囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
「で、最近どうなんだよシド」
午後の授業が終わった教室。帰り支度をする生徒たちの雑談がざわざわと背景音になっている。俺とシドは窓際の席で帰り支度もせずに話していた。帰り支度をしないのは、帰りたくないからではない。帰る前に確認したいことがあるからだ。
「どうって何が」
シドは頬杖をついている。いつもの姿勢だ。この姿勢で話す時は、本心を隠す時か、面白いことを待っている時かのどちらかだ。今はどちらだ。分からない。分からないから探る。
「お前、最近誰かと会ってるだろ」
「誰かって」
「誰かだ」
「誰かって多いよ。君も含めて誰かだよ」
「ごまかすな。俺じゃない誰かだ」
「ごまかしてないよ。事実を述べてるだけだよ」
シドの目が窓の外へ流れた。窓の外には何もない。中庭と校舎と空だけだ。何もない方を見る時のシドは、何かを隠している時だ。三秒で戻ってくるかと思ったが、戻ってこない。五秒経った。長い。
「シド」
「何」
「こっちを見ろ」
「見てるよ」
「見てない。窓を見てる」
「窓も見てる。君も見てる。両方見てるよ」
「両方は見れないだろ」
「目が二つあるから見れるよ」
「両目で別の方向を見るのはカメレオンだけだ」
「僕はモブだからね。モブは目が良いよ」
「モブは目が良くない。平均だよ」
「平均よりちょっと良いよ」
「平均よりちょっと良いのは平均だ」
シドが笑った。笑いながら頬杖を解いた。解いた手で机の上の筆箱を弄る。弄る指が落ち着かない。落ち着かない指は話を逸らしたい指だ。
「エロゲ。君、何が聞きたいの」
「聞きたいこと一つだけだ」
「一つだけ」
「一つだけ。お前、最近誰かと会ってるだろ」
「会ってるよ。クラスメイトと」
「クラスメイトじゃない。女子だ」
「女子」
「女子。しかも特定の」
「特定の」
「特定の。名前がある」
「名前はみんなあるよ」
「その子の名前を聞いてるんだよ」
シドの指が止まった。止まったのが見えた。見えたが表情は動かない。動かない顔で一瞬だけ考えた。考えた跡が目の端に残る。
「・・・誰から聞いたの」
「誰からじゃない。お前から聞くんだよ」
「僕から? 僕は何も言ってないよ」
「言ってないから聞いてるんだろ。言ってたら聞かない」
「論理が回ってるね」
「回ってる。回してるのはお前だ」
シドが椅子に背を預けた。背を預ける動作が「いいよ話すよ」という動作だ。だが口は開かない。開かない背中で「話すけどどうする」と聞いている。
「どうもしない。ただ聞きたいだけだ」
「ただ聞きたい」
「ただ」
「ただって嘘だよね。君がただ聞くはずないよ」
「嘘じゃない。ただ聞く」
「ただ聞くなら名前だけ教えればいいんだね」
「いいよ。名前だけ」
「名前だけ。それ以上は聞かない?」
「聞かない」
「本当」
「本当」
シドが俺を見た。見た目が「嘘つき」と言っている。嘘つきで結構だ。嘘つきでも聞く。聞くのは俺の権利だ。悪友の権利だ。
「シェリーだよ」
「シェリー」
「シェリー。聞いてるでしょ」
「聞いてない」
「嘘。絶対聞いてる」
「聞いてないよ。初めて聞いた名前だ」
「初めて? 本当に?」
「本当に」
「嘘だな」
「嘘じゃないよ」
「嘘だ。お前の目が動いた」
「目は動くよ。眼球だから」
「その動き方が嘘の動きだ」
「嘘の動きって何だよ」
「右に行った」
「右に行っただけだよ」
「右に行った後に左に戻った。戻った後にまた右に行った。これは嘘をつく時の目の動きだ」
「そんな基準ないよ」
「あるよ。俺の基準では」
「君の基準は信用できないよ」
「俺の基準は信用できるよ。俺が使ってるから」
「使ってる本人が信用できないよ」
「信用できる」
「できない」
「できる」
「できないよ。だって君は誘枴される体質でしょ。誘枴される人の基準は信用できないよ」
「誘枴体質と信用は関係ないだろ」
「関係あるよ。誘枴される人は判断力が甘いから誘枴されるんだよ」
「判断力は甘くない。体質なんだよ」
「体質って。体質で誘枴されるわけないでしょ」
「されるんだよ。実際にされてるんだよ」
「されているのは事実だけど、体質のせいにするのは甘いよ」
「甘くない。体質だ」
「体質」
「体質」
「・・・分かった。体質ということにしよう」
「体質だ」
「体質。で、シェリー」
シドが話を戻した。戻し方が自然だ。自然に戻す人間は話を戻すことに慣れている。俺の誘枴体質の話からシェリーの話に戻した。戻す技術が高い。
「シェリー。その子、前の子だろ」
「前の子」
「前。俺とお前で屋上から帰った日。廊下でこけた子」
シドの目が一瞬止まった。止まったのが見えた。見えたがすぐに動いた。動いた目が「知ってたのか」と言っている。
「知ってたの」
「知ってた。目の前でこけたんだから忘れるわけないだろ」
「忘れてないんだ」
「忘れてない。ピンクの髪の女子生徒が本を抱えて廊下でこけた。お前が手を差し出した。ラブコムの導入だった」
「ラブコメじゃないよ」
「ラブコメだよ。俺が認定した」
「認定しないでよ」
「認定済みだ。取り消せない」
「取り消して」
「取り消せない。認定は不可逆だ」
「不可逆って」
「不可逆だ。一度認定したら戻らない」
シドがため息を吐いた。吐いたため息が「やれやれ」だ。やれやれじゃない。こっちのセリフだ。
「で、そのシェリーと何してるんだ」
「何って」
「何。会ってるんだろ」
「会ってるよ。たまに」
「たまに。頻度は」
「週に二回くらい」
「週二回。何してるんだ」
「・・・研究の手伝いを」
「研究」
「研究」
「何の研究だ」
シドが俺を見た。見た目が「言ってもいいかな」だ。言ってもいいかなの目で俺を見ている。見ているが、俺の反応を探っている。探っている目が慎重だ。慎重な時のシドは、次の言葉で面倒が起きると分かっている時だ。
「アーティファクトの研究だよ」
「アーティファクト」
「アーティファクト」
「・・・アーティファクト」
俺は三回言った。三回言ったのは理解するためじゃない。予感を感じたからだ。予感が腹の底から湧いてくる。湧いてくる予感が「来るぞ」と言っている。何が来るのか分からない。分からないが来る。来る予感がする。
「エロゲ。顔が怖いよ」
「怖くない」
「怖い。怖い顔してる」
「怖くない。予感を感じてるだけだ」
「予感」
「予感。お前がアーティファクトの研究の手伝いをしてるって聞いて、予感がした」
「何の予感」
「事件の予感」
シドが笑った。笑ったが目が笑っていない。笑っていない目で俺を見ている。見ている目が「なんで分かるの」と言っている。分かるじゃない。予感だ。予感は論理じゃない。感覚だ。
「事件は起きないよ。ただの研究だよ」
「ただの研究に手伝いはいらないだろ」
「いるんだよ。資料が多くて」
「資料が多いならジャガに頼め。あいつ資料整理が得意だ」
「ジャガじゃない。シェリーが選んだんだよ」
「選んだ。お前を」
「うん」
「なんでお前なんだ」
「なんでだろうね」
「なんでだろうじゃない。お前が選ばれる理由を言え」
「・・・目立たないからかな」
「目立たないから研究の手伝いに選ばれるのか」
「目立たない人は信頼できるからね」
「目立たない人は信頼できるって何の理屈だ」
「モブの理屈だよ」
「モブの理屈は聞いたことがない」
「聞いたことがないだけで存在するよ」
「存在しないよ」
「存在するよ。君の目の前にいるよ」
「お前が存在してるのは分かる。モブの理屈が存在してるのは分からない」
シドが机の上で指を組んだ。組んだ指がゆっくり動く。動く指が次の言葉を選んでいる。選ぶ時間が長い。長いのは言いたくないことを言う前だ。
「エロゲ。シェリーの研究は真面目なやつだよ。古代の遺物を調べてるんだ。学術的な」
「学術的」
「学術的」
「学術的な研究に高校生が手伝いに入るのか」
「入るよ。資料整理くらいならできるよ」
「資料整理。お前が」
「僕が。嫌なの」
「嫌じゃない。不思議なだけだ」
「不思議」
「お前が資料整理をするのが不思議だ。お前はいつも他人に丸投げするだろ」
「丸投げしてないよ。ガンマには任せてるけど」
「任せてるのが丸投げだろ」
「任せると丸投げは違うよ」
「違わない」
「違う。任せるのは信頼だよ。丸投げは放棄だよ」
「信頼と放棄の区別がついてないだろ」
「ついてるよ。ガンマには信頼して任せてる。シェリーには手伝ってる。手伝うのは信頼の裏返しだよ」
「信頼の裏返し。何だそれ」
「信頼されてるから手伝うんだよ」
「信頼されてる。お前が」
「うん」
「シェリーに」
「うん」
「お前がシェリーに信頼されてる」
「うん。何回言わせるの」
俺はシドの顔を見た。見たが嘘はない。嘘がない顔をしている。嘘がない顔をする時のシドは、本当に信頼されている時だ。信頼されているのが不思議だ。だが不思議なことが起きるのは日常だ。日常じゃないが、この男の周りでは不思議が日常だ。
「で、そのアーティファクトの研究。何か見つけたのか」
「見つけてるよ。少しずつ」
「少しずつ。何を」
「アーティファクトの構造とか、用途とか」
「用途。何に使うものだったか分かったのか」
「分かりかけてる。まだ確定じゃないけど」
「確定じゃないけど。何に使いそう」
シドが口を開きかけた。開きかけた口が止まった。止まったのは俺の目を見たからだ。俺の目が「言え」と言っている。言えと言っている目を見て、シドは一つだけ言った。
「魔力的な何かだよ」
「魔力的な何か」
「魔力的な何か。詳しくは言えないよ」
「言えない。なぜ」
「シェリーの研究だから。本人の許可がないと」
「本人の許可。俺はお前の悪友だぞ」
「悪友だからこそ他人の研究は勝手に言えないよ」
「悪友は他人の研究を勝手に言うもんだろ」
「言わないよ。モブは秘密を守るからね」
「モブは秘密を守らないだろ」
「守るよ。目立たないために」
「目立たないために秘密を守るのか」
「守るよ。秘密を漏らすと目立つからね」
シドの論理がまた一つ増えた。目立たないために秘密を守るモブ。新しいモブ理論だ。モブ理論が増えるたびに俺のツッコミが追いつかなくなる。
「シド」
「何」
「一つだけ聞く」
「一つだけ」
「そのアーティファクトの研究。お前が関わってる以上、何か起きるだろ」
「何かって」
「何かだ。事件とか騒動とか。いつものやつだ」
「いつものやつは起きないよ。ただの研究だよ」
「ただの研究にしては匂いが強い」
「匂い」
「匂い。事件の予感が匂う」
「匂わないよ」
「匂う。俺の鼻が匂ってる」
「君の鼻は誘枴体質と同じくらい信用できないよ」
「誘枴体質は信用できるよ。実際に誘枴されてるから」
「されているのは事実だけど、予感の精度は別だよ」
「精度は高い。これまでの実績で言えば」
「実績って。誘枴された実績でしょ」
「誘枴される直前に予感がした回数は多い」
「多いって。何回」
「七回中五回」
「二回は外れでしょ」
「二回は予感がした後に誘枴されなかった。でも別の日に誘枴された」
「それは予感の精度じゃないよ。ただの誘枴体質だよ」
「体質と予感は別だ。体質は誘枴される条件で予感は誘枴される前の感覚だ」
「条件と感覚。どっちも信用できないよ」
シドが笑った。笑いながら机の下で足を組み直した。組み直す動作が「この話は終わり」だ。終わりにするな。終わらせたくない。
「シド」
「何」
「シェリーの研究。俺を巻き込むなよ」
「巻き込んでないよ」
「巻き込むな。予感がするから」
「予感は当たらないよ」
「当たる。五回中五回だ」
「さっきは五回中五回じゃなくて七回中五回だったよ」
「二回は除外した。除外すると五回中五回だ」
「都合よく除外しないでよ」
「除外は統計の基本だろ」
「基本じゃないよ」
「基本だ。外れ値を除外する」
「外れ値の定義が恣意的だよ」
「恣意的じゃない。客観的だ」
「客観的じゃない。主観だよ」
シドが立ち上がった。立ち上がって鞄を持った。持って教室の出口へ向かう。向かう背中が「帰る」と言っている。
「エロゲ。予感が当たるかどうかは分からないけど、一つだけ言っておくよ」
「何だ」
「シェリーの研究は面白いよ」
「面白い。それが一番怖いんだよ」
「怖がらなくていいよ。ただの研究だよ」
「ただの研究をお前が手伝う時点でただじゃないだろ」
「ただだよ。僕はモブだからね。モブはただのことをするんだよ」
「モブはただのことをしない。お前は特に」
「特にじゃないよ。僕は普通だよ」
「普通じゃない。お前は普通じゃない」
「普通だよ。普通のモブだよ」
「モブがアーティファクトの研究を手伝うのが普通じゃない」
「普通だよ。モブの普通だよ」
シドが教室を出ていった。出ていった背中が「モブの普通」を背負っている。モブの普通が何か分からない。分からないが、分かることが一つある。
アーティファクトの研究。
魔力的な何か。
シドが手伝っている。
この三つが揃った時、俺の周りで何かが起きる。起きる予感がする。予感は五回中五回だ。外れ値は除外した。
俺は椅子に座ったまま、教室の天井を見た。天井は割れていない。まだ大丈夫だ。大丈夫だが、大丈夫じゃなくなる予感がする。
「・・・アーティファクトか」
独り言が教室に響いた。響いた独り言に返事はない。当たり前だ。誰もいない。誰もいない教室で俺は予感を噛み締めた。
予感は外れない。外れない予感だけが、俺の人生で確実に当たるものだ。
バレンタインで会うヒロインは
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