囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
目を開けると、白い天井が見えた。
清潔な布の感触と消毒液の匂い。朝日が窓から差し込んで、部屋全体を淡く明るくしている。見覚えのある天井だ。今月三度目になる。出迎えてくれるのが白い天井だけなのが少し悲しい。
身体を動かそうとして、紙の音がした。
全身、包帯だらけだ。
(……帰ってきたのか)
いや、枴われていた場所から連れ戻された、という表現が正確か。帰宅というより搬送。誘枴される側にもちゃんと表現の使い分けがある。
痛みはほとんどない。包帯は防御というより儀式に近い。治癒魔法が丁寧にかけられた証拠だ。イータの手厚い処置が見える。
何より安堵したのは、身体がひとつにまとまっていることだ。昨夜の記憶では、左右から引っ張られて二つに裂かれる寸前だった。
……裂かれそうになった事実を思えば、生きてるだけで御の字というやつだ。
「……だから、デルタは悪くないのです」
「私も悪くない」
「どっちも悪くないなら誰が悪いの」
「ゼータ」
「デルタ」
……始まっていた。
寝台の左右から声が聞こえる。見ると、デルタとゼータがそれぞれ私の枕元を陣取り、腕を組んで立っている。どちらも反省の色は一切見せず、むしろ被害者のような顔をしていた。
(俺が被害者だろ)
「あー……二人とも」
私は口を開いた。声が少し掠れている。水を欲しがった最後の瞬間から数えて、八時間は経っている。
「救助対象を綱引きに使うな。頼むから」
「使ってない」
「使ってないのです」
即答の即答。波状攻撃というやつだ。嘘だ。明らかに使った。昨夜の俺の左腕と右脚は別々の人生を歩み始めていた。
「ゼータが離さないから」
「デルタが離さないから」
「……お前ら、同時に言ったよ」
二人が顔を見合わせる。そして同時にそっぽを向いた。空気が冷える。共闘を拒否した時点で、それぞれの非を認める気はないらしい。
ため息をつこうとしたら、肋骨がギシリと鳴った。包帯の下で骨が悲鳴を上げている。笑う力すら残されていない。
「あのな。俺を引っ張った結果、何が起きたか覚えてるか?」
「エロゲが死んだ」
「死んでない」
「死んだのです」
「死んでないから今ここにいるだろ。こうして生きてる。俺の命を軽くするな」
「じゃあゼータが引っ張ったから死んだ」
「だからデルタが引っ張ったから」
「お前ら俺の話を聞いてるか」
聞いてない。
デルタは尻尾を振りながら「デルタは助けた」と繰り返し、ゼータは無表情で「私が保護した」と繰り返す。二人の主張は立場こそ違えど、「俺の身体を引っ張っていい権利がある」という一点で完全に一致していた。
(その権利、どこにもないんだが)
議論はエスカレートする一方で、当事者の身体は放置されている。これは困った。
「デルタ。ゼータ。もういいから、水を持ってきてくれないか。喉が――」
「デルタ持ってくる!」
「私が持っていく」
また波状攻撃だ。二人が同時に動きかけて、同時に止まった。目が合う。
「デルタが持っていく」
「私が持っていく」
「……あー、もういい。誰でもいい。水をくれ」
喉の渇きが限界を超えている。昨夜、教団員からもらえなかった水の恨みがここで噴き出した。水一本くらい譲り合って持ってきてくれてもいいだろうに。
その時だった。
「二人とも」
静かな声が響いた。
……静かだった。
その「静かさ」が、今までの騒がしさと根本的に異なる質を持っていた。温度のある静けさではなく、氷が割れる直前の、張り詰めた静けさだ。
デルタとゼータが同時に固まった。尻尾が止まる。耳が伏す。獣の本能が「今は動くな」と告げているのが見える。
アルファが、ドアの傍に立っていた。
……いつからいた。
いや、いつからいたかより、今のその声の温度が問題だ。室温が三度下がった気がする。実際には下がっていないのに、背筋だけが冷える。この感覚は何度経験ても慣れない。
「……エロゲ。水なら、そこにあるわ」
アルファが指した先を、縛られない自由な首で向く。枕元の棚に、水差しとコップが置いてあった。最初から用意されていた。
(……おい。二人とも、そこにあった水を無視して俺を綱引きしてたのか)
抗議の余地があった。だが、今は静かに水を飲む。私の理性がそう判断した。喉が潤う。冷たい水が食道を通る感覚が、昨夜の恐怖を少しだけ洗い流してくれる。
「……ありがとう、アルファ」
「どういたしまして」
短い返事。声は落ち着いている。だが、その目が笑っていない。
(まずい)
この目を知っている。アルファが静かに怒っている時の目だ。声を荒らげない分、質が悪い。叱られる側は、何を怒られているのか分からないまま説教が終わる。
「エロゲ」
「はい」
……返事が自然に出た。体が学習している。この声には即答する。それが生存のために必要なルールだ。
「また無茶をしたのね」
「いや、あれは俺が望んで枴われたわけじゃなく」
「枴われたこと自体を言ってるの?」
「……いいえ」
何も言えなくなった。確かに、枴われやすさには問題があるかもしれない。だがそれを言われると、誘枴される側にも問題があるのかと自問せざるを得ない。答えは出ない。
「デルタ。ゼータ」
「はい」
「はいなのです」
二人が並んで直立する。尻尾が垂れ下がっている。獣の尻尾ほど正直なものはない。
「あなたたちも。怪我人を綱引きに使った理由を、ちゃんと聞いておきたいのだけれど」
「だってエロゲが持ってかれたから」
「エロゲが持ってかれたから」
「だから取り返しただけなのです」
「保護しただけ」
……お前ら、それだと俺がモノみたいだと言ってるのと同じだぞ。
(まあ、俺自身が言ってることもあまり変わらないが)
「保護した相手を、二人で引き合うのは保護とは言わないのよ」
「……」
「……」
二人が沈黙する。アルファの論理は、デルタとゼータが同時にかなわない相手だ。言い返せない。
私は少しだけ安堵した。味方がついた。
……と思ったら。
「そしてエロゲ。あなたも」
「え?」
……味方じゃなかった。
「枴われた時、逃げようとした?」
「いや、縛られてたから」
「逃げようとしたなら、何で椅子ごと窓から飛び降りようとしたの」
「……それを言うと長くなるんだが」
「聞くわ」
「やっぱりいい」
「いい?」
「いえ、聞いてください」
生存本能が逆に説教を要求し始めた。体が学習している。
「エロゲ。あなたの身体は、あなた一人のものではないのよ」
「……どういう意味だ」
「あなたが怪我をすれば、心配する人がいる。それだけよ」
アルファの声が少し柔らかくなった。
……こういう時が一番返しにくい。怒られている方が楽だ。静かに諭されると、反論が全部消える。
「アルファ、俺は別に大した怪我じゃ」
「大した怪我よ。頭から血が出ていたの」
「……あれは天井が落ちてきただけで」
「天井を壊したのは誰?」
「……デルタ」
「だって!」
デルタが抗議の声を上げるが、アルファの目が一瞬だけデルタへ向き、すぐに戻った。それだけでデルタの口が閉じた。効率的だ。
「あなたは出会った頃から、自分の身体を粗末にしていました」
その言葉が、記憶の底を引っ張り上げた。
……出会った頃。
あの頃は、本当にひどかった。
森の中の廃屋。湿った空気と腐った木の匂い。薄暗い屋内には、意味不明な器具や怪しい液体の入った瓶が所狭しと並んでいる。
「……で、これは何の実験だ? 錬金術? それとも呪術の類か?」
俺は眉間にシワが寄るのを止められなかった。目の前で白衣みたいな外套を翻している幼馴染を睨みつける。
「ひさしぶり、だね。元気にしてた?」
黒髪の少年は、俺の殺風景な挨拶をスルーして、ひらひらと手を振った。その顔立ちは昔と変わらない。だが、纏っている空気が違う。どこか底知れない影を感じる。
「元気なわけないだろ。お前の呼び出しにこんな山奥まで来させられたんだぞ。つーか、その格好は何だ? 怪しい科学者かよ」
「言われてみれば、そんな気もするね。まあ、姿を隠すにはちょうどいいんだ」
シド・カゲノー。俺の悪友。前世の記憶を持つ変人だ。こいつと再会した時、感動で泣くかハグするか……そんな選択肢は微塵も浮かばなかった。互いの顔を見た瞬間、同時に「お前、何やっとんの」って顔をしたくらいだ。
「にしても、俺も髪が伸きたし、背も伸びたのに一発で分かったな」
「雰囲気が変わってないからだよ。特にその、面倒事を寄せ付けない腑抜けた顔」
「誰が腑抜けだ。俺は成績優秀な優等生だぞ。表面上はな」
「ふーん。僕は目立たないモブを演じてるけどね」
「お前がモブなら、この世界のモブ基準は相当ハードルが高いぞ」
軽口を叩き合う。その心地よさに、少しだけ安堵している自分がいる。だが、それと同時に警鐘が鳴り響く。こいつと関わるとロクなことがない。特に、こういう怪しげな場所に呼び出された時は。
「で、用件は何だ? まさか昔話をしに来たわけじゃないよな」
「もちろん。僕の夢の為の、大事な実験さ」
シドは廃屋の奥を指差した。そこには、カーテンで仕切られた空間がある。微かに、何かが蠢く気配と、苦しげな唸り声が聞こえる。
「実験……お前、何をやってる?」
「見れば分かるよ」
シドはカーテンを開けた。
「ッ……!」
俺は息を呑んだ。そこにあったのは、人とは思えない肉塊だった。赤黒い肉が不規則に脈打ち、時折人間の形を留めた手足が空をかく。苦痛に満ちた呻き声が、その塊から漏れ続けている。
「悪魔憑き……」
「そう。可哀想な彼女を、元の姿に戻す実験さ」
シドの声は淡々としている。だが、その目は真剣だった。
「元の姿に? そんなこと、可能なのか?」
「魔力が足りないんだよね。僕の魔力じゃ、試行回数が限られちゃう」
シドはそう言って、溜息をついた。そして、ゆっくりとこちらに向き直る。その視線が、俺の体内の魔力を測るように動いた。
「……おい、その目は何だ」
「エロゲ。君、魔力量だけは規格外だよね」
嫌な予感が確信に変わる。背筋が凍る。
「ああ、そうだよ! 俺の魔力はお前なんかより遥かに上だ! 人並み外れた容量なんだぞ!」
俺は必死に胸を張った。数少ない自慢の種だからだ。だが、シドの反応は冷たかった。
「使えないなら、重いだけだね」
「ぐっ……!」
事実を突きつけられ、言葉に詰まる。確かに俺は、その膨大な魔力を攻撃に転用することも、防御に活かすこともできない。ただのタンクだ。抜き差しならない超大容量の貯水槽。蛇口の壊れた。
「だからこそ、なんだ」
シドはニヤリと笑った。
「この実験には、膨大な魔力が必要なんだ。君のその溢れる魔力があれば、試行回数の壁を越えられる」
「待て。お前、俺を外部電源にする気か?」
「名案だと思わない?」
「思わない! 絶対に思わない!」
俺は踵を返して走り出した。利用される。こいつに利用される。しかも、こんな得体の知れない実験の燃料に。断じて御免だ。
「逃げるの?」
「当たり前だ! お前と関わると痛い目を見るって、前世の記憶が叫んでるんだよ!」
廃屋の出口へ向かう。だが、その足が止まった。
「……ぅ……ぁ……」
背後から、肉塊の呻き声が聞こえた。苦痛に歪み、助けを求める声。無視していいはずだ。これはシドの問題だ。俺には関係ない。
「……クソッ」
足が止まる。心臓が嫌な音を立てている。目の前で苦しんでいる人を見捨てて逃げるほど、俺はできていない。できていないのだ。忌々しい程にお人好しな自分を呪う。
「……分かった。協力してやる」
俺は振り返った。シドが、待ってましたとばかりに笑っている。
「ありがとう。恩に着るよ」
「着るな。それと、俺の意思を尊重しろよ」
「当然だね」
シドは実験台の横にある椅子を指差した。俺は渋々そこに座る。
「じゃあ、腕を出して」
大人しく腕を差し出す。シドは俺の腕を掴むと、魔術的な道具で固定した。ガチャリ、と金属音が響く。
(あれ?)
「えーと、シドくん?」
「なに?」
「この固定具は何かな?」
「安全対策だよ。暴発防止」
「俺が暴発するのか? それともお前が暴走するのか?」
「両方」
即答だった。そして、シドは俺の腕を掴んだまま、こちらを覗き込んだ。
「協力してくれる?」
「……断れる状態で聞けよ!」
俺の抗議は、廃屋の薄暗い空気に吸い込まれていった。
シドが何かを詠唱し始める。俺の腕から、魔力が強制的に引き出されていく。ドロドロとした、粘つくような感覚。
「うぉ……っと」
目眩がする。まるで血液を吸われているような、身体の芯が空っぽになっていくような感覚。
「いいよ、エロゲ。そのまま魔力を送って」
シドの声が遠い。目の前の肉塊が、強烈な光に包まれていく。
(これ、本当に元の姿に戻るのか?)
不安と後悔。そして、微かな期待。
俺の魔力が、誰かを救う。使えないと罵られたこの力が、意味を持つ瞬間。
(……まあ、悪くないか)
意識が飛びそうになるのを必死で堪えながら、俺は魔力を送り続けた。
腕が焼けるようだ。
引っ張られる魔力の感覚は、最初は蛇口から水が出る程度だった。だが今は、蛇口ごとひっぺがされている。
「ぐっ……!」
腕の血管が脈打つ。まるで血液そのものを吸い出されているような、身体の芯が削り取られていく感覚。目眩が床を回転させ、視界の端が黒く掠れる。
紫色の魔力が廃屋の空気を染めていた。シドの手から溢れる光が肉塊を包み込み、不規則に脈打つ異形の肉体へ矢のような精度で注ぎ込まれている。
「エロゲ。顔色が悪いよ。一度休憩する?」
シドがこちらを一瞥した。その声は冷静だ。冷静すぎて腹が立つ。
「休憩するか! ここまで吸ったんなら最後までやれ!」
震える腕を膝の上へ押さえつけ、俺はシドを睨みつけた。中途半端に止めれば、この少女は元に戻らない。吸い出される痛みと天秤にかければ、どちらが重いかなんて考えるまでもない。
「……ほう」
シドが小さく声を漏らした。何が「ほう」だ。感心するところじゃない。
「じゃあもう少し振り絞るね」
「優しくしろ!」
優しく、という言葉はこの男の辞書にないらしい。魔力の流出速度が一段上がり、俺は歯を食いしばった。
(前世で血液ドナーした時よりずっと嫌だ。あっちは終わればジュースがもらえたぞ。今はジュースどころか水もない)
肉塊が光の中で形を変えていく。不規則に膨らんでいた赤黒い塊が、しだいに輪郭を整え始めた。手足が戻り、胴が収まり、やがて一人の少女の姿が現れる。
金髪。垢抜けた顔立ち。尖った耳。
「……成功か」
シドが手を離した。同時に、俺の腕が糸の切れた人形のように落ちた。指先が震えて止まらない。服の袖を捲ると、魔力を引き出した箇所が赤く腫れ上がっている。
(二度とやるか。いや三度目もあるだろうな。こいつのことだ)
肉塊だった少女が、ゆっくりと目を開けた。青い瞳だ。焦点が定まらないその目が、天井を映し、次にシドを映し、最後に俺を映した。
「……私を、助けたの?」
掠れた声。警戒心と戸惑いが混じっている。当然だ。肉塊にされて放り出されていた人間が、目覚めたら知らない男二人に囲まれている。恐怖しない方がおかしい。
俺は脱いでいた外套をシドの方へ放った。
「被せてやれ。少女に裸で起き上がらせるな」
シドが外套を受け取り、少女の肩へ掛ける。俺は視線を外した。見る必要がない。少女が身を整える気配が数秒続いた。
「……あなた方は、何者ですか?」
少女の声が少しだけ強くなった。警戒を解いていない。賢明な判断だ。俺なら解かない。
「僕はシド。君を治療した者だよ」
シドが柔和な笑みを浮かべた。その笑みが嘘ではないが、真実でもない中途半端な表情をしているのを、俺は知っている。
「そしてこっちが――」
シドが俺を指差した。
「非常用の魔力バッテリー」
「共同研究者と呼べ!」
即座に訂正した。非常用とは何だ。俺は予備電源か。
「……魔力バッテリー?」
少女が俺を見た。その視線に含まれたのは、不思議と侮蔑ではない。むしろ「この人が魔力を提供してくれたのか」という探るような光だった。
「僕らはね、とある秘密結社を追っているんだ」
シドが語り始めた。ここからが本番だ。俺は嫌な予感に顔をしかめた。
「ディアボロス教団。彼らは君のような悪魔憑きを生み出し、実験材料として扱っている。君がここにいたのも、彼らの仕業だ」
「待てシド。お前、今の話に固有名詞が多すぎる。裏付けは」
「君が調べてくれたデータのことかな」
「調べてない! 俺は何も調べてない!」
否定した。明確に否定した。だが少女の目が、俺とシドを交互に見た。
「……つまり、あなた方はディアボロス教団を追う者で、この方は独自のルートで情報を入手した、ということですか?」
「そうだよ。エロゲは情報収集能力がずば抜けててね」
「ずば抜けてない! 俺は枴われた時にたまたま周りを見てただけだ!」
「枴われた時に周辺情報を記録し、帰還後に報告する。まさに諜報の要だね」
「違う! 偶然だ!」
訂正した。何度も訂正した。だが俺の発言の一つ一つが、シドの話の補強材料になっている。否定すればするほど「教団の詳細を知っている人間」として響く。俺が「枴われた」と言えば「教団に接触した経験がある」になる。
(罠だ。会話全体が罠だ。こいつの言葉の波に乗ると、全部肯定したことになる)
少女の青い瞳が、静かに俺を見ていた。警戒は薄れ、代わりに敬意のような光が差している。
「……ありがとうございます。命の恩人です」
「いや俺は何も。魔力を出しただけで。本当に何も」
「謙遜しなくていいのよ」
「謙遜じゃなくて事実だ」
事実だが、通じていない。
シドが満足そうに頷いている。この男の満足そうな顔が、俺の不安を裏付けていた。
「これから君がどうしたいかは君次第だ。けれど、僕らと一緒に来るという選択肢もある」
シドの声が静かに響いた。少女が少し考え、そして小さく頷いた。
「……お供します。恩人の元へ」
その時の俺は、これが後のシャドウガーデンの始まりになるとは知らなかった。知っていたら全力で逃げていた。
* * *
治療室に戻った。
記憶から引き上げられた現実は、相変わらず包帯まみれの自分と、枕元に立つ三人の少女を含んでいた。
「あの頃から、あなたは自分の身体を粗末にしていました」
アルファの声が過去と現在を繋いだ。その瞳に映っているのは、数年前の廃屋で魔力を吸い出されながら歯を食いしばっていた少年だ。
「魔力を無理やり引き出されて、腕が震えていた。それなのに最後まで供給を止めなかった」
「止めたらお前が助からなかったからだろ。当たり前だ」
「当たり前ではないわ。あなたは自分の犠牲を当たり前だと思っている。それが一番問題なの」
反論できなかった。アルファの言い方はいつもそうだ。正論の刃で静かに斬りつける。痛いのに、切られたことに気づくのが一拍遅れる。
「だから今日から、魔力の使用は私が管理します」
「は?」
「デルタもゼータも、エロゲの魔力を必要とする時は私の許可を取ること。無断で供給を要求してはなりません」
「はいなのです」
「分かった」
デルタとゼータが即答した。アルファの命令には逆らえない。だが待て。
「アルファ。お前まで俺を魔力バッテリー扱いする気か?」
「扱わないわ」
安堵した。一瞬だけ。
「私は使用を管理するだけ。供給そのものは必要よ。あなたの魔力は私たちにとって重要な戦力だから」
「使わないという選択肢は?」
俺の問いに、アルファが小さく微笑んだ。
「ありません」
デルタが尻尾を振った。ゼータが無表情で頷いた。三人の視線が、包帯まみれの俺を等しく見下ろしている。
(やっぱりこの名前は呪われてる)
エロゲ。何の脅威も与えない、戦えない、逃げられない。ただ魔力だけが無駄に膨大な、生きた貯水槽。
(蛇口の壊れた貯水槽に、管理者がついただけじゃないか)
朝日が窓から差し込んでいた。包帯の隙間から、光が肌に暖かい。
それだけは、少しだけ悪くなかった。