囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
翌日の学校は静かだった。
昨日の騒動から一夜明け、ミツゴシ商会の奥の部屋で見たものは夢ではなかった。証拠は手元にある。制服のポケットの中。ガンマから受け取った小さな箱だ。チョコレートの試供品。五百ザニーの代わりに「お持ちください」と押しつけられた一粒。
「・・・で、それをどうするつもりだい」
シドが隣で聞いてきた。教室の後ろ。誰もいない席。休み時間のざわめきが前方から流れてくる。
「どうするも何も、食うだけだろ」
「食うの」
「食う。美味いんだから」
「でもそれ、プレゼント用の箱じゃない」
「プレゼント用じゃない。試供品だ」
「試供品をプレゼント用の箱に入れるのは、もったいないかな」
シドの目が箱を見ている。箱の蓋に金色の文字が書いてある。「ミツゴシ商会」と。金色の文字がチョコレートの価値を主張している。
「もったいないから食うんだよ。捨てる方がもったいないだろ」
「捨てないよ。誰かにあげればいいじゃないか」
「誰かに」
「うん。女子にあげれば」
シドがさらりと言った。さらりと言う。さらりと言う時のシドは本気か冗談か分からない。本気と冗談の境界線を日々更新している男だ。
「女子にあげる理由がない」
「理由は作ればいいよ。お世話になったとか、いつもありがとうとか」
「俺に女子を世話した記憶はない」
「世話されてる記憶もないの」
「ない」
「嘘だね」
シドが笑った。笑いながら机の上で指を組んだ。組んだ指が何かを計算している。
「エロゲ。君の周りにはお世話になってる人がいるでしょ」
「いない」
「アルファもデルタもゼータもガンマもイプシロンもベータも」
「・・・いる」
「じゃあ誰かにあげればいいじゃないか」
「七陰にチョコレートを渡すのか」
「渡せばいいよ。一粒だし」
「一粒だが五百ザニーだ」
「金額じゃないよ。気持ちだよ」
「気持ちを五百ザニーで表現するのか」
「表現してるのは金額じゃない。箱だよ」
「箱か」
「箱。きれいな箱に入ったチョコレートはそれだけで気持ちが伝わるよ」
「伝わるか」
「伝わる。ラブコメの基本だよ」
「ラブコメじゃない」
「ラブコメじゃないけど、原理は同じだよ。贈り物は相手を選ばない。選ぶのは贈る側だよ」
シドの声が少し平らになった。平らな声で説教する時のシドは本気だ。本気で言っている。だが本気の中に「面白そう」という色が混じっている。混じっているのを見逃さない。
「お前、面白がってるだろ」
「面白がってないよ」
「目が笑ってる」
「目は笑ってない。普通だよ」
「普通じゃない。普通の目じゃ『原理は同じ』とか言わない」
「原理を理解してるだけだよ。モブは原理を理解しないといけないからね」
「モブがチョコレートの贈り方を理解する必要があるのか」
「あるよ。モブこそ人間関係を大切にしないと」
「モブが人間関係を大切にするとモブじゃなくなる」
「モブのまま大切にするよ。目立たない程度に」
「目立たない程度に七陰にチョコレートを渡すのか」
「渡せばいいよ」
「誰に渡すんだ」
俺が聞いた。聞くと同時にシドの顔を見た。シドの目が一瞬だけ揺れた。揺れたがすぐに戻った。戻った目が何も答えていない。
「誰でもいいよ」
「誰でもいいのか」
「うん。最初に会った人でいいんじゃない」
「最初に会った人」
「放課後、誰に会うか分からないけど、最初に会った人にあげれば」
「なぜ最初」
「最初は特別だからね」
「特別」
「最初に出会った人は、その日の運命を決める人だよ」
「運命かよ」
「運命。大げさじゃないよ。日常の中にも運命はあるよ」
「運命を一粒のチョコレートで決めるのか」
「決まらないけど、決めるきっかけにはなるよ」
シドが机に頬杖をついた。ついた手がゆっくりと動いている。動く手が俺のポケットを指している。チョコレートが入っているポケットを。
「エロゲ。君はいつも運命を引き寄せる人だよね」
「引き寄せてない。巻き込まれてるだけだ」
「巻き込まれるのも運命だよ」
「運命じゃない。誘枠体質だ」
「誘枠体質も運命の一種だよ」
「一種じゃない。病気だ」
「病気じゃないよ。才能だよ」
「才能かよ」
「才能。人を引き寄せる才能」
「人を引き寄せる才能ならチョコレートなんていらない」
「チョコレートは潤滑油だよ」
「潤滑油」
「関係を円滑にする潤滑油。一粒あればいい」
「一粒で円滑になるか」
「なるよ。相手が喜ぶからね」
「喜ぶのか」
「喜ぶよ。五百ザニーのチョコレートだよ」
「やっぱり金額かよ」
「金額は価値の証明だよ」
シドが笑った。笑いながら机の下で足を組み直した。組み直す動作が俺を追い詰めている。追い詰められているが、俺はまだ決めていない。
「放課後か」
「放課後」
「最初に会う七陰に渡す」
「決めたね」
「決めた。但し条件がある」
「条件」
「俺が渡してるのをお前は見ない」
「見ない」
「見ないよ。約束する」
「約束するって言う時のお前は信用できない」
「信用して。僕はモブだからね。モブは約束を守るよ」
「モブが約束を守る保証はない」
「保証はあるよ。モブは目立たないから。約束を破ると目立つからね」
「目立つから守るのか」
「守るよ。目立たないために」
シドの論理がまた一つ増えた。目立たないために約束を守るモブ。新しいモブ理論だ。理論が増えるたびに俺のツッコミが増える。ツッコミの需要が高すぎる。
「じゃあ放課後」
「放課後」
「最初に会った人に渡す」
「渡して」
「それでお前は」
「僕は帰るよ。モブはさっさと帰る」
「帰るのか」
「帰る。帰り道で偶然出会ったら見ないふりをするよ」
「見ないふりをするのか」
「するよ。モブは目立たないからね」
シドが立ち上がった。立ち上がって教室の前方を見た。前方には休み時間の生徒たちがいる。俺たちの方は誰も見ていない。
「じゃあエロゲ。放課後頑張って」
「頑張ることじゃない」
「頑張って。運命は頑張る人に微笑むよ」
「運命は微笑まない。牙を剥く」
「牙も微笑みの一種だよ」
「一種じゃない」
シドが笑って教室を出ていった。出ていった足音が遠ざかる。遠ざかる足音の中に「楽しんで」という響きが混じっている。混じっている気がする。気のせいだと言い聞かせる。
俺はポケットの中の箱を握った。小さな箱だ。一粒のチョコレートが入っている。五百ザニーのチョコレート。ガンマの笑顔が思い浮かぶ。笑顔の中に「主様のご友人に」という色があった。色があった。あるから俺は受け取った。受け取ったが誰に渡すかは決めていなかった。
決めていなかったが、今は決めた。放課後。最初に会った七陰に渡す。
だが最初に会うのは誰か。分からない。分からないのが一番の問題だ。
アルファなら説教の前に渡せばいい。渡せば説教が柔らかくなるかもしれない。柔らかくならないかもしれない。柔らかくならない確率の方が高い。
デルタなら狩りの前に渡せばいい。渡せば狩りが中断するかもしれない。中断しないかもしれない。中断しない確率の方が高い。
ゼータなら部屋にいる。いるが渡すタイミングがない。いないふりをされる。
イプシロンなら服を直す時に渡せばいい。渡せば服を直す手が止まるかもしれない。止まらないかもしれない。止まらない確率の方が高い。
ベータなら原稿の相談の時に渡せばいい。渡せば相談が長くなる。長くなるのは避けたい。
ガンマなら店にいる。店に行けば渡せる。だが渡したらまた奥の部屋に連れて行かれる。奥の部屋は二度と行きたくない。
どれも問題だ。問題だらけだ。問題だらけだが、放課後は来る。来るから決めないといけない。
最初に会った人に渡す。決めた。決めたが後悔しそうな予感がする。予感は当たる。当たるから俺は生きている。
チャイムが鳴った。昼休みの終わりだ。午後の授業が始まる。授業は静かだ。静かな授業の間、俺はポケットの中の箱を握り続けた。握り続けながら、放課後のことを考えた。
バレンタインで会うヒロインは
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アルファ
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ベータ
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ガンマ
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デルタ
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イプシロン
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ゼータ
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イータ
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ニュー
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ウィクトーリア