囮の実力者になりたくて!Return15   作:ボルメテウスさん

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謎の魔女

「ねえ、少年」

 

アウロラの紫の瞳が、まっすぐに俺を捉える。

 

「鎖、外してくれないかしら」

 

「外す。俺が?」

 

「ええ、あなた。そこにいるワンちゃんに頼んで」

 

俺とデルタが同時に「ワンちゃん?」と首を傾げた。

 

「デルタはワンちゃんじゃないのです」

 

デルタが即座に否定した。狼耳がぴくぴく揺れている。否定の仕方がワンちゃんだ。

 

「ごめん。狼ちゃん?」

 

「狼ちゃんでもないのです」

 

「じゃあ何なのです?」

 

「狼なのです」

 

「そうなのです」

 

「そうなのです」

 

ループしてる。俺はこめかみを押さえた。

 

「あーもう。とにかく、鎖を外すんだろ?」

 

「お願い。少女の細い腕じゃ、どうにもならないの」

 

アウロラが鎖を指で弄る。金属音がかすかに響く。普通に引っ張っても外れそうにない拘束具だ。

 

「デルタ、お前切れるか?」

 

「切るのです。簡単なのです」

 

「切るなって言ったのはさっきだよな」

 

「今は切っていいのです。許可が出たのです」

 

「俺が出してない」

 

「エロゲが外してって言ったのです」

 

「言ってない」

 

「言ったのです」

 

「言ってねぇよ!」

 

デルタが俺の顔を覗き込む。鼻先が近い。臭いを嗅がれてる。

 

「言ったのです。エロゲの匂い、本気なのです」

 

「匂いで分かるなよ!」

 

ため息が出た。どうせこいつが切るんだろう。もう諦めろ自分。

 

「……分かった。切れ」

 

「了解なのです」

 

デルタが鎖に手をかける。爪が食い込む音がして、バキンと金属が砕けた。手錠が床に落ちる。簡単だな。

 

「助かったわ。ありがとう、ワンちゃん」

 

「デルタはワンちゃんじゃないのです」

 

「ごめんなさい。狼ちゃん」

 

「狼ちゃんでもないのです」

 

アウロラがくすりと笑う。悪びれもなく。デルタがむっとした顔をしたが、噛みつきはしなかった。珍しい。

 

「自己紹介。私はアウロラ。災厄の魔女と呼ばれてるわ」

 

「災厄の魔女?」

 

「呼ばれてるだけよ。本当はただの乙女」

 

「乙女って年齢的にどうなの」

 

「年齢は言わない主義なの」

 

「言わない主義って年齢バレてるやつの言い訳だろ」

 

「失礼ね。私は永遠の十八歳よ」

 

「永遠の十八歳って三十路の言い訳だろ」

 

「聞こえてるわよ、少年」

 

アウロラが俺を睨む。目は笑っている。睨むと言うより、からかってるだけだ。

 

「で、アウロラ。ここはどこなんだ?」

 

「聖域よ。女神の試練の裏側みたいな場所ね」

 

「裏側?」

 

「表が戦士と霊が戦う場所なら、裏は魔力が循環する場所。あなたが引き込まれたのも、その魔力循環に巻き込まれたせいね」

 

「俺が?」

 

「ええ。あなたの魔力、規格外すぎるのよ。循環系がキャパシティオーバーを起こして、あんなところに引き込んだ」

 

「俺のせいで」

 

「あなたのせいね。責任、取ってくれるわよね?」

 

「取らねぇよ。巻き込まれた被害者だろ俺」

 

「被害者は私よ。鎖で繋がれてたの私」

 

「それは……まぁ、そうだけど」

 

視線を逸らした。確かに被害者はこっちか。いやでも俺も巻き込まれてるし。どっちもどっちだろ。

 

「で、出る方法はあるのか?」

 

「あるわよ。簡単に」

 

「簡単に?」

 

「ええ。聖域の中心を壊せばいいの」

 

アウロラが白い空間の奥を指差した。どこまで続いてるのか分からない虚無の奥。

 

「中心にあるのは魔力循環の核。あれを壊せば聖域ごと崩壊して、私たちは元の世界に戻れるはず」

 

「壊すって言っても、どうやって?」

 

「魔力で。あなたの魔力で」

 

「俺の?」

 

「ええ。あなたの魔力なら壊せる。ディアボロスにも匹敵する魔力量を持ってるでしょ」

 

「ディアボロス?」

 

知らない名前だ。いや、聞いたことはある。教団の名前。でも、俺がそれに匹敵するってどういうことだ。

 

「知らないふりをしても無駄よ。あなたの魔力見てれば分かるわ。桁外れなの。あの循環系をキャパシティオーバーさせたくらいだから」

 

「俺の魔力で循環系を壊して、それでここから脱出する。それで合ってるか?」

 

「合ってる。でも一つ問題があるの」

 

「問題?」

 

「ここは聖域の中心。周囲の魔力が全部吸収されてる。だからあなたの魔力も使えないはずよ」

 

「使えない?」

 

「ええ。ここで魔力を使おうとしても、循環系に吸い込まれて無効化される。つまり、あなたの規格外な魔力もここでは意味がない」

 

「じゃあどうやって壊すんだよ」

 

「そこでワンちゃんの出番よ」

 

アウロラがデルタを見た。デルタが顔をしかめる。

 

「デルタはワンちゃんじゃないのです」

 

「知ってるわよ。狼ちゃん」

 

「狼ちゃんでもないのです」

 

「じゃあ何と呼べばいいのかしら」

 

「デルタなのです」

 

「分かったわ。デルタちゃん」

 

「ちゃんは不要なのです」

 

「うるさいのです」

 

俺が遮った。二人が同時に俺を見る。

 

「で、デルタに何をさせる気だ」

 

「彼女は獣人でしょ? 魔力循環とは別系統の力を持ってるはず。体術と身体強化。それなら循環系に吸い込まれずに動ける」

 

「なるほど」

 

「でも、そのままじゃ中心核まで届かない。循環系が邪魔するから。だから」

 

アウロラが俺を見た。紫の瞳が、妙に真剣だ。

 

「あなたの魔力を、彼女に分け与えて。そうすれば、彼女の力を一時的に底上げできる。循環系を突破して、中心核に辿り着ける」

 

「魔力を分ける」

 

「できるでしょ? あなたなら」

 

「できるけど」

 

俺は自分の魔力を他者に分け与える能力を持っている。それを使えば、デルタの力を一時的に底上げすることは可能だ。

 

「でも、ここじゃ魔力使えないんだろ?」

 

「使えないのは、循環系に吸い込まれるから。でも、あなたの魔力を直接彼女に流し込むなら話は別。循環系が介入する前に、彼女の中に留めることができる」

 

「俺の魔力をデルタに流し込んで、そのまま中心核まで突っ込むってことか」

 

「そう。単純明快でしょ?」

 

「単純明快な作戦ほど失敗するんだよ」

 

「でも他に方法はないわ」

 

アウロラが微笑んだ。諦念混じりの笑みだ。

 

「どうする? 少年」

 

「……やるしかないか」

 

俺はデルタに向き直った。デルタが首を傾げる。狼耳がぷるぷる揺れる。

 

「どうするのです?」

 

「お前に魔力を分ける。それで中心核まで行って、壊してくる」

 

「エロゲの魔力、使うのです」

 

「ああ。俺の魔力を使えば、お前の力も底上げできる」

 

「了解なのです」

 

「でも、一つ問題がある」

 

「問題」

 

「ここで魔力を使うと循環系に吸い込まれる。だから俺の魔力を直接お前に流し込む必要がある」

 

「流し込む。どうやって?」

 

「接触が必要だ。肌と肌を合わせて、直接魔力を流し込む」

 

「肌と肌」

 

「ああ。手を握るか、肩に触れるか、そういう――」

 

「キスするのです」

 

「は?」

 

「キスしたら直接流し込めるのです」

 

「どこでそんな知識得たんだよ!」

 

「ベータの小説」

 

「ベータの小説読んでるのかお前!」

 

「読んでるのです。面白いのです」

 

「いや面白いのは分かるけど、あれはフィクションだろ!」

 

「フィクションでもキスはキスなのです」

 

「そういう問題じゃねぇよ!」

 

頭を抱えた。デルタは首を傾げている。理解してない顔だ。いや、理解してるけど気にしてない顔だ。こいつにとってはキスも握手も大差ないのかもしれない。

 

「あの、少年」

 

アウロラが遠慮がちに声をかけてきた。

 

「何だよ」

 

「ワンちゃん、本気みたいよ」

 

「見てれば分かる」

 

「恥ずかしがってるの?」

 

「恥ずかしくねぇよ。ただ、合理的じゃないだけだ」

 

「合理的じゃない?」

 

「キスで魔力を流し込むなんて、科学的根拠がない」

 

「科学的根拠」

 

「俺は現代人なんだよ。合理的でないものは認めない」

 

「現代人?」

 

「いや、何でもない」

 

言い間違えた。この世界に現代なんてない。あっても俺がそれを知ってるわけがない。

 

「エロゲ」

 

デルタが俺の手を取った。温かい。手のひらが汗ばんでいる。

 

「何だよ」

 

「早くするのです。面倒なのです」

 

「面倒ってお前なぁ」

 

「エロゲの魔力、欲しいのです。強くなるのです」

 

「強くなってどうする」

 

「中心核を壊すのです。それで、みんな帰るのです」

 

「みんな?」

 

「ボスと、ベータと、デルタと、エロゲ。みんな帰るのです」

 

「……ああ」

 

そうだ。俺たちはここから出る。それが目的だ。

 

「分かった。やるよ」

 

「やるのです」

 

「でも、キスじゃなくて手でいいだろ。手を握って魔力を流せば――」

 

「キスなのです」

 

「なんでだよ」

 

「ベータの小説で、手を握るのは序章。キスは中盤。最終話は――」

 

「聞きたくねぇよ最終話」

 

ため息が出た。仕方ない。やるか。

 

「……一回だけだぞ」

 

「一回。了解なのです」

 

デルタが顔を近づけてきた。目を閉じている。長い睫毛。鼻先が触れる距離。

 

(あーもう。どうにでもなれ)

 

俺は目を閉じて、デルタの唇に自分の唇を重ねた。

 

柔らかい。

 

そんな感想が頭をよぎった瞬間、俺の魔力が一気に流れ出した。

 

体の中の熱がデルタに移っていく。膨大な魔力が一気に吸い込まれていく感覚。眩暈がした。

 

(うわ、吸われすぎだろ)

 

デルタの身体が光り始める。全身の筋肉が膨張して、狼の特性が強調されていく。

 

「終わりなのです」

 

デルタが唇を離した。俺はその場にへたり込んだ。膝から力が抜けた。

 

「大丈夫?」

 

アウロラが覗き込んでくる。

 

「大丈夫じゃねぇ。魔力抜かれすぎて目が回る」

 

「若いわねぇ」

 

「若いからじゃねぇよ。規格外の魔力を一気に流したからだろ」

 

「ごめんなさい。でも、必要なことだったの」

 

「分かってる」

 

立ち上がろうとしてふらついた。デルタが支える。腕が太くなっている。魔力供給で身体能力が底上げされた証拠だ。

 

「エロゲ、ありがとうなのです」

 

「礼を言うのは帰ってからだ」

 

「分かったのです」

 

デルタが俺の肩から離れた。光り輝く体。これなら循環系を突破できるかもしれない。

 

「行ってくるのです」

 

「ああ。気をつけろよ」

 

デルタが頷いて白い空間の奥へと走り出した。

 

残された俺とアウロラ。静寂が戻る。

 

「……ふふ」

 

アウロラが笑った。

 

「何がおかしい」

 

「初恋みたいだったわね」

 

「初恋じゃねぇよ。ただの魔力供給だ」

 

「口ではそう言ってるけど、顔が赤いわよ」

 

「赤くねぇよ」

 

「赤い。ワンちゃんより赤い」

 

「ワンちゃんじゃねぇって」

バレンタインで会うヒロインは

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