囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
リンドブルム行きの列車は、朝から混んでいた。
魔導機関の排気音がゴォンと響き、窓ガラスがかすかに震える。
俺とベータは、連結部寄りの座席に並んで座っている。
「…ベータ、嬉しそうだな」
「えっ」
隣で窓の外を見ていたベータが、ビクッと肩を揺らした。
「いえ、そんなことは」
「口元が緩んでるぞ」
「…ふふ。見破られましたか」
ベータは、頬に手を当てて照れたように笑った。
「聖地リンドブルムは初めてですから。それにエロゲ様と一緒ですし」
「任務だぞ。デートじゃない」
「デートではありません」
「だよな」
「デートではありません。…でも、デートみたいですね」
「似てるって言うなよ」
俺はため息をついた。
(この子、本当にデートだと思ってるんじゃないか)
窓の外では、街道沿いの景色が流れていく。
遠くに見える塔が、聖地リンドブルムのシンボルだ。
「エロゲ様、あちらがリンドブルム大聖堂です。あの塔は——」
「見える見える。塔だ」
「塔ではありません。信仰の象徴です」
「象徴的な塔だ」
「はぁ…」
ベータが、呆れたように肩を落とした。
「エロゲ様は、物事に興味を持たないのですか」
「いや、興味はあるよ。でも、任務の前に観光気分ってのはどうなんだ」
「任務と観光は両立できます。効率的な休憩です」
「言い方が上手いな」
「当然です。ナンバーズ第二席ですので」
「座席の番号じゃないよなそれ」
「座席の番号ではありません。序列です」
「知ってる」
俺は窓の外に目を向けた。
列車がカーブを曲がるたびに、景色が揺れる。
「エロゲ様」
「ん?」
「本日は、ありがとうございます」
「あぁ。気にするな」
「気になります。私のために、お時間を割いてくださったのですから」
「任務の同行だろ」
「はい。でも、エロゲ様が嫌なら断られたはずです」
「…まぁ、嫌じゃないけど」
「ならば、半分は私のために来てくださったことになります」
「何その計算」
「正確な計算です」
ベータが、にっこりと笑った。
その笑顔を見て、俺はふと思う。
(この子、本当に計算高いな)
「エロゲ様」
「何だ」
「この後、リンドブルムに着きましたら、少しだけ観光をしませんか」
「任務の前に?」
「はい。任務は夕方からです。それまでは自由時間です」
「自由時間って」
「観光には最適です」
「本当に任務なのかそれ」
「任務です。…観光も含めて」
「盛りすぎだろ」
「ふふ」
ベータが、楽しそうに笑った。
窓の外では、塔が近づいてきていた。
「エロゲ様」
「何だよ」
「私、嬉しいです」
「知ってる」
「はい。隠せていませんね」
「隠せてない」
「でも、言いたかったのです」
「何を」
「エロゲ様と一緒に旅行できて、嬉しいと」
「旅行って言うなよ」
「旅行です」
「任務だ」
「任務兼旅行です」
「やっぱり旅行って言ってるじゃないか」
「ふふ」
ベータが、また笑った。
俺はため息をついた。
(完全にデートだなこれ)
列車が、徐々に減速し始める。
塔が、窓の枠いっぱいに広がった。
「着きましたね」
「ああ」
「参りましょう、エロゲ様」
「はいはい」
俺たちは席を立ち、出口に向かった。
列車が止まり、ドアが開く。
外の空気が流れ込んできた。
リンドブルムの街並みが、目の前に広がっていた。
「エロゲ様」
「何だ」
「ここからが、本番です」
「任務の?」
「はい。…観光の」
「やっぱり観光だ」
「ふふ」
ベータが、小さく手を差し出した。
俺は一瞬迷ってから、その手を握った。
(まぁ、たまにはいいか)
そう思いながら、俺たちはリンドブルムの街へと足を踏み入れた。
「……で、何なんだよこの格好は」
「何がでしょうか、エロゲ様」
「その……ドレスだよ」
歩きながら横を見る。
ベータは白を基調とした淡いドレスを着ていた。銀髪が風に揺れる。目元の泣きぼくろが日差しに照らされている。
「これはナツメ・カフカとして外出する際の正装です。おかしな点でも?」
「おかしくはないけど……」
「では問題ありません」
「問題ありそうなんだよ」
街のメインストリートを歩いている。昼下がりの日光が石畳に落ちている。通行人が何人か振り返る。
ベータが、すっと顔を上げた。
「エロゲ様」
「何だ」
「少し怖い顔をしていらっしゃいます」
「それはお前が——」
「私が?」
上目遣いで覗き込んでくる。
言葉が詰まる。
「……何でもない」
「ふふ」
ベータが小さく笑った。袖口から覗く指先が、歩調に合わせて揺れる。
「……で、ナツメ・カフカとして、何をしに来たんだよ」
「買い付けです」
「買い付け?」
「はい。次作の資料集めに、古書店を巡ろうかと」
「古書店か。それはまぁ、仕事だな」
「仕事です」
「……割と妥当な理由で驚いた」
「妥当でありませんか」
「いや、妥当だ。妥当すぎて逆に怪しい」
「怪しくありません。普通です」
「お前が普通って言うのが一番怪しいんだよ」
ベータが立ち止まった。その拍子に風がスカートの裾をちらす。
通り過ぎる通行人が、もう一度だけ振り返る。
「エロゲ様。私はただの小説家です。怪しい要素などありません」
「ただの小説家が、護衛付きで買い付けに来るか?」
「護衏ではありません。友人です」
「誰が友人だ」
「エロゲ様です」
「聞いてない」
「今お伝えしました」
「聞いてないって言ってるだろ」
「聞いていらっしゃいました。聞いていないふりをしていらっしゃるだけです」
「なんでお前が俺の内心を決めてんだよ」
「経験則です」
「……何の経験だ」
「エロゲ様とお付き合いさせていただいている経験です」
「付き合ってない」
「お付き合いしております」
「してない」
「しております」
「……お前、さっきから全部否定してないか?」
「しておりません」
「した!」
俺が声を上げた瞬間、通りすがりの婦人がこちらを見た。
俺は咳払いをして、声を落とした。
「……とにかく、仕事だろ。買い付け」
「はい。仕事です」
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
歩き出す。
三歩目で、ベータが小さく「ふふ」と笑った。
聞こえてるぞ。
「……何か言ったか」
「いいえ。何も」
「嘘つけ」
「嘘ではありません。事実です」
「事実って……」
「エロゲ様が、守ってくれそうでしたので」
「守るって……何からだよ」
「危険な目からです」
「危険な目なんか」
「あるかもしれません」
「ない」
「聖地は複雑ですので」
「……お前、そのドレスで聖地歩いてたら、危険なのはお前の方だろ」
「私がですか?」
「目立つんだよ。その格好」
「目立つのは仕事柄仕方ありません」
「仕方なくないだろ。目立たない格好もあるだろ」
「ナツメ・カフカは、目立つのが仕事です」
「小説家は目立たないだろ普通」
「売れっ子ですから」
「……売れっ子か」
「はい。売れっ子です」
ベータが、すっと胸を張った。
俺は視線を逸らした。
「……で、どこの古書店だ」
「この先三件です」
「三件?」
「はい。一軒目は専門書、二軒目は古地図、三軒目は……」
「三軒目は?」
「秘密です」
「秘密って何だよ」
「秘密です。後でお伝えします」
「何で後なんだ」
「エロゲ様が、驚いてくださると思いまして」
「驚かす気かよ」
「驚かせます」
「何を」
「私の、次作です」
「……次作?」
「はい。執筆中です」
「何の作品だ」
「秘密です」
「また秘密か」
「秘密が多い方が、面白いですから」
「……お前、それ小説の話だろ」
「エロゲ様のことです」
俺は歩くのを止めた。
ベータが二歩先で立ち止まる。振り返った銀髪が、日差しに光る。
「何の話だ」
「エロゲ様の話です」
「俺の話?
「はい。次作の主人公のモデルです」
「……は?」
「ですから、エロゲ様が主人公の——」
「待て待て待て」
俺は両手を前に出した。
「俺が主人公の何だって?」
「小説です」
「なんで俺が小説の主人公なんだよ」
「エロゲ様が主人公に相応しいからです」
「相応しくない」
「相応しいです」
「相応しくない。俺はただの——」
「ただの?」
ベータが小首を傾げた。
泣きぼくろが影を落とす。
「……ただの、後始末係だ」
「いいえ」
ベータが一歩近づいた。
「エロゲ様は、私の英雄です」
「……英雄」
「はい」
「お前、やっぱり小説家だな」
「はい。小説家です」
「そして、この俺を素材にするつもりか」
「素材ではありません。主人公です」
「素材だろ」
「素材ではありません。主人公です」
「……もういい」
俺は歩き出した。
ベータが、小走りで追いついてくる。
袖口が、俺の腕に触れた。
「エロゲ様」
「何だ」
「古書店、一軒目はあちらです」
ベータが指差した。角を曲がった先に、古びた看板が見える。
「……あそこか」
「はい。参りましょう」
「……あぁ」
歩きながら、俺は考える。
(英雄、ねぇ)
(何の英雄だよ。窓割って逃げただけの被害者だぞ俺は)
(でも、あいつがそう言うなら……まぁ、否定しても無駄だろ)
窓の外は、相変わらずいい天気だった。
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