囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
こちらでは、主に原作のストーリーやカゲマスのストーリーなど様々な事を行っていきたいと考えています。
これから、よろしく御願いします。
世の中には、「運が悪い」で片づけるには神様の仕事が丁寧すぎる人間がいる。
歩けば雷が落ち、福引を回せば俺だけ参加賞。直後に隣家の犬が一等を引く。犬は回せないだろ、という常識まで景品と一緒に持っていかれる。
俺――エロゲの場合、月に三回ほど誘拐される。定期便か。
「おい、聞いているのか」
ガン、と耳元で金属が鳴った。男が棒らしきものを椅子の背へ叩きつけたらしい。目隠しの下で顔をしかめ、縛られた手首をひねる。
(今月、三度目……いや四度目か?)
もう数えていない。誘拐も回数を重ねれば事件ではなく予定になる。目隠しの隙間から差す光は赤い。夕方だ。夕飯までには帰りたい。
「貴様、我々が誰か分かっているのか」
「ディアボロス教団だろ」
空気が止まった。
「なぜ、それを」
「運んでた奴が言ってたぞ。『我々ディアボロス教団は』って、ずいぶん朗らかに」
衣擦れが重なる。目隠し越しでも、全員が発言者を捜しているのが分かった。
「秘密結社なら、まず秘密にするところから始めた方がいい」
「貴様、ふざけているのか!」
「真面目だよ。それより縄を緩めてくれ。指が痺れてきた。水も欲しい。椅子は硬いし、黴臭いし、換気も悪い」
「ここを宿屋と勘違いしているのか」
「宿屋なら二度と来ない」
「ここにも来るな!」
「それは俺が一番頼んでる」
また沈黙。さっきより少しだけ長い。
「縄を締めすぎて手が駄目になったら、尋問にも使えないだろ。報告書に何て書くんだ? 『質問する前に捕虜を壊しました』か?」
「……貴様、尋問の経験があるのか」
「尋問される方なら豊富だ」
誰かが小さく舌打ちした。理不尽である。経験者に聞いておいて。
「黙れ。貴様の異常な魔力量について答えろ。その力はどこから得た」
「知らない。生まれつきだ」
「白を切る気か」
「攻撃魔法も剣術も使えないんだぞ。こんな情けない嘘を命懸けで守る奴がいるか? 俺は容量だけ立派で、蛇口の壊れた貯水槽だ」
否定の言葉は返ってこなかった。そこは否定してほしかった。
「ならば採血する。血を分析すれば、源が判明するかもしれん」
声に熱が混じる。誰にも見えない眉間へ力を込めた。威圧効果はゼロである。
「上司の許可は?」
「必要ない」
「本当に? 採った量、保管場所、研究責任者。失敗したら全部、君の名前で報告書に載るぞ」
靴底が床を擦った。
「無断で貴重な研究材料に傷をつけました、でも通るのか? 上司って、そういう時だけ規則を思い出す生き物だろ」
「う……」
「俺は君のために言ってる。報告、連絡、相談。悪の組織にも大事だぞ」
長い協議の末、採血は翌日まで保留となった。
「ところで、水は?」
「……後で持ってこさせる」
勝った。捕虜なのに。
その瞬間、床が跳ねた。
天井から砂埃が落ち、遠くで悲鳴が上がる。二度、三度。建物そのものが何かに怯えているようだった。
「敵襲だ!」
「人数は!?」
「一人だ!」
背中に冷たい汗が滲んだ。縄から解放される未来と、全身を包帯で巻かれる未来が並んで見える。
「君たち、今すぐ逃げた方がいい」
「何を知っている?」
「あれは救援じゃない。俺を目的地に設定した災害だ。数分後には、この拠点が住所ごとなくなる」
壁の向こうで何かが潰れ、底抜けに明るい声が響いた。
「エロゲ! デルタ、見つけたのです!」
見つける前に建物をなくすな。
「……よりによって、デルタか」
前回は抱えられたまま三枚の壁を抜き、三週間寝込んだ。俺の身体は破城槌の付属品ではない。
次の瞬間、扉が蝶番ごと吹き飛び、反対側の壁へ突き刺さった。砕けた木片が雨のように飛び、俺は目隠しをしたまま頬で受ける。
痛い、と訴える暇もなかった。
扉が吹き飛んだ瞬間、脳内会議は緊急動議を全会一致で可決した。
(逃げる。今すぐ。椅子ごと)
議長からしてどうかしている。
とはいえ、理性がまともに働く人間なら、俺はとっくにこんな組織の共同創設者を辞めている。採決に従い、椅子の脚で床を蹴った。
ガタッ。ガタガタッ。
「お、おい! 何をしている!」
「見て分からないのか。逃げてるんだよ!」
「椅子で!?」
教団員の指摘は正しい。腹が立つ。
目隠しの隙間から差す光と、頬に触れる風を頼りに後ろへ進む。窓はこの先だ。椅子ごと突き破れば逃げられる。
(待て。ここ、何階だ?)
脳内会議は審議を打ち切った。知ったら跳べなくなる。
廊下から軽い足音が迫る。そのたびに壁が一枚ずつ、重い音を立てて黙った。足音の主は扉を探していない。最短距離にある物を、すべて通路へ変えている。
「エロゲ! そこにいるのです!」
いると分かっているなら、入口から来てほしい。
「来るな! 今そっちへ行くから待て!」
「待たない! デルタ、エロゲを助ける!」
「助ける相手の意見も聞け!」
会話はできる。制止だけが通じない。
轟音とともに天井が軋んだ。ぱらぱらと砂が首筋へ落ち、頭上で木材の裂ける音がする。
「うわ、ちょっ――」
逃げ場はない。椅子に縛られた捕虜に回避行動を求めないでほしい。
ゴッ。
硬い塊が頭を打った。耳鳴りが膨らみ、舌の奥へ鉄の味が広がる。痛みより先に、生温かい筋が額から頬へ流れた。
あ、これ、まずいやつだ。
「エロゲ!」
すぐそばで床が鳴った。獣の匂いに、土埃と戦いの熱が混じっている。鼻を鳴らす音が一度。それきり、デルタの呼吸が止まった。
「……エロゲ、血が出てる」
「デルタ、違う。天井が落ちてきただけで――」
「誰がやった?」
声から幼さが消えた。
「お、お前だ!」教団員が叫ぶ。「お前が壊した天井だ!」
「そうだ! 我々は何もしていない!」
犯人たちの弁明にしか聞こえないが、内容は百パーセント正しい。こんなに正直な悪の組織を見たのは初めてだった。
「誰が、エロゲを傷つけたのです」
デルタの中では、血を流す俺、そばにいる教団員、殴ってよい敵という三つの点が、恐ろしく真っ直ぐな線で結ばれたらしい。線を引いた張本人だけが、その図から消えている。
「デルタ。本当に違うんだ」
「エロゲ、黙ってて」
助けに来た年下の少女から、被害者なのに発言権を奪われた。口は閉じた。命は惜しい。
「エロゲ。誰がやった?」
教団員たちの息が一斉に止まる。目隠し越しにも、「頼むから真実を言え」という圧だけは見えた。
「デルタ。犯人は――」
声のした方へ、縛られた両手を持ち上げる。デルタを指す。お前だ。お前が天井を落とした。
そのはずだった。
耳鳴りが跳ね、部屋が横倒しになる。椅子の脚が扉の残骸を踏み、身体ごと傾いた。腕は狙いを外れ、別の方向へ流れていく。
「……あ」
「なぜ私を指す!?」
一番偉そうな男の声だった。
まずい。見えないけど、ものすごくまずい。
「エロゲ?」
デルタの声が遠ざかる。額を伝う熱も、椅子の硬さも薄れていった。
「違う! 今のは事故だ!」
「目隠しをしているんだぞ! 狙って指せるはずがない!」
「……エロゲが指した」
「だから事故だ!」
「お前がやったのです。許さない」
何かが壊れる音がした。
別の何かが壊れる音もした。
三つ目は、何が壊れたのか考えたくない音だった。
(ああ、またか)
意識が落ちる直前、最後の議題だけが脳内会議へ提出された。
(俺の指、もうちょっと正確に動いてくれよ)
意識が浮かび上がったのは、腹へ規則正しい衝撃が響いた時だった。
「……っ」
目を開けると、夜空が上下に揺れている。目隠しは外され、手首の縄も切れていた。代わりに、俺の身体は細い腕で横抱きにされている。
「起きた?」
短い声。ゼータだ。
「……デルタは?」
「暴れてる」
返事は四文字。背後に広がる被害は、四文字では済んでいなかった。土煙の向こうで壁が崩れ、元教団拠点が順調に更地へ近づいている。
「今のうちに運ぶ。文句は後で聞く」
「文句より水を――」
「後で」
「頭も痛いし、血も」
「後で」
ゼータにとって「後で」は会話を切る刃物らしい。切れ味がよすぎて、こちらの要望が一つも残らない。一応、俺は共同創設者なんだが。
不意に足が止まった。白い獣耳が、夜風とは反対側へ傾く。
「……早い」
瓦礫が弾けた。
「ゼータ! エロゲを返すのです!」
埃まみれのデルタが着地し、進路を塞ぐ。その瞳は獲物を見つけた時と同じ輝きを放っていた。助けに来た顔ではない。獲りに来た顔だ。
「返さない」
「デルタが見つけた! デルタが戦った! だからエロゲはデルタのものなのです!」
「エロゲは物じゃない」
「物じゃなくてもデルタの!」
「違う。私が先に回収した」
「回収って言った! 物みたいに言った!」
言った。今のは百対ゼロでデルタが正しい。頭が痛いので審判は棄権する。
「エロゲはデルタが助ける。ボスも許してくれる!」
「主の判断を待つまでもない。今はエロゲの状態が先」
「状態?」
ゼータの指が、額へ巻かれた布を示した。
「その傷。デルタがやった」
「デルタはやってない!」
「天井を壊した」
「うん」
「落ちた」
「うん」
「エロゲに当たった」
「……天井が悪い!」
「壊したのはデルタ」
「うぅ……」
デルタと論理は普段から仲が悪い。しかも今夜の論理はゼータ側についている。
「でも、デルタは助けた!」
「同時に傷つけた。渡さない」
「渡す!」
「渡さない」
二本の尻尾が大きく膨らんだ。間に挟まっているのは火花ではなく俺である。そろそろ本人の所有権も議題へ上げてほしい。
「お前たち、ひとまず――」
「黙ってて」
「黙ってるのです!」
息だけは合っていた。
デルタが俺の右腕をつかむ。ゼータは渡すまいと左足を抱え直した。
「エロゲはデルタのもの!」
「私が保護する」
「デルタが守る!」
「無理。壊すから」
「今度は壊さない!」
「今度はない」
ぐいっ。
「待て、引っ張るな」
ぐいぐいっ。
「いだだだだ! 俺を話し合いの綱にするな!」
悲鳴は届いている。採用されていないだけだ。
「ゼータのバカ! バカ猫!」
「バカ犬に言われたくない」
「デルタは狼なのです!」
「犬科」
「うがあああ!」
デルタが吠え、ゼータは片眉すら動かさない。右肩と左脚だけが、それぞれ別の人生を歩み始めていた。
「し、死ぬ……」
二人の手が止まる。
「死なない」
「死なないのです!」
「なら離してくれ」
「嫌」
「嫌なのです!」
そして再開した。医療判断と処置がまったく噛み合っていない。
視界の端から夜空が狭まる。頭の傷より、救助者二人に伸ばされている事実の方が意識へ効いた。
「あ、エロゲ!?」
「気絶した」
「ゼータのせい!」
「デルタのせい」
最後まで責任だけは、俺の頭上を勢いよく行き来していた。
(やっぱり、このあだ名は呪われてる)
エロゲと呼ばれるたび、誘拐され、瓦礫を浴び、四肢を引かれる。
(最初に呼び始めた奴、絶対ろくな奴じゃないだろ)
そこで意識が切れた。
* * *
少年が気を失ったあとも、デルタとゼータの争いは続いていた。
その一部始終を、少し離れた瓦礫の陰から眺める男がいる。黒髪に黒い瞳、群衆へ紛れれば二度と見つからない平凡な姿。
シド・カゲノー。
エロゲの悪友にしてシャドウガーデンの頂点。そして、この騒動の発端を作った張本人は、左右へ伸びる友人を見つめて目を細めた。
「いやぁ、これはないわぁ」