囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
俺はガンマの報告書を眺めていた。
チョコレートの感想は終わった。だがガンマはまだ何か言いたそうだ。言いたそうな顔をしている。言いたそうな顔をする人間は、言いたいことがある時に言いたそうな顔をする。当たり前だ。だがガンマの言いたそうは方向が違う。言いたいことがあるのではなく、言わなければならないことがある顔だ。
「主様」
ガンマがシドの方を見た。視線が真っ直ぐだ。
「先週のご指示の件ですが。少しご相談が」
「ああ、あれね」
シドが頷いた。頷いたが目が笑っていない。笑っていない目で頷く人間は、頷いた内容を覚えていない人間だ。
「あれって何だ」
俺は聞いた。聞くのは俺の役目だ。こいつが頷くだけで済ませようとする内容を放置すると後で面倒になる。
「あれはあれだよ」
「あれって何だよ」
「あれはあれ」
「あれの定義を言え」
「あれの定義は・・・あれだよ」
「答えになってない」
ガンマが俺とシドを交互に見た。見てから、小さく息を吐いた。
「・・・お二人の連携、いつ見ても見事ですね」
「連携じゃない。確認だ」
「確認ですね。はい。では確認ですが、主様。先週おっしゃった新商品の展開についてですが」
シドが俺を見た。俺を見る目が「助けて」と言っている。助けない。助ける義理がない。俺はチョコレートの感想を述べに来たのだ。新商品の展開について述べに来たのではない。
「新商品って何だ」
「えっとですね」
ガンマが書類を一枚取った。取る手が少しだけ速い。速いのはシドが答える前に説明を終えたいからだろう。
「来月入荷の新商品の展開方法について。主様が『いい感じにやって』とおっしゃった件です」
「いい感じにやってって」
俺はシドを見た。シドが天井を見た。天井を見る人間は答えたくない人間だ。
「いい感じって何だ」
「いい感じだよ」
「いい感じの定義を言え」
「いい感じの・・・感じだよ」
「答えになってない。お前は全ての質問を『~だよ』で返すのか」
「返さないよ。時々『~だね』も使う」
「語尾のバリエーションの話じゃない」
ガンマが書類を机に置いた。置く手が丁寧だ。丁寧だが置いた後の手が少し震えている。震えは笑いを堪えているのか、困っているのか。たぶん両方だ。
「・・・お客様も主様も、いつも仲がよろしいですね」
「仲が良いんじゃない。確認してるだけだ」
「確認ですね。はい」
ガンマが頷いた。頷き方が丁寧だ。丁寧すぎる。丁寧すぎる頷きは、相手の言うことを全部肯定しているのと同じだ。肯定されているが肯定されていない。
「で、新商品の展開なんだけど」
ガンマが書類を開いた。開いたページに数字が並んでいる。並び方が整然としている。
「来月入荷のチョコレート三種類。それぞれの販売数の配分を決めたいのだけど」
「配分って何だ」
俺が聞いた。俺が聞くのは当然だ。シドは頷くだけで質問に答えない。答えない質問を放置すると全部ガンマに任せられる。任せられるのは悪くないが、シドが何も考えていないことになる。
「三種類あるの。ミルク、ビター、ミント。それぞれを何個仕入れるか」
「何個仕入れるかは売れ行きによるんだろ」
「だから過去の売上を見て配分を」
「過去の売上を見て配分を決めるのはお前の仕事だろ」
ガンマが少しだけ目を伏せた。伏せたのが「その通りです」という顔だ。だがその顔の中に少しだけ別の色がある。別の色は「でも主様に聞くのが決まりです」という色だ。
「主様にご指示をいただくのが」
「ご指示ってさ。お前が決めればいいだろ」
俺はシドを見た。シドはまだ天井を見ている。天井を見るのを止めろ。
「シド」
「何」
「お前が決めろ」
「僕が」
「お前が。商品の配分は店長が決めるだろ。店長ってお前か」
「僕は・・・オーナーかな」
「オーナーが現場に入るな。店長に任せろ」
「店長はガンマだよ」
「じゃあガンマに決めさせろ」
シドがガンマを見た。ガンマがシドを見た。二人の間で視線が交わった。交わった視線の中に何かが通っている。通っているが俺には見えない。見えないが、ガンマの表情が少し和らいだ。和らいだのは「主様が決めてくれた」という安心かもしれない。だが決めたのは俺だ。俺が決めたのに主様が決めたことになっている。これが貪り食いだ。いや、敢行犯だ。いや、・・・冒領だ。
「では、私が配分を決めてよろしいですか」
「決めていいぞ。ていうか最初からお前が決めろ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
ガンマが深く頭を下げた。下げた角度が九十度に近い。九十度に近い角度には感謝が乗る。感謝の量が角度に比例する。だが感謝の方向が俺に向いているのはおかしい。指示を出したのは俺だが、指示を出す権限があるのはシドだ。
「お前が俺に頭を下げるのは間違ってるだろ」
「なぜですか」
「俺は客だ。客に配分を決めさせるな」
「お客様は主様のご友人ですので」
「ご友人って」
シドが咳払いをした。咳払いが「その話は終わり」の合図だ。俺は話を切った。切ったが、ガンマの目が少しだけ柔らかいままだ。柔かい目は「この人は主様を気遣ってくれている」という色だ。気遣っている。気遣っているが、気遣いの理由を説明するつもりはない。
「で、ガンマ。他に報告は」
シドが話を戻した。戻し方が自然だ。自然に戻す人間は戻すことに慣れている。
「はい。あと一つ。先週の仕入れについて」
ガンマが書類をめくった。めくる手が止まった。止まったのは俺の視線が書類に残っていたからだ。俺の視線に気づいて止まった。
「・・・お客様もご覧になりますか」
「見ない。お前らの内輪の話だろ」
「内輪じゃないです。主様の商売の話です」
「商売の話なら閉じてくれ。俺はチョコレートを食べに来たんだ」
「チョコレートは食べましたね」
「食べた。美味かった。五百ザニーは高いけど」
「五百ザニーの価値はあったと」
「あった。ただ次は俺が買うんじゃなくて買ってくれる人に頼む」
「ではプレゼント用として」
「プレゼント用。いや、自分用だ。誰かに買ってほしい」
ガンマが少し考えた。考えてから、書類を一枚出した。
「ではお客様用に試供品をもう一つ」
「いらない。アンケートは終わったんだろ」
「アンケートは終わりました。ですがお客様には感謝を」
「感謝はいい。それよりシド」
俺はシドを見た。シドは椅子の背に寄りかかっている。寄りかかり方がリラックスしすぎている。
「お前、ここの店のこと何も分かってないだろ」
「分かってるよ。チョコレートが美味い」
「それだけか」
「それだけでいいよ。モブは詳しくなりすぎない方がいいからね」
「お前がモブならこの店のオーナーは何なんだ」
「モブのオーナーだよ」
「モブにオーナーはあるか」
「あるよ。裏で動くモブだよ」
「裏で動くモブはモブじゃない。黒幕だ」
「黒幕もモブの一種だよ」
ガンマが書類を机に置いた。置く手がまた震えている。今度は笑いを堪えているのが分かる。分かるが俺は笑わない。笑うとこの二人に調子がつく。
「お客様。主様。お飲み物をお持ちしましょうか」
「頼む。喉が渇いた」
「僕も」
シドが手を上げた。挙げる手が子供っぽい。子供っぽい手を挙げるオーナー。
ガンマが立ち上がった。立ち上がる時に机の角に膝をぶつけた。バンッ。音が響いた。響いた音に続いて小さな声が漏れた。
「あ」
「大丈夫か」
「大丈夫です。全然大丈夫です。平気です。全く問題ありません」
四回言った。四回言う時は痛い時だ。痛い時に四回言うのは、痛さをごまかすためだ。
「膝、ぶつけたんだろ」
「ぶつけておりません。触れただけです」
「触れてバンッて音が出るのか」
「机が硬いだけで」
「お前の膝も硬いだろ」
「全然。柔らかいです」
柔らかい膝がバンッと鳴るのか。鳴らない。鳴らないがガンマは痛い顔をしている。痛い顔をしながら柔らかいと言っている。矛盾しているが矛盾を指摘するとさらに四回言う。四回言うのは可哀想だ。指摘を止めた。
「・・・お飲み物持ってきます」
ガンマが足早に出ていった。足早だが右足が少しだけ引きずっている。引きずり方が上品だ。上品に引きずる。引きずることすら上品にこなす人間は、引きずることを選ばない。選ばないが選んでしまっている。
「シド」
「何」
「あいつ、店長だよな」
「店長だよ」
「店長が膝をぶつけて四回大丈夫って言うか」
「言うよ。ガンマは丁寧だから」
「丁寧と不器用は別だろ」
「別じゃないよ。丁寧な人は不器用なところもある。それがいいところだよ」
シドの声が少し柔らかくなった。柔らかくなった声は「これ以上言うな」という意味だ。言わない。言わないが、俺は一つだけ思った。シドがガンマをどう見ているか。見方は分からない。分からないが、声の柔らかさが普段とは違う。
「お前、ガンマのこと」
「何」
「いや、何でもない」
「何でもないなら言いかけて止めるのはやめて」
「止めたからいいんだろ」
「気になるだろ」
「気にならない。お前が気にすることじゃない」
シドが笑った。笑いながら机の下で足を組み直した。組み直す動作が俺を遮った。遮られた。遮られたが、遮った方も何かを隠している。
ガンマが戻ってきた。盆に二つのカップが載っている。カップが温かい。湯気が立っている。
「お待たせしました。お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
ガンマがカップを二つ置いた。一つを俺の前に。一つをシドの前に。置く手が丁寧だ。丁寧だが右足がまだ引きずっている。
「お前、足大丈夫か」
「大丈夫です。四回も言いましたので」
「四回言ったのは大丈夫の証拠じゃない」
「では何回言えば」
「一回でいい。一回で大丈夫って言えたら大丈夫だ」
「・・・では大丈夫です」
「今は一回だな。じゃあ大丈夫なんだろ」
「はい。大丈夫です」
ガンマが微笑んだ。微笑みが自然だ。自然な微笑みの中に少しだけ安堵がある。安堵は「この人は主様を気遣ってくれている」という安心が出ている。出ているが、俺は気遣っていない。気遣っていない。ただ質問をしているだけだ。
「エロゲ」
シドが茶を啜った。啜ってから俺を見た。
「何だ」
「ガンマに感謝しなよ。アンケートに付き合ってくれたんだから」
「感謝はしてる。言っただろ。美味かったって」
「美味かったは感想だ。感謝じゃない」
「感想の中に感謝は含まれてるだろ」
「含まれてないよ。味の評価と作った人への感謝は別だよ」
「お前が分けろ。俺は一枚で済む」
「一枚で済ませるな。ちゃんと分けて言え」
ガンマが二人のやり取りを見ていた。見てから、少し頭を下げた。
「お客様。主様のお言葉ですが」
「何だ」
「主様はいつもああいう言い方ですので。気になさらないでください」
「気にしてない。慣れてる」
「慣れてらっしゃるのですね」
「慣れてる。こいつとは前からだから」
ガンマの目が少しだけ動いた。動いたのは「前から」に反応したのだろう。反応してから、すぐに元に戻った。元に戻すのが早い。早いのは気にしないふりをしているからだ。気にしないふりをしているが、気にしている。
俺は茶を啜った。温かい。良い茶だ。茶の質が良い。五百ザニーのチョコレートを出す店の茶は良いに決まっている。だが質の良さより、今は温かさが先だ。
「でシド。報告は終わりか」
「終わりだよ。ガンマに任せたから」
「任せたって。お前何も指示してないだろ」
「指示したよ。いい感じにやれって」
「それが指示じゃない」
「指示だよ。あれは」
「あれは何だ」
「あれはあれだよ。エロゲ、同じ話を繰り返してないか」
「繰り返してる。お前が答えないから繰り返してる」
「答えてるよ。あれはあれだよ」
「あれの定義を」
「あれの定義はあれだよ」
ガンマが静かに笑った。笑いながら書類を束ねた。束ねる手が手慣れている。
「お客様。お気になさらないでください。主様はいつもこのように」
「気にしてないって。慣れてるって言っただろ」
「慣れてらっしゃる。はい。存じております」
存じている。存じていると言う時のガンマの目が少しだけ深い。深い目の先に何があるか。俺には分からない。分からないが、シドへの信頼がある。信頼があるのは分かる。
「じゃあシド。帰るか」
「帰るよ。ヒョロ君たちが外で待ってる」
「待ってるな。ジャガの手帳に何分記録されてるか」
「三十二分だったね」
「三十二分だ。アンケートは十分だったはずだが」
「二十二分の誤差だね」
「誤差じゃない。お前が報告聞いてた時間だ」
「報告はアンケートの一部だよ」
「一部かよ」
シドが立ち上がった。立ち上がって、ガンマに向き直った。
「ガンマ。いつもありがとう。店のこと任せてる」
「はい。主様。お任せください」
「新商品の配分はいい感じに」
「いい感じにやります」
「よろしく」
シドが手を振った。振る手が軽い。軽い手で全てを委ねている。委ねる手が軽いのは重さを自覚していないからか、自覚していて軽く見せているのか。分からない。
「お客様」
ガンマが俺に頭を下げた。下げる角度がシドの時より少し浅い。浅いが丁寧だ。丁寧さの中に「ありがとうございました」が詰まっている。
「またお越しくださいませ」
「ああ。チョコレート美味かったからな」
「ありがとうございます。次は試供品をご用意してお待ちします」
「試供品か。楽しみにしてる」
「はい」
ガンマが微笑んだ。微笑みが深い。深い微笑みの中に「この人をまたお迎えしたい」という色がある。色があるが、その奥に「主様の友人として」という色が見える。見えるが俺は触れない。触れない方がいい。
俺は扉へ向かった。シドも続く。続いて、廊下を歩く。歩いて、店先へ戻る。