【書籍版打ち切り爆死】悪役令嬢と石田三成 作:RYUZEN(孔明)
そうしてアガレス軍十五万と革命軍十万が激突した。
まず革命軍の先鋒として飛び出したのは革命軍特攻隊長として最も多くの敵将を討ち取ってきたエカテリーナであった。
「さあお上品な貴族様に、ヤクザ者の戦い方を見せてやんな! 総大将アナリーゼを討ちゃこっちの勝ちだ!」
エカテリーナに深い考えはなかったものの、それは正鵠を突いていた。アナリーゼには弟も妹もなく、父親も既にない。もしもアナリーゼが戦場で討ち死にするような事があれば、途端にアガレスは勢力ごとバラバラに四散する事になるだろう。それは革命軍のか細い勝機の一つであった。
けれどアガレス側とて、そのか細い勝機をみすみす相手に掴ませるような愚は犯さない。エカテリーナの突撃を止めるべく前に出たのは親衛隊長であるアスールだった。
「お嬢様……女王陛下には指一本、触れさせません!」
先祖伝来の蛇矛を縦横無尽に操り、群がるエカテリーナ直属の命知らず達を蹴散らしていくアスール。数多くの鉄火場を潜り抜けてきたヤクザ者達も、身長二メートルの蛇矛を振って暴れまわるメイド服の女と遭遇した経験があるはずがない。動揺し突撃の勢いが落ちる。
「ちっ。敵将を討ち取るまではいかなかったが、それなりの打撃を与えたし良しとするか」
これ以上は逆にこちらの被害の方が多くなると判断したエカテリーナは、直ぐに軍を退かせた。アガレス軍がエカテリーナを逃がすまいと追撃をかけるが、ここで動いたのはカイラスである。
「矢の雨を降らせぃ! 魔法が使えるものは魔法を放てぃ! エカテリーナの突撃隊を一人でも死なせてはならん!」
自らの軍を盾にするような果敢さでカイラスがエカテリーナの撤退を援護する。
エカテリーナとカイラスだけではない。ヴォーティガンは喉が枯れるほどに檄を飛ばしながら、全軍を俯瞰しつつ指示を出し続け、アルガ・マリーナも指揮が拙い分は自らが最前線で剣を振るう事で補い戦った。
当初、アガレス軍の圧倒的優位に進むと思われていたイザール平原の戦いは、革命軍全体の奮起によって、予想外の善戦を見せていた。名将クロムウェルも革命軍の士気が余りにも強いせいで、攻めきれずにいる。
そうして戦いが一日、二日、三日……一週間、二週間と革命軍の善戦が続き、全軍を統率するヴォーティガンにも希望が過ぎり始めた。戦いが長引けば王都シリウスを占拠した共和国が、アナリーゼ不在のアガレス領に大規模な攻撃を仕掛けるかもしれない。そうなればアナリーゼも軍を退かざるを得なくなるだろう。そうすればヴォーティガンは高らかにアガレスへの勝利を宣言し、失った流れを取り戻す事が出来る。
しかしヴォーティガンは一つ見誤っていた事があった。それはアガレス側の最も厄介な敵の存在である。
「いよいよ兵糧も少なくなってきたな」
予兆はカイラスの何気ない一言であった。
「ああ、けど本拠地が近いうちと違い、遠征してるアガレスの兵糧が尽きる方が早いだろうし心配することもないだろ」
アルガ・マリーナが言うと、その時は皆が「そうだな」と納得した。
しかし戦いが三週間にも及んでくると、異常が目に見えてくる。
「どういう、ことだ? なぜ……アガレス軍は兵糧も武器も尽きる気配がないんだ?」
兵糧だけではない。矢は射れば射るほどなくなるし、槍や剣だって破損すれば交換しなければならない。錬成の魔法を使える者を総動員してはいるが、戦場での消費に生産はとても追いつかないのが現実だ。
だというのにアガレス軍は一向に兵糧切れを起こす気配も、武器が不足になる様子もなかった。それどころか、
「兵が、減っていない?」
三週間に及ぶ戦いで革命軍はそれなりにアガレス軍に打撃を与えたが、兵数が開戦当初から殆ど変化していないのだ。革命軍は戦死者と負傷兵で半数近くも減らしているにも拘らずである。
そしてヴォーティガンは密偵からの報告を受けて、漸く自分が見逃していた最も恐るべき敵の存在に気付いた。
「アガレス軍の強さの根幹はお前か三成!」
石田三成は決して名将ではない。
関ヶ原の戦いでは家康に一日で負けたし、忍城攻めも失敗した。決して愚将ではないが致命的に武運というものが欠けている。幼馴染である加藤清正や福島正則と比べるまでもない。しかし軍官僚として補給を滞りなく行う手腕にかけては、漢王朝の伝説的宰相たる蕭何にも匹敵するだろう。
アガレスの軍には常に三成の手配した兵糧が運び込まれていて、負傷した兵士はただちに後方へ下げられ、代わりの兵士が次々に補填されてくる。
クロムウェルが積極策に出ずに敢えて不毛な消耗戦を続けていたのも、革命軍が一気呵成に打ち破れる程に弱り切るのを待っていたからだった。そして一か月目、遂にその時が訪れる。
「今だ、ありったけの矢と魔法を放て! その後、騎馬突撃をかける! 行け!!」
一気にアガレス軍が大攻勢をかけると、途端にこれまでの善戦が嘘だったかのように革命軍が瓦解する。
「くっ、諦めるな!」
援軍と兵糧をかき集めるために一度旧ナベリウス領へ戻っていたアルガ・マリーナは、革命軍瓦解を聞いて直ぐに駆け付けようとするが、
「革命軍幹部アルガ・マリーナ・ナベリウスですね。貴方達は完全に包囲されています。どうか投降を」
別動隊を率いていたエドムンドによって包囲された。アルガ・マリーナは抵抗しようとするが、ナベリウスの旧臣はアルガ・マリーナが革命軍に参加したため、なし崩し的に革命に加わった者が多い。あっさりとアルガ・マリーナを裏切ると、その身柄を差し出し降伏した。
一方その頃、カイラスとエカテリーナの両幹部もアガレスの軍勢に囲まれ絶体絶命の窮地にあった。
「どうするカイラス爺。いよいよお迎えが近づいてきたが、逃げるかい?」
「逃げるならとっくに逃げておるわい。最期は革命の士らしく革命万歳と叫びながら、死んでいくとするわ! お前こそ逃げんでいいのか?」
「大人より先にくたばるガキを見るのはもう沢山さ」
カイラス・ドレクセルは最期は自ら刀をもって、兵士と肩を並べ突撃しその体を無数の槍に突き刺され、戦死した。彼の首を獲るために近づいた兵士が最期に「革命万歳」と言い残したのを聞いたという証言が史書に残る。
そしてエカテリーナの方は宰相三成の手勢によって包囲されていた。
「……お前がエカテリーナか」
「そういうお前が石田三成かい。さっさと殺しな。それとも腐った貴族共みたいに、縛り上げた私を嬲ってみせるかい?」
「敵とはいえ立派な人物を、縛って嬲るような真似は武士にあるまじき所業だ」
「なんか実感こもってるね。アンタもどこかで縛られた口かい?」
「ああ。彼女を将としての礼にのっとり護送しろ」
エカテリーナは別にアナリーゼのリストにのっている名前ではないが、彼女が革命軍内で慕われているらしいとノアから聞いていた三成は、独断で彼女も捕縛する事とした。
そして残るヴォーティガンとリュシエルは、
「もう誰がどうなったかも分からんな。どうするヴォーティガン」
「最期まで戦っても、死ねればまだいいほうで、捕らえられれば革命に対する見せしめに屈辱的な殺され方をするだけだ。ならば――――」
死体も残さず焼け死んでやるべきか、とヴォーティガンが言っていると、リュシエルは上空に人影を見つけた。
そう、上空である。箒に腰掛けながら戦場を見下ろす少女が誰なのかを理解した瞬間、リュシエルは爆笑した。
「くっくっくっ、あははははははははははははははははははははははははは!」
「ど、どうしたリュシエル? なにを笑って――――」
上空から落ちてきた雷がヴォーティガンを撃ち抜く。殺さないよう威力を完璧に調節された落雷は、人一人の意識を刈り取るには十分だった。
すると上空を浮かんでいた少女が急降下してきて、ヴォーティガンを攫うと、再び上空へ舞い上がっていく。
「ふっ。負けたよ、先輩」
リュシエルが捕縛されたのは、その直ぐ後のことだった。
戦いに決着がつくとヘンリーがアナリーゼに報告する。
「女王陛下。協力者がヴォーティガン・リドルを捕えました。リュシエル・ウィンドラスの身柄も兵が確保したそうです」
「予定通りね。では捕虜とした者は、全員監獄島へ。ただヴォーティガン・リドルは――――」
「アルタルフでの公開処刑ですね。『既に』準備はできております」
「革命軍の処理が完了次第、アステローペ市へ進軍を再開。降伏を呼びかけて従えば良し、従わなければ攻め落としなさい」
「承知いたしました」
ソロモン歴1192年10月3日。イザール平原での敗北とアステローペ市の降伏でイジドール自由連邦は、その短い寿命を終えた。
旧フルカス領に立てこもり、ヴォーティガンたちの勝利を信じてウァレフォル軍と戦っていたヴェルモントにも、その報は届いた。
「革命軍が……大統領閣下が……理想が、潰えたと……。ああ……なんということだ……」
ここで間髪入れずに動いたのはウァレフォル家の参謀であるシェパードだった。シェパードはヴェルモントの絶望の心境を見抜くと、主であるヴェロニカに次のように進言した。
「アガレスはアステローペ市を落としたそうです。ここで手間取ってアガレスが万が一にもヴェルモントを調略してしまえば一大事です。その前に好条件を突き付けてヴェルモントと彼の立てこもる要塞を投降させましょう」
「そうね、ヴェルモントは死なせるには惜しいし、降伏すれば大赦を適用して、罪を大幅に減じるって使者を送って」
ヴェロニカがヴェルモントへの使者として選んだのはバジルだった。わざわざこの地上で最も信頼するバジルを危険な使者の任に送ったのは、ヴェロニカの狙いがフルカス領だけではなくヴェルモントもだったからである。
やはりというべきかバジル程の重鎮を送られてきたヴェルモントは仰天し、最大限の礼を尽くしてバジルを迎えた。
「降伏すれば罪を大幅に免じる、か。それはどの程度だ? 私の首一つで家臣たちの命は見逃してくれるのか?」
「ヴェロニカはアンタの首もいらねぇとよ。領土と爵位を没収して改易処分で済ますとさ。その代わりアンタにはうちの軍で働いてもらうぜ」
「…………そこまでの条件を出して頂いた上に、腹心である君を送られれば、断ることはできん。我らは投降しよう」
革命に殉じて死ぬつもりであったヴェルモントだが、家臣達の命を助ける代価ということであれば、ヴェルモントに拒否する事はできなかった。こうしてヴェルモントは城門を開き、ヴェロニカに全面降伏した。
バエル王国中の動乱の切っ掛けとなった革命は、ここに完全に潰えたのである。
後日。アナリーゼと三成だけがいる幕舎に、ひっそりとノアが報告に現れる。
「女王陛下。ニンファ・クラレンスの消息が分かりました。イザール平原の戦い前にヴォーティガンにより職を解かれ追放されたようです。今は村に潜伏しているとか、どうされますか?」
「静かに生きている分には放っておいて。けど監視はつけて、もし反乱だとかを企んだら直ぐに逮捕しなさい。逮捕よ、殺しては駄目」
「承知いたしました」
アナリーゼはバエル王国の地図に目を落とす。イジドール自由連邦が消えた事で残る勢力はヴェロニカ率いるウァレフォルと、カシム率いる共和国のみとなった。
「これで、あと二つ」
じっと地図にある二つの国を見つめるアナリーゼに、勝利の余韻なんてものは欠片もなかった。