囮の実力者になりたくて!Return15 作:ボルメテウスさん
入学式を終えた後、俺たちが向かうことになったのは訓練所だった。
石造りの広い空間に木剣が並び、新入生たちがざわざわと位置につく。壁にかかった武具の数がやけに多い。迎撃戦用の訓練施設だということは匂いで分かる。鉄と汗と、若い焦燥の匂い。
「なんでまた訓練所に」
「あれだよあれ。よくあるランク分けでしょ」
シドが涼しい顔で答える。こいつはいつだって涼しい顔をしている。暑い日も、寒い日も、姉に追われている時も。
「あぁ、よくあるあれでね。というか、お前はそんなに詳しくない感じなのか」
「うぅん僕は正直言ってあんまり興味はないかな。そういうエロゲは?」
「俺が弱いのを知って言っているだろ」
「どぉんまい」
シドが俺の肩を叩いた。慰めの体裁を取っているが手加減はない。肩が一寸下がった。
「慰めるなら優しく叩け」
「ごめん。手加減の概念がなくて」
「謝るなら直せよ」
そうして、俺たちは教師の死角へ移動した。
* * *
言い訳から入る喧嘩は、長くは続かない。
教師が他の生徒を指導している隙に木剣を合わせる。数分程度だ。だがその数分間で分かったことが一つある。
俺はシドに勝てる要素がほとんどない。
受け流すので精一杯だ。こいつの木剣は見えない。見える時は既に目の前に来ている。前世で培った反応速度と、この世界で積み上げた被弾経験だけが命綱だった。
「次、エロゲ・シュタイナー!前に」
教師の声で、不名誉な格闘は終わった。
「……はい」
返事をして前に出る。相変わらずこの名前には違和感が強い。エロゲ・シュタイナー。姓はともかく名が問題だ。だがこの世界においては、元の世界では変な名前も一般的に採用されていることが多い。それもあってか周囲の奴らも特に気にした様子はない。むしろ「シュタイナー」の響きで通っている。名で呼ばれる時だけ胃が痛い。
「これより、王都ブシン流によるクラス分け試験を始める。両者前へ」
教師が宣言し、俺は眼前にいる対戦相手を見た。
筋肉のしまった男子生徒だ。剣を握る手に迷いがない。対して俺の手には迷いしかない。
うん。勝てない。
どんな相手でも、俺は勝てる自信なんてない。だって、この世界の基礎である教化も出来ないんだぞ!魔力はある。あるけど蛇口が壊れた貯水槽なんだよ。出せないのに溜まるだけ。戦闘においてそれは「ない」と同義だ。
「それでは、始め!」
審判の声と同時に、対戦相手が剣を持って向かってくる。
俺が行ったのは、剣を構えること。
攻撃ではない。構えることだ。
相手が笑みを浮かべながら剣を振り下ろした。あの笑みは「一撃で終わる」という確信の表れだ。実際その通りだ。一撃で終わる。俺の敗北が。
だが俺は終わらせない。
振り下ろされた剣を受け流した。力で受けず、角度で流す。剣が俺の木剣を滑って空を切る。
「っ!」
相手の目が少し見開かれた。すぐに反撃が来ると考えているようだ。
俺の選択は、すぐに後ろに下がること。
「きっさまっ」
その態度が気に食わなかったのか、すぐに攻撃を行ってくる。剣を横薙ぎに振る。俺は半歩下がって躱す。突きが来る。木剣を斜めに当てて軌道を逸らす。下段の振り上げ。跳んで躱し、着地と同時に横へ転がる。
攻撃を受け流し、逃げる。
それだけを繰り返す。
身体能力は並、魔力は膨大だけどまるで使えない。それでも対応できる理由は簡単だ。
誘枴を何百と経験し、デルタの狩りに付き合わされたりした為、危機回避能力だけはかなりあると自負している。
デルタの猪より速い剣はない。教団員の拘束縄より不意な攻撃はない。天井から落ちてくる瓦礫より恐ろしいものなど、この試験場にはない。
最も、それでも誘枴されるのが体質なんだが。
「そこまで!」
審判の声が響いた。
試合終了。互いに礼をして下がる。相手の顔には不満が張り付いている。攻めさせてくれなかった苛立ちだろう。分かる。俺も自分だったら苛立つ。
「……エロゲ・シュタイナー貴様は一体なんなんだ。なぜ攻めなかった」
教師が眉間に皺を寄せて問うた。
「いやぁその攻めた瞬間負けると思いましたので」
「はぁ、舐めているのか、本心なのか。どちらにしても、貴様は9部だ。攻撃の基礎を身につけろ」
「はぁい」
最下位だ。
俺は9部へ配属されることになった。最下位。底辺。この世界における「存在しないに等しい」領域。
だが悪くない。
目立たない。目立たないのは良いことだ。陰の実力者を目指すわけではないが、目立たずに生きたいという志はある。
「いやぁ、相変わらずだねぇ」
シドが近づいてきた。何も言わずに隣へ並ぶ。
「それは馬鹿にしているのか」
「いやいや、とても参考になるよ。僕のモブライフにとっては重要な情報だからね」
シドが小声で言った。目は前を向いたままだ。教師に聞こえない声。
「何の情報だよ」
「目立たずに負ける技術。完璧なモブには必要な素養だよ」
「素養って。お前はそれを学んでどうする気だ」
「活かすよ。僕のモブライフに」
「絶対に碌なことにならねぇ」
俺はため息を吐いた。
シドが笑った。教師の死角で笑う悪友の顔は、いつだって計算通りだ。
俺たちが9部と何部か分かれる時、シドが小さく呟いた。
「9部か。いいね、目立たない」
「お前も来いよ」
「遠慮しておくよ。あまり低すぎても逆に目立つからね」
「どっちだよ」
俺は9部の列へ並んだ。周りには同じく最下位の生徒たちが立っている。
(まあいい。ここなら誘枴もされないし壁も壊れない)
静かな学園生活の始まりだ。