囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
「なんというか、凄いなぁ、それでも死んでいないとは」
「それって、貶しているの?」
先程の死体のない殺人事件からの帰り道。
俺は、その隣にいるまさしく被害者であるシドは頭から血を流しながら平然と喋っている。
「反対に聞くが、あれでよく生きているな、お前は」
「相変わらず、エロゲは酷い事を言うねぇ」
「お前に言われたくねぇよ」
そうして、歩いていると、目の前で誰かがこけた。
ピンク色の髪が視界の端で跳ねた。
ドサッ、と鈍い音がして、紙と紙が擦れ合う乾いた音が続く。本だ。何冊もの本が空中に散って、石畳の上に滑り落ちた。
「あ……」
短い声。倒れたのは小柄な女子生徒だった。ピンク色の髪が顔にかかっている。抱えきれないほどの本を胸に押し付けていて、足元の段差に気づかなかったらしい。本の山が崩れ、彼女は石畳の上に膝をついている。
「大丈夫?」
シドが声をかけた。
速い。倒れた瞬間から一秒も経っていない。俺が状況を把握するより速く、こいつは既に屈み込んでいた。
「は、はい……あの、すみません、私、少し本が多くて……」
女子生徒が顔を上げた。涙目だ。痛いのか、恥ずかしいのか、たぶん両方だ。膝が赤くなっている。
「立てる?」
「あ、はい……」
シドが手を差し出した。差し出した手には血がついている。自分の頭から流れてきた血だ。だがシドは気にしていない。気にしていないどころか、手首の血を袖で拭いもしない。
女子生徒がその手を取った。立ち上がる。本が一冊、肩から滑り落ちた。シドが空中でキャッチした。
「これ、重かったね。運ぶの大変でしょ」
「え、あ、はい。あの、ありがとうございます……」
女子生徒がシドの顔を見た。見て、止まった。
「あの……血が」
「ああ、これ? 大丈夫だよ。ちょっと転んだだけ」
「頭から血が出てるのに大丈夫じゃないですよ!」
「見た目より軽いんだよ。僕の血は」
「血に軽いも重いもないです!」
女子生徒の声が裏返った。涙目が焦りの目に変わっている。シドの額から流れる血を見て、自分の怪我よりも相手の怪我を心配し始めた。
「保健室、行きましょう。案内します」
「いや、僕は大丈夫だから。君の膝の方が」
「私の膝はただの擦り傷です! 頭は違います!」
「頭もただの擦り傷だよ」
「擦り傷で血が顔に垂れる人はいません!」
シドが笑った。笑って、散らばった本を拾い始めた。一冊、二冊、三冊。拾って、彼女の腕に積み直す。手際がいい。手際が良すぎる。
俺はそれを三歩後ろから見ていた。
見ていたが、思考が追いついていない。
(何だこの光景は)
男子生徒が女子生徒の落ちた本を拾ってあげている。女子生徒が男子生徒の怪我を心配している。男子生徒は笑って誤魔化している。女子生徒は怒って心配している。
どこかで見たことがある。いや、見たことがあるどころではない。何度も見た。ページで見た。画面で見た。
「・・・いや待て」
俺は呟いた。呟いて、首を振った。
ラブコメだ。紛れもなくラブコメの導入だ。出会いのシーンだ。主人公とヒロインの初遭遇。
だがおかしい。いくら何でもおかしい。
まず主人公が血まみれだ。頭から血を流しながら女子生徒の手を取る主人公がどこにいる。いたら怖い。
次にヒロインが可愛すぎる。ピンク髪で本を抱えて段差でこける。詰め込みすぎだ。設定資料集からそのまま出てきたのか。
そしてシドが気づいていない。シドがこの状況の異常さに気づいていない。血まみれのまま本を拾って、笑って、誤魔化して、終わらせようとしている。
(こいつ、自分が何をしたか分かってない)
シドが最後の一冊を拾い上げ、女子生徒の本の山に乗せた。
「これで全部だね。次は少し少なめに持つといいよ」
「あ、はい……あの、本当に大丈夫ですか。血が」
「大丈夫だよ。僕は頑丈だから」
「頑丈じゃなくても血は止まるべきです! 保健室!」
「保健室は遠いから。君の授業は大丈夫? 次、始まるよ」
「私の授業よりあなたの頭の方が大事です!」
「優しいね。でも本当に大丈夫だから」
シドが立ち上がった。立ち上がって、女子生徒の肩を軽く叩いた。叩いて、歩き出した。俺の方へ。
「・・・なぁシド」
「んっ、どうしたんだ、エロゲ?」
「さっき、女の子を転んだから、お前、手を伸ばしたよな」
「そうだね、さすがにぶつかったから、それぐらいはするよ」
そうして、何事もなかったようにシドは言っているが、こいつは気づいていないようだな。
「お前、気づかないのか」
「何がだよ」
そうしながら、シドはジト眼で見ているが、俺はそのまま呟く。
「お前、さっきのラブコメ漫画の主人公とヒロインとの出会いじゃない」
その言葉を呟いた瞬間、シドはこれまで見た事のない見開いた眼で俺を見ていた。
「なん…だと…」