【書籍版打ち切り爆死】悪役令嬢と石田三成   作:RYUZEN(孔明)

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第95話  目指すは唯一つ

 東軍のアガレスも西軍のウァレフォルも決戦を挑むと決めたら行動は早い。両者はお互いに大動員をかけ、中央に陣取る共和国対策の守備兵を除いて、ほぼ全軍を北部に集めていった。敵に勝る兵力を用意する事は戦争の基本であり、両軍共に一兵でも多くの兵士を集めようと必死だった。特に軍官僚のトップである三成は、余りの激務に仕事中に三度の気絶と五度のドクターストップを受けた。なおどれだけドクターストップしてもまったく仕事を止めようとしない事に激怒した軍医が、強引に三成を眠らせてアナリーゼに事後承諾を得た『野戦病院の乱』が発生したのもこの頃である。この事件は後にアガレス朝最初のクーデター事件として史書に刻まれる事となった。なお異例の事であるが、この事件におけるクーデター首謀者は裁かれることなく、逆にアナリーゼにより勲章を授けられ、三成の専属医として抜擢される事となる。

 ともあれレグルス盆地にて東軍勢二十二万と西軍勢二十一万が相対した。両軍合わせて四十三万。かき集められるだけかき集めた、動員できる限界の兵力である。国同士の戦争ではなく内乱でこれほどの兵力がぶつかり合うのは史上初のことであった。

 そして二十二万の東軍の前にアナリーゼが檄を飛ばすために壇上に立った。隣には三成と、護衛である兜を被った女の近衛兵だけがいる。

 

「これからウァレフォルとの決戦よ。共和国がまだ残っているけど、この戦いに勝った方が天下を得る事になるでしょう」

 

 拡声の魔法が使われているとはいえ、声を荒げずに淡々とアナリーゼは言う。

 

「この中には出世のために武功をあげることばかり考えている者もいるでしょう。勝てるかどうか不安に思う者もいるでしょう。お金で雇われただけの傭兵もいるでしょう。仕方なく兵士として徴用されて生き延びる事だけ考えている者もいるでしょう。だけどそんな貴方達の不安を取り除くためにたった一つだけ事実を言うわ」

 

 アナリーゼはわざと一拍置いて、全員が耳を澄ませるのを待つ。そして、

 

「――――私は、私が指揮をとった戦いにおいて、ただの一度だって負けたことがないわ」

 

 しん、と静まる。兵士たちの中にはアナリーゼが自ら総大将として出陣した戦役を一つ一つ数える者もいた。

 

「これは勝ち戦よ。存分に手柄をあげなさい」

 

そして、

 

「女王陛下、万歳」

 

 誰かがぽつりと呟くと、即座に全軍へうねりとなって伝わる。

 

「女王陛下万歳!」

 

「女王陛下万歳! バエル王国万歳!」

 

「アガレス朝に栄光を!」

 

「女王陛下の軍は常勝無敗!」

 

 アナリーゼにはヴェロニカのようなカリスマ性はない。いや嘗てはあったが、ヴィクトリスとマルグリットの死で、悪となる事を決めた時より失われた。

 しかしカリスマがない者に兵士たちを熱狂させる事は出来ないのかと問われれば否である。

 この人についていけば勝てると信じさせ、恩賞を目の前にぶら下げてやれば、農民あがりの歩兵が精鋭に、精鋭は勇者に変わる。カリスマは、作り出すことが出来るのだ。

 

「後は任せたわよ、クロムウェル」

 

「はっ」

 

 全軍への檄を出し終えたらアナリーゼはクロムウェルに全指揮権を委ねて下がる。その周囲をアスールが隊長を務める近衛隊が固めた。迂闊に前線にいて、流れ矢に当たりでもしたらおしまいである。それに合理主義者のヴェロニカはアナリーゼが隙を見せれば、弓矢や魔法による狙撃くらいは容赦なくやる女だ。

 

「全軍、攻――」

 

 クロムウェルが号令を出すと、東軍が一斉に動き始める、

 

「全軍、突撃ぃいいいいいいいいいいい!」

 

 よりも前にウァレフォル家の騎将アウグステが、猛然と突撃を開始した。

 

「なっ!?」

 

 これにクロムウェルが仰天する。アウグステが率いるのは、恐らく最精鋭であろう二千の騎兵部隊。虎の子である筈のそれをいきなり繰り出してきたのだ。

 明らかに早すぎる進軍速度。本体を置き去りにする突出。二十二万の軍勢が落ち着いて対処すれば簡単に殲滅できるであろう戦力差だ。しかしこれは東軍西軍両方に言える事だが、物量をかき集めたが故に中身は直属軍・諸侯軍・傭兵・平民からの臨時の徴用兵などの混成軍となっている。アウグステが狙ったのは、最も練度が低そうな諸侯が率いる軍勢だった。

 

「アウグステは上手く敵軍に突入しましたな。後は東軍側が内側に潜り込んだアウグステを討つために陣形を崩してくれれば儲けものなのですが」

 

「残念だけど、そう上手くはいかないわ」

 

 初手でアウグステによる特攻という奇策を実行させたロンメルに、ヴェロニカが首を横に振る。

 

「だって東軍の指揮をしているのはクロムウェルよ。もし予定通り口説き落としていたら、貴方と二人でうちの二枚看板になっていた筈の男だもの」

 

 ヴェロニカの言うようにクロムウェルは、僅か二千のアウグステを狩るために全力をあげて、陣形を崩すような愚行を犯す事はなかった。アウグステのいきなりの猪突に動揺したが一瞬でそれを鎮め、アウグステの対処を沈着冷静な指揮ぶりを見せてきたエドムンドの手勢に一任すると、自らは進軍速度を速め近づいてきている西軍本隊の対処に専念する。

 

「もう十分よ、一番槍は貰った! 退くわよ!」

 

その東軍の動きを感じ取ったのだろう。アウグステはさっさと機動力を活かしてUターンすると、退いて行ってしまった。

 

「ウァレフォルめ、良い騎将を抱えているではないか。敵ながら見事だ」

 

 そのように評したのはトリスタンである。大陸最強の騎将の家臣である彼の目から見ても、アウグステの猪突猛進っぷりと一転しての脱兎の如き逃げっぷりも一流のそれであった。

 東軍は逃げたアウグステは無視して、向かってきた西軍の本体を迎え撃つ。もしも東軍がアウグステの猪突に過剰反応していた場合、西軍本隊の攻撃に対して無防備を晒し、戦いは一気に西軍優位に傾いていただろう。しかしクロムウェルの落ち着いた対処により、そんな隙は見せなかった。

 

「踏ん張りなさい。攻撃は最大の防御なら、防御もまた最大の攻撃です!」

 

 西軍との本格的な衝突で最も目立つ活躍をしたのはオリヴィアだっただろう。彼女の派手さはないが堅実で粘り強い指揮っぷりは総大将ではなくとも健在だった。

 しかし、

 

「オリヴィア・バルバトスがどれ程のものかっ! 我等を助命してくださったウァレフォル公のため、そしてなによりも革命軍の同志達への鎮魂のため! 奮起せよ! 我等こそ、王国の防壁だったことを教えてやれ!」

 

 粘り強い守りに対して、果敢な攻撃を仕掛けたのは革命軍からの降将であるヴェルモントだった。元革命軍であるヴェルモントにとって、この戦いは革命軍の雪辱戦でもあり士気は高い。

 レグルスの戦いの特徴として、西軍側の守備をかなぐり捨てた徹底的な攻撃偏重の戦い方がある。この超短期決戦を狙った攻勢には、ヴェロニカのある狙いがあった。貴族連合を破り内戦を収束させつつあるアスモデウス王国を警戒し、少しでも早く決着を付けるためというのもあるが、最大の理由は三成の存在である。

 ヴェロニカは以前のアガレスと革命軍の決戦のデータをつぶさに分析して、最大の勝因を石田三成による完璧なる補給計画にあると結論していた。

 ウァレフォルにも優秀な官僚はいるし、補給計画も万全に整えている。しかしながら三成程の人材は残念ながら存在しない。戦いが長引き長期戦にもつれ込めば、徐々に東軍と西軍の差が開いていくだろう。それを回避するには補給の差が出ることのない、超短期決戦で決着をつけるのが最善というのがヴェロニカの考えだった。

 そうして西軍側の苛烈な攻撃っぷりに東軍の陣形が乱れ、遂に微かだが急所を曝け出した。風にはためくアガレスの旗とアスール率いる近衛隊。つまりはアナリーゼのいる大本営である。ヴェロニカはここで勝負に出た。

 

「今よ! 狙うはアナリーゼの首級唯一つ! 真っ直ぐ突っ込みなさい!」

 

 僅かに開いた"王"への道に西軍側が突入していく。

 

「クロムウェル元帥! 西軍が女王陛下のおられる大本営へ突撃を開始しました! 早く救援を!」

 

「必要ない」

 

 副官の悲鳴のような叫びに、クロムウェルはきっぱり切り捨てる。

 

「女王陛下の首級を獲る千載一遇の好機に、西軍は陣形を崩して、戦列が縦に真っ直ぐ伸びている。このまま左右の軍を前進させ、西軍の後方へつかせることができれば、理想の包囲殲滅戦をやる事ができるだろう」

 

「なっ! げ、元帥はまさか女王陛下を餌にするおつもりですか! そんなことが許されるとお思いですか!?」

 

「許されるとも。何故なら陛下はこの俺に全権を委ねると仰ったんだ。全権を委ねるという事は、ご自身の身すら駒として俺に使ってみせろとそう命じられたっていうことなんだよ!」

 

 流石は陛下だ、俺の見込んだ御人だ、と陶酔したように言うクロムウェル。無論これは勘違いである。アナリーゼがクロムウェルの作戦を知れば、確実に止めただろう。しかしアナリーゼの目的が『全ての友達を死なせない事』ではなく建前である『バエル王国の絶対的な天下人になる』ことであると信じて疑わないクロムウェルは、表向きの目的のために主君の命すらチップにする危険なギャンブルを、主君の了解もとらずに敢行した。

 

(ふっ、忠誠心の高すぎる家臣っていうのも困るものよね)

 

 実のところヴェロニカはアナリーゼを餌にして深入りさせ、包囲殲滅するというクロムウェルの策を見抜いていた。だが見抜いた上でヴェロニカは乗ったのだ。チェスや将棋と同じである。どれだけ自分の駒がとられようとも、最終的に相手の王をとることができれば勝つ。要は包囲が完了する前に、アナリーゼを討ち取ってしまえば西軍の勝利。討ち取れなければ東軍の勝利。これはそういう勝負である。

 先頭を走るのはバジルだった。

 先端に棘状の突起物がついた狼牙棒で、群がる敵兵を薙ぎ倒しながら真っ直ぐアナリーゼがいるであろう場所へ突っ込んでいった。

 

「ここから先は、行かせません!」

 

 バジルの進撃を止めるべく立ち塞がったのは、身の丈以上の蛇矛を持つアスールだった。アスールの蛇矛とバジルの狼牙棒が激突し、その衝撃の余波で周囲の兵士達が吹っ飛ばされる。

 

「ちっ! 相変わらずの怪力だな!」

 

 単純な腕力ならばアスールが上だが、バジルは技量で勝っていた。力に対して真っ向から力で押し返すのではなく、受け流して弾く。

 

「ったくよ。あの時、クロムウェルの勧誘で王都へ行ってお前たちとバッティングしちまった時は、天下分け目の合戦の相手がお前らになるなんて思わなかったぜ!」

 

「私は、そもそも天下分け目の合戦なんてものに参加する事が、思いもよらないことです!」

 

 アスールとバジル、二人の豪傑の実力は互角だった。嘗てはバジルが実戦経験の豊富さでアスールに勝っていたが、アスールの方も幾度も実戦を重ねた事で実力差は埋まった。しかし実力が互角なればこそ、有利なのはバジルである。何故ならバジルには『無限再生』の超魔法がある。再生を前提とした捨て身の攻撃を仕掛ければ、アスールを討ち取る事も出来るだろう。だが、

 

『え? 一度死んで再生すれば隻眼も治るですって? 馬鹿言うんじゃないわよ。片目一個よりアンタと過ごす数年が大事に決まってるじゃないの。必死に生きてそれでも死ぬんなら仕方ないけど、自分から死ぬのはどんな理由があっても許さないわよ』

 

 捨て身になろうとする度にバジルの脳裏に、ヴェロニカの言葉がリフレインされるのだ。

 

「我儘な奴だぜ」

 

 こうして西軍側最強の猛将は、東軍側最強のアスールによって抑え込まれていた。

 しかし他の西軍はこじ開けた血路からどんどんアナリーゼの大本営へと殺到していく。近衛兵は決死に応戦するも、敵の王という最上の手柄首級を目の前にした西軍の勢いも凄まじく次々に死体が増えていく。

 

「――――割れなさい」

 

 その時、途轍もない魔力の奔流が発生したかと思うと、地面が割れて西軍の兵たちがそこに呑み込まれていった。地割れを発生させ敵を穴へと落とした後、穴を塞ぐことで多数の敵を一度に生き埋めにする。まるで地面に巨大な鮫が出現して、丸呑みにしているような様から地鮫と名付けられた、地属性の殲滅魔法でも最上位のものだった。

 だがこの魔法の弱点は、兎にも角にも魔力消費が激しいことである。複雑な事はやらないので技量の方はあまり必要ないが、その分、とにかく魔力を馬鹿みたいに消費する。なのでこれを発動できるのは、

 

「敵は怯んだわ、応戦しなさい」

 

 ソロモン大陸全体においてですら、最高峰の魔法の才能を持つアナリーゼくらいしかいなかった。三成と女の近衛兵を侍らせながら、女王アナリーゼが兵たちに命令する。

 アナリーゼが規格外の魔法を放ち戦果をあげたことで彼我の士気が逆転した。東軍側がいざ反撃を開始しようとした、その瞬間である。

 

「アナリーゼ、覚悟!」

 

 大きく跳躍した白馬が近衛兵を飛び越えて、アナリーゼの眼前に着地する。白馬に乗っているのは赤い軍装の少女、ヴェロニカだった。敵総大将が自ら最前線に現れるという異常行動に女王アナリーゼは何もできない。

 一閃。女王アナリーゼの首級が胴から離れ、宙を舞った。

 

「偽王アナリーゼ! このヴェロニカ・ウァレフォルが討ち取ったわ!」

 

『う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

 

 拡声魔法をかけたヴェロニカの声を聞いた西軍が勝鬨をあげた。

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