囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
「……で、何でお前はそんなに冷静なんだよ」
廊下の足音が遠ざかっていくのを確認しながら、俺は壁に背を預けていた女子生徒に向き直った。
ニューは、教室の窓の際に立って、外を眺めている。眼鏡のレンズに光が反射して、表情が読み取れない。
「冷静ではありません。状況を分析しているだけです」
「それを冷静って言うんだよ」
「いえ。冷静であれば動揺いたしませんが、現在はしております」
彼女は窓から目を離さずに言った。声の調子は平坦なままだが、肩の力が抜けているのが見て取れる。
(嘘だな)
「……で、さ。お前、さっき何か知ってるような口ぶりだったけど」
「はい」
「あのテロリスト共が、なんで俺を追っかけてくるのか、心当たりがあるんだろ」
ニューが、ようやくこちらを向いた。眼鏡の奥の瞳が、どこか憐れむような色を含んでいる。
「……やめてくれ、その目」
「目、と申しますと」
『可哀想な人を見る目』だ。確実にそうだ。
「……エロゲ様の魔力が原因です」
「は?」
「今回の襲撃、テロリストの目的は『強欲の瞳』による魔力吸引にあります」
「強欲の瞳?」
「はい。一定範囲内の魔力を無尽蔵に吸収する性質を持つ、古代の遺物です」
彼女は淡々と語る。まるで授業のレポートを朗読するみたいに。
「本来であれば、学園中の生徒から魔力を吸い尽くす計画だったと思われます」
「……待て。それってつまり、全員から魔力を吸って、どうする気だよ」
「最終的に吸収量が臨界を超え、大爆発を引き起こします」
「爆発!?」
俺は思わず立ち上がった。椅子がガタリと鳴る。
「学園ごと、ってことか?」
「その可能性が高いです」
ニューは頷かない。ただ、真っ直ぐに俺を見た。
「ですが、今回は失敗しました」
「失敗?」
「はい。機能が停止したのです」
俺は眉をひそめた。機能が停止した。それってつまり、吸い込む力が止まったってことか。
「……なんで止まったんだ?」
「推測ですが――」
ニューは一瞬、間を置いた。眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
「エロゲ様の魔力が規格外すぎたためと考えられます」
「…………は?」
「強欲の瞳は、範囲内の魔力を無尽蔵に吸収します。ですが、エロゲ様の魔力量が想定を遥かに超えていたため、吸収機構がキャパシティオーバーを起こしたのでしょう」
「キャパシティオーバー」
「はい。食いすぎて腹を壊した、と表現すれば分かりやすいかと」
「いや分かりやすすぎるだろ」
俺は頭を抱えた。
つまり、だ。あのテロリスト共は、学園の生徒全員から魔力を吸って大爆発を起こすつもりだった。けれど、俺の魔力を吸おうとした瞬間、機械が壊れた。だから、計画が狂った。
「……それで、なんで俺を追っかけてくるんだよ」
「計画の障害を排除するためです」
「障害って」
「エロゲ様が生きている限り、強欲の瞳は再起動できません。ですので、エロゲ様を排除する必要がある」
ニューは、何でもないことのように言った。
「……俺、何もしてないんだけど」
「はい。ただそこにいらしたいただけです。それで機能を停止させました」
「それ何もしてないって言うんじゃないか?」
「はい。何もしていません。ただ存在していだけで、敵の計画を破綻させました」
彼女の声には、皮肉の欠片もない。
純粋に事実を述べているだけだ。
だからこそ、反論ができない。
「……で、俺はどうすればいいんだよ」
「今のところ、逃げる以外の選択肢はありません」
「お前、護衛だろ!」
「はい。ですので、逃げる際のお供をいたします」
「それ護衛って言うのか?」
「エロゲ様の戦闘能力は皆無ですので、私一人で敵集団を殲滅することは困難です」
「いや知ってるよ! 自分のことくらい!」
俺は机に額を押し付けた。冷たい木の感触が、少しだけ頭を冷やしてくれる気がした。
(規格外の魔力、か)
自分の魔力が人より多いことは、なんとなく知っていた。シドも同じようなことを言っていたし、イータに実験台にされそうになった時も「規格外」と騒がれた。
けれど、それが役に立つことはない。戦えない俺には、魔力がいくらあっても関係ないのだ。
むしろ、あるせいで誘枴され続けているだけだ。
(誘枴体質の原因、これだったのか)
今までずっと運が悪いだけだと思っていた。けれど、実際は魔力が原因で狙われている。だとすれば、運が悪いんじゃなくて、体質が悪い。
「……エロゲ様」
「ん?」
顔を上げると、ニューが目の前に立っていた。
「何か飲み物、買って参りましょうか」
「……は?」
「喉が渇いているのがお顔に出ています。自販機は東棟の二階にあります。テロリストの配置を避けて行けば、五分ほどで戻れます」
「いや、今そんなことしてる場合じゃ」
「エロゲ様が倒れたら元も子もありません。護衛として、体調管理も職務のうちです」
彼女は真顔で言った。
「……お前、もしかして真面目に心配してるのか」
「当然です。エロゲ様はシャドウガーデンの——」
「宝、だろ。さっき聞いた」
「はい。それに——」
ニューは、少しだけ視線を落とした。
「——私がお助けしたのも、エロゲ様がいたからです。ですから、元気でいていただかないと困ります」
その声の響きが、妙に真剣で。
俺は何も言い返せなかった。
「……分かった。何か飲む。頼む」
「はい。何がよろしいですか」
「……何でもいい」
「では、お水を。一番無難です」
「お前、俺の好みを全然気にしてないな」
「好みよりも生存を優先します」
「……凄いな、お前」
「エロゲ様が生きていることが最優先ですから」
ニューは、それ以上は何も言わずに、静かに教室を出ていった。
残された俺は、空っぽの教室で、天井を見上げる。
「……俺の魔力が、敵の計画を壊した、か」
何もしてないのに。ただ走っていただけなのに。
(陰の実力者ってのは、こういうことなのかな)
いや、違うだろ。シドのやってることとは全然違う。
俺はただ、枴われそうになっただけだ。
走って逃げただけだ。
なのに、なんで。
ため息が出た。
(……ま、いいか)
結果的に、学園が吹き飛ぶのを防いだなら、それはそれで悪くない。
本人に自覚がなくても、誰かの役に立っているなら。
「……ただの後始末係でも、たまには役に立つってことだな」
誰もいない教室で、俺は独りごちた。
* * *
五分後。
ニューが水を二本持って戻ってきた。
「お待たせいたしました、エロゲ様」
「……ああ。ありがとう」
片方を受け取って、俺は蓋を開けた。
冷たい水が喉を潤す。
「……で、これからどうする?」
「まずは安全な場所へ移動します。その後、本部へ連絡を」
「本部って、アルファ達にか?」
「はい。アルファ様に状況を報告すれば、対応を検討していただけます」
「……だな。あいつなら何とかしてくれるだろ」
「はい。ですが——」
「ん?」
「エロゲ様がいる場所が分かれば、敵も追ってきます。ですので、移動は慎重に」
「……結局、俺がいる限りは追っ手が来るってことか」
「はい」
「嫌になるな」
「ですが、そのおかげで敵の目がエロゲ様に向いています。他の生徒の避難には有利に働いているはずです」
「……それ、慰めてるつもりか?」
「事実を申し上げているだけです」
「事実ばっかりだな、お前」
「事実は一つしかありませんから」
ニューは、ごく当たり前のことを言うように、そう答えた。
俺はもう一度、ため息をつく。
「……分かった。移動しよう。お前の指示に従うよ」
「はい。お任せください、エロゲ様」
「だから、様を付けるな」
「承知いたしました、エロゲ様」
「……聞いてないだろ」
「いいえ、聞いております。ですが止められません」
「なんでだよ」
「エロゲ様は、エロゲ様ですから」
彼女はきっぱりと言った。
俺は何も言い返せなかった。
(……この子、頑固だな)
そう思いながら、俺は空になったペットボトルを握りしめた。「……で、何でお前はそんなに冷静なんだよ」
廊下の足音が遠ざかっていくのを確認しながら、俺は壁に背を預けていた女子生徒に向き直った。
ニューは教室の窓際に立って、外を眺めている。眼鏡のレンズに光が反射して、表情が読み取れない。
「冷静ではありません。状況を分析しているだけです」
「それを冷静って言うんだよ」
「いえ。冷静であれば動揺いたしませんが、現在はしております」
彼女は窓から目を離さずに言った。声の調子は平坦だが、肩の力がわずかに抜けている。
(嘘だな)
「……で、さ。さっき何か知ってるような口ぶりだったけど」
「はい」
「あのテロリスト共が、なんで俺を追っかけてくるのか、心当たりがあるんだろ」
ニューがようやくこちらを向いた。眼鏡の奥の瞳が、どこか憐れむような色を含んでいる。
「……やめてくれ、その目」
「目、と申しますと」
「可哀想な人を見る目だ。確実に」
「……エロゲ様の魔力が原因です」
「は?」
「今回の襲撃、テロリストの目的は『強欲の瞳』による魔力吸引にあります」
「強欲の瞳?」
「はい。一定範囲内の魔力を無尽蔵に吸収する性質を持つ、古代の遺物です」
彼女は淡々と語る。まるで授業のレポートを朗読するみたいに。
「本来であれば、学園中の生徒から魔力を吸い尽くす計画だったと思われます」
「……待て。それってつまり、全員から魔力を吸って、どうする気だよ」
「最終的に吸収量が臨界を超え、大爆発を引き起こします」
「爆発!?」
俺は思わず立ち上がった。椅子がガタリと鳴る。
「学園ごと、ってことか?」
「その可能性が高いです」
ニューは頷かない。ただ、真っ直ぐに俺を見た。
「ですが、今回は失敗しました」
「失敗?」
「はい。機能が停止したのです」
俺は眉をひそめた。機能が停止した。それってつまり、吸い込む力が止まったってことだ。
「……なんで止まったんだ?」
「推測ですが――」
ニューは一瞬、間を置いた。眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
「エロゲ様の魔力が規格外すぎたためと考えられます」
「……は?」
「強欲の瞳は範囲内の魔力を無尽蔵に吸収します。ですが、エロゲ様の魔力量が想定を遥かに超えていたため、吸収機構が許容量を超えて停止したのでしょう」
「許容量を超えて」
「はい。例えるなら、底なし沼に水を注ぎ込もうとして、ポンプが焼き切れたようなものです」
「お前、そういう例えをさらっと出してくるのやめろ」
俺は頭を抱えた。
つまり、だ。あのテロリスト共は、学園の生徒全員から魔力を吸って大爆発を起こすつもりだった。けれど、俺の魔力を吸い込もうとした瞬間、装置が耐えきれずに停止した。だから計画が狂った。
「……それで、なんで俺を追っかけてくるんだよ」
「計画の障害を排除するためです」
「障害って」
「エロゲ様が生きている限り、強欲の瞳は再起動できません。ですので、エロゲ様を排除する必要がある」
ニューは何でもないことのように言った。
「……俺、何もしてないんだけど」
「はい。ただそこにいらしただけです。それで機能を停止させました」
「それ何もしてないって言わないか?」
「はい。何もしていません。ただ存在しているだけで、敵の計画を破綻させました」
彼女の声には皮肉の欠片もない。純粋に事実を述べているだけだ。だからこそ、反論ができない。
「……で、俺はどうすればいいんだよ」
「今のところ、逃げる以外の選択肢はありません」
「お前、護衛だろ!」
「はい。ですので、逃げる際のお供をいたします」
「それ護衛って言うのか?」
「エロゲ様の戦闘能力が皆無ですので、私一人で敵集団を殲滅することは困難です」
「いや知ってるよ! 自分のことくらい!」
俺は机に額を押し付けた。冷たい木の感触が、少しだけ頭を冷やしてくれる気がした。
(規格外の魔力、か)
自分の魔力が人より多いことはなんとなく知っていた。シドも同じようなことを言っていたし、イータに実験台にされそうになった時も「規格外」と騒がれた。
けれど、それが役に立つことはない。戦えない俺には、魔力がいくらあっても関係ないのだ。むしろあるせいで誘枴され続けているだけだ。
(誘枴体質の原因、これだったのか)
今までずっと運が悪いだけだと思っていた。
「……エロゲ様」
「ん?」
顔を上げると、ニューが目の前に立っていた。
「何か飲み物、買って参りましょうか」
「……は?」
「喉が渇いているのがお顔に出ています。自販機は東棟の二階にあります。テロリストの配置を避けて行けば、五分ほどで戻れます」
「いや、今そんなことしてる場合じゃ」
「エロゲ様が倒れたら元も子もありません。護衛として、体調管理も職務のうちです」
彼女は真顔で言った。
「……お前、もしかして真面目に心配してるのか」
「当然です。エロゲ様はシャドウガーデンの――」
「宝、だろ。さっき聞いた」
「はい。それに――」
ニューは少しだけ視線を落とした。
「——私がお助けしたのも、エロゲ様がいたからです。ですから、元気でいていただかないと困ります」
その声の響きが妙に真剣で、俺は何も言い返せなかった。
「……分かった。何か飲む。頼む」
「はい。何がよろしいですか」
「……何でもいい」
「ではお水を。一番無難です」
「お前、俺の好みを全然気にしてないな」
「好みよりも生存を優先します」
「……凄いな、お前」
「エロゲ様が生きていることが最優先ですから」
ニューはそれ以上は何も言わずに、静かに教室を出ていった。
残された俺は、空っぽの教室で天井を見上げる。
「……俺の魔力が、敵の計画を壊した、か」
何もしてないのに。ただ走っていただけなのに。
(陰の実力者ってのは、こういうことなのかな)
いや、違うだろ。シドのやってることとは全然違う。俺はただ枴われそうになっただけだ。走って逃げただけだ。
なのに、なんで。
ため息が出た。
「……ま、いいか」
結果的に、学園が吹き飛ぶのを防いだなら、それはそれで悪くない。本人に自覚がなくても、誰かの役に立っているなら。
「ただの後始末係でも、たまには役に立つってことだな」
誰もいない教室で、俺は独りごちた。
* * *
五分後。
ニューが水を二本持って戻ってきた。
「お待たせいたしました、エロゲ様」
「……ああ。ありがとう」
片方を受け取って、蓋を開けた。冷たい水が喉を潤す。
「……で、これからどうする?」
「まずは安全な場所へ移動します。その後、本部へ連絡を」
「アルファ達にか?」
「はい。アルファ様に状況を報告すれば、対応を検討していただけます」
「……だな。あいつなら何とかしてくれるだろ」
「はい。ですが――」
「ん?」
「エロゲ様がいる場所が分かれば、敵も追ってきます。ですので、移動は慎重に」
「……結局、俺がいる限りは追っ手が来るってことか」
「はい」
「嫌になるな」
「ですが、そのおかげで敵の目がエロゲ様に向いています。他の生徒の避難には有利に働いているはずです」
「……それ、慰めてるつもりか?」
「事実を申し上げているだけです」
「事実ばっかりだな、お前」
「事実は一つしかありませんから」
ニューはごく当たり前のことを言うように、そう答えた。
俺はもう一度ため息をつく。
「……分かった。移動しよう。お前の指示に従うよ」
「はい。お任せください、エロゲ様」
「だから、様を付けるな」
「承知いたしました、エロゲ様」
「……聞いてないだろ」
「いいえ、聞いております。ですが止められません」
「なんでだよ」
「エロゲ様はエロゲ様ですから」
彼女はきっぱりと言った。
俺は何も言い返せなかった。
バレンタインで会うヒロインは
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