囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
「で、さっきの鎧の爺さん。学園長って言ったけど、あれ本当に学園長なのか?」
「副学園長だよ。学園長は別にいる」
「訂正早すぎだろ。今さら」
俺は歩きながら、さっきの鎧の男を思い出した。兜の奥の声が妙に響いていた。あれが副学園長。鎧着てるし。剣も強いし。個性とかそういう次元じゃない気がする。
「まぁ、いいや。それより明日の準備しないとな」
「準備? 何を?」
シドが小首を傾げた。入学手続きとか、必要な書類とか、そういうの一切やってない気がする。
「あのな、入学ってのはだな」
「あ、うん。それは全部終わってるよ」
「は? いつの間に」
「僕がやった」
「お前が? なんでお前が俺の分まで」
「だってエロゲ、書類関係の書き方分からないでしょ」
「……まぁ、分からないけど」
分からない。素直に認める。前世の記憶にあるのは現代日本の書類の書き方だけだ。この世界の申請書とか誓約書とか、どう書いていいのか全く見当がつかない。
「だから僕が代筆したんだよ。エロゲの名前で」
「お前、俺の名前勝手に書いたのか」
「友達じゃん」
「友達だからって名前勝手に書いていい訳じゃないだろ」
「照れてるの?」
「照れてねぇよ!」
俺は声を荒らげた。裏山の木々がざわざわと揺れる。
「……で、何を書いたんだよ、俺の誓約書に」
「普通のことだよ。真面目に学びます、校則を守ります、みたいな」
「嘘だろ。絶対変なこと書いたな」
「変なことなんて書いてないよ。信じて」
シドが両手を合わせて、にっこりと笑った。
(この笑顔が一番信用できない)
「……後で確認するからな」
「いいよ。どうぞ」
シドは、けろっとした顔で歩き出した。
俺たちが裏山の小道を抜けて、学園の通用門に差し掛かった時だった。
「あら、あなたたち」
門の前に、一人の女性が立っていた。
長い黒髪を背中に流し、白いブラウスにスカート。手に書類の束を持っている。理知的な眼差しが、俺たちを射抜いた。
(うわ、綺麗な人だ)
そう思った瞬間、横からシドが小さく口笛を吹いた。
「やばい」
「何だよ」
「シェリー先輩だ」
「シェリー?」
「学園長の娘。三年生。風紀委員長。明日の入学式の実行委員長。そして——」
シドが、俺の耳元に囁いた。
「——怒ると怖い」
「……その情報今更すぎるだろ。もう目の前にいるんだけど」
俺は小声で返した。
シェリーと呼ばれた女性が、歩み寄ってきた。ヒールの音が、カツカツと石畳に響く。
「入学式前日から、もう学園の裏山を散策? 感心なことですね」
「はは、ちょっと散歩を」
シドが愛想笑いを浮かべた。
(お前、その笑顔使うなよ。腹黒く見えるぞ)
シェリーの視線が、シドから俺に移った。
「そちらは?」
「あ、えっと。明日から入学する、その、えっと——」
「エロゲだよ」
シドが、俺の名前を勝手に言った。
「エロゲ君、ね。カゲノー君の友人? 珍しいこともあるものですね」
「あ、はい。友人というか、まぁ、なんというか」
「なんというか、って何よ。曖昧ね」
シェリーが、薄く笑った。
笑っているのだが、目が笑っていない。
(怖い。綺麗だけど怖い)
「カゲノー君。あなた、また何か企んでるでしょう」
「まさか。僕はただの一般生徒ですよ」
「一般生徒が、新入生の入学手続きを代筆する?」
「あれは親切心から」
「親切心。ふふ、そう。じゃあその親切心、少し分けてもらおうかしら」
シェリーが、手に持った書類の束をシドの胸に押し付けた。
「明日の入学式、会場設営の手伝い。よろしくね」
「え、僕が?」
「学園長からの指示よ。カゲノー君は手先が器用だからって」
「……また、丸投げですか」
「文句ある?」
「ないです」
シドが、あっさりと書類を受け取った。
俺は、その様子を横で見ていた。
(これがさっきの「怒ると怖い」か。怒ってすらねぇのに怖い)
「それと」
シェリーが、今度は俺を見た。
「エロゲ君、だったかしら」
「はい」
「あなたも手伝って」
「え、俺も?」
「入学前から学園に貢献するのは悪くないわよ。良い印象になるし」
「いや、俺は書類とかそういうの全然——」
「体が使えるなら十分。机を運んで、椅子を並べて。簡単なことだから」
「……あ、はい」
断れる気配が全くなかった。
シェリーは、それで満足したのか、頷いて背を向けた。
「明日、朝八時に講堂集合。遅刻したら、入学取り消すから」
「取り消す!?」
「冗談よ」
ふわりと笑って、彼女は去っていった。
ヒールの音が遠ざかる。
「……冗談に聞こえなかったんだけど」
「僕も」
俺たちは顔を見合わせた。
「お前、知り合いなのか? その人」
「知り合いっていうか、何度か世話になってるけど」
「何度も怒られてる間違いだろ」
「まぁ、そうとも言う」
シドが、書類の束をぱらぱらとめくった。
「でも、いい先輩だよ。根は優しいから」
「どこがだよ」
「机を運ぶのを手伝ってくれると言っただろ」
「手伝わされる側だろ俺たち」
「協力だよ、協力」
「協力って言葉、お前知ってるのか」
「失礼な。僕だって言葉の意味くらい」
「じゃあ使えよ。もっと誠実に」
俺はため息をついた。
夕日が、学園の通用門を赤く染めている。
明日から、ここでの生活が始まる。
(副学園長は鎧着てるし、先輩は怖いし、友達は信用できないし)
「……平和だといいな」
「どうかな」
シドが、書類を小脇に抱えて呟いた。
「何か起きそうな気がする」
「お前が起こすなよ」
「僕はただの一般生徒だよ」
「一般生徒が学園長に机を運ばされるか」
「人望だよ」
「人望って言うな」学園の裏手。木漏れ日が揺れる小道を、俺たちは歩いていた。
今日は入学式前の日。明日からは魔剣士学園の生徒だ。
…正直言うと、まだ実感がない。
「はぁ…」
深いため息が口から漏れる。
「どうしたの? エロゲ。入学前からもう気落ちしてるの?」
隣を歩くシドが、相変わらず気の抜けた声で訊いてきた。
「違うよ。ただ、明日から忙しくなるなぁと思ってさ」
「ふーん」
シドは興味なさそうに鼻歌交じりで返した。
(こいつ、本当に俺のこと何とも思ってないな…)
「それでさ、これからどうする?」
「どうするって…」
俺は眉をひそめた。
「どうするって言われてもな。俺たちはただの入学予定の生徒だぞ。できることは限られてる」
「まぁそうだね」
シドは、どこまでも他人事のように頷いた。
「でも、まずは状況把握だよね。学園の中を少し見て回るか」
「そうだな。あいつら、どこまで手を伸ばしてるか分からんし」
「うんうん。分からないことがあると落ち着かないよねぇ」
「分かってるくせに、他人事みたいな言い方すんなよ」
「僕はただの一般人だし」
「お前が一番黒いんだよ」
俺たちは、のんきに会話しながら歩いていた。
すると。
「おやおや、珍しい。お前たち、ここで何をしているんだ?」
小道の先に、一人の男が立っていた。
全身を分厚い鎧で包んだ、大柄な男。兜の奥から低い声が響く。
「えっと、散歩ですかね」
俺はとりあえず答えた。
(誰だ、この人。どこかで見たような…いや、見てないか)
鎧の男は、俺を見下ろした。兜の奥の目は見えないが、何かを確かめるようにじっと見つめている気がした。
「ふむ。明日からこの学園の生徒か」
「はい、そうですが…」
「貴殿は…」
男は、俺の横にいるシドに目を向けた。
「カゲノー家の次男坊か。相変わらず鎧の似合わぬ顔をしているな」
「あはは、お久しぶりです」
シドが、軽く頭を下げた。
(おい、この人知ってるのか?)
俺は横目でシドを見た。
シドは、何でもないことのように微笑んでいる。
「貴様も、明日から生徒か。期待しておるぞ」
「はい、よろしくお願いします」
鎧の男が、満足そうに頷いた。
「ふむ、良い目だ。苦労せぬと良いがな」
「苦労した方が面白いんですけどね」
「ふふ、そうか。では、楽しみにしておる」
男は、大股で去っていった。
「…なぁ、シド」
「何かな」
「今の人、誰だよ」
「学園長だよ」
「は?」
俺は素で固まった。
「学園長って、あの鎧の人?」
「うん」
「何で鎧着てんだよ」
「それが彼のスタイルらしいよ」
シドは、当然のように答えた。
「スタイルって…」
「色々あるんだよ、この世界は」
「いや、学園長が鎧着てる世界って何だよ」
「強いんだよ、あの人。剣の腕も半端ないし」
「へぇ、すげぇな」
「まぁね。でも僕よりは弱いかな」
「は?」
俺は思わず聞き返した。
「今、何て言った」
「何かな」
シドは、けろっとした顔で首を傾げた。
(こいつ、本当に言ったのか? 学園長より強いとか)
「おいシド、今の言葉、撤回しろ」
「撤回しないよ。事実だから」
「事実だとしても言っちゃダメだろ。壁に耳あり障子に目ありって知らないのか」
「この世界に障子ないよ」
「例えだよ! …まったく、お前は本当に」
俺はため息をついた。
「で、副学園長は何をしに来てたんだろうな」
「さぁね。多分、鍛錬かな」
「鍛錬か。道理で鎧着てるわけだ」
「まぁ、あの人鎧がないと不安みたいだし」
「それ、副学園長としてどうなんだ」
「個性だよ、個性」
シドが、軽く笑った。
「色々な人がいる方が楽しいでしょ」
「楽しいって言うか、理解不能って言うか…」
俺は頭を抱えた。
(明日から、こんな学園に通うのか…)
不安と期待が入り混じった気持ちで、俺は空を見上げた。
「ま、頑張るしかないか」
「うん、頑張ろう」
シドが、いつもの調子で頷いた。
その横顔を見ながら、俺はこっそりため息をついた。
俺たちは、並んで通用門を出た。
夕暮れの街並みが、オレンジ色に染まっている。
明日は入学式。
(何も起きなければいいけど)
そう思いながら、俺はシドの横顔を一瞥した。
シドは、書類の束を片手で持ちながら、空を見上げていた。
その横顔が、妙に楽しそうだった。
(……何も起きなければいいけどな)
俺もつられて空を見上げた。
赤い夕焼けが、目に染みた。
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