囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
爆発音が、腹の底を直接殴られたみたいに響いた。
白い空間が一瞬だけ歪んで、天井も壁もないはずの場所に波紋が走る。俺とアウロラは反射的に足を止めた。揺れはすぐに収まったが、空気の質が変わった気がした。さっきまで重たくまとわりついていた魔力吸収の感覚が、どこか遠くなっている。
「……何かあったわね」
アウロラが赤い瞳を細めて、爆発のあった方向へ目を向ける。首を傾げる仕草のまま、長い黒髪がさらりと揺れた。
「デルタか?」
「さあ。でも、あの子ならやりかねないわね」
彼女はそう言って、軽く肩をすくめる。心配というよりは、ちょっと面白がっているような口調だった。俺は一瞬、デルタの無事を祈る。あいつなら大丈夫だろうが、大丈夫じゃない時の被害規模が分からないのが問題だ。
「行きましょうか。多分、出口はこっち」
アウロラが顎で促す方向に、白い通路が続いていた。先ほどまで感じていた壁のような圧迫感が薄れている。吸収される魔力の量が減ったのか、それとも聖域そのものが何かをやらかしたのか。
俺たちは無言で歩き出した。
足音が規則正しく響く。白い床は変わらず無機質で、どこまでも続いているように見えた。だが数分も歩かないうちに、前方の景色が変化した。
白い空間が途切れ、巨大な扉が現れた。
黒い金属で作られたその扉は、高さが十メートルはあるだろう。表面には緻密な紋様が刻まれていて、微かな魔力の光が脈打っていた。聖域の他の場所とは明らかに雰囲気が違う。ここが、この空間の核心なのだろう。
「……開くかな」
俺が呟くと、アウロラは扉に手を触れた。何かを探るように指先で表面をなぞる。しばらくして、彼女は短く息を吐いた。
「施錠は……されていないわ。ただ、向こう側に強い魔力反応がある」
「敵か?」
「それは向こうに行けば分かるわ」
彼女は淡々と言い、扉を押した。重厚な音と共に、扉がゆっくりと開く。
中から流れ出てきた空気は、外とは別の質感を持っていた。暖かく、どこか懐かしい匂いがする。古代の神殿を思わせる重厚な香り。それに混じって、微かな金属の匂い。
部屋の中は、円形だった。
床には複雑な魔法陣が描かれ、淡い光を放っている。壁には彫刻が施され、天井はドーム状になって光が降り注いでいた。だが、そのすべてが脇役に見えるほど中央の存在は圧倒的だった。
黄金の剣が、そこにあった。
台座の上に静かに鎮座している。刀身は黄金に輝き、柄には宝石が埋め込まれていた。剣そのものが淡い光を放ち、部屋全体を照らしている。近づくだけで肌が粟立つような魔力が感じられた。
「……これは」
アウロラが息を呑む。珍しく驚きを隠せない声だった。俺も思わず息を止めた。
聖域の奥深くに眠る黄金の剣。
そこにあるのは、それだけだった。
黄金の剣は、静かに光っていた。
手を伸ばせば届く距離。台座の上に横たわったその刀身は、淡い黄金色の光を脈々と放っている。近くで見ると、柄に埋め込まれた宝石の一つ一つが呼吸するように明滅していた。
「…触ってみてもいいか?」
誰に聞いたわけでもない。ただ、口から勝手に出た。
アウロラが何か言おうと唇を開いた瞬間には、俺の指先はもう柄に触れていた。
温かかった。
剣というよりは、何か生き物に触れているような温度だった。指先から掌へ、じわりとした熱が伝わってくる。同時に、体内の魔力が通路を見つけた水みたいに自然と流れ出していく。
止めようとした。けれど、蛇口をひねった時に配管の先から全部吐き出されるみたいに、意志とは関係なく魔力が剣の中へと流れ込んでいく。
「あ、まずい──」
声に出した時にはもう遅かった。
柄の宝石が一つ、弾けた。ついで二つ目、三つ目。花火みたいに金色の火花が散る。刀身の光が急速に明滅を激しくし、黄金の輝きが白く染まっていく。まるで水を注ぎすぎたグラスみたいだ。器から魔力が溢れ返っている。
アウロラが俺の手首を掴んだ。「離しなさい!」
離した。いや、離そうとした。だが剣はもう俺の手の中で脈動していた。折れる音が、骨みたいに硬質に響く。
黄金の剣が、ひび割れた。
刀身を縦に走る亀裂が一瞬で全体へ広がり、光が内側から漏れ出す。まるで殻の中から何かが孵ろうとしているみたいだった。
「──あ」
俺の短い声は、砕ける音に消された。
剣が、弾けた。
黄金の欠片が部屋の中に向かって扇状に飛び散り、光の粒子となって霧散する。柄の残骸だけが台座の上に転がり、微かに光ってから沈黙した。
静まり返った部屋に、二人分の呼吸音だけが残る。
俺は手のひらを見下ろした。何も残っていない。ただ温かい感触だけが指先に名残のように残っていた。
「……壊した」
「……壊したわね」
アウロラの声は奇妙に平坦だった。赤い瞳が台座の上の無惨な残骸と、俺の顔を交互に見ている。
「ごめん。ちょっと流しすぎた」
「ちょっと?」
「…だめだと思った時には、もう止まらなかった」
アウロラは一度瞬きをして、それから長い長い息を吐いた。その息の長さが、現在の俺の立場を如実に物語っていた。
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