囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
「……というわけで、戻ってまいりました」
正座の上、両手を膝に置いて、俺は目の前に立つ金髪のエルフを見上げた。
アルファだ。
腕を組み、青い瞳が俺をじっと見下ろしている。
その表情は、静かだ。静かすぎる。
(やばい。これ、説教モードだ)
「……」
「……」
沈黙が流れる。
シャドウガーデンの基地の一室。壁面の魔力灯が淡い光を投げかけている。
俺の膝が、硬い床の上で痛くなり始めていた。
「……エロゲ」
「はい」
「何があったか、正確に聞かせて」
アルファが口を開いた。声は落ち着いている。落ち着きすぎている。
(来た。説教の入口だ)
「いや、だから、報告書は——」
「報告書は読んだわ。要点だけ言いなさい」
「要点だけ」
「要点だけ」
隣から、眠そうな声が割り込んだ。イータだ。
椅子に座り込み、手元で何かをいじっている。茶色の髪の下の半開きの瞳が、ぼんやりと俺を見ていた。
「要点って、えっと、テロリストが襲撃してきて、逃げて、体育館が赤く光って、爆発しそうで、でもなんか止まって、で、今ここにいる、です」
「……端的すぎる」
アルファが、こめかみを押さえた。
「ちょっと詳しく」
「テロリストが学園を襲撃して、強欲の瞳で魔力を吸おうとしたけど、俺の魔力が規格外で機能が停止して、だから俺を排除しようとして追いかけてきて、逃げてたらシドに助けられて、ここに戻りました」
「……それは報告書と同じ内容ね」
「あれ、頑張って要約したんだけど」
「要約になってないわ」
アルファが、ため息をついた。
長い、深いため息だ。
「エロゲ。一つ聞くわ」
「はい」
「なぜ、避難指示に従って、指定の避難場所に行かなかったの」
「あ、それは——」
「あれはだな」
言い淀む俺の横から、イータが手元の物を持ち上げた。
「……これ」
「ん?」
俺の視線が、イータの手元に向いた。
金属の枠に、宝石のような中央核が嵌め込まれた、掌大の遺物。
強欲の瞳。
「……回収した。学園長室の隠し扉から」
「お前、いつの間に」
「ゼータと。……隙間に」
イータは、あくびをした。
「で、見て。……内部に残留魔力」
強欲の瞳を、俺の目の前にかざす。
中央の核が、薄く発光していた。
青白い光が、脈打つように明滅している。
「これ……俺の魔力か?」
「はい。……エロゲの魔力、大量。……規格外、だから全部吸えなかった。残った分が内部に残留」
イータが、指で核を軽く叩いた。
光が、ぶるっと震える。
「面白い。……通常は吸収完了後、残留ゼロ。でもエロゲのは、許容量超過で逆流。……逆流した魔力が核に凝結して、残留している」
「凝結って、爆発とかしないのかよ」
「しない。……今は。でも、外部からの魔力供給で臨界超えると……爆発」
イータが、眼鏡の奥で目を細めた。
「つまり、まだ爆発する」
「……可能性はある。だから回収した。……安全な場所で管理する必要」
「管理ってお前がするのか」
「私がする。……研究対象でもある」
「やっぱりそうくるか」
俺はため息をついた。
(あの体育館の赤い光、これが原因か)
「で、エロゲ」
アルファが、再び俺を見た。
「強欲の瞳が停止したのは、あなたの魔力が原因。つまり、あなたが学園にいたから、襲撃の本懐は失敗した。それは分かったわ」
「はい」
「でも」
アルファの声が、半音低くなった。
「なぜ、窓を突き破って逃げたの」
「……え?」
「避難指示が出た後、建物内に留まるのが基本よ。なのに、あなたは窓を突き破って離脱した」
「いや、テロリストが襲ってきたから——」
「避難指示が出る前でしょう。あなたが窓を割ったのは」
「あ……」
言い返せなかった。
確かに、避難指示が出る前に窓を割った。テロリストが襲ってきたから逃げたのだが、時系列で言えば避難指示が先だった。
「窓の修理費用、学園に請求されてるわ」
「請求!?」
「あなたが割った窓。当然でしょ」
「いや、でもあれは緊急避難で——」
「緊急避難の定義に、窓の破壊は含まれてないわ」
「厳しい……」
「当然よ。風紀委員長に報告されてるから」
「シェリー先輩!? あの人まで!?」
「ええ。窓を割った生徒の名前を、既に提出してあるわ」
「マジかよ」
俺は顔を覆った。
明日の入学式、その前に説教と窓の修理請求。
(何の入学式だよもう)
「で、体育館の件」
「ああ、あれは……止まったんだよな? 爆発」
「今のところ、残留魔力の凝結は安定してる。外部からの供給がなければ、爆発しないわ」
「ほっ」
「でも、強欲の瞳を回収したから、再起動される可能性はある」
「はぁ!?」
「本体がなくても、残留魔力だけで周囲から再吸収を始めるかもしれない。……だから、管理が必要なの」
イータが、強欲の瞳を丁寧に箱に納めた。
「この箱は魔力遮断。……中の残留魔力は漏れない。……安全」
「お前、そういうの用意いいんだな」
「いつでも回収できるように。……教団のアーティファクトは、全て回収対象」
イータが、眠そうな目で箱を撫でた。
(この子、やっぱり普通じゃないな)
「……で、エロゲ」
アルファが、再び俺を見た。
「また言いたいことがあるの」
「何ですか」
「反省してる?」
「……してます」
「してないわね」
「してます」
「目が泳いでる」
「泳いでない」
「泳いでる。……エロゲ、正直に言いなさい。自分が原因で学園が襲撃されたこと、どう思ってる」
「……正直に?」
「正直に」
俺は一瞬、口をつぐんだ。
アルファの青い瞳が、真っ直ぐに俺を見据えている。
(正直に、か)
正直に言えば。
「……俺のせいじゃない」
「は?」
アルファが眉を上げた。
「強欲の瞳が俺の魔力を吸おうとしたのが悪いのであって、俺がそこにいたのが悪いわけじゃない。被害者だろ俺」
「……え」
「だってそうだろ。俺はただ走ってただけで、何もしてない。魔力を持ってるだけで何もしてないのに、吸収されて機能停止して追っかけられて。完全に巻き込まれただけの被害者」
「……」
アルファが、絶句した。
隣でイータが、ふにふに頷いている。
「……エロゲの言い分、一定の理屈はある。……論理的には被害者」
「イータ。あなたは黙ってて」
「はい」
「でも! 論理的に被害者でも、現実的にあなたの存在が原因で事態が起きたのは事実よ。最低限の自覚は持ちなさい」
「自覚……」
「あなたの魔力が規格外なのは分かってる。でも、それを理由に無茶をするのは——」
「無茶って何もしてないんだけど」
「窓を割ったでしょ」
「あれは緊急避難で——」
「さっきも言ったわね。緊急避難の定義に窓の破壊は含まれてない」
「厳密すぎないかその定義」
「厳密よ。ルールは守るためにあるの」
「はぁ……」
俺はがっくりと肩を落とした。
(何もしてないのに説教されるって、どういうことだよ)
「……あと一つ」
「まだあるんですか」
「報告書に、あなたが天井に吊るされた男たちを見て叫んだ、と書いてあるわ」
「あれは……まぁ、叫んだというか、驚いたというか」
「叫んでるわよ。報告書には『絶叫』って書いてある」
「絶叫って。大げさすぎないか」
「事実でしょ」
「事実だけどさ……あれはシドがやったことであって——」
「シドが? シャドウがやったの?」
アルファの目が細くなった。
(まずい。シドのこと話しちゃったか)
「あ、いや、その、天井に吊るすのは、えっと、シャドウガーデンの戦術の一つで——」
「戦術」
「はい。敵に恐怖を刻みつけるための、心理的——」
「誰が考えたの、そんな戦術」
「えっと……」
俺は視線を逸らした。
アルファの視線が、俺の逃げ道を塞いでいる。
(助け舟出せよシド……あれ、いないし)
「エロゲ」
「はい」
「正直に言いなさい。天井に男を吊るしたのは、何のため」
「……ホラー映画を再現したくて」
俺は、小さな声で言った。
沈黙。
アルファが、こめかみを押さえている。
イータが、寝そうな目を擦っている。
「……ホラー映画」
「はい」
「再現したくて」
「はい」
「天井に男を吊るした」
「……はい」
「あなた、頭大丈夫?」
「大丈夫です。正常です。たぶん」
「たぶんって何」
「たぶん正常です」
「……」
アルファが、深いため息をついた。
長い沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「エロゲ。あなたは今日一日で、窓を割り、学園を襲撃され、天井に男を吊るし、体育館を爆発寸前に追い込み、報告書を雑に書いた」
「待ってください、報告書は頑張って書いたんです」
「要約だったわよ。あれは」
「要約じゃなくて——」
「要約。……ねえエロゲ、あなた本当に自分が何をしたか分かってる?」
「分かってます。被害者です」
「……もういいわ」
アルファが、手を振った。
「今日はもう下がっていい。明日の入学式に遅刻しないように」
「はい」
「あと、窓の修理費。今月中に払いなさい」
「えぇ……」
「文句なし」
「……はい」
俺は、正座から立ち上がった。膝がジンジリと痛い。
(何もしてないのに、説教と修理費。堪ったもんじゃない)
「エロゲ」
「はい」
「一つだけ」
「何ですか」
「無事でよかった」
「……」
アルファが、背を向けた。
金髪が揺れる。
「何があっても、生きて帰ってきなさい。それだけは、忘れないで」
「……あぁ。ありがとう」
俺は、部屋を出た。
廊下に立つと、息を吐き出した。
(生きて帰ってきなさい、か)
何もしてないのに説教されて、修理費を請求されて、でも最後にあの言葉。
あいつ、やっぱり——
「……エロゲ」
後ろから、眠そうな声が追いかけてきた。
イータだ。
「何」
「強欲の瞳……見せてあげたかった」
「見せてくれたよ。爆発するって」
「うん。……でも、あの中のエロゲの魔力、綺麗だった」
「綺麗?」
「青白い光。……脈打つ感じ。生きてるみたいだった」
「……俺の魔力が生きてる」
「うん。……研究、楽しみ」
イータが、にへらりと笑った。
眠そうな顔の、初めて見る笑みだった。
「……お前、変な奴だな」
「寝る。……おやすみ」
イータが、ふらりと廊下の奥へ消えていった。
(変な奴)
俺は、一人残された廊下で、天井を見上げた。
(何もしてないのに、疲れた)
バレンタインで会うヒロインは
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アルファ
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ベータ
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ガンマ
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デルタ
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イプシロン
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ゼータ
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イータ
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ニュー
-
ウィクトーリア