらしく死んで、革命に加わることの愚かしさを天下万民に知らしめる生贄にするわ」
「む、惨たらしく……」
それを冗談と受け取る者は一人もいなかった。
「これは勅命よ。ヴォーティガン・リドルは絶対に生かして捕らえること。あと……学園で私を欺いていたアルガ・マリーナ・ナベリウスとニンファ・クラレンスも許せないわ。この二人は死より苦しい生き地獄を味わわせるから、必ず生け捕りにして。もしもこの勅命に違反すれば、誰であろうと首を刎ねるわ」
「全軍に徹底させよう」
西からはウァレフォル、南からはアガレス。王都を放棄して東部攻略に失敗して勢いも既になく、同盟する余地のある唯一の勢力である共和国も、落ち目の革命軍に手を差し伸べたりはしないだろう。
(詰み、か。いや、あの手段をとれば分からないが、王都焼き討ちを拒否するような男だ。ヴォーティガンは賢者であるんだろう。恐らくその手はとれまい)
アガレス家最高の将軍であるクロムウェルは、冷静に革命軍の滅びを確信した。
革命軍本拠地アステローペ市には、クロムウェルがとれないと断じた蜘蛛の糸が垂れてきたところだった。
声色を期待に弾ませたニンファがヴォーティガンを始めとした幹部たちに言う。
「大統領。アスモデウス王国からの密使が参られ、援軍の申し出が……」
「丁重にお断りしろ」
そしてやはりクロムウェルの予想通り、ヴォーティガンはその糸を手に取ることはなかった。
「けど大統領……! このままじゃ、私たちの国が、なくなっちゃいますよ!」
元奴隷のダリアが必死に声を張り上げて言った。
出自故に自己主張することが殆どない彼女が、ヴォーティガンに真っ向から反対意見を口にするのは初めてのことだった。
それをヴォーティガンは少しだけ嬉しそうに微笑みつつも、
「アスモデウス王国の力を借りて生き残ったとしても、その先に待つのはアスモデウス王国の属国となる未来だ。国は残っても、革命の志は死ぬ。だが俺たちが革命軍として殉じれば、国は滅んでも革命の志は不滅のものとなって後世へと受け継がれるだろう」
ヴォーティガンも自分達が既に"詰み"にある事を理解していた。これが共和国ならカシムの"自爆"という一発逆転の戦略兵器があるが、革命軍にはそんなものはない。ヴェルモントやアルガ・マリーナは出自故に超魔法を使えるが、それは戦局を打開できる類のものではなかった。
「……密使はもしもの時は、亡命を受け入れる用意があるとも仰せでしたが」
「あの女らしい。俺は亡命しないと伝えてくれ」
「俺は、って他の人はいいんですか!?」
当然だろう、とヴォーティガンは頷く。
「イジドール自由連邦は自由の国だ。国に殉じる自由、国を捨てる自由がある」
そしてヴォーティガンは居場所が奪われることに怯えるダリアの肩に手を置いた。
「自由に生きろ。この国では人生も財産も義務も責任も、全てがお前たち自身のものだ」
「あ――、あ―――――」
その日の夜、革命軍から一人の元奴隷の少女が姿を消した。
彼女については元奴隷であったという経歴以外、史書は碌な記録を残していなかった。彼女がどういう過去を生きて、どうやってヴォーティガンと出会いどういう思いで生きていたかはまったくの不明である。ただ彼女について史書はこう締めくくっている。
自由に身を処した、と。