囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
アルファの手が俺の縄を解き終えた。解き終えたが、手が離れない。離れないというか、俺の腕を掴んだままだ。掴む指に力がこもっている。こもりすぎている。握力が強い。強すぎる。骨が鳴るかと思った。
「アルファ。痛い」
「我慢しなさい」
「我慢してるけど骨が」
「骨は折れないわ。折れたら回復 magic で直すから」
「直す前に折れる」
「折れない。私の把握は正確よ」
正確な把握で握られている。正確な恐怖だ。
俺はアルファの目を見た。見たが、目が合わない。合わないというか、目が冷たすぎて合わせられない。絶対零度の目はこちらを見ているが、見ているというより凍らせている。
(怒ってる)
怒っている。いや、怒りを通り越している。怒りの先にある温度だ。怒りは熱だが、アルファの怒りは冷たい。冷たい怒りは熱より怖い。
俺は懐に手を入れた。入れる時にアルファの目が動いた。動いた先は俺の懐だ。懐に何があるか、アルファは知らない。知らないから警戒している。警戒する目が冷たい。
(頼むぞ。これで)
懐から出したのは、小さな箱だ。ミツゴシ商会の箱。金色の文字が箱の蓋に書いてある。チョコレートが一粒入っている。五百ザニーのチョコレート。ガンマから受け取った試供品だ。
箱をアルファの前に出した。出した手が少し震えている。震えは恐怖だ。恐怖だが、渡さないと終わらない。
「その」
「何?」
「いつも誘枴されてるから。世話になってるから」
「・・・え?」
アルファの手が止まった。止まった。俺の腕を掴む手の力が緩んだ。緩んだ隙に俺は息を吸った。吸って続けた。
「ミツゴシで買った物だけど」
買った物じゃない。貰った物だ。だが貰ったと言えば「誰から」と聞かれる。聞かれるとガンマが出る。ガンマが出ると奥の部屋の話が出る。出ると話が長くなる。長くなるのは避けたい。
だから買ったことにした。買い直したとも言う。ミツゴシで買った物。嘘じゃない。ミツゴシの商品だ。買ったか貰ったかは重要じゃない。重要なのは箱だ。箱の中身だ。中身はチョコレートだ。
アルファが箱を見た。見る目が変わった。変わったというか、温度が変わった。冷たかった目に少し熱が戻る。戻るのが分かった。分かって俺は少しだけ安心した。安心したが、安心しすぎると油断する。油断はしない。
「・・・私が物で許すと思うの」
「思わない」
「じゃあなんで出したの」
「出すしかなかったから」
「・・・」
「許さなくてもいい。受け取ってくれ」
「・・・けど、受け取っておくわ」
アルファが箱を受け取った。受け取る時に指が触れた。触れた指が温かい。温かい指が俺の手を離れた。離れた瞬間、アルファの顔が赤くなった。赤くなったのが見えた。見たが見なかったことにする。見なかったことにしないと俺が赤くなる。
「・・・あ、ありがとう」
「うん」
「・・・うんじゃないわよ。もっとまともに言いなさい」
「ありがとう」
「・・・それだけ?」
「それだけ」
「・・・」
アルファが箱を胸に当てた。当てた手が丁寧だ。丁寧に持っている。持っているアルファの顔がまだ赤い。赤い顔で俺を見ている。見ている目がさっきと違う。絶対零度が溶けた。溶けた目は温かい。温かい目で俺を見ている。
(渡せた)
渡せた。渡せたが、まだ終わらない。終わらないが、とりあえず渡せた。渡せたことに安堵した。安堵した瞬間だった。
廊下から音がした。
足音だ。複数。多い。三じゃない。五じゃない。もっとだ。十はいるか。十以上か。数えられない。数える前に建物が揺れた。
「増員?」
俺の口から漏れた。漏れたが、アルファは動じない。動じないが、俺は動じた。動じたが動けない。縛られていた足が痺れている。痺れている足は動かない。
廊下から男たちが流れてきた。流れてきたというか、雪崩込んできた。雪崩は黒い。黒い衣。黒い覆面。黒い短剣。誘枠犯の増員だ。増員の数が多い。多すぎる。さっきの三人じゃ足りなかったらしい。三十人くらい足りなかったらしい。
「え」
アルファが箱を握り直した。握り直した瞬間、衝撃が来た。
建物が揺れた。揺れが大きい。大きい揺れに俺の体が跳ねた。跳ねた体が床に落ちる。落ちた時に、アルファの手から箱が弾けた。
箱が宙を舞った。
舞った箱が開いた。開いた箱からチョコレートが飛び出した。飛び出したチョコレートが放物線を描いて床に落ちた。
落ちた。
チョコレートが床に落ちた。
床には何かがあった。何かとは何か。見ない方がいい。見た方がいい。見て確認した方がいい。確認しないと後で何が起きたか分からない。だが確認したくない。確認したくないが目が勝手に見た。
見た。
チョコレートが血の中に落ちた。血の中に落ちたチョコレートが赤く染まっていく。染まっていくのが見えた。見えたが、見たくない。見たくないが見えた。
(あ)
五百ザニーのチョコレートが血に染まっている。染まっているのが見えた。見えた瞬間、俺の顔から血の気が引いた。引いたのが分かった。分かったが止められない。止められないが分かった。
「エロゲ。顔が青いわよ」
アルファが俺を見た。見た目が冷たい。冷たい目に「心配」が混じっている。混じっているが、混じる前に「怒り」が先に来ている。怒りが先で心配が後。順番が逆だ。
「チョコが」
「チョコがどうしたの」
「血に」
「・・・血に?」
「血に染まってる」
「・・・」
アルファが床を見た。床にはチョコレートがある。チョコレートの周りに血がある。血はどこから来たか。廊下からだ。廊下の床にあった血が揺れで流れてきたか、それとも増員の男たちの足元からか。どちらにしても血がある。血の中にチョコレートがある。
五百ザニーのチョコレートが血に浸っている。浸っているのが見える。見えるが、俺の顔はもう青い。青を通り越して白いかもしれない。白を通り越して透明かもしれない。
増員の男たちが俺を見ている。見ている目に恐怖がある。恐怖があるのが分かった。分かったが、恐怖の方向が分からない。分からないが、男たちの目が俺を見ている。俺を見て恐怖している。
(何を怖がってるんだこいつら)
怖がっている。俺を? いや、俺を怖がる理由がない。俺は縛られて足が痺れている人間だ。怖がる対象じゃない。
じゃあ何を怖がっているのか。
アルファだ。
アルファを怖がっている。いや、アルファを見て恐怖している。恐怖しているが、俺の方を見ている。俺を見て恐怖している。俺の後ろにアルファがいるからだ。アルファがいる方向を見て恐怖している。
(俺じゃなくてアルファを怖がってるのか)
そうか。そうだ。こいつらはアルファを怖がっている。怖がっているが、俺の顔が青いのを見て、俺が怖がっていると勘違いしている。勘違いしているが、俺は確かに怖がっている。怖がっているが、怖がっているのはこいつらじゃなくてチョコレートだ。チョコレートが血に染まったのが怖い。五百ザニーが血に染まったのが怖い。
男たちの勘違いと俺の恐怖が別の方向を向いている。別の方向を向いているが、どちらも恐怖だ。恐怖の方向が違うだけだ。
アルファが俺を見た。見て、チョコレートを見た。チョコレートを見て、男たちを見た。男たちを見て、またチョコレートを見た。
見る順番が正確だ。正確な順番で見て、最後に俺を見た。
見た目が氷だった。
氷の目。氷の表情。氷の微笑み。
微笑んでいる。微笑んでいるが、微笑みが冷たい。冷たい微笑みが俺の背筋を凍らせる。凍らせる微笑みでアルファが言った。
「エロゲ。少し待ってくれるかしら」
「・・・何を」
「ゴミを掃除しに行ってくるわ」
ゴミ。
ゴミと言った。アルファがゴミと言った。ゴミは男たちのことだ。男たちをゴミと言った。ゴミを掃除しに行くと言った。掃除しに行くということは、ゴミを片付けるということだ。片付けるということは、片付ける方法があるということだ。片付ける方法は、アルファの場合、一つしかない。
「アルファ。待って」
「待たないわ。チョコレートが汚れたのよ」
「汚れたけど」
「汚れたものは掃除する。掃除には元凶を排除する必要があるわ」
元凶。元凶は何か。元凶は男たちか。男たちが来たから揺れた。揺れたからチョコレートが落ちた。落ちたから血に染まった。染まったから掃除する。掃除するには元凶を排除する。元痴は男たちだ。論理は通っている。通っているが、排除の方法が怖い。
「アルファ。俺のチョコレートのために人を」
「人のためにじゃないわ。私のためによ」
「お前のために?」
「私が渡されて、私が受け取ったの。私のチョコレートよ。汚されたの」
私のチョコレート。所有権が移っている。移っている。移った瞬間に汚された。汚された私のものを取り戻すために掃除する。論理が完璧だ。完璧すぎて反論できない。
「・・・分かった」
「いい子ね。少し待ってて」
いい子。いい子と言われた。いい子と言われて待つことになった。待つ間にアルファが歩き出した。歩き出す背中が真っ直ぐだ。真っ直ぐな背中が男たちの方へ向かう。向かう歩みが静かだ。静かすぎて怖い。
男たちが下がった。下がる足音が重なる。重なる足音の中に悲鳴が混じる。混じり始める。
俺は壁に寄りかかった。寄りかかって、目を閉じた。閉じたが、閉じても音が聞こえる。音が聞こえるから閉じた意味がない。意味がないが、閉じたままにする。閉じたままにしていると、音が変わっていく。
悲鳴が。悲鳴が。悲鳴が。
減っていく。
減っていくのが分かる。分かるが、確認したくない。確認しないまま、俺は壁に額を押し付けた。押し付けていると、音が静かになっていく。静かになっていくのが、逆に怖い。
バレンタインで会うヒロインは
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アルファ
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