囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
食堂の喧騒の中で、俺たち四人は窓際の席を確保していた。トレーの上に並んだ昼食の湯気が揺れ、周囲の会話が壁に反響して、耳に届く。普通の昼休みだ。普通の、であるはずだった。
「で、シド。告白はどうやったんだよ。王女様相手にだぞ。何か秘策でもあったのか?」
ヒョロが身を乗り出した。スープの皿がトレーの端でカタリと鳴る。自信満々に聞く顔をしているが、目は純粋な好奇心だ。
「秘策ね。ないよ。正直に言うと、僕が告白するつもりじゃなかったんだ」
シドが素麺を啜りながら答えた。啜った。啜りながら言った。重みがない。
「は? お前が告白したんだろ」
「したよ。でもするつもりじゃなかった。エロゲにやらせるつもりだったんだ」
俺の箸が止まった。麺が途中で垂れ下がっている。止まったのは箸だけじゃない。思考も止まった。
「俺に?」
「君に」
「告白を?」
「そう」
「王女様に?」
「うん」
シドが頷いた。頷いてから麺を啜り直した。再開が早い。俺の思考はまだ止まったままだ。
「なんで」
「君がラブコメの主人公だからだよ」
「は?」
「誘枴されて助けられて騒ぎになって最後は笑いで収まる。完璧なラブコメの構造だよ。君が告白すれば、君が主人公になれる」
「俺の誘枴体質を恋愛イベントの適性に数えるな」
「数えてない。適性と言ったんだよ」
「同じだろ」
「違う。適性は潛在能力で、体質は現状だ。君はまだ花開いていないだけだよ」
「花開かせたくない」
ヒョロがテーブルを叩いた。手刀じゃない。掌底だ。音が大きい。周囲の生徒がちらりとこちらを見た。
「すげえなエロゲ。お前ラブコメ主人公だったのか」
「なるかよ。こいつが勝手に言ってるだけだ」
「いやでも確かに。誘枴される頻度が高いのは事実ですよね」
ジャガが手帳を取り出した。また手帳だ。その手帳に俺の誘枴回数が記録されているのかと思ったが、まさかないだろう。ないと思いたい。
「ある事実をまとめているだけです」
「何をまとめてるんだ」
「エロゲ君の周辺で起きる出来事の頻度と分類。参考用です」
「参考になるか」
「なります。例えば今月の誘枴回数は既に三回。内訳は教団二回、謎の集団一回。前月比で増加傾向にあります」
「なぜ俺の誘枴統計を取ってるんだ」
「ヒョロさんに頼まれました」
「お前かよ」
ヒョロが笑った。笑いながらスープを啜った。啜りながら俺を見た。
「エロゲ、お前やっぱり面白いな」
「面白くない。俺は被害者だ」
「被害者が主人公になるのがラブコメだろ」
シドが言った。ヒョロとシドの声が重なった。重なるな。
「お前らな」
「で、シド。なんで自分で告白したんだ。エロゲに押しつけるつもりだったのに」
ジャガが手帳を閉じてシドに向き直った。丁寧な口調だが目が野次馬だ。
「失敗したんだよ」
シドが答えた。答え方が淡々としている。他人事だ。
「失敗?」
「チャンスのタイミングがずれたんだ。エロゲを前に出そうとした瞬間にアレクシアが僕の方を見てね。あ、これもう僕がやるしかないなって」
「なるほど。計画が崩れた結果、自分で告白したんですね」
「そう。計画が失敗しただけだよ」
「失敗した計画を何でお前が他人事みたいに話すんだよ」
俺は突っ込んだ。突っ込まずにいられない。
「事実だからね。事実は事実として淡々と語るのがいいよ」
「淡々と語るな。俺を罠にはめようとしただろ」
「罠じゃないよ。提案だ」
「提案してない。決定してただろ」
「決定してない。観察の結果だよ」
「観察の結果を決定と言わないでくれ」
「じゃあ何と言う」
「やめろと言う」
「やめろ。了解。でもやめない」
「聞いてない」
「聞いてるよ。聞いた上で選択した」
「選択するなら俺の意見を選べ」
「選んだよ。君の意見を聞いた上で僕の結論を選んだ」
「それを選択とは言わない」
ヒョロが笑い始めた。笑いすぎてスープが喉に詰まった。ジャガが背中を叩いている。
「お前ら面白すぎるだろ。ラブコメ主人公と悪友の掛け合いって感じだな」
「ラブコメじゃない」
「ラブコメですよね」
「ジャガお前も煽るな」
「煽っていません。分類しているだけです」
分類。分類と言い換えて野次馬を正当化する男。
「で、シド。アレクシアになんで受け入れられたと思う」
ヒョロが咳き込みながら尋ねた。
「さあ。僕もよく分からないよ」
「分からない? 告白しておいて分からないのか」
「告白と受諾は別の事象だよ。僕が告白したからといって、彼女が受け入れるとは限らない。受け入れた理由は彼女にある」
「哲学かよ」
「事実だよ」
シドが麺を啜った。啜りながら真顔だ。この男は真顔で屁理屈を言う。
「分からないなら聞けばいいんじゃないですか」
ジャガが提案した。
「聞く? アレクシアに?」
「はい。なぜ受け入れたのか。直接聞けば参考になります」
「参考にしてどうする」
「次の告白に活かします」
「次があると思ってるのか」
「あるかもしれません」
「ない」
俺は断言した。ない。ないがジャガの手帳には既に「次の告白予定」の欄があるかもしれない。
そこだ。
食堂の入口が開いた。金髪が光を弾いて入ってくる。凛とした歩き方。背筋が伸びている。トレーを持っている。こちらへ向かっている。
アレクシアだ。
俺とシドの目が同時に動いた。同時に止まった。
「来たな」
ヒョロが小声で言った。小声じゃない。声量が変わっていない。
「来たなじゃないよ」俺がシドの脛をテーブルの下で蹴った。「告白役の話を打ち切れ」
「打ち切ってるよ」
「打ち切ってない。まだ途中だろ」
「途中じゃない。終わったことにするよ」
「都合よく終わらせるな」
「都合はいい方がいいよ」
アレクシアが席に近づいてきた。周囲の視線が集まる。王女が一つのテーブルへ向かっている。生徒たちの会話が止まり、また始まり、また止まる。波だ。
「ここ、よろしいでしょうか」
アレクシアがシドの隣の空席を見た。
「どうぞ」シドが頷いた。
アレクシアが座った。トレーの上に料理が並んでいる。量が多い。一人分じゃない。
「シド、剣術の授業はどうだった?」
アレクシアが話を始めた。自然だ。隣に座って話す自然さがある。
「まあそこそこだよ」シドが答えた。
「そこそこと言いますが、あなたの動きには独特の癖がありますね」
「癖」ヒョロが反応した。「どんな癖だ」
「無駄がないんです。でも無駄がないことが逆に不自然で」アレクシアがシドを見た。「あなた、鍛えていますよね」
「普通だよ」シドが答えた。
普通じゃないことは俺が一番知っているが、今は言わない。
「それよりアレクシア、料理が多いんじゃない?」
シドがアレクシアのトレーを見た。
「多いですか? 食堂の人気が多くて」アレクシアが少し困った顔をした。
「食べきれないなら、僕が半分もらうよ」シドが箸を伸ばした。
速い。速すぎて俺は一瞬遅れて気づいた。
この男、嫌われようとしている。
「シド」俺は小声で言った。「お前まさか」
「ん?」シドが小声で返した。「何でもないよ」
何でもない顔じゃない。何でもない顔をしているが、箸がアレクシアの料理に伸びている。意図的だ。
「告白を押しつけようとした奴が、今度は別れ方まで計画してるのか」
「計画じゃないよ。共有だよ」
「共有じゃない。奪ってるだろ」
「恋人同士で料理を共有するのは普通だよ」
「普通の方向で共有してない」
アレクシアは気づいていない。シドが自分の料理を引き受けて食べているのを、親切だと思っているかもしれない。
実際は嫌われたいだけだ。
この男は告白に成功したのに、成功した結果を潰そうとしている。モブ生活を守るために。
「シド君、料理好きなんですね」アレクシアが微笑んだ。
「好きだよ」シドが答えた。「特に他人の料理を食べるのが好きだよ」
他人の料理。わざと言った。わざと言った上で笑った。
アレクシアは笑っていない。
ヒョロとジャガは食っている。二人の会話を聞きながら食っている。ヒョロの口元にソースがついている。
「それでシド、明日の剣術の授業、一緒に出ませんか」アレクシアが言った。
シドの箸が止まった。止まったのが見えた。
剣術の授業。シドにとって最も目立ってはいけない授業だ。モブ生活を守るためには、剣術で目立ってはいけない。だがアレクシアに誘われて断れば、逆に目立つ。
罠だ。アレクシアの罠か、状況の罠か。どちらにせよシドは逃げられない。
シドの目がこちらを向いた。
助けを求める目だ。
俺は目を逸らした。逸らしてスープを啜った。
「エロゲ」シドが小声で言った。
「何」俺は小声で返した。
「助けて」
「助けない」
「なぜ」
「さっき俺に告白を押しつけようとした奴を助ける理由がない」
「過去の話だよ」
「さっきだろ今の話だ」
「訂正するよ。だから助けて」
「訂正で助けるか」
「助けてよ」
「助けない」
「お前は主人公だろ」
「主人公じゃない」
「じゃあ悪友だろ」
「悪友は助ける義理がない」
「義理があるよ。悪友の定義に」
「ない」
俺はスープを啜った。啜りながら笑った。笑いながら背を向けた。
シドの視線が背中に刺さる。刺さるが知らない。
「シド、明日ですね」アレクシアが念を押した。
「・・・うん」シドが答えた。
勝った。俺の勝ちだ。
* * *
シドとアレクシアが席を立った。剣術の授業へ向かうらしい。二つの背中が食堂を出ていく。
周囲の生徒たちが二人を見送る。噂話がざわめきに変わる。
ヒョロが残ったスープを啜った。
「すげえなシド。王女様と剣術の授業だぞ」
「うらやましいですね」ジャガが手帳に何か書き込んだ。「授業デートの記録です」
「記録するなよ」俺は言った。
「記録は事実を残すだけで、評価は加えません」
「加えてなくても残ってるだろ」
ヒョロが立ち上がった。トレーを持って return 口へ向かう。
「エロゲ、お前も何かと動いてるじゃねえか。昨日も美少女と森に行ったんだろ」
「行ってない」俺もトレーを持って立ち上がった。「狩りだ」
「狩りね」ヒョロが笑った。「まあそういうことにしておいてやるよ」
「そういうことにしておくって何だよ」
ジャガも立ち上がった。
「エロゲ君も行動範囲が広いですね。記録上はシド君と同等かそれ以上です」
「記録するな」
「記録は止めません。事実ですから」
事実。事実を並べても誤解は解けない。むしろ並べるほど誤解が深まる。
俺はトレーを返却口に置いた。
食堂を出て、廊下を歩きながら呟いた。
「告白役を押しつけようとした奴が、結局いちばん面倒な役を引いてる」
言い終わってから笑った。
笑ったのはいいが、明日シドが授業で目立ちすぎたら、その後始末も俺の仕事になるかもしれない。
その予感がして、俺は歩く速度を少しだけ速くした。