囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
入学式とクラス分けが終わり、教室には新入生たちがそれぞれの席へ散らばっていた。
俺は窓際の後ろから三番目。シドはその隣だ。二人とも教室の中央から距離を取った位置にいる。意図的だ。目立たないための基本は位置取りから始まる。
「見つけた。彼らは逸材だ」
シドが頬杖をついたまま、教室の中ほどに座る二人組を見つめていた。目の色が変わっている。狩人の目だ。だが狩っている獲物がおかしい。
「友達を探してる顔じゃないな」
「容姿、家柄、成績、会話の薄さ。どれも申し分ない」
「本人の前で品評会を始めるな」
俺は声を潛めた。シドの視線の先には、背の高い痩せた男子生徒と、小柄で丸い男子生徒が並んで座っている。痩せた方は髪を整え、襟を立てている。遠目には雰囲気がある。近くで見ると整え方が三割ずれている。小柄な方は素朴な顔立ちで、集団の中に自然に溶け込むタイプだ。言い方を変えれば埋もれるタイプ。
「あの背の高い方、ヒョロ・ガリ君。ガリ男爵家の次男。成績は中の下。会話の七割が噂話で残り三割が女性の話題。完璧だね」
「どこで調べた」
「入学前の名簿と、さっきの自己紹介の印象を組み合わせただけだよ」
「それで七割も分かるのかよ」
「残り三割は推測。でもたぶん合ってる」
合ってたら怖い。
「隣の小柄な方がジャガ・イモ君。イモ男爵家の次男。成績は中の中。自己紹介が丁寧すぎて内容が耳を素通りした。これも完璧」
「丁寧すぎるのが評価基準か」
「目立たない究極の形は、印象に残らないことだ。あの二人は自己紹介を聞かれた後に『えっと、誰だっけ』となる。これこそモブの鑑だよ」
「お前がモブを語る資格はないんだが」
「僕こそモブの鑑だろう。クラス分けで無難に中位に収まったし」
「中位に収まるために手加減しただろ」
「手加減じゃないよ。実力の抑え方だよ」
「同じだよ」
シドがふふんと笑った。この男は自分が何者なのかを隠すために、わざと平凡な成績を取った。あの規格外の強さを隠して中位に収まる技術。それをモブと呼ぶなら、世界中のモブに失礼だ。
「で、どうする気だ。あの二人に声をかけるのか」
「いや、待つ。向こうから来るのが自然だ」
「来ないだろ。お前が見てるだけで」
「来るよ。モブ同士は引力で結ばれる」
「そんな法則はない」
俺はため息を吐いた。シドの前でため息は通貨のようなものだ。一日十個消費する。既に今日は五個目だ。
その時だ。視線を感じた。
シドじゃない。シドは俺を見ていない。教室の中ほどからだ。振り向くと、あの背の高い生徒――ヒョロ・ガリが、こちらを見ていた。隣の小柄な生徒――ジャガ・イモに何かを囁いている。
「シド」
「見てる」
「見てるなら何か言え」
「来る」
「だから来ないって」
「なぁあいつら俺たちを褒めてないか?」
ヒョロの声が届いた。距離があるのに届いた。声がでかい。自信満々に響く声だ。
「見る目がありますね」
ジャガが隣で小さく頷いている。丁寧な口調だが目が合っていない。何を見ているのか正確に分からない。
「えっと」
俺はシドを見た。シドは俺を見た。
「褒めてないよ」
シドが即座に否定した。俺に向かって。だが声は二つの方向へ届く。
「残念ながら褒めてない」
俺も否定した。俺に何の責任もないが、被害は最小限に抑える。
「嘘をつくな俺たちは聞こえてたんだぞ」
ヒョロが席を立った。ジャガが後に続く。こっちへ来る。
「来たね」
「お前が呼んだんだろ」
「呼んでない」
「目が呼んでた」
「目で呼ぶか」
「モブは目で会話する」
「しない」
二人の下敷きになる前に席を立った方がいい気はした。だが立って逃げると目立つ。座ったまま受け止めるのがモブの正しい態度だ。俺とシドは同時にその結論に達した。達した時には既に二人が目の前に立っていた。
「俺はヒョロ・ガリ。ガリ男爵家の次男だ」
ヒョロが胸を張って自己紹介した。背が高い。見上げる形になる。整えた髪が光を反射している。
「ジャガ・イモです。イモ男爵家の次男です」
ジャガが丁寧に頭を下げた。小柄だ。下げるとさらに小さく見える。
「シド・カゲノーだ。気軽に話してくれ」
シドが爽やかに笑った。爽やかすぎて眩しい。この笑みの裏に何もないと信じているのは本人だけだ。
「エロゲ・シュタイナー。よろしく」
俺は短く返した。名前に引っかかる視線を待つ。いつものだ。名前を聞いて一拍空く。だが二人の反応は予想と違った。
「エロゲか。珍しい名前だな」
ヒョロが興味深そうに眉を上げた。
「珍名ですね」
ジャガが真顔で同意した。丁寧な口調で珍名と言った。失礼だ。だがこの世界では変な名前が珍しくない。二人とも特に気にした様子はない。
「で、君たちは何部になった?」
ヒョロが俺たちに尋ねた。
「僕はまあ、そこそこだよ」
シドが曖昧に答えた。
「9部だ」
俺は正直に答えた。隠してもすぐ分かる。
「9部?」
ヒョロが目を丸くした。
「最下位ですね」
ジャガが事実を述べた。丁寧な口調で容赦がない。
「ああ。攻撃の基礎を身につけろと言われた」
「へぇ。それで落ち込んでないのは何でだ?」
ヒョロが意外そうな顔をした。確かに最下位の生徒が落ち込んでいないのは珍しいかもしれない。だが落ち込む要素があるか。落ち込むほど期待していないのだ。
「落ち込むほどの期待が最初からなかったからだ」
「強がりか? いいぜその心意気」
ヒョロが俺の肩を叩いた。強がりじゃない。本心だ。だが本心と受け取ってもらえたならそれでいい。
「俺たちは7部だ。まあ、俺の実力ならもっと上でもよかったんだが」
ヒョロが得意げに胸を張った。7部。9部より二つ上だ。確かに上だが、上の中ではない。
「7部です。まあ妥当な結果かと」
ジャガが冷静に言った。妥当。残酷な言葉だ。ヒョロの笑みが一瞬固まった気がした。
「お前は黙ってろジャガ。俺は本気を出せばもっと――」
「本気は試験に出すものですよね」
「うるさい」
ヒョロがジャガの頭を軽く叩いた。ジャガは丁寧に避けなかった。避ける必要がない程度の力だ。
「で、シドは何部なんだ?」
ヒョロがシドに向き直った。
「僕もまあ、そこそこだよ」
「そこそこってどれだよ」
「9部だよ」
シドが正直に答えた。
「9部。僕たちより下ですね」
ジャガが事実を述べた。事実だけを。冷徹に。
「9部か。まあ俺たちよりは下だが、友達にランクで差をつけるような真似はしねえよ」
ヒョロが俺の肩をもう一度叩いた。力が強い。
「分かったから肩を叩くな」
「お前硬いな。鍛えてるのか」
「鍛えてない。叩く方が強いだけだ」
「謙虚だなお前」
ヒョロが笑った。謙虚じゃない。痛いだけだ。
「で、一つ聞きたいんだが」
ヒョロが声を落とした。笑みが少し唐突に変わった。下世話な方向へ。
「お前ら、ここで誰か気になる女いないか?」
来た。こいつの会話の七割が噂で残り三割が女性の話題だというシドの予測が、三割推測を含めて百パーセント的中した。
「いない」
俺とシドが同時に答えた。
「即答かよ」
「即答するほどいない」
「いるにはいるけど、気になるというか、まあ、そういうのは僕は」
シドが歯切れ悪く言い淀んだ。何だその中途半端な返しは。
「いますか」
ジャガが食いついた。丁寧な口調で鋭く突っ込む。
「いないな。いないいない」
シドが首を振った。今度は即答だった。さっきの言い淀みは何だったのか。
「俺はいるぜ」
ヒョロが顎をしゃくった。教室の前方を指している。
「ほら、あそこの金髪。可愛いだろ」
「金髪は多い。どれだ」
「三列目の左から二番目」
「ああ」
俺は視線を向けた。金髪の女子生徒が座っている。美少女だ。整った顔立ち。凛とした雰囲気。
「彼女ですね。名前は確か――」
ジャガが小さな手帳を取り出した。手帳? いつの間に。
「お前それ何だよ」
「名簿と自己紹介を整理したリストです。女子生徒の名前と席次、所属部門を記録してあります」
「何のために」
「参考用です」
参考。何の参考か聞かない方がいい気がした。
「あいつはアレクシアさんか。王女だぞ」
ヒョロが声を潛めた。王女。響きが重い。
「王女様ですね。身分が違います」
ジャガが手帳を閉じた。あっさり引く。
「引くなよジャガ。俺は身分なんて気にしねえよ」
「気にしてください。身分差のある恋は悲劇の元です」
「お前は何様だ」
「自分は慎重派です」
慎重派が手帳に女子生徒のリストを作るのか。
「エロゲ、お前はどうだ。気になる奴いないのか」
ヒョロが俺に向き直った。俺の番が来たか。
「いない」
三度目の即答だ。速くなっている。
「本当にいないのか」
「いない。俺は9部だぞ。余計なことは考えられない」
「9部でも恋はできるぜ」
「9部の恋は字面だけ聞くと罰ゲームみたいだ」
「お前面白いな」
ヒョロが笑った。笑い声がでかい。教室の隅から響く。目立つ。目立つのはよくない。
「声が大きい。少し抑えてくれ」
「あぁ悪ぃ悪ぃ」
ヒョロが声を落とした。落としたが体は大きい。背が高い。座っていても目立つ。
「で、シド。お前は本当にいないのか」
ヒョロが諦めずにシドへ切り替えた。
「いないよ。僕は目立たない学生生活を送るからね」
「目立たない生活って何だよ。つまんねえな」
「目立たないことが僕の美学なんだよ」
「美学ってお前。15歳で美学かよ」
「年齢で美学を否定するのはよくないね」
シドが穏やかに返した。穏やかだが逃げた。
「俺はジャガと組んでるんだが、お前らも一緒にどうだ」
ヒョロが唐突に誘った。
「一緒って何をだ」
「昼飯とか。訓練とか。色々」
「色々が具体的じゃないな」
俺は慎重に返した。こいつの「色々」には警鐘を鳴らすべきだ。根拠はないが、前世の記憶が告げている。提案が具体的でない人間は後で具体的な問題を起こす。
「いいよ。僕は構わない」
シドが即答した。即答した。この男はいつだって即答する。俺の慎重さを全て無駄にする速さで。
「お前即答するなよ」
「友達は多い方がいいだろう」
「多い方がいいけど、中身を確認しろよ」
「中身はさっき確認した。逸材だ」
「本人の前で逸材って言うな」
ヒョロが笑った。ジャガが丁寧に頷いた。
「では四人了。よろしくお願いしますね」
ジャガが頭を下げた。丁寧だ。丁寧だが手帳が気になる。
「ああよろしく。俺たちで集まれば、このクラスで一番のグループになれるぜ」
ヒョロが自信満々に宣言した。根拠がない。俺たちは9部、9部、7部、7部だ。クラスで一番のグループと言える構成ではない。
「一番のグループとは何の基準だ」
「勢いだ」
「勢いかよ」
「勢いは大事だろ。なぁジャガ」
「大事ですね。ただし方向付きの勢いに限ります」
「お前今日やけに冷静だな」
「自分はいつも冷静です」
冷静。冷静に女子生徒のリストを作る男の言葉ではない。
「まあいい。とりあえず、四人だ」
ヒョロが手を差し出した。ジャガがその上に重ねる。シドがその上に。俺は一瞬ためらってから、最後に手を重ねた。
(これでいいのか)
分からない。だがシドがいる。シドがいるなら、何かが起きても後始末は俺がする。いつも通りだ。
(後始末が俺の仕事なのが一番の問題なんだが)
窓の外から午後の日差しが教室を照らしていた。四人の手が重なっている。握手にしては雑だ。チーム結成にしては軽い。
だがこの軽さが、後の騒動の重さを知る由もなかった。