囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
学園からの帰り道。王都の目抜き通りを四人で歩いていた。
「だから俺は言ってるんだよ。学院の正門前で待ち伏せすれば、確率は跳ね上がるって」
ヒョロが大股で歩きながら両手を広げた。自信満々だ。通りすがりの行人が少し驚いて道を空ける。
「正門前は警備がいます。待ち伏せは怪しまれますよ」
ジャガが手帳をめくりながら丁寧に訂正した。
「怪しまれない位置取りがあるだろ。正門から三間左の柱の陰。あそこは死角だ」
「死角ということは見えないということです。見えない場所にいてどうやって出会うんですか」
「声をかけるんだよ」
「それは待ち伏せではなくナンパですね」
「同じだろ」
「全く違います」
俺は二人の後ろを歩きながらため息を吐いた。今日で何度目だ。シドが隣にいる。こいつは目立たない歩幅で歩きながら、ヒョロの話を聞くでもなく聞き流すでもなく、ちょうどいい距離で相槌を打っている。
「エロゲ。お前はどう思う?」
ヒョロが振り返った。俺の意見を求めている。だが求めている内容が問題だ。
「何についてだ」
「正門前で待つか、東庭の噴水前で待つか」
「どちらも待たない」
「なんでだよ」
「待つ男は魅力がない」
「それはお前の理論だろ。俺は待つことで余裕を演出するんだ」
「待つ余裕と待たされる暇は違うぞ」
「うるせえな。ジャガ、こいつ説得しろ」
「自分は中立です。ただし統計的には正門前の方が通過人数が多いです」
「お前も待つ派かよ」
「待つ派ではなく、効率派です」
効率。出会いを効率で語る十五歳。この世界には前世の恋愛シミュレーションゲームが必要だ。
「シド。お前はどうなんだ」
ヒョロがシドへ振った。
「僕はどちらでもいいよ。目立たない場所なら」
「お前まで消極的かよ」
「消極的じゃないよ。僕は適材適所を重視するだけだ」
「よし分かった。じゃあ今日の帰りに正門前の位置を下見するぞ」
「下見するのかよ」
俺は突っ込んだ。だがヒョロは聞いていない。ジャガは既に手帳に何か書き込んでいる。位置取りのメモに違いない。
「道の先が騒がしいな」
シドが呟いた。声に力はない。だが目が変わった。俺も見た。通りを行く人たちが左右へ避け始めている。規則的な振動が石畳を伝ってくる。足音だ。走っている。速い。人を避けながら走っている。
「何だあれ」
ヒョロが目を凝らした。
「見えます。黒い何かが」
ジャガが手帳を閉じて目を細めた。
「黒い何かって」
「髪です。長い黒髪。それと……耳?」
耳。その一言で俺の背筋が凍った。シドの顔も引きつっている。分かっている。来る。また来る。
「すげえ! 美少女がこっちに向かって走ってくるぞ!」
ヒョロが叫んだ。嬉しそうだ。嬉しそうにするな。
「長い黒髪に獣耳。可愛らしい顔立ちです。脚も速い」
ジャガが分析している。分析する前に逃げろ。
「髪を整えろジャガ。俺の立ち位置は左だ。お前は右だ」
「何を小学生みたいな並び方を」
「いいから並べ」
ヒョロが髪を撫で付け、胸を張った。ジャガが襟を直し、背筋を伸ばした。二人は通路の中央へ並んだ。
「お前ら。逃げろ」
俺は言った。切実に。
「嫉妬か?」
ヒョロが笑った。嫉妬じゃない。警告だ。
「嫉妬じゃない。あれは」
「エロゲ、出会いを邪魔しないでくれよな」
ジャガが丁寧に言った。丁寧な口調で俺の忠告を遮断した。
「どっちに来るかな。俺に賭けるぜ」
「自分は右に来る方に賭けます」
「どっちにも来ないから」
俺の声は振動にかき消された。
黒髪が風を切って揺れている。頭上の狼の耳が空気を叩く音が聞こえる。腰の尾が一直線に伸びている。速い。速すぎる。ブレーキの気配がない。
「来た!」ヒョロが両手を広げた。
「おかえりなさい!」ジャガが一歩前に出た。
デルタは速度を落とさなかった。ヒョロの正面へ突入した。衝突。鈍い音がしてヒョロの体が宙に浮いた。斜め后方へ回転する。壁へ。ドガッ。ジャガは横へ弾き飛ばされた。小柄な体がごろんごろんと石畳を転がり反対側の壁へ激突する。ガツン。
二人の短い呻き声が重なった。
それきり動かなくなった。
デルタは振り返らなかった。何かにぶつかったことすら気にしていない。獲物の前で獲物以外の障害物は存在しないのだ。
俺の目の前で急停止した。風圧で髪が跳ねる。
「エロゲ!」
大きな声。嬉しそうだ。尻尾が振れている。
鼻が近づいてきた。襟首から首筋、胸元、腰、袖口。全身の匂いを嗅がれている。耳が逆立ち、尾が激しく左右に振れている。
「雌猫の匂いがエロゲについている!」
デルタが大声で宣言した。往来で。人前で。
「匂いがいっぱい! ゼータの匂い! 昨日も今日も!」
「待て。言い方を変えろ。今の言い方は周囲が誤解する」
「デルタの匂いもつける!」
「だから匂いをつけるってどういう方法だ」
聞きたくないが聞かないと解決しない。周囲の行人が好奇の視線を向けている。全身を嗅がれている男子生徒と獣耳の少女。誤解以外の何物でもない。
「狩りに行けばデルタの匂いになる!」
結論が出た。早い。結論だけ早い。
「待て。制服だぞ。明日も授業がある。それに」
俺は壁際を指差した。
「あいつらが倒れてるだろ」
ヒョロとジャガが壁際にX字になっている。動かない。
「知らない人だ」
「知ってるだろ。ついさっきまで話してただろ」
「知らない人。デルタと関係ない」
関係ない。無関係。客観的には正しいが倫理的には問題だ。
「大丈夫だ。生きてる」
デルタが鼻を動かした。
「弱い匂いするけど死んでない」
「弱いのは匂いじゃなくてお前の配慮だ」
助けを求めよう。俺は左を向いた。シド。シドなら。
いない。
いた場所に小石が一つ転がっている。風に揺れてちょろちょろと動く小石だけ。人影はない。気配もない。いつの間に消えた。いつもの速さだ。こいつが必要な時には必ずいない。
「シドぉ!」
俺は叫んだ。狙いは逃げた味方への悪態だが結果は求助の声になっている。情けない。
「シド? ボスはいない」
デルタが首を傾げた。
「ボスいらない。狩りに行くだけ」
「行かない。制服だ。授業だ。倒れてる二人だ」
「行く」
デルタの手が俺の襟首を掴んだ。がっしりと。遠慮がない。地面から足が離れた。
「デルタ。話を聞け」
「聞いた。狩りに行く」
聞いてない。
「行かない」
「行く」
「聞いてないだろ」
「デルタは聞いた。エロゲは行く」
二者択一の末、俺の選択権は消滅した。襟首を掴まれたまま走り出す。石畳が足元を流れていく。景色が加速する。風が耳元で鳴る。
「シド! この仇は忘れねえぞ!」
俺の叫び声は急速に遠ざかった。
* * *
路地の物陰からシド・カゲノーが顔を出した。
黒髪の少年はデルタに襟首を掴まれて連れ去られる親友の姿を眺めていた。満足そうに笑った。右手を軽く握り、親指を立てる。
「お互い様だ」
口の中で呟いた。汽車の駅でクレアへの生け贄にされた一件。忘れていない。覚えている。美しく返せた。
シドは物陰から出て、壁際でX字になっている二人の方へ歩み寄った。しゃがみ込んで首筋の脈を確認する。
「まあ、生きてるからいいか」
立ち上がった。手を払い、そのまま歩き出した。夕方の王都に、のどかな日常が続いていた。