囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
ヒョロとジャガがいた。ジャガが手帳を閉じた。閉じる速さが速い。速い閉じ方は怪しい。
「三十八分でした」
「・・・八分増えてるぞ」
「歩く時間を含めてです」
「歩く時間は含めないだろ」
「含めます。移動時間も記録の対象です」
「対象じゃない」
「です」
ジャガの手帳が開きそうになった。開く前に俺は手を押さえた。押さえて、店を出た。
外は夕方だ。夕方の光が大通りを染めている。ヒョロがあくびをした。あくびが大きい。
「で、どうだった奥の部屋」
「チョコレートが美味かった」
「それだけかよ」
「それだけだ」
「嘘だろ。三十八分もいたのに」
「三十八分はお前が足した分だろ。俺は三十分だ」
「どっちでもいいだろ。で、何してたんだよ」
「アンケートだ。チョコレートの感想を」
「感想に三十分もかかるのか」
「かかるんだよ。深い感想だからな」
「深い感想って何だよ」
「味は良い。値段は高い。また買いたい。以上だ」
「・・・それ三秒で言えるだろ」
ヒョロが肩を落とした。落として、ため息を吐いた。吐く音が大通りに溶けた。
シドが隣で笑っている。笑いながら何も言わない。言わないのが一番安全だ。安全なのに、この男は安全を守らない。
「エロゲ」
「何」
「ガンマの店だけどね」
「何だ」
「あの店の商品、全部僕が考案したんだよ」
言った。
言ったよこいつ。
俺は足を止めた。止めて、シドを見た。シドが笑っている。笑っているが口が開いている。開いている口から次の一言が出る前に、俺は手を伸ばした。伸ばして、口を塞ごうとした。
だが間に合わなかった。
「チョコレートも僕が」
「シド」
「何」
「お前今何と言おうとした」
「何も言ってないよ」
「言いかけた。俺の耳が聞いた。チョコレートも僕が何だ」
「チョコレートも僕が・・・・・・好きだよ。美味しいよね」
「嘘を塗り重ねるな。今言い淀んだぞ。言い淀んだのを俺は聞いた」
「聞き間違いだよ」
「聞き間違いじゃない。お前の口が『僕が考案した』って言いかけてた」
「考案は言ってないよ。僕が好きだと言ったの」
「前の文脈が繋がってない。店の商品を僕が考案した、チョコレートも僕が。これが正しい文脈だろ」
「正しくないよ。僕はモブだからね。モブは考案しない」
「モブがオーナーを名乗るのにモブは考案しないのか」
「しないよ。モブは名乗らない」
「今ガンマに名乗られてたぞ」
「名乗ってないよ。ガンマが呼んだだけだ」
「呼ばれたら名乗ったのと同じだろ」
「同じじゃない。呼ばれた側が認めてないから」
「認めてないのに頷いた」
「頷いてないよ」
「頷いた。俺が見た」
「見間違いだよ」
「見間違いじゃない」
ヒョロが二人の間に割って入った。入って、両手で俺とシドを押さえた。
「お前ら、何喧嘩してんだ」
「喧嘩じゃない」
「喧嘩じゃないよ」
二人の声が重なった。重なったが中身が違う。俺は「喧嘩じゃない。確認だ」と言いたい。シドは「喧嘩じゃない。事実だ」と言いたい。事実が食い違っている。
ジャガが手帳を取り出した。取る動作が速い。
「シド君がチョコレートを考案したという発言を記録しました」
「記録するな。言ってない」
「言いかけてました。記録上は『言いかけて中止』で扱います」
「中止じゃない。僕は言ってない」
「言いかけて中止。事実です」
「事実じゃない」
「事実です。私の耳が聞きました」
「お前の耳は信用できない」
「信用してください。私の耳は公的記録に準拠しています」
「準拠してないよ」
「しています。主観的準拠ですが」
「主観的準拠って何だよ」
ジャガが手帳に書き込んだ。書き込む手が止まらない。止まらない手が俺の頭痛を増やしている。
俺は頭を抱えた。抱えて、ため息を吐いた。吐いたため息が夕方の大通りに溶けた。
「・・・シド」
「何」
「帰るぞ」
「帰ろう」
「帰る前に一つ言っておく」
「何」
「お前、ガンマの店の商品を考案したとか、ああいうことは外で言うな」
「言ってないよ」
「言いかけてた。言いかけるのも言ったのと同じだ」
「同じじゃない」
「同じだ。お前が言いかけて俺が聞いた。聞いたこと事実になる」
「ならないよ。聞いた側の解釈だよ」
「解釈じゃない。聞いたんだ」
「聞いたけど僕が言ってない」
「言いかけてる。言いかけてるのもう一回言いかけてる。もういい。もう何も言うな」
シドが口を閉じた。閉じた。閉じたはずだ。閉じたのに、閉じた顔が笑っている。笑っている顔が次の一言を準備している。
俺はその顔を見た。見て、警戒した。警戒して、口を開こうとした。
だが遅かった。
「でもエロゲ。チョコレート美味しかったでしょ」
「・・・うん」
「美味しかったのは僕の功績だよ。一応ね」
一応。
一応と言った。一応と言って笑った。一応の中に全部詰まっている。一応の中身を俺は知っている。知っているから頭を抱える。
俺は頭を抱えた。抱えて、大通りの石畳に額を押し付けた。押し付けても痛くない。痛くないのが残念だ。痛ければ現実から逃げられるのに。
「エロゲ君。額を石畳に押し付けると細菌が」
「うるさいジャガ」
「記録します。額の石畳接触、一回」
「記録するな」
ヒョロが俺の肩を叩いた。叩く手が大きい。
「まあまあ。チョコレート美味かったならいいじゃねえか」
「良くない。俺の頭の中が良くない」
「頭の中は前からだろ」
「お前に言われたくない」
俺は額を石畳から離した。離して、立ち直した。立ち直るのに三秒かかった。三秒で立ち直るのは俺の特技だ。誘枠されても三秒で諦める。諦めが早いのは才能だ。
「帰る」
「帰ろう」
「帰りましょう」
「帰るぞ。全員で」
四人で大通りを歩き出した。歩きながら、俺は一つだけ思った。
(ガンマにチョコレートもう一つ貰えばよかった)
だがもう遅い。店は後ろにある。前には夕方の大通りと、四人の影がある。
シドが隣で笑っている。笑っている顔が何も知らない顔だ。何も知らない顔で何もかも知っている。知っているくせに知らないふりをする。この男はそういう男だ。
俺は何も言わない。言わないで歩く。歩きながら、夕方の風が頬を撫でた。撫でた風が優しい。優しい風の中で、俺は一つだけ確信した。
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