囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
馬車の車輪が石畳を噛み、革鞄が膝の上で跳ねる。向かいでは、ガンマが揺れをものともせず背筋を伸ばしていた。藍色の髪だけが、窓から差す光の中でゆらゆらと動いている。
「それで、ミツゴシ商会の新商品なんだが」
「サンプルは完成しております。明日にはお目にかけられるかと」
馬車が大きく傾いた。
書類を守ろうとした手が宙を泳ぎ、天井から垂れた紐に絡む。
「あ」
「今の『あ』は何だ」
返事より先に合図が鳴った。急減速に身体を持っていかれ、俺は鞄を抱えて踏ん張る。ガンマは座席から滑り落ちた。
「停車合図!? 違います、間違いです!」
「訂正を聞く相手、もう御者じゃねえぞ」
馬車は路肩で止まっていた。扉の外には窓のない倉庫。その前に、黒いローブ姿の男たちが並んでいる。
「あの白い魔力反応……間違いない」
男たちの視線が一斉に俺へ集まった。
またか。今月五回目だ。
「抵抗するな。怪我はさせたくない」
「奇遇だな。俺も怪我はしたくない」
両手を上げると、御者は馬車を反転させて走り去った。ガンマだけは残り、俺の隣へ降り立つ。
「女に用はない」
「エロゲ様とは離れません」
穏やかな声だったが、退く気はないらしい。男たちは顔を見合わせ、まとめて連行することに決めた。
「お前まで来なくてもよかったんだぞ」
「原因を作った者が逃げるわけにはまいりません」
「そこまで堂々と言われると、責めづらいな」
通された石造りの部屋には、机と椅子が二脚。俺たちは仲よく椅子へ縛りつけられた。
やがて、大柄な男が鞭を鳴らしながら入ってくる。
「貴様の血について話せ」
「まず問診票と同意書を持ってこい」
「……何?」
「採血だろ。病歴も確認せず針を刺す気か? 高価な検体を現場の判断で駄目にしたら、上に出す報告書が大変だぞ」
鞭を握る手が止まった。
「俺を殺せば血の検査もできない。採る量と保管方法くらい、上役に確認してこい」
男は何度か口を開閉し、舌打ちとともに出ていった。
足音が遠ざかると、ガンマが声を潜める。
「廊下はL字型。搬出口は右手の奥です。見張りは二人」
連行される間に、そこまで見ていたらしい。
「さすがだな。あとは見張りが離れる隙を――」
そこで、嫌な可能性に気づく。
「いや。俺たちが心配すべきは誘拐犯じゃない」
「救援ですか?」
「壁ごと助けに来る奴だったら、逃げる前に埋まる」
二人そろって天井を見上げた。
次の瞬間、腹に響く轟音が倉庫を揺らした。
「来やがった!」
廊下を見張りが駆けていく。ガンマは緩めていた縄から手を抜き、すぐに俺の拘束も解いた。
扉を開け、煙る通路へ飛び出す。曲がり角も出口の位置も、ガンマの記憶どおりだった。
ただし、足元までは計算に入っていなかったらしい。
「きゃっ」
散らばった木片を踏み、身体が傾く。俺だけなら、そのまま出口まで走れた。
けれど足は止まっていた。
「つかまれ!」
伸ばされた腕を引き寄せた直後、梁が落ちてくる。肩を抱いて床へ転がると、背後を瓦礫が塞いだ。
「出口は?」
「上ですわ」
崩れた天井の隙間から、細い光が差していた。ガンマが魔力で強化した両腕で梁を押し上げる。俺は転がる石を払い、どうにか身体を通せる穴を作った。
冷たい外気へ這い出す。土煙の向こうでは、狼耳の少女が瓦礫の上で胸を張っていた。
「助けたぞ!」
尻尾が千切れそうな勢いで振られている。
「一回埋めたけどな!」
ガンマは乱れた髪を直し、深く頭を下げた。
「私の不手際で、ご迷惑をおかけしました」
「計画は信用してる。次から移動中は、なるべく座っていてくれ」
「……善処しますわ」
一歩踏み出したところで、靴先が瓦礫に引っかかった。傾いた肩を支えながら、俺は言い直した。
「今から座っててくれ」