囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
「本当はお前に告白させるつもりだったんだよ」
シドが世間話のように言った。夕方の通りを歩きながら。まるで明日の天気を話すような軽さで。
俺は足を止めなかった。止めたら負けだ。こいつのペースに乗ったら負けだ。歩き続ける。
「今それを言うか」
「言わないと君が自分の立ち位置を理解しないからね」
「立ち位置」
「ラブコメの主人公としての」
俺は足を止めた。負けた。
「俺の人生を勝手に役柄に当てはめるな」
「当てはめてないよ。観察して当てはまっただけだよ」
「観察」
「君を見てるとね。誘枴されて助けられて騒ぎになって、最後は笑いで収まる。完璧なラブコメの構造だよ」
「俺の誘枴体質をラブコメの適性に数えるな」
「数えてないよ。適性と言ったんだよ」
「同じだろ」
「違う。適性は潛在能力で、体質は現状だ。君はまだ花開いていないだけだよ」
「花開かせたくない」
「でも花開くよ。君が主人公だからね」
「俺は主人公じゃない。被害者だ」
「被害者が主人公になるのがラブコメだよ」
「なるかよ。なるわけないだろ。被害者が主人公になったら加害者は誰なんだよ」
「状況だよ。君を誘枴する状況がヒロインとの距離を縮める装置なんだ」
シドが笑った。いつもの笑みだ。計算通りの笑み。
「で、なんで俺に告白させようとしたんだ」
「君が告白すれば君が主人公になれるからね。僕はモブだよ。モブは告白しない」
「お前が告白したんだろ」
「失敗したんだよ」
シドが髪を撫でた。照れではない。手直しだ。計画が崩れた後の手直し。
「計画が失敗した結果お前が告白したのか」
「そう。僕が告白するつもりじゃなかった。君に押しつけるつもりだった」
「悪びれもしないのか」
「悪びれる要素がないよ。君が主人公なら告白は君の役割だろ」
「俺は主人公じゃないとさっきから言ってるだろ」
「聞こえてるよ。でも事実は事実だ」
「事実じゃない」
「じゃあ質問を変える。君が告白していたら、アレクシアとどうなっていたと思う」
「ならない。告らない。絶対に告らない」
「断定するってことは想像したんだね」
「想像してない」
「否定が早すぎるよ」
早い。早いが仕方ない。こいつの問いに早く答えないと次の問いが来る。
「失敗した計画の責任まで俺に押しつけるな」
「押しつけてないよ。成功した結果の相談をしようと言ってるんだ」
「相談」
「アレクシアとの付き合い方を君に相談したいんだよ」
俺は歩く速度を速めた。シドが並んでくる。長い脚だ。速歩でもついてくる。
「成功した本人が一番困って告白していない俺が相談役なのはおかしいだろ」
「君はラブコメの主人公だからね。主人公はヒロインの攻略法を知っているはずだ」
「知らない。攻略法なんてない」
「あるよ。君の経験値を見れば」
「誘枴経験値だぞ。恋愛経験値じゃない」
「誘枴されて助けに来たヒロインと仲が深まる。構造は同じだよ」
「構造が同じでも中身が違う。誘枴は命の危機で恋愛は…」
「命の危機だね」
「違う」
「君の恋愛経験を聞いてみたいよ」
「ない」
「ないならなおさら君に聞くしかない。不慣れ同士の相談は公平だからね」
「不慣れ同士なら自分で考えろ」
「自分で考えた結果が告白だったんだよ。次は君の番だよ」
「俺の番じゃない」
「君の番だよ。主人公だからね」
「主人公じゃない」
「じゃあ何番だい」
「ない。番がない。俺は関係ない」
「関係ない君にさっきから長く説明してるのは何でだろうね」
「お前が勝手に説明してるだけだ」
「君が聞いてるからだよ」
「聞いてない」
「聞いてる」
「聞いてない」
「じゃあ今の会話は何」
「お前の独り言だ」
「独り言に返事が返るの?」
返る。返っている。俺が返している。認めざるを得ない。
「…お前がラブコメの主人公になれ」
「僕はモブだよ」
「モブが王女と付き合うか」
「モブが王女と付き合うからこそ面白いんだよ」
「面白くない」
「面白いよ。そして君が主人公だからこそ僕のモブライフが成立する」
「成立しなくていい。俺の人生は俺のものだ」
「主人公の人生は読者のものだよ」
「読者がいない」
「僕がいるよ」
「お前は読者じゃない。共犯者だ」
「共犯者か。悪くないね」
「褒めてない」
「褒められたと思ったんだけど」
「思うな」
シドが笑った。計算通りの笑みだ。俺が何を言ってもこの男は笑む。そして笑んだ瞬間に次の手を打つ。
「で、アレクシアとの付き合い方だが」
「まだ続けるか」
「続けるよ。君の意見を聞きたい」
「聞きたくない」
「でも言うよね」
「言わない」
「言うよ。君は優しいから」
「優しくない」
「誘枴されても戻ってくる人間は優しいよ」
「戻るんじゃない。戻されるんだ」
「戻される過程で誰かの役に立っている。それが優しさだよ」
「優しさじゃない。生存本能だ」
「生存本能で人を助けるなら優しい人だよ」
「助けてない。助けられてる」
「助けられるためにそこにいる。それも役割だよ」
役割。役割役構造。こいつは何でも構造にする。俺の人生を構造にする。構造にされた人生は反論しにくい。反論の隙間がない。
「お前な」
「なに」
「俺がラブコメの主人公なら、お前は何なんだ」
「悪友だよ」
即答だった。迷いがない。悪友。悪友と即答する男の顔に笑みがある。
「悪友が主人公に告白を押しつけるか」
「押しつけてない。提案している」
「提案してない。決定してる」
「決定してない。観察の結果だよ」
「観察の結果を決定と言わないでくれ」
「じゃあ何と言う」
「やめろと言う」
「やめろ。了解。でもやめない」
「聞いてない」
「聞いてるよ。聞いた上で選択した」
「選択するなら俺の意見を選べ」
「選んだよ。君の意見を聞いた上で僕の結論を選んだ」
「それを選択とは言わない」
「言うよ。僕の辞書では」
「お前の辞書を燃やしたい」
「暴力はよくないよ」
「暴力じゃない。整理だ」
その時だ。
通りの向こうから見覚えのある姿が見えた。金髪。凛とした歩き方。アレクシアだ。
俺とシドの目が同時に動いた。同時に止まった。同時に顔を合わせた。
「お前が行け」
「君が行けよ」
「主人公だろ」
「モブだよ」
「告白したのお前だろ」
「したけど君が主人公だろ」
「主人公じゃない」
「じゃあ行け」
「お前が行け」
「僕はモブだから目立たない方がいい」
「王女と付き合ってる奴が目立たないわけないだろ」
「だから君を前に出して僕は後ろに立つ」
「後ろに立つな。前に出せ」
「主人公は前に立つものだよ」
「立たない」
「立って」
「立たない」
「立ってよ」
「立たない」
俺はシドの背中を押した。シドは俺の肩を押した。二人の間で力が拮抗した。
アレクシアの歩みが近づいてくる。逃げる時間がない。
「お前が告白したんだろ」
「君が主人公だろ」
「どっちも違う」
「じゃあどっちも行こう」
「行かない」
「行こうよ」
「行かない」
「行って」
「行かないよ」
アレクシアの影が伸びてきた。
俺たちは同時に笑顔を作った。作った笑顔で互いの背中を押し合った。誰も前に出ない。出ないが笑顔だけは崩さない。
完璧な悪友の構造だった。