囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
ホテルの窓から差し込む夕日が、ベータの横顔を淡く染めていた。
俺たちは、リンドブルムに到着したその日の夜。安宿ではなく、ベータの仕事用の経費で取れた中級ホテルの部屋にいた。部屋と言っても、ベッドが二つに小さなテーブルと椅子が一組。壁紙が少し黄ばんでいるが、清潔感はある。
「なぁ、さっきの『女神の試練』ってのは何だ?」
「……聞かれますか」
ベータが、小さくため息をついた。
「あの街の掲示板に貼ってあったよな。『来月、女神の試練開催』って」
「はい。毎年この時期に、リンドブルムでは女神の試練が行われます」
「女神の試練。ネーミングがストレートだな」
「リンドブルムは女神信仰の聖地ですから。名前は正直な方がいいのです」
「女神の試練って、具体的に何をするんだ?」
俺はテーブルに置かれたお茶を啜りながら尋ねた。温かい液体が喉を通る。
「戦闘のイベントです」
「戦闘?」
「はい。一定の実力以上と認められた戦士のみが参加を許可され、その実力に見合った戦士の霊が召喚されます」
「霊?」
「過去に存在した偉大な戦士の霊です。その霊と一対一で戦い、勝利することが試練となります」
「……幽霊と戦うのか」
「霊、です。幽霊ではありません」
「霊と幽霊の違いって何だよ」
「格の違いです。霊は高貴で、幽霊は——」
「怖い奴だろ」
「……そうですね。はい」
ベータが小さく笑った。
「で、その試練に参加するにはどうすりゃいいんだ?」
「選抜試験があります。実力が認められれば、参加資格が与えられます」
「実力って、魔力量とか?」
「魔力量も重要ですが、それ以上に剣技や戦闘経験が重視されます」
「じゃあ俺は参加できないな」
「なぜですか?」
「戦えないから」
「……はい。そうですね」
ベータが、困ったように視線を落とした。
「エロゲ様は、戦闘能力が皆無ですから」
「言い切ったな」
「事実ですから」
「事実でも言い方があるだろ」
「では、どうお伝えすればよろしいでしょうか」
「『戦闘能力が皆無』じゃなくて……『非戦闘特化』とか」
「意味は同じです」
「違うだろ。響きが」
「響きは同じです」
「違う」
「同じです」
「……まぁいいや」
俺はため息をついた。この子と議論しても勝てる気がしない。
「で、その試練に参加するメリットは何だ?」
「勝利すれば、名声と賞金が得られます」
「賞金か。でかいのか?」
「かなり高額です。優勝者には金貨千枚」
「千枚!?」
思わず声が大きくなった。
「金貨千枚って……俺の窓の修理費の百倍以上だぞ」
「窓の修理費は、あなたが払うべき費用ですので」
「分かってるよ」
「ですので、試練に参加して優勝すれば、修理費の足しになりますね」
「俺は参加できないだろ。戦えないんだから」
「はい。ですので、エロゲ様は観客として楽しんでください」
「観客か」
「はい。観戦は自由です。特等席もあります」
「特等席ねぇ」
俺は窓の外を見た。夕暮れの街並みが、オレンジ色に染まっている。
「ベータ」
「はい」
「お前は参加するのか?」
「……検討中です」
「検討中?」
「はい。ナツメ・カフカとしては、参加する必要はありません。しかし——」
「しかし?」
「シャドウガーデンとしては、情報収集のチャンスです」
「なるほどな」
俺は頷いた。
「偉大な戦士の霊か……」
「はい」
「何か特別な霊が出たりするのか?」
「過去の優勝者の中には、古代の英雄の霊と戦った者もいると聞きます」
「古代の英雄?」
「はい。数百年前に活躍した剣豪の霊などです」
「……数百年か」
俺はお茶を啜った。湯気が立ち上る。
「ベータ」
「はい」
「その試練、危険じゃないのか?」
「危険はあります。ですが、参加者には回復魔法の用意がありますし、死ぬことはありません」
「死なないのか」
「基本的には」
「基本的には?」
「霊との戦闘で重傷を負うことはありますが、死ぬことは稀です」
「稀って……」
「大丈夫です。エロゲ様は参加しませんから」
「いや、それはそうだけど」
俺は視線を落とした。
(戦士の霊と戦う、か)
俺には無関係な話だ。戦えない俺には、参加資格すらない。
それなのに——
「エロゲ様」
「何だ」
「もし参加できるとしたら、挑戦してみますか?」
「……え?」
「もし、です。仮に」
「仮に、か」
俺は考える。
もし参加できたら。戦士の霊と戦えたら。
「……いや、やめておくよ」
「なぜですか?」
「戦えないのに参加しても、ただの荷物だろ」
「荷物ではありません」
「荷物だよ。戦えない奴が戦場に行くのは——」
「戦場ではありません。試練です」
「試練も戦闘も変わらないだろ」
「変わります。試練は成長の機会です」
「成長、か……」
俺は笑った。
「俺に何が成長するんだよ。魔力を分け与えるだけの生きた魔力タンクだぞ」
「エロゲ様」
「はい?」
「自分を低く見積もらないでください」
ベータの声が、少し強くなった。
「あなたは戦えません。それは事実です。ですが、あなたの魔力は多くの者を救ってきました。それは戦うことと同じ価値があります」
「……価値、ねぇ」
「はい。価値です」
「……ありがとう」
俺は小さく呟いた。
「でも、試練はパスだ」
「そうですか」
「ああ。観客席で応援してるよ」
「……はい。応援、お待ちしています」
ベータが微笑んだ。
その笑顔を見て、俺はふと思う。
(試練、か)
(俺には関係ない話だ)
そう思いながら、俺はお茶を飲み干した。
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