前世持ちの黒百合は笑いたい 作:ゴッチェ・インペリアル
私には前世の記憶というものがある。
男か女か、大人か老人か子どもかは分からないし覚えてないし思い出せない。ただその前世の記憶の中での私は世間一般で言うところの普通で平凡な人生を送り、唐突に表れた理不尽によって苦しんで一人寂しく命を散らす事となったのである。
そして私はイタリア人の少女に生まれ変わったのである。
何故自分には前世の記憶があるのか?
前の自分と今の自分は地続きの存在なのか?
そもそもこれが本当に自分の前世の記憶なのか?
正直分からない事も多いが、前世の記憶や知識が今の自分の人格に影響を及ぼしてないとは言えなかった。
だからなのか、私は自分という存在が他者から見て普通とは言えない存在である事を自覚していた。
そして前世の記憶を夢という形で幼少期から見続けたからか、私の中で死とはあまり良い印象を持たないものだった。尤も大多数の人間にとって同じようなものだし、永遠に生き続ける事が出来る生命なんて存在しない。
だから死ぬ時が来るのなら老いて孫に囲まれて何の後悔する事も無く大往生するのが理想で、可能なら出来る限り苦しまず眠るように息を引き取りたい。前世であんなに苦しい目にあって一人寂しく誰にも気付かれず死にたくはなかった。
普通、とまではいかなくてもそれなりの人生を送って普通に恋をして普通死ぬ。
それが私の理想だった。
そんな事を常日頃から思って日々を過ごしていたある日の事、私はある夢を見た。
その夢の中では一人の少女――――成長した私が手に持った鎌を杖の代わりにして身体を支えながら一人で立ち尽くしていた。
全身は血だらけ傷だらけ、着ている服は見るも無惨。
ボロ雑巾の方がマシだと思えてしまうくらいに酷い有様だった。
口から大量の血を吐き出しながら成長した私は笑みを浮かべながら呟く。
『…………ちゃんと――しとけば良かったなぁ』
未来の私は笑っていた。
だけど、一目見るだけでも分かってしまうくらいに後悔していた。
何に後悔しているのかは分からない。何と言ったのかすらも分からない。
ただ一つ分かるのは、未来の私は死ぬ程後悔していた。
本当に本当に後悔してて、笑うしかななかったという顔だった。
『やぁ』
そんな中、聞こえたのは軽薄という言葉を煮詰めたかのような男の声だった。
気が付けば未来の私は敵と思わしき統一された装いをした集団に囲まれていた。
そして、集団を率いていると思わしき白髪に左頬に三つ爪のような痣、もしくはタトゥーを刻んでいる笑みを浮かべた男が一人前に出て立っていた。
素顔はよく分からない。肝心なところが見えていない。しかし微笑みを浮かべながら未来の私の前に立つその姿は背中から生えている白い翼もあって一見天使にしか見えない。けど、傷付き死にかけている未来の私を前にして表情一つ変える事無く微笑むだけだった。
だからなのか、私にはこの男が悪魔にしか見えなかった。
『――――――――――』
男が何を言っているのかは分からない。
でも未来の私は男が何を言っているのか分かっているらしく、口から血反吐を吐き捨てる。
男は心底愉快そうに笑うと、腰から下げていた小さな正方形の箱を左手で掴み胸元に持っていく。そして右手の中指にはめている翼の意匠が特徴的な見覚えのある指輪がオレンジ色の炎で燃え上がり、その炎を中に注ぎ込むように箱に指輪を押し付けた。
実体の無い炎によって満たされた箱が開かれ、中からオレンジ色の炎を帯びた白い龍が姿を現す。
その様はまるでパンドラの箱のようだった。
『じゃあね』
短い別れの言葉を男が告げた瞬間、白い龍が口を大きく開けて雄叫びを上げて未来の私に向かって突っ込んでくる。
既に死に体の未来の私に白い龍の攻撃を避ける余力は無く、成す術も無く胸を貫いた。
心臓のある場所を正確に貫かれた未来の私の目から光は失われ、空中に宙吊りにされる。
その凄惨な光景を見て男は本当に愉快そうに、予定調和だと言わんばかりにつまらなそうに笑った。
瞬間、世界が暗転して視界が眩くなる。
まるで見せたいものは全て見せたと言わんばかりに明るくなった視界に顔を顰めながら目を開け、自分が今まで夢を見ていたということを理解する。
「本当に…………酷い悪夢」
どうやら私は、死ぬ程後悔してから殺されるらしい。
その事実を私、メメントモリ・ジッリョネロは震える身体を自分の両腕で抱きしめた。
+++
ジッリョネロファミリー。
イタリアにて活動しているマフィアの一つであり、その歴史は数世紀前まで遡る事が出来るくらい歴史のある組織だった。
尤も裏社会において格式、伝統、勢力――――全てにおいて規格外なマフィア、ボンゴレファミリーとは異なりジッリョネロファミリーは歴史こそあるものの勢力はそこまで大きくはない。
実力者が居ないわけではないが、元々は自警団だった事もあり比較的争いを好まない者が多く在籍している。裏社会に生きる者達からしたらジッリョネロファミリーはマフィアらしくないマフィア、軟弱者の集まりと評価される事もあった。
実際、マフィアというよりは秘密結社に近いとすら言える。
暗黒金持ちや危ない薬や兵器の売買に手を染めるマフィアらしいマフィアも存在するしそれが大半だ。しかし、この世界は超能力者やら表社会で生きていけない人達も多く存在する。
そんな人達の受け皿になってるのがボンゴレファミリーやジッリョネロファミリーといった比較的良いマフィアなのである。マフィアに良いも悪いも無いとは思うし、やる事やってるから一般人から見たら大した違いはないが。
そんなマフィアとは思えないような穏健なジッリョネロファミリーの本部にて怒号と間違うくらいの大きな声が響き渡った。
「待って下さいお嬢様! いい加減大人しくして下さい!!」
黒いスーツを身に纏った如何にも堅気には見えない風貌の男達を背に私は全力で駆け抜けていた。
「嫌です!! 大人しくしたら捕獲されてお母様の所に送り込まれるじゃないですか!!」
「当たり前です! お嬢様がやった事を考えれば当然の事ですから!!」
「私は何も悪い事はしてません!!」
「じゃあ何故追いかけられてるか説明しろぉ!!」
「えっと…………敵対ファミリーとの会合で振る舞われた飲み物を可燃性の水*1に変えた事と、料理に下剤を盛った事と、トイレットペーパーを紙鑢*2に変えた事と、ウォシュレットを可燃性の水*3に変えた事と…………後会議終了後に敵対ファミリーの恋人と愛人と浮気相手が誰にも邪魔されないよう一つの場所で話し合える場を隠れて設けただけです*4!」
「おい! 俺達の知らない話も出て来たぞ!!」
「何が何でも捕獲してボスの所に連れてくぞ! 恐らく余罪はまだまだある!!」
「も、もうありませんよ!!」
「で、本当は?」
「心当たりのある事だけでも後10個くらい…………って、何を言わせるんですか!!」
「自白しただけなんだよなぁ」
「てかやっぱり悪い事したって自覚あるじゃないか」
「一度ボスに思いっきり折檻してもらった方が良いって」
背後から追いかけて来る三人の男達から向けられる視線から顔を背けて全力で疾走する。
いや、私もちょっとやらかしたとは思わないわけじゃない。でも相手は最初からこちらに無理難題を押し付けてそれを引き金に抗争をけしかけて来ようとしてきたのは明白だった。そもそも食べ物にも毒を入れていたのは分かってたし、向こうは更々こっちと和解するつもりもなかったのだ。
どうせ戦うことになると分かってるのなら、なるべく相手側が自爆する形にもっていった方がずっとマシだ。
そう考えながら走っていると前に一人の男が私を止めようと立ち塞がる。
「げぇっ!? γ――――!!」
「そこまでだぜメメントモリ…………!」
γ、お母さんの右腕でありジッリョネロファミリーの雷の守護者。
このジッリョネロファミリーに居る数少ない実力者だ。
しかも背後にはγの弟達の太猿に野猿まで居る。
厄介な相手を前に思わず立ち止まってしまう。
「ま、まさかγ達まで立ち塞がるなんて…………! 仕事はどうしたんですか!? まさかこんな小娘を捕まえるのが仕事だなんて言うつもりは無いですよね!?」
「残念だがそれがボスから頼まれた仕事だ。メメントモリ、お前はやり過ぎたんだよ――――いくら相手が最初から敵意剥き出しでもあれはやり過ぎだろ」
γ達三人はゲンナリしてると言わんばかりに青褪めた顔を浮かべる。
「そうですか? 穏便かつ血は流れないように立ち回ったつもりなんですが」
「確かにあの場で血は流れなかった。連中の痴態は流れてたし驕り高ぶった敵の親玉が最後には真っ青な顔になって連れてかれた事に同情の余地は無い。が、それはそれとしてやり過ぎなんだよ。お前、他のファミリーから何て呼ばれてるか知ってるか?」
「いいえ。でも私みたいな地味な小娘に二つ名が付くとは思いませんが」
「安心しろ、既に付いている。ジッリョネロの悪魔だとさ」
乾いた笑いをこぼすγに私は首を傾げる。
はて? そんな悪魔とか呼ばれるようなことをした覚えは無いのだが、精々やっても飲み物を可燃性の水に変えたりちょっとした悪戯程度だし。っていうか最初から決裂する交渉だったのは分かってた。そもそも向こう側も敵意を隠さずお母さん達を殺す気満々だったわけだし。その証拠に拳銃なんてチャチなものじゃない、銃火器を沢山持ち込んできてた上に敵も隠れていたのだからどうなろうが別に構わない。
「疑問に思ってるみたいだがオレは、オレ達からしたら妥当だよ」
「失敬ですね。私の悪戯なんか可愛いものじゃないですか」
「可愛いかどうかは他人が決めるもんだ――――お前本当に結婚出来ねぇぞ」
「女の子にそういう事言うの良くないですよ」
「…………その減らず口もここまでだ。野郎ども!! 出て来い!!」
γがそう告げると私の周囲を取り囲むようにジッリョネロファミリーの皆が現れる。
全員が全員、臨戦態勢だった。手には縄やら網やら手錠やら麻酔銃等を持っている。
私は理解する。γはこの為に長々と話したのだと。
背後から追いかけて来る三人だけじゃなく、ファミリーの総力で私を捕えるつもりだということ。
「こ、このヒトヅマニア兼ロリコン!! こんな小娘を相手にここまでやる必要があるんですか!?」
「誰がヒトヅマニアでロリコンだ!! 生憎だがお前さんのことを小娘だと思ってる奴はここには居ねぇ。観念してボスに思いっきり叱られて来い!」
「だからってこんな小娘相手に麻酔銃まで持ち出しますか!?」
「ジッリョネロファミリーでお前の事を小娘だと思ってる奴は一人として居ねぇ。ボスからも許可を貰ってる」
「噓でしょお母さまっ!!?」
実の母親の非常な判断に驚愕し思わず叫んでしまう。
いや、私も結構やらかしてた自覚はあったけどあのお母さんがそこまですることを許可するなんて思わなかった。
まあ、こうなる事は
「こうなったら使うしかないですね…………特性カプサイシン入り煙玉!!」
こんな時の為に用意した物を懐から取り出して地面に叩きつけて爆発させる。
「ぐぁぁああああああ!!? 目が、目がぁあああああ!!?」
「いてぇっ!! 涙が止まらねぇよ!!」
「くっ…………幻術で身を隠していたオレも巻き込むよう広範囲に…………!」
周囲一帯が煙が飲み込まれ、皆がカプサイシンによって涙を流すのをガスマスク越しに眺めて思わず「うわぁ」と言葉を漏らす。
こうなった時の為に、幻覚を使える幻騎士にも通じるよう広範囲にカプサイシンを振りまくように作ったわけだけどちょっとやり過ぎたかもしれない。いや、でも麻酔銃まで持ち出したんだからこれくらいは甘んじて受け入れてほしい。
窓を開けて外に身を投げ出す。
「それじゃあ皆、バイバイ!」
「ぐ、くそっ…………ま、待て――――!」
待てと言われてはいそうですかというバカは居ない。
此方に向かって手を伸ばすγを尻目に私は窓から飛び出して地面に着地する。
後は皆が視力を取り戻す前に身を潜めなければ、そう考えて場所を移す為に立ち上がろうと顔を上に向ける。
そして満面の笑みを浮かべている、私のお母さんアリアと顔を合わせてしまった。
「えっ? おかあ、さん?」
「ええ、そうよ。メメントモリ」
にっこりと笑みを浮かべている、けど全然笑っていない。
そんなお母さんの顔を見て、思わず顔が引きつってしまう。
「メメントモリ、ちょっとお説教するからこっちに来なさい」
お母さんのその言葉に逆らう事は出来ず、そのまま首根っこを掴まれてお母さんの自室へと連れてかれる事となった。
+++
「うぅ…………こってり絞られました」
笑顔のお母さんに粛々と怒られる事一時間、私はすっかり意気消沈していた。
ベッドに突っ伏して枕に顔を沈めて一人考える。
お母さんに怒られた事は、実はそこまで気にしていない。
あの人は優しい人だ。だから何故そんな事をしたのか、という事では怒らなかった。
いや、ある意味怒ってはいたか。女の子なんだからもうちょっと手段を考えなさいとか、流石に全裸で酔っ払ってる男達を見て涙を流しながら大爆笑するのはどうかと思うって言われたし。
でも、それ以上に――――。
『無理はしないでね』
瞼を閉じてお母さんに言われた言葉を思い返す。
私は無理しているのだろうか? 多分、しているんだろう。
自分では分からないがお母さんの目から見たら、今の私は心配してしまうくらい無茶をしている。
そして私自身、その理由に心当たりがある。
ジッリョネロファミリーの歴代ボスは予知能力、即ち未来を視る力を持っている。
それは死んだお婆ちゃんやお母さん、そして妹も持っている異能の力でありジッリョネロファミリーが今まで生き残っている理由の一つでもある。
この予知能力で政治家や有力者達に未来を予言し、今の立場を築き上げてきたのだから。
そんな素晴らしくもありがたい予知能力様は私の最後を告げた。
私は何かを死ぬ程後悔してから白い男に殺されるという事を。
「無理だよお母さん」
あんな未来を見せられたら、私は笑えない。
そもそも笑えなくなることが多過ぎる。そんな状況で無理してでも笑うには馬鹿げた事をやって無理に笑うしか無い。
皆も多分、その事に気付いてて私はその優しさに甘えている。
お母さんや妹のように、私はうまく笑えない。
仰向けになって溜め息を吐く。
駄目だ。一人で思考に耽ってたらネガティブな事しか考えられなくなってしまう。
「動画でも見よう」
パソコンを立ち上げて『MafiTube*5』を起動し動画を見る。
マフィア専門の動画サイトだけあって様々な動画がある。
「えーっと、何々…………? リゾーナの動くぬいぐるみ劇場にロンシャンのワンダフルデイ、ベルフェゴーレの王子な時間に…………沢山あるなぁ」
仮にもマフィアにも関わらずこれで良いのかとは思うが、まあ私も人の事は言えないので気にせず見ようとする。
瞬間、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
「お姉ちゃん」
扉を開けたのは私の妹、ユニだった。
ユニはその手に絵本を持って此方を見ていた。
「どうしたの、ユニ?」
「その、一緒に本を読んでもらいたくて」
「良いですよ。それじゃ、ベッドに座って一緒に本を読みましょうか」
愛しい妹の誘いには乗ってあげなくちゃいけない。
どうせ今見ようとした動画も暇潰しだったわけだし。
そう考えながら立ち上げたパソコンの電源を落とそうとして、マウスのカーソルを移動する。
その際『ボンゴレファミリーの後継者は日本人!?』と、いうタイトルの動画を発見する。
ジッリョネロファミリーを含めた一部のマフィアではその情報は真実だと理解している。しかし、他のマフィアからしたら陰謀論のようなものと思う者も少なくはないだろう。
何せあのボンゴレファミリーだ。
後継者が全滅したと言われてはいるものの、態々創立者の血を引いている必要は無いのではと思われてる。軟弱な日本人の血が混じっているのだから、という理由でだ。
だが、ボンゴレファミリーのボスは血縁でなければいけない理由がある。
だからこそ、創立者直系の子孫である日本人が選ばれた。
「…………どんな人なんだろう」
今まで気にならなかったが、こうして情報を整理するとどうしても気になる。
平和な日本で暮らしてたのに、いきなりマフィアの世界に関わる事になった不幸な少年。
自分と同じ、呪いにも似た運命を背負った人。
ユニを膝の上に乗せて絵本を一緒に見ながら思考に耽る。
――――一度会ってみたい。
そう思うようになるのに時間はそう掛からなかった。