囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
扉が勢いよく開いた。
「エロゲ! 食べ物持ってきた!」
デルタだ。両手に包みを抱えている。入ってくるなり床を蹴って急停止した。停止の勢いで枕元の花瓶が揺れる。
「ノックは」
「した」
「してない」
「足で」
「足でノックするな」
デルタが包みを寝台の端に置いた。干し肉とパン、それから果物がいくつか。包みの結び目が荒い。中身はこぼれていないが、運搬中に何度か落とした跡がある。
「エロゲ。助けたぞ!」
デルタが胸を張った。尻尾が立派に立っている。自慢のポーズだ。
「・・・お前がか」
「デルタが先に壁を壊した」
「壊したのが功績か」
「中に入れた」
「確かにな。だがその後俺は瓦礫の下敷きになったぞ」
「でも出てきた」
「出てきたっていうか出られたっていうか。埋まった側の話をしてるんだよ」
デルタが寝台の端に座り込んだ。俺の顔を覗き込んでくる。近い。獣の目が俺の包帯を順番に見ていく。額、肩、腕。確認する目だ。
「血は止まってる」
「止まってる。ゼータが治した」
「デルタも治した」
「お前は治す前に埋めた」
「埋めた後、心配した」
「心配したなら掘り出せよ」
「掘るよりエロゲが出てくるのが速かった」
「速くない。三時間かかった」
「三時間は速い」
「遅い。普通の人間は埋まったら三時間で出てこられない」
「エロゲは出てきた。すごい」
褒められた。褒められたが褒められていない。埋めた側の責任が全部俺の頑丈さに転嫁されている。
「そもそも俺を運び出したのはゼータだろ」
「デルタも運んだ」
「どこをだよ」
「入り口まで」
「入り口から先が瓦礫だっただろ」
「そこはエロゲが歩いた」
「歩けたのは運ばれたからだよ」
デルタが包みを開けて干し肉を俺の手元に置いた。一本。食べろという合図だ。
「食え」
「食うけどさ。話の途中だろ」
「話より食え」
デルタが俺の横から動かない。干し肉を食べるまで離れる気配がない。仕方なく一口食べた。塩気が効いている。美味い。誰が用意したのか知らないが、美味い。
「美味いか」
「美味い」
「よし」
デルタが満足そうに尻尾を振った。振りすぎて寝台の脚に当たる。花瓶がまた揺れる。
「おい、尻尾振ると物が落ちる」
「落ちてない」
「落ちそうになってる」
「なってない」
なっている。だが確認している時間がない。確認する暇もない。この女の周囲では常に何かが揺れている。
「で、もう元気?」
「元気って程じゃない」
「包帯、少なくなってる」
デルタが俺の腕の包帯を指差した。指先が包帯の端を軽く引っ張る。確かめる動作だ。
「減ってない。巻き直しただけだ」
「じゃあ治ってる」
「治ってない。まだ療養中だ」
「療養中って何するの」
「寝る。休む。安静にする」
「寝すぎると弱くなる」
「弱くていいんだよ。俺は9部だぞ」
「9部、弱くない」
「弱いんだよ。公式設定だ」
「エロゲは硬い。硬いのは強い」
「硬いのは頑丈なだけだ。強さとは別だ」
「同じ」
「違う」
「同じなのです」
いきなり丁寧語になった。主張が通じないと感じると語尾が変わる。交渉の癖だ。
「違うって。硬いのは殴られても折れないだけで、殴り返せないんだよ」
「殴られなくていい。デルタが殴る」
「殴らなくていい。ていうか誰を」
「エロゲの敵」
「敵はお前が作ってるだろ。壁壊したり天井落としたり」
「壁は敵じゃない」
「壁の敵対心は俺が一番感じてるよ」
デルタが果物を一つ取って、皮を剥き始めた。爪で剥いている。器用だ。剥いた実を俺の方へ差し出した。
「食え」
「・・・ありがとう」
受け取って食べた。甘い。つい礼を言ってしまった。言った後で気づいたが、まあいい。差し入れの礼くらいは言っていい。
「甘いか」
「甘い」
「狩りの途中で見つけた」
「狩りの途中で果物探すな」
「狩りの合間に食べる」
「猪と果物を同時に追うな」
「別々に追う」
「・・・もういい」
デルタが剥いた果物の皮を机に積み上げた。積み上げ方に計画性がない。だが崩れない。不思議なバランスだ。
「エロゲ」
「何だ」
「埋まった時、痛かった?」
不意の質問だった。声の調子が少し変わった。尻尾の動きが止まっている。
「・・・痛かったぞ。頭に石が当たって肩にも当たって」
「そっか」
「そっかって何だよ」
「デルタ、埋めないように気をつける」
「気をつけるなら埋めないだろ」
「埋めないようにする」
「埋めるなよ絶対」
「うん」
短い返事だ。だが尻尾が再び動き始めた。何かを決めた時の尻尾の振り方だ。埋めないと決めたのか、埋め方を工夫すると決めたのか、判断がつかない。後者だったら困る。
「で、次」
「次って何だよ」
「狩り」
「来たか」
「もう元気?」
「元気じゃない。療養中だろ」
「じゃあ、歩く練習。狩りに行く」
「歩く練習と狩りを組み合わせるな」
「歩きながら狩る」
「療養中の人間を狩りに連れて行くな」
「歩かなくていい」
「歩かないでどうやって狩りに」
「デルタが運ぶ」
最悪の答えだった。
肩に担がれたことがある。脇に抱えられたことがある。襟首を掴まれて引きずられたことがある。全部危なかった。特に担がれた時は枝に額を強打した。
「その運び方が一番危ないんだよ」
「危なくない。やわらかく運ぶ」
「やわらかくって何だよ。荷物じゃないんだぞ」
「エロゲは大事な荷物」
「荷物扱いするな」
デルタの手が寝台の端を掴んだ。
掴んだ。
持ち上げようとしている。
「待て待て待て」
「歩く練習」
「これは歩く練習じゃない。運搬だ」
「運んで、森に着いたら歩く練習」
「森に着いた時点で狩りだろ」
「狩りの後、歩く練習」
「狩りが先にあるんかい」
寝台が浮いた。俺ごと浮いた。包帯が巻かれたまま天井が近づいていく。
「デルタ! 療養中! 療養中!」
「療養は森でもできる」
「できない! 寝台で安静にするもんだぞ!」
「寝台、持ってるから大丈夫」
寝台ごと持ち上がった。論理が破綻している。破綻しているのに説得力がある。寝台があるから療養ができるという理屈だ。間違っている。間違っているが反論の隙間が狭い。
「降ろせ! せめて窓から出るな! 扉があるだろ!」
「扉、狭い」
「寝台の幅なんだよ狭いってのは! 無理に通すな!」
デルタは扉の方へ向かった。一応聞いてはいる。聞いているが速度が落ちない。
包帯が風にはためいた。
俺の療養は、本日をもって終了となりました。