勇者と女神と聖剣開発部 作:ハーレム撲滅委員会
俺の前に聖剣がある。切っ先を下に向けて、地面に突き刺さっている。先端が砂利に埋められ直立している。
「よくできてるな……」
腰をかがめてしげしげと見つめながら、称賛を口から漏らした。
聖剣ヴァルカルド。かつて勇者が……つまり前世の俺が魔王と相打ちしたときに失われたと、記録には残されている。
今まで誰も信じたことがないし、積極的に言いふらしたこともないが、俺は転生者である。前世では
約千年前のことだ。魔王によってヒト種族は滅亡の危機に瀕したが、女神ルテナの加護の下、異界から勇者を召喚した。俺は仲間と共に幾多の困難を乗り越え、その命と引き換えに魔王を討ち世界に平和が訪れたのだった。ああ、めでたしめでたし。
いや待て。俺にとってはなにもめでたくない。結局恋人も作れなかったし、そのあとの悠々自適な生活プランも全てパアだ――なんて出血多量で薄れゆく意識の中思っていたら、気づけば3歳の少年として、1つ下の妹の頬をつんつんしていた。
千年経っていたと知ったときはびっくりしたし、かつての仲間や戦いの後は気になったので詳細に調べた。
聖剣ヴァルカルドは魔王を倒したときに消失したらしい。不思議なことにその姿はなぜか誰も記録に残しておらず、現代の本に載っている聖剣のイメージ図はだいたい派手な装飾が付けられたり、実用性皆無な形にされたりしている。歴史の教科書を見るたびに何度ツッコミを耐えただろう。こんなに無駄な装飾つけてどう戦うつもりなんだと。
だというのに今俺の眼の前にあるのは、まさしく聖剣ヴァルカルドだった。
銀の剣身が陽の光にきらめいてすらりと伸び、柄へと続いている。左右に伸びた金色の鍔は、この世界の女神ルテナを象徴する梟の羽を模していた。
もっとも。
「なんで発泡スチロールなんだ……?」
材質を除いては。
表面に見えるまだら模様と質感が、梱包に使うアレでできていることを告げてくる。いや、この世界石油がとれないから、正確には発泡スチロールじゃないのだけれど。
聖剣にはオリハルコンとかミスリル等の希少な魔法金属が使われていた。女神の力を降ろし、魔物に対し文字通りの一騎当千を行う戦略(人力)兵器を造るため、その当時の最先端の技術を投入し、素材を惜しげなく使ったと聞いた。俺は召喚された後に受け取っただけだから、具体的にどう造ったかは知らない。
だが断じてこんな安っぽい素材でない。つまりこれはレプリカなのだが、失伝した聖剣を誰が再現したのかが気になる。それに。
「なんでこんなところに、これを?」
聖剣(発泡スチロール)が刺さっているのは王立ユウェンタス高等学院の中庭だった。俺が暮らしているロマネスティア王国の最高峰の教育機関であり、王族や貴族の子息はもちろんのこと、様々な分野で才能を見込まれた平民までもが集められている場所だ。歴史に名を残した偉人たちは、必ずと言っていいほどこの学院を卒業している。
そこの生徒なら歴史の闇に消えた聖剣の真の姿を見出してもおかしくないとは思うが……こんな素材で作るだろうか。この学園の生徒がやるにしては、似つかわしくない。
それに、と内心つぶやきながら視線を上げる。聖剣のレプリカは砂利に刺さっている。その砂利は、台座とその上の銅像を囲むように敷かれていた。銅像とは約千年前魔王を討ち取った……正確には相打ちになった勇者と、生き残った仲間たちをかたどったものだ。はて……前世の俺はこんなに顔立ちが整っていただろうか。これなら立ち寄った街の先々で夜眠ることができないほどモテたと思うのだが? 肖像権の侵害で出るとこ出るぞコラ。
「いやいやいやいや、じゃなくて」
魔王を倒した勇者には、つまり前世の俺に対してだが、千年たった今でも敬意が払われる対象である。小説やコミックで(千年の間にずいぶん文化が発展したらしい)で勇者をモデルにしたキャラは数多にあれど、石碑や銅像の前では礼儀正しく振る舞わなければいけないのが常識でありマナーだ。俺は別にそんなことをしてほしくないが、とにかくそうなっている。
勇者の銅像の前に推定コスプレ用の聖剣を突き立てるというのは、俺以外からすれば十分ふざけた行為だ。『コンビニのアイスケースに入ってみた』に代表されるバイトテロレベルの行為に相当する。
「一番丸いのは俺が回収しちゃうことか」
騒ぎになられても困る。他ならぬ前世勇者の俺が望んでいない、が……嫌な予感がする。
これを引き抜けば、今生こそ送ると誓ったまともな青春を送れなくなる予感がビンビンしている。
シン=ヴォールハルトとして転生した俺は今度こそ普通の人生を歩み、人生を最期まで生きると誓った。
その誓いに基づき、俺は勉学に励んだ。夢半ばで斃ることがないよう、週末はダンジョンで身体を鍛える健康的な生活を送ってきた。そして昨年、貴族たちの陰謀に巻き込まれるのも御免なので、地元にある平民用の高等学院に進学した。
ことの起こりは3月の中旬、今から半月ほど前だった。4月から王立ユウェンタス高等学院に通ってください。昼休みの時、教師は教室に入ってくるなりそう告げた。友人たちと春休みの計画について話していたときだった。俺が拒否する間もなくてきぱきと手続きは進み、数日後には王都へ一人旅立つことになった。
共に青春を歩むはずだった友人たちは「向こうに行ったら忘れてくれていいからな」「もうダンジョンのドラゴンに挑まなくよくなってうれ……いや残念だ」「今年の花見は地上でできそうだな」と言って別れを惜しんでくれた。
「……あいつら今頃どうしてるかな」
「勇者よ……何をしているのですか。さっさと聖剣を抜きなさい」
「あ、はい」
言われたとおりに聖剣に手をかけ、引き抜く。掲げ、振ってみる。軽い。グリップ部分は木材を赤く塗っているようだった。剣身を触ってみるが、その弾力はやはり発泡スチロールのそれだ。誰かが造ったか知らないが、とにかく俺が責任を持って処分……し……て……。
おかしい。なんで引き抜いたんだ俺は。
「おお、勇者よ。ついに復活したのですね」
背後からの声に振り返る。
まず目に入ったのは鮮やかなブロンドの髪だった。長く伸ばされたそれが、風に揺れている。切れ長の緑色の目が、細められて俺に向けられていた。
その姿はまさしく。
「……何してるんですか。女神様」
ルテナ。聖剣ヴァルカルドと前世の俺に加護を与えた女神がそこに居た――なぜかこの学院の制服を着て。
「勇者アラタよ……」
「人違いです」
今はシンだからな。
「千年の時を経て、世界に再び危機が訪れようとしています」
「そうですか、俺は一般人なのでこれで」
点と点がつながってきた。今すぐこの学院から逃げたい。
仰々しく両手を広げ、高らかに女神ルテナは語りをやめない。
「アラタよ。勇者としての使命は終わっていません。今こそ立ち上がり再び世界に
「話を、聞けや」
右手でルテナの顔面にアイアンクローをかます。前世からそうだが、この女神は神らしく人の都合を全く考えない節がある。
「アラタ君こそ話聞きなさいよ! 魔王が復活しそうだって女神センサーが反応してるのよ!」
「知らん! 二度も世界を救わせるな! つーか頼むならせめて前世の魔王討伐の報酬を払ってから言え!」
「相打ちしたのが悪いんで――ギブギブギブ!」
指に力を込ればミシミシという嫌な音がした。人相手では警察沙汰だが女神相手に法律は適用されないだろう。
邪智暴虐なる女神をここで廃し、俺は不安のない青春を歩ませてもらう。
「本当に困ってるんだって! このままだと魔王を倒せないかもしれないの!」
「俺じゃなくていいだろ! 剣聖とか七賢人とかSランク冒険者とかそっちに頼め!」
「そうじゃなくて――!」
シンとして生まれ直した俺は、前世で持っていたチートな加護を全て失っている。人が頑張れば到達できる程度の力しか持っていない。そんな身で魔王と戦ってみろ。10秒で消し炭になりかねない。
とりあえずこいつは気絶させて、警備に突きだそう。まさか女神が学生やっているわけじゃあるまいし、不法侵入だろう。
「聖剣を造り直さなくちゃいけないの!」
「……はあ?」
予想外の返答に思わず力が抜けた。女神が膝から崩れ落ちる。頭を抑えながら、目に涙を浮かべてこちらを睨んできた。
「聖剣ヴァルカルドをもう一度造る。協力しなさい。勇者アラタ」
「……今の名前はシンです」
冷静に考えればつきまとわれても困るし、話を聞こうか。
評価が高いと続くかもしれない