囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
森から戻ったばかりの俺は、拠点の休憩室で椅子に沈み込んでいた。
身体の傷は既に治っている。だが服は破れ、髪には枯れ葉が三枚ほど残っている。取る気力もない。
「お疲れ様です、エロゲ様」
声をかけてきたのはカイだった。短い金髪の片側が目にかかる中性的な顔立ちの女性だ。後ろにはオメガが立っている。褐色の肌に短い黒髪、左右で色の異なる瞳と顔の模様が目を引く。
二人ともイプシロン直属の部下だと聞いている。だからこうして俺の前にいるのも、たぶん偶然ではない。
「カイ。オメガ。何か用か」
「はい。一つ聞きたいことがありまして」
カイが率直に切り出した。オメガがその横で小さく頷いている。
「七陰の中で一番は誰ですか」
俺は瞬きをした。一番。何の一番だ。
「何の一番だ」
「一番です」
「一番と言われても。戦闘力か、料理の腕か、俺を枴われる頻度か。基準がないと答えられない」
カイがオメガを見た。オメガが少し考えてから口を開いた。
「では一人ずつお話を伺ってもよろしいでしょうか。順位はそのあとで決めていただくとして」
順位を決める気がない俺にとってはどちらでもいい。だが聞くだけなら構わない。
「いいよ。座れ」
二人が向かいの席に座った。カイが身を乗り出す。オメガは背筋を伸ばしたままこちらの反応を見ている。
「アルファから」
「一番長い付き合いだな。頼りにしてる。組織のことなら大体あいつに聞けば答えが返ってくる。ただし」
「ただし?」
「逆らえない。あいつの前では俺の意見が通った試しがない」
二人がそろって頷いた。深い頷きだ。体験している顔だ。
「ベータは小説が売れてるんだから、もっと自信を持てばいいと思う」
「自信、ですか」
オメガが首を傾げた。
「売れている作家が原稿を持ってきて『面白いでしょうか』と聞くんだぞ。何冊売れてると思ってるんだ」
「・・・不安を感じておられるんですね」
カイが呟いた。その声に少し驚きが混じっていた。俺がベータの不安に気づいていることが意外だったらしい。
「持ち込む時に手が震えてるのを知ってるのは俺くらいだと思うが」
二人が目を見合わせた。オメガの手帳に何か書き込まれている。いつの間に取り出した。
「ガンマは仲がいい。俺たちの間では一番気楽に話せる。ただ」
「ただ?」
「俺の誘枴体質とあいつのドジが重なると災難になる」
カイとオメガが再び頷いた。今度は苦い顔で。二人もガンマのドジを体験しているらしい。
「前回倉庫に監禁された時、あいつが停車紐を引っかけて止まった先が教団の拠点だった」
「・・・それは災難ですね」
オメガが丁寧に呟いた。丁寧だが目が笑っていない。同情的だ。
「続いてイプシロンだが」
俺が名前を出した瞬間、二人の姿勢が変わった。カイの背筋が伸び、オメガの目が細くなる。直属の上司の名前が出たからだ。
「ファッションセンスは信用してる。服選びも的確だ。あいつに選んでもらったシャツは今でも一番しっくりきてる」
カイが身を乗り出した。椅子の脚が床を擦る音がした。
「ただ何か隠している気もする」
二人の動きが止まった。完全に止まった。カイの手が膝の上で固まり、オメガの筆記する手が空中で静止した。
「隠している、と?」
カイの声が少し高い。
「いや、はっきりとは言えないんだけど。服を選んでる時に袖の布が変に伸びたことがあって。俺の見間違いかもしれないが」
オメガがカイを見た。カイが微かに首を振った。目配せだ。二人の間で何かが確認された。だが俺にはその意味が分からない。
「・・・それで、何か気づかれたことは」
オメガが慎重に促した。慎重すぎる。何を探っているのか。
「いや、それ以上は分からない。見間違いだと思ってる」
二人が同時に息を吐いた。吐いた安堵の色が濃い。何を安堵しているのか。俺の報告が上司の秘密に触れないからか。触れる秘密があるのか。
「デルタは」
話を変えた。二人の表情が少し緩む。デルタなら安全だ。
「狩りで酷い目に遭う。何度死にかけたか数えてない。でも可愛いところもある」
破れた服の袖を押さえながら言うと、カイの眉が上がった。
「可愛いところ、ですか」
「狩りの後、自分の獲物を一番に見せに来るだろ。あの時の尻尾の振り方は正直可愛い。殺されかけてるのに腹が立たない瞬間がある」
「・・・それは愛ですかね」
オメガが呟いた。呟き方がぼそぼそしている。
「愛じゃない。生存本能だ」
「ゼータは」
「救出に来る回数が一番多い。あいつが一番早く見つけてくれる。頼れる」
「ですが」
「部屋に侵入する。窓からも天井からも。起きたら枕元にいる。追い出しても翌日は戻っている」
「それは困りますね」
「困る以上だ。俺の部屋が俺の部屋じゃなくなってる」
カイが小さく笑った。初めて笑った。笑いながらオメガを見ている。オメガは笑っていない。手帳に何か書き込んでいる。何を書いてるんだ。
「イータは実験台にされる。飲み物を渡されるたびに警戒する。だが発明品に助けられたことも多い」
「助けられた、ですか」
「前に警報器を作ってくれたろ。あれのおかげで枴われた時に周囲へ知らせられた」
「なるほど。一長一短ですね」
「全部一長一短だよ」
俺はため息を吐いた。七人分話して疲れた。まだ枯れ葉が取れていない。
オメガが手帳を閉じた。そしてもう一度尋ねた。
「では結局どなたが一番ですか」
「何の一番か先に決めてくれ」
二人が顔を見合わせた。最初から聞きたかった答えが出ていない。出ていないということは、七人分を聞いても順位が出なかったということだ。俺は順位をつけるつもりがない。最初からなかった。
カイが質問を変えた。
「では一緒にいて落ち着く方なら」
俺は口を開きかけた。
イプシロンの名前が浮かんだ。服を選んでいる時、黙って隣にいる時。あの沈黙は悪くない。
だが言う前に二人の顔を見た。
目が輝いている。期待に満ちた目だ。レポートの提出を待つ研究者の目に似ている。聞いた本人に報告する気満々の目だ。
俺は口を閉じた。
「お前ら、本人に何を報告するつもりだ」
二人の視線が同時に外れた。カイが天井を見る。オメガが手帳を見る。
「ただの雑談です」
口を揃えて言った。揃えすぎだ。揃えた時点で嘘が確定する。
「雑談で手帳にメモを取るのか」
オメガが手帳を閉じて膝の下に隠した。隠した。隠したことがもう全てを語っている。
「エロゲ様の普段の考えを伺いたかっただけです」
カイが俯いて言った。俯きながら言い訳をする人間は信用できない。
「イプシロンに伝えるなよ」
「伝えません」
「伝えませんね」
二度言った。二度言った時点で確実に伝える。俺は椅子の背に頭を預けて天井を見た。天井は割れていない。まだ大丈夫だ。