ブルーアーカイブ 終着編 / terminal volume:Exception Error Eliminator   作:石花

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※本作はC103で頒布したブルアカ合同小説本の内容です
※バーサーカーの設定を合同小説本参加者よりお借りしています

注:この物語はエデン条約編終了後~最終編の内容を含みます。


ブルーアーカイブ 終着編 / terminal volume:Exception Error Eliminator

 

物語には余白が存在するものです。

あるいは、余白が存在するからこそ物語たると言えるでしょう。

 

物語の主人公たちを導く者が、物が、過去にどのような活躍をしたか。

物語の片隅で、主人公達の活躍による余波が新たな物語をどのように生み出すか。

つねにすでに、物語とは物を語ると同時に異なる物の語りを紡いでいるのです。

 

過去へ、未来へ、物語は無数の余白を紡いでいく。

そしてそれは現在も例外ではありません。

 

物語の転換点。そこで別の選択が選ばれていたら、あるいはほんの少しの違いが起きていたら、そこにはどんな物語が生まれ得たでしょうか。

 

異なる可能性。運命の交差点。本流があるからこそ生まれ得る亜流。

 

何の話か、ですか。もちろん今日の、この一夜の物語の話です。

 

この世界には未解明の数多の遺物が存在する。

故にあの日何が発見されるはずだったか、それは私ですら知らなかったと言って、

果たして信じてもらえるでしょうか。

私がアビドス砂漠で探させていたものは、名もなき神の遺産。超科学技術によって作られた箱舟だったのですがね。

 

あの日、箱の中に入っていたのは――より古いテクスチャの遺物だったのです。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「見つかったのか?」

「は、はい! 例の座標から。しかし、形状は事前に聞いていたものと異なります」

「遺産は超科学の箱舟と聞いていたが、違うのか」

「ええ、発見したのは巨大な遺構、それと用途不明の器具……杯らしきもの、と」

 

 

 

 

一つ、万能の願望機・聖杯の所有をめぐる戦争である

 

二つ、7人のマスターが7騎のサーヴァントを使役し戦う戦争である

 

三つ、サーヴァントとは過去の英雄であり、遺物や縁を触媒として召喚される

 

四つ、サーヴァントには能力に応じた7つのクラス、

剣・弓・槍・騎・術・殺・狂が割り当てられる

 

五つ、マスターはサーヴァントに対する3画の絶対命令権、令呪を持つ

 

六つ、サーヴァントは肉体を持たない霊体存在である

 

七つ、最後まで勝ち残った1組のみ、聖杯にて己の願望を叶える事が出来る

 

■ ■ ■ ■

 

ブルーアーカイブ 終着編 / terminal volume

 

あまねく運命の交差点

 

Archive of Fate / Exception Error Eliminator

 

 

■ ■ ■ ■ 

 

 

注:この物語はFate/stay night のネタバレと

Fate/Grand Order の一部内容を含みます

 

■オープニング■

 

■ ■ ■ ■

[18:00 アビドス対策委員会]

 

「みんな聞いて、とびっきりの儲け話よ! 全額返済だって夢じゃないわ!!」

 

アビドス高等学校、対策委員会に元気な声が響き渡る。

夕日を浴びながら胸を張るのは黒見セリカ。得意げな顔の少女を、対策委員会のホシノ・シロコ・アヤネ・ノノミは曖昧な微笑みで迎える。

 

セリカの金策話、それは対策委員会にとってのある種の恒例行事だ。

セリカは真面目で善良、そして堅実な性格の少女なのだが、こと金策に限っては何故か怪しげな情報も鵜呑みにしてしまう気質であった。

故に、明らかに騙されているような金策をセリカが披露し、他のメンバーが諫めるのがいつもの流れなのだが――どうやら今回は、少々毛色が違うようである。

「なんでも願いが叶う聖杯、ですか……」

「そう、しかも今なら魔法陣に説明書、触媒とかいうのまでセットで売ってくれたの!」

 

今週のバイト代が飛んだけど、なんでも願いが叶うならチャラよね。

そう嬉々として語るセリカ。彼女を悲しませまいとしたからか、あるいは被害が軽微だったからか。対策委員会のメンバーは興味深そうにセリカの話に耳を傾ける。

 

「ふむふむ。これがその触媒ってヤツなのかな〜?」

「そうよ、ナントカの鏡って言うんですって!」

「鏡だったんだねえ、これ。言われてみれば手鏡っぽいかも。すっごく古そうだし、これ本物ならものすごく価値があるものかもね〜」

 

セリカが触媒と言われ渡された物体。それは古びた――遺物と言って差支えのない古さの、手鏡らしき物体だった。

青銅製の枠にはめ込まれた、銅を主体とした合金の鏡。

本当に神秘に関わる触媒であれば、それだけで価値のあるものだ。言い換えると、一週間のバイト代程度で買えるものではないはずなのだが……

「古さから見て、恐らく本物の遺物ですね。美術品としてですが、似たようなものを見たことがあります」

「ほへ〜。これはひょっとして、ひょっとするかもね?」

「ん。それで、どうやって願いを叶えるの」

「ええっとね、詳しくはこれに書いてあるって」

 

セリカが取り出したのは2つの紙。1つは折りたたまれた大判の紙で、開くと中に魔法陣が描かれている。もう1つは薄い冊子だった。

 

「サルでもわかる聖杯戦争。一つ、万能の願望機・聖杯の所有をめぐる戦争である……」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「願望器を争う戦争って書いてありますね」

「戦争というか、バトルロイヤル? サーヴァントっていうのがどれくらい強いか分からないけど、ちょっと危なそうだね〜」

「なら、マスターを狙えばいい」

「相手もそう考えるかもってことだよね、ちょっと危なそうじゃない~?」

 

冊子に書かれていたのは『聖杯戦争』のルールが7つ、そして参加資格となる

『サーヴァント』召喚の呪文だった。

 

「うっ、や、やっぱり、止めたほうがいいかしら」

「ううん。危険かもしれないけど、もったいない。私がやる」

 

トーンダウンしたセリカに対し、シロコはやる気に満ちた視線で語った。

そうして彼女らは、シロコの熱意に押される形で儀式の準備を始める。

 

■ ■ ■ ■

[20:00 トリニティ 古書館]

 

古書館に窓から何者かが侵入した。

古関ウイがそれに気づくことができたのは、それを予期していたからだった。

 

「ほう、これでも注意を払ったつもりだったのだがね。よく気づいたものだ」

「本気で言ってます……? あ、貴方で3人目なんですけど」

 

本日3度目の襲撃。月明かりと共に現れたのは、恰幅の良い機械体の男性だった。

その手には1冊の、古びた本が抱えられている。

 

本――いや、見た目で言えば板束と言った方がよいだろう。

貝多羅葉写本。ヤシの葉に記された、インド方面の写本だ。

この距離では特定できないが、インドの古典の書であることは間違いない。

 

「悔しい……ですね。く、来ることは分かっていたんです。先の2人と同様、遺物を狙っているものかと……」

「ふん、先の2人とやらは見る目が無かったようだな。この触媒こそが最強だというに」

「しょくばい……? あ、貴方、その子をどうするつもりですか」

「なあに、少しの間借りるだけだよ。私が勝利した暁には、貴様も司書として高給で雇ってやろうではないか――では、さらばだ」

 

男はウイには意味の分からないことを満足げな口調で語り、窓から外へと去っていった。

男が侵入したのはウイが見張っていた部屋の2つ隣であり、ウイが気づいたころには男は脱出する直前だったのだ。

 

「3度……3度ですよ? 意味が分からない……盗人どもめ……」

 

賊どもを絶対に見つけ出し、報いを与えてやる。

そう決意しながら、ふと、ウイは窓の近くに見慣れぬ紙が落ちていることに気が付く。

 

「なんです、これ……『サルでもわかる聖杯戦争』?」

 

ふむ、と古書館の魔女は思案する。

聖杯戦争、その言葉に、その物語に覚えがあった。

西暦、21世紀頃のとある魔術師の残した手記に書かれていた内容だ。その手記が原因で、魔術がうっかり表舞台に表出しかけたと言われる奇書、それに書かれていた儀式の名。

 

「聖杯戦争、触媒、盗まれた遺物と写本……まさか、本気で? 本当に?」

少女は思案しつつ、過去に見た手記を探しに館内を歩き始めた。

 

■ ■ ■ ■ 

[22:00 ミレニアム ヴェリタス部室]

 

夜遅く、ヴェリタス部室に忙しそうなキーボードの音が響く。

白髪の少女が独り、真剣な眼差しでモニターを見つめていた。

 

「これは、正義の戦いだよ……!」

 

小鈎ハレ。ヴェリタスに所属するホワイトハッカーであり、ミレニアムでも屈指の天才。彼女は今、カイザーコーポレーションのサーバーにアクセスしていた。

 

はたして彼女がどのような信念によって企業へのハッキングに手を染めているのかと言えば、それは私怨である。それも、とても小さく個人的な私怨であった。

彼女が先日見た映画――それも、シャーレの先生と一緒に漫画喫茶で見た、動画配信サービス降りたての準新作の映画だ――の感想を某掲示板コミュニティに書いたところ、とあるユーザから酷く雑かつ長文で扱き下ろされたのだ。

 

反射的にハッキングを仕掛けた彼女は、書き込みの主がカイザーコーポレーション関連企業の社員であることと、社用PCから書き込みを行っていたことを突き止めた。

 

本来であれば、そこでデスクトップに脅し文句を表示する程度で終わるはずだった。

しかしながら彼女は、その社員の権限でカイザー本社のサーバーにアクセス可能であることに気づいてしまう。

 

「大企業のネットワークがこんなにザルなことある? でも、ホントにザルなら、ここを踏み台にしてITセキュリティシステム自体にアクセスできちゃったり……?」

 

社用PCで掲示板書き込みなんか常識的に考えてできちゃダメだし、そういう風に直してあげよう。そんなことを考えながら少女はまず、アクセスできたサーバーの中身を漁る。

 

「極秘事項、遺産と儀式――なんだろ、ヒマリ部長が好きそうだね」

 

そこにあったのは、カイザーによるとある遺産の発掘プロジェクトと、発掘品にまつわる儀式の情報だった。

 

「『サルでもわかる聖杯戦争』聖杯をめぐる戦闘? 過去の英雄の召喚? 部長が好きそうだなぁ。あっ、魔法陣のデータもある。どれどれ――」

 

白髪のハッカーの少女はモニターに魔法陣を映し、召喚の呪文を面白半分に読み上げる。

 

■ ■ ■ ■

[??:?? キヴォトス各地]

 

夕暮れの教室で、銀髪獣耳の少女が唱える。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

夜の古書館で、古いスクラップ資料を持った大柄な少女が詠唱する。

 

「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。

繰り返すつどに五度

ただ、満たされる刻を破却する」

 

ミレニアムの電算室で、白髪のハッカーが。

「―――――Anfang(セット)――――――告げる――――告げる」

 

とあるアパートの一室で、大柄な機械体の男性が。

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

カイザーコーポレーションの一室で、男の声が。

「誓いを此処に 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

ゲヘナ近郊の路上で、猫人が怨嗟と復讐を唱えながら。

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者―」

 

西洋建築の廃墟で、何者かが。

「汝三大の言霊を纏う七天

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 

此処に、聖杯戦争は開かれた。

 

 

■序章■

 

■ ■ ■ ■

[22:15 ヴェリタス部室]

 

「いつっ!?」

左手の甲に鋭い痛み。反射的に目を向けると、そこには赤い痣が刻まれていた。

3つの曲線を組み合わせた紋様の痣。これはもしや。

 

「令呪。サーヴァントに対する、3画の絶対命令権」

それがこの手に浮かび上がったということは、カイザーの資料に記されていた儀式は本物だったということになる。

 

「企業が大真面目にこんな怪しい儀式を……するのはまあ経営者の自由として、社運を賭けた儀式にネット越しで参戦できちゃうのはマズいと思うな、うん」

 

虚空へとぼやきの言葉を投げる。若干現実逃避気味だ。

どうやら自分は万能の願望器を争うバトルロイヤルに参加してしまったらしい。好奇心で呪文を唱えた代償としてはちょっと重い気がする。

いやホント、ネット越しに参戦できてしまうのはどうなんだろうか。

 

そんな怪しい儀式に興味本位で乗っかった自分を棚に上げ――いや、乗っかるつもりはなかったんだし単に読み上げただけで反応したんだから実際ノーカンでは――ともかく、怪しげで胡散臭い儀式は本物だった。であれば。

 

「こんな時に限って繋がらないな……いや、こんな時だからか」

 

先生やヒマリ部長に連絡を試みるがダメな様子だ。

部長はともかく、先生は黒幕から何かしらの妨害をうけているのだろう。

キヴォトスで騒動を起こすなら、シャーレの先生は最大級の警戒対象のはず。

 

「危ないけど……危ないよなぁ」

 

マスターに選ばれてしまった自分の身が危険だ。けれど、それ以上に、街中で伝説上の英雄同士の戦いをするなんて、周囲の被害が危険すぎる。であれば。

 

「アテナ3号、『オモチャ』とドローンを見繕って」

『――小鈎ハレを認識しました。オーダーを実行します。携行品の規模や方向性はどういたしますか』

「うーん、とりあえず持てるだけ全部。戦闘とか移動とかに役立ちそうなもの優先で」

『目的地と目的は何でしょうか』

「決まってるでしょ、被害を防ぎに行くんだよ」

 

不運にもマスターになってしまった。偶然にもこれから起きることを知ってしまった。

ハッキングにより知ってしまった悪しき事実を見なかったことにするのは、ハッカーの名折れである――

 

「なんてね、被害が出そうなのに何にもしないなんて、普通にナシでしょ」

『彼我の戦力差に依ると考えます。英雄、恐らく超常の強者である相手に立ち向かうことは蛮勇と言えます』

「五月蝿いなあ、やってみなきゃ分かんないでしょ……って、そうだ英雄。私のサーヴァントは?」

室内を見渡すが、召喚詠唱の前後で変化があるようには見えない。

 

「アテナ、部屋内のスキャンを。召喚前後でのデータを比較して」

『スキャン済みです、召喚前後で部屋内の物体、液体、気体に変化はありません』

「やっぱり何も出てきなないよね? PC越しだったからとかそういう理由で召喚失敗したのかなぁ」

 

英霊召喚と言うのだから、本来はもっとぶわあああっとしたエフェクトと共にカッコいい英雄が出て来て決めセリフを言ってくれるに違いない。

PC越しで正常でない召喚となったから、マスターの権利だけが与えられてしまったのではないだろうか。

 

『提案します。資料では、サーヴァントは霊体だと記載されています。検知できないだけで存在している可能性があるでしょう。姿を現すように依頼してみてはいかがでしょう』

「そっか、その可能性もあるか、なるほど。えっと……出てきて――ください、私のサーヴァントさん?」

 

1秒、2秒、10秒――部屋から帰ってくるのは沈黙のみだ。

 

『いかがでしたでしょうか?』

「うん、結果的には無駄足だったけど助言はありがとうね」

 

どうやらサーヴァントは不在らしい。あるいは居るけどお願いしても出てきてくれないタイプの人なのかもしれない。

後者であれば令呪、絶対の命令権を使えば出てきてくれるかもしれないが……それを試すのは今ではないだろう。

であれば、とりあえずはこのまま出るしかないらしい。

 

『リマインドします。このまま街に出るつもりでしょうか?』

「うん、サーヴァントが居ようが居まいが、被害が出そうなことを知ってるのは私だけだからね」

 

相手は過去の英雄だ、救援を頼むにも慎重にする必要がある。自分一人なら何とかするアテはあるが、友人を下手に巻き込む訳にはいかない。

あるいはC&Cあたりならなんとかできるかもしれないが……正規の方法では連絡の取り方がわからないし、非正規の方法も――モモトークも繋げようと思えば繋げられるのだが――C&Cに非正規の方法で連絡したとなれば後が怖い、最後の手段だ。

 

ともあれ。キヴォトスで危険な儀式をしようとする黒幕たちの思い通りとはいけ好かない。

私はエナドリを景気よく飲み干し――ついでに10本程度を運搬用ドローンに補充し――ドローン達、『オモチャ』達と共にヴェリタスの部室から外へと足を踏み出した。

 

「さあ、思いっきりかきまわしてみようか?」

 

■ ■ ■ ■ 

[22:30 ミレニアム屋外]

 

『リマインドいたします。目的は回答いただきましたが、目的地はどこでしょうか、ご回答ください』

「とりあえずマスターを1人見つけに。できれば学園の生徒だといいんだけどね」

 

私の目的は聖杯戦争による被害の低減。当面の目標は被害軽減に動いてくれそうな同盟相手だ。

カイザーの資料には、強力な1騎を自社で確保し、残りの召喚式は適当にばらまくと記載されていた。儀式は複数陣営で行わなければならないということらしく、であればどこかの学園の生徒がマスターなこともあるだろう。

 

「私は別に聖杯とか要らないし……そこそこ正気な生徒だったら、最後にマスター権を放棄することと引き換えに、事態解決の同盟程度は結べると思うんだよね」

『条件付きで肯定します。小鈎ハレが嘘を言っていない保証が示せること、サーヴァントを一切見せずに同盟を結ぶためのロジックが用意できることが条件です』

「うっ……そ、そこは誠心誠意話すしかないなぁ」

 

キヴォトス生は欲望に忠実だが、流石に大きな被害は防ごうとする理性くらいはみんなあると思う。私に同盟の価値があるかは……まあ……どうにか誤魔化すしかないだろう。

 

「サーヴァントが居てくれたら話が早いんだけどな……どこに居るんだろうね」

『回答不明瞭。場所に関する問いかけと推定――リマインドいたします、目的地はどこでしょうか?』

「いまのはぼやきだってば……目的地かあ。どこでもいいんだけどねえ」

 

そう呟きながら上空に目を向ける。そこには赤く光るドローン群が、私の居場所を示すように浮かぶ。真下からだと分からないが、遠方から見れば私の令呪の形を描画している。

 

目的地はある意味ここ、私の居るところだ。私は今、光学ドローンで令呪を空中に描き、自分を囮にしつつ街を歩いている。これで接触してきた相手に話が通じそうなら交渉すれば良し、ヤバければ……ええと……顔写真をネットに拡散しながら逃げるとか。

 

ただ、どうも引っかかってくれる気配がないので方針を変えようかと思っていたところでもある。適当に歩くにしても、何か目的地があったほうがよいだろう。

であれば――

 

「触媒、かな。カイザーはどこかから触媒を入手してるはず」

 

自分の召喚のため、そして他者に強いサーヴァントを召喚させないため。

もしもキヴォトス内で、強力な触媒が確実にあると分かっている場所があるならば、儀式の開始前にそこから触媒を強奪しているのでは。

 

「ブラックマーケット、D.U.廃墟、百鬼夜行、山海経、トリニティの聖堂、古書館……西暦以前の英雄なら、古書館が一番ありえるかな」

『目的地を古書館に設定します。深夜の訪問であることを警告します』

「深夜って言ってもまだ22時でしょ? 今からアポイント送ればいいでしょ。」

『学習エラー。学習データには、小鈎ハレと古書館主・古関ウイが知古であるというデータは存在しないことを通知します。アポイントはどのように行いますか?』

「ん? キヴォトス生徒のモモトークのアドレスくらい、やろうと思えばどうとでもなるでしょ。アテナ3号、今日はちょっと変だね」

『小鈎ハレの性格に関する学習データを修正。質問を要望、知らない相手からいきなりメッセージが来ることについてはどう説明するのでしょう』

「それこそ簡単でしょ、カイザーコーポレーションのサーバーから個人情報が流出したんだよ」

『ご回答ありがとうございます。小鈎ハレはとてもキヴォトス生らしいハッカーであると理解しました。学習データをアップデートいたします』

「うん? うん。私は善良なキヴォトスのホワイトハッカーだからね」

 

そうして私はモモトークを打ちながら、古書館に向かって歩みを進めるのだった。

 

■ ■ ■ ■

[22:45 モモトーク会話履歴]

 

「急なご連絡ですみません。カイザーコーポレーションによる古美術盗難について調査しています」

「古書館の方では被害はありましたでしょうか?」

「もしも心当たりありましたら、盗品回収を手伝いますので、そちらに伺ってもいいですか?」

「は? え? 貴方誰です?」

「はじめまして、小鈎ハレといいます」

「カイザーコーポレーションからの個人情報流出が発生しており、関連して古書館への襲撃計画と古関さんの連絡先が記載されていたのでご連絡しました」

「盗品を使い、更に何か計画しているようなので何か捜査の手がかりがあれば非常に助かるのですが……」

「……」

「分かりました。とりあえず来てください」

 

■ ■ ■ ■ 

[23:00 古書館 屋外]

 

古書館まで数十m、目的地の前の道路に大柄な女性が立っていることに気が付いた。

トリニティの制服の上にカーディガンを羽織った、黒い長髪の女性。

恐らく彼女が古書館の主、古関ウイだろう。

街灯の下のためその表情はうっすらとしか見えないが、驚いたような、あるいは呆れたような表情を浮かべている。

更に近づこうとしたところで、少女は手を前に突き出しこちらを制止した。

 

「い、一旦そこで止まってください。貴方が連絡してきた外の方ですね?」

「あ、はい。ミレニアム所属のハッカー、小鈎ハレといいます。どうぞよろしく」

 

にこやかに笑みを浮かべ、手をひらひらと振る。

心なしか古関さんの眉間に皺が寄った気がする。なんでだろ。

 

「ええと、念のため聞きますけど、何しに来たんです?」

「何って……ご連絡した通り、盗品探しの手伝いに。カイザーが悪いことに使おうとしてるみたいなので」

言いつつ、にこやかに古関さんの方へ足を踏み出す――同時、キンという音が踏み出した足の数センチ前で響く。跳弾の音だ。

 

 

「止まってください、と言いましたが」

「ええっとぉ……」

 

どうしよう。何か怒らせることしたかな、急なアポイントはしたな。

でもここまで怒られるほどじゃないと思うし、そもそも――。

 

「なんで警戒されてるんでしょうか……冷静に考えていただけるとありがたいんですけど、アーチャーに狙いを付けられてる私の方がよっぽど命が危険じゃないです?」

 

両手を挙げつつ笑いかけるが……古関さんの表情は警戒を通り越して無へと変わった。

あれ? やばいな、私なんか返答ミスった?

 

「えっあれっ、私がマスターなのバレバレですよね? なんでこんな警戒されてます?? サーヴァントもほら、連れてないっていうかそもそも召喚できてないんですけど!?」

「本気で言ってるのでしたら……流石はミレニアムの人です、お話に、なりませんね」

 

古関さんは銃から手を放し、すっと指を私に向ける

「射抜きなさい、アーチャー」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

連絡の通りに来た白髪のハッカーを見て、古関ウイは大いに呆れた。

このタイミングで連絡を取ってくる以上、マスターの可能性があるとは思っていたが……想像の斜め上だった。まさか、ドローンで自分の令呪を見せつけながらやってくる大馬鹿者だったとは。

 

十数分前の驚愕を思い出す。勝手に他のマスターを呼び寄せて自滅してくれる分には構わないが、困ったことにあの馬鹿者はここに来るという。仕方ないから古書館に近づく前に、アーチャーに何機か落としてもらった。警告を理解する頭はあったのだろう、それ以後は表示を諦めたようだった。

勿論、射線からこちらを気取られる真似はしない。アーチャーには古書館から十分に離れた位置から狙撃してもらった。私がアーチャーのマスターとまでは断定できないはずだが。

はてさて、どんな阿呆が来るのかと思ったが……。

(マスター1人だけ? いや霊体化しているのか、あるいはアサシン?)

 

古関ウイはとある手記から聖杯戦争の詳細を知っていた。西暦2000年前後、冬木という都市で行われた聖杯戦争や参戦していたサーヴァント、聖杯解体の顛末までを。当然、サーヴァントの基本性質や7つのクラスの特徴も知っていた。

 

故に警戒したのはアサシンによるマスター狙い……しかし、そのつもりであればわざわざこうして姿を見せる必要がない。

サーヴァントを霊体化したままだとするなら論外。ド級の阿呆、ド阿呆だ。霊体化を解いている隙に、アーチャーの矢はマスターの脳天を射抜くだろう。

 

白髪のマスターがとぼけたことを二言三言発した後に緊張感のない笑みで近づいて来たので、足元に威嚇射撃をお見舞いした。外の方……恐らくミレニアム生だから外の外の方。何を考えているのかまったく分からない。

かと思えば、こちらがアーチャーのマスターだとは見抜いていたらしい。まあ、目印を浮かせたまま来られたとき、一番困るのは私だ。それを考える頭はあるかと少し見直したところで――

「サーヴァントもほら、連れてきてないっていうかそもそも召喚できてないんですけど!?」

 

ぶちっと、頭の中で何かが切れる音がした。

 

(それじゃあ何ですか、この人無防備で交渉をしに来たと? 英霊の分け身を盤面に置いたバトルロイヤルで?)

 

暴力を背景とせず、明確なメリットも提示できない、そんな交渉は交渉とは呼べないだろう。話す価値すらない。

恐らくは同盟の相談にでも来たのだろうが、危機感のない味方は居るだけ邪魔だ。この先を考えればここで落ちてもらったほうがいっそ本人のためでもあるだろう。

――そう考え、アーチャーへと攻撃を命じる。

 

「あ、脚でも地面に縫い付けられたら、少しは真剣になりますか?」

 

全く以て気分が悪いが仕方ない。黒幕が何者かも分かっていないし、サーヴァントにも悪辣な者は居るのだ。ここで脱落したほうが幸せだろう。

 

そんな考えが脳裏を掠めたのと、アーチャーの矢が標的を射抜くのは、どちらが早かったか。大きな破戒音と共に、白髪の少女の少し上を赤い閃光と見紛う一射が貫いた。

 

「アーチャー、何を!?」

 

アーチャーが狙いを外すはずがない。あのアーチャーに限って、たかが人間相手でそんなことが起きるわけがない。

ではまさか、ヘイローを狙った? いや、しかし、軌跡はそれよりも更に上だったように見えたが――

そう考える私は、もう一度驚くこととなる。自分は目線を動かしていないし、瞬きすらしていない。にも関わらず、先ほどまで白髪の少女が居た場所に、誰も居ないのだ。

 

「うわぁ、昼間の至近距離でもバレないホログラムだったんだけど……アーチャーって言うだけあってさすがに目がいいんですね……」

混乱しフリーズする私に向かって、正面の暗がりから歩いてくる人影がある。それは先ほど消失した、白髪の少女だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

いくら私でも、丸腰で会おうとしたわけじゃない。晄輪大祭でマキに貸したホログラム発生装置を身代わりに先行させていたのだ。

キヴォトス生ですら騙せる自信作のホログラムを、よりによって夜に見破られたのはびっくりしたけど……サーヴァントって凄いんだなぁ……。

 

「いきなり撃つなんて危ないじゃないですか。いや、怪しいのは重々承知ですけど、ホントにこっちはサーヴァント無しなんですよ。平和的に話し合いません?」

「…………」

 

古書館の主は半眼でこちらをねめつけたのち、やれやれというようにため息を吐いた。

 

「……非常に、非常に不本意ですが、最低限の準備はあるようですね。いいでしょう、どうせ私も方針自体は似たようなもの、ですから」

「えっと……はい、ありがとうございます??」

 

よくわからないけど、話してくれるようになったらしい。まあいっか。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「三人目の盗人には、どうにか発信機を付けれたのですが、そんなに強力なものではなく困ってました。追えますか?」

「うん、その型式ならいけますね。ちょっと街頭の基地局を拝借して――」

 

正直に言えば、サポート経験豊富なハッカーの助力は古関ウイにとって非常に助かる話だった。

聖杯戦争に係る被害を抑えたいという小鈎ハレの方針も、古関ウイの方針と――もう少し消極的な動きをする予定だったが――一致している。

サーヴァントが居ないというのは戦力的に不安だが、小鈎ハレのツールとハッキング能力は有用だ。自然、同盟を結ぶ流れとなった。

 

「あっ、見つかりました。ここから比較的近いD.U.エリアに反応ですね」

「行きましょう……盗人め、とっちめてやる……」

 

そうして移動しようとしたところで、古関ウイは、アーチャーが彼方を見ていることに気づいた。

 

「……? どうかしたの、アーチャー」

「いや、なんでもないさマスター。警戒は私に任せておいてくれたまえ」

 

そう語りアーチャーはウイに付き従う。

 

こちらを観察する者が居る――しかしアーチャーは直感していた。彼に現時点で仕掛けて来るつもりはないし、仕掛ける時は正面から堂々と来るだろうと。

アーチャーは赤い外套を靡かせ、マスターへと付き従う。

 

――1km彼方、2人と1騎のやり取りを見ていた青い槍兵が、楽しげな表情を浮かべ立ち去った。

 

 

■ ■ ■ ■

[23:30 D.U.某所]

 

発信機の示す場所へ向かう道中、元々古関さんに会いに来た目的は、盗品がどんなものだったか確認したかったからだと思い出す。

 

「古関さん、盗まれた遺物について――というか、他のサーヴァントのアタリってついてたりします?」

「……なるほど、そのあたりの話は理解してますか。私から盗まれた子の情報を聞いて、そこから類推するつもりだったと」

「はい。けど、よく考えたら過去の英雄譚についても古関さんの方が詳しいでしょうし」

「それは、まあ、そうですが……」

 

古関さんは口元を緩めながらも眉に皺を寄せ、喜んでいるような訝しんでいるような表情をした。

 

「い、一応同盟を結んでいるとはいえ、よく聞きますね?」

「ええ、トリニティの古書館の主の考察を聞けるまたとない機会ですし。といっても、私は見ての通り理系なのでちゃんと話についていけると良いですが……」

「どうして教えてもらえる前提で聞いているのか、という意味だったですが……まあいいです、正直私はトリニティの腹芸とかめんどくさい側ですし」

 

軽くため息をつき、古関さんは語り始める。

 

「明確にどの英雄の遺物、と分かっているわけではないですが……盗まれたのは4種類の遺物と1種類の古書です」

 

確実な鑑定ではないという但しが付くが、円卓由来の武具の欠片、ケルト由来の武器の欠片、古代エジプト後期王朝の出土品いくつか、地中海で見つかった精密機械らしきオーパーツ、そして発信機の付けられたインドの古書が盗まれた。そう古関さんは語る。

 

「そう、みんな貴重ですし長い時を超えて現在まで残ってくれてた素晴らしい子たちだったんです。そ、それを湿度温度管理もされてない環境へ強引に連れだすなんて……

へ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」

「どうどう……い、一刻も早く取り返しましょうね」

「ええそうです、早く盗人をぶちのめしてやらないと。そのためには敵を知る必要がありますが……」

「古書館から盗まれた遺物って時点で分かっちゃいましたけど、分かりやすい範囲でも相当強敵ですよね。円卓の騎士、ケルトの戦士、ファラオかあ。オーパーツって言うのはなんの英雄なんでしょうね」

「わざわざ盗んだってことは円卓とケルトとファラオに並ぶ何かでしょう。寧ろ気になるのはインドの古書――貝多羅葉写本の方。あの子は本です、本である時点で、他の遺物と比べて新しいんです。普通に考えたら原典の遺物を使った方がいいのに、敢えて新しい書物を狙った理由、ちょっと腑に落ちません」

 

そう、よりによって、今向かってる先のサーヴァントがジャンル不明なのだ。

怖いような、強くないなら助かるような……。

 

「ちなみに古関さんのサーヴァント、あの赤いアーチャーの人はどんな遺物で?」

「さて、どうでしょうね。大して古くない手記から呼びましたし、無名なので真名を聞いても分からないと思いますよ。ただ――」

 

「こと聖杯戦争であれば、彼ほど頼りになるサーヴァントは居ないですよ」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「うん、あの人たちだ……」

 

ステルスドローンからの映像をタブレットに映す。

そこには瓦礫の上に立ち、街の方を見て佇む4つの人影があった。

 

1組は大柄な機械の男性と、ヘイローの無い没個性的な人間の男性。

1組は確かシロコと言ったアビドスの少女――晄輪大祭で見かけた――と、エジプト風の装束を身に纏ったヘイローの無い褐色の女性だ。

 

ヘイローの無い大人、つまりはサーヴァントだ。あれは2組のマスターとサーヴァントだろう。

周囲に戦闘の跡はあるが、2組は何か会話してる様子だ。偶発的に戦闘をしたが、一旦休戦と交渉をしている、といった具合だろうか。

 

「多分カイザー関係の人と、もう一人はアビドスの砂狼さんだね……って古関さん!?」

 

ふと気が付くと隣に古関さんが居ない。というかドローンの映像の端に彼女の姿が映っており、ここまでの彼女からは想像できない俊敏さでターゲットに迫っていた。

顔を俯けているため眼窩や口元が暗く隠れ3つの穴のように見え、顔のないクリーチャーのようで非常に恐ろしい。

 

『盗人どもめ……アーチャー、適当な宝具を』

『準備済みだとも』

 

古関さんとアーチャーに渡しておいた通信機から、そんな指示が聞こえる。

輝く軌跡、アーチャーの攻撃が男性サーヴァントを狙撃し――

 

「……え?」

まともに目で追えていたのはそこまでだった。

 

輝く線が男性サーヴァントの手前で方向を僅かに変えつつ通過、ほぼ同時に赤い外套が対峙しつつ火花が散った――と思えば男性サーヴァントが消え失せ、数瞬後にアーチャーの背後、無から現れたとしか思えない男性サーヴァントが立っている。

その後も画面内を縦横無尽に火花が散る様子からようやく両者の戦闘を認識できる程度だ。

 

戦闘速度に脳が追い付かない。これがサーヴァントの戦闘か。であれば。

 

「撮像はハイスピードカメラに差し替え、映像処理のGPUは……AIの自律更新で余裕持って積んでたから大丈夫か。と言って映せても人の側の認識が間に合わないから全方向を撮像しつつ出現検知のアラートを上げて……アテナ3号、組み換えは任せていい?」

『仕様を受理しました。監視を継続したままの場合、完了に3分必要です。監視を中止し作業を急ぎますか?』

「監視は継続で、分析が追い付いてなくても状況は見ておきたい。組み換え版は、多分だけど必要になるまでちょっとだけ猶予があるから」

 

古関さんを追いかけつつ思考を巡らせる。

偶発的な戦闘をした2組が一時休戦して交渉をしている、さっきはそう判断したけれど状況をよく見れば違和感がある。

 

1つは瓦礫の状態。辺り一帯が破壊され瓦礫の山になっているが、戦闘の余波にしては破壊の様子に偏りがない。彼らの戦闘で破壊されたというよりむしろ、破壊された場所に彼らが来たように見える。

1つは彼らの見ていた方向。

まるで、そちらにある何かへの準備をしていたかのようで――。

 

そう考えている合間に、戦闘の現場へと近づいていく。砂狼さんが射抜くような視線でこちらを見ている。

 

「もう一人来た、あっちも同盟ってこと? 元理事、私たちも一応同盟、応戦手伝おうか」

 

そう言ったのと、彼女の跳躍は同時だった。アサルトライフルの引き金には既に指がかかっており、上空では彼女の攻撃ドローンがこちらに標準を合わせている。数瞬後には私の眼前に着地した砂狼さんの得物が火を噴くだろう。

 

「ま、待ってください! きっとそんな場合じゃないですよね!?」

「ええい何を言っている、そんなことをしている場合ではないだろうが!!」

 

私と機械の男性の声がシンクロする。それと同時に轟音、全身を煙を纏った風が撫でる。

爆発……爆薬による爆発だ。街の方角、ごく近くに見上げるほどの爆煙が舞い上がる。

 

少しずつ薄れていく爆煙。その中央に黒い影が見える。長身のシルエットが濃くなっていき、ついにはその姿を現す。

 

現れたのは痩身長躯の――恐らく男性だ。明るい色のズボンを履いて、白いシャツに蝶ネクタイを締めており、その上に黒色のフロック・コートを羽織っている。

 

19世紀末に流行したシンプルなファッションであり、現在まで続くスーツスタイルの源流とも言える出で立ち。しかしそんな正装とは裏腹に、その頭は顔全体が無機質なガスマスクに覆われており、彼の姿を不気味で不明瞭で奇妙なものとしていた。

 

「来たぞ、バーサーカーだ」

 

機械の男性が、緊張した声色で呟いた。

■1章 狂戦士■

 

■ ■ ■ ■

[23:50 D.U.某所]

 

「おいそこの白髪の、状況を理解しているな!? ヤツはヤバイ、こっちに加勢しろ」

「はい、とりあえず三つ巴で戦う意思はないです! 古関さん、お怒りは分かりますがあちらに警戒を!」

「ぐっ……まあ、いいでしょう。貴方達は後です。爆発物にガスマスク……近代英霊?」

 

舞い上がる土煙、瓦礫の山、爆発音、立ち込める硫黄臭。

古関さんの指摘の通り近代英霊の可能性。加えて見た目通りの年代の人物ならば――。

 

「皆さんできる限り風下へは立たないように、それと屈まないようにしてください!」

 

C兵器、毒ガスの大規模な戦争利用は第一次世界大戦の前あたりから。二酸化硫黄ガス自体は戦争ではほとんど使用されなかったはずだが、C兵器を利用する近代英霊だと拙い。

「妥当な推論だ。だが――その結論は我々への愚弄だとも」

 

くぐもった音声で、しかし流暢にバーサーカーが語る。

同時、バーサーカーの手から何かが投擲――私から少し離れたところに着弾、爆発。

爆風と共に何かが私に飛来する。

 

「熱っ……お湯!?」

 

爆発と共に噴出する湯柱。熱い、熱い湯。そして立ち込める硫黄の臭い。

よく見れば、バーサーカーの来た方角の空気が揺れている。爆煙でない煙。湯けむりが立っているのが見て取れた。

つまり、硫黄臭はガス兵器ではなく、

 

「えっ、硫黄泉ってこと?」

「然り。温泉開発である」

「じゃあそのガスマスクは何なんですか!?」

「顔を隠しているだけだ。私の顔は少々有名なのでな」

そんなに有名な人なのかな、気になる……けど、とりあえず言を信じるなら、C兵器を使うわけでもないし、無差別に見えた街の破壊にも目的があるらしい。

 

「殺戮が目的じゃないならまあ……もしかしてそちらの陣営、交渉の余地ってあります?」

「ふむ……?」

「そ、そんなものあるわけないでしょう! 今温泉の開発って言ってましたよね、バーサーカーのマスターは悪名高きテロリスト、温泉開発部ですよ!」

 

古関さんからの突っ込み。温泉開発部……ええと、ゲヘナの部活の一つだったっけ?

テロリストだからダメって言われてもなぁ、そもそもゲヘナってカオスな集団だし、全員テロリストみたいなものなんじゃないかな。

やりたいことに全力投球っていうのはミレニアム的にはむしろ好感だし。

「申し出は嬉しいがな。白髪のマスターよ、これは戦争だ。理解したまえ――

全てだ、全て倒せばいい。そうだろう?」

そう言ってバーサーカーが構えると同時。

 

「そうだね。倒せばいいと思う、よ!」

 

バーサーカーの背後に回っていた砂狼さんが仕掛ける。

突撃しながらの下半身への銃撃、同時にドローンから回避軌道を塞ぐように爆撃。

 

「人間の銃撃に神秘が乗るとはな、異な世界よ」

 

中距離からのフルオート掃射を、しかしバーサーカーは目視で回避する。

――言い換えれば、高次元の存在であるサーヴァントが回避を行った。銃撃は有効?

 

「いくよ――!」「甘いわ!」

 

回避による体勢のブレを突いて砂狼さんは手榴弾を投擲。対抗するようにバーサーカーは無手だったはずの手から何かを投擲――両者の中間点で爆発し、双方がたたらを踏む。

その瞬間を待っていた者が居た。

 

「今です、出ませい!!」

 

砂狼さんのサーヴァント、恐らくはキャスターによる声に呼応し、バーサーカーの周囲を埋め尽す大量のミイラが出現する。

ミイラたちはバーサーカーに組み付き、あっという間にミイラの団子を築き上げた。

 

内部からは小規模な爆発音が聞こえるが、多勢に無勢だ。見上げるほどのミイラの塊。隙間が生まれても追加されたミイラに塞がれてしまう。

 

「ふはは、これで動けまい!」

「いやいや、キャスターの手柄なのになんでウチのマスターが勝ち誇ってんですかねぇ」

「当然ではないかアサシン、作戦の立案は私なのだぞ」

 

機械の男性は勝ちを確信したように、彼のサーヴァント――アサシンと呼んでいるのだからアサシンなのだろう――は注意深く、ミイラの塊を見つめる。

 

抵抗を止めたのだろうか、内部からの爆発音は収まっている。成程、火力で劣るアサシンとキャスターで、バーサーカーに対抗する手段を練ったのだろう。

 

「さて、煮てやろうか焼いてやろうか……」

「ううん、何かおかしい」

 

砂狼さんの指摘とほぼ同時、内部から破裂音が3度響く。

物理的な衝撃を伴わない、音だけの爆発。

 

先程の戦闘の様子から見て、バーサーカーは爆発物を生成する能力を持っている。

では、生成できる爆発物の範囲は? 例えばクラッカーも爆発物とするならば、それによる合図も可能では。

 

そんな思考が脳裏をよぎるのと同時、熱と光がミイラ達を包んだ。

「やっほ~! あっためたげるね、バーサーカー!」

 

赤髪で角の生えた少女が、火炎放射器でミイラの塊を焼く。

とはいえ所詮は携行兵器だ。ミイラの補充の方が早い。

であれば、バーサーカーの目的はミイラを焼かせることではなく――

 

「ふむ、さすがに真名を解放すべきか……ともあれ、引火点である」

 

轟音。大気が振動する。ミイラの塊が弾け飛び、爆風が吹きすさぶ。

 

「けほっけほっ……な、なんですかアレ、無茶苦茶です」

 

爆発による粉塵は、遠巻きに様子をうかがっていた古関さんが咳き込むほどだ。

ここまでの規模の爆発、普通に考えたら爆心地が無事であるはずがない。

しかし、この爆発を引き起こしたのがバーサーカーである以上は――

 

「アーチャー、キャスターの援護を!」

 

古関さんのオーダーと同時、爆発の粉塵を突っ切って無傷のバーサーカーが吶喊。

進路を塞ぐアーチャーが持つ双剣に拳をめり込ませる。

 

「墳ッ――」

 

バーサーカーの拳の周囲で爆発、べきりと嫌な音を立て腕があり得ない方向へ回転しつつもアーチャーの双剣を巻き込みその手から弾く。

 

その隙を突きアサシンが背後から強襲するが、

 

「うぉっとぉ!?」

アサシンが驚愕の声を上げる。まるで予知していたかのようにバーサーカーは首を捻りアサシンを視認、同時に足元を爆破し両者から距離を取った。

 

バーサーカーはサーヴァント3騎に向け、両拳を突き合わせ対峙する。その腕は正常であり、双剣がめり込んだ拳の傷も綺麗に塞がっている。

 

「自身ごと私のしもべを爆破するとは……その治癒力、二つ目の宝具ですか」

「如何にも、真名解放をさせてもらった。あの状況では詠唱も聞こえないであろう?」

 

そして戦闘が再開される。

アーチャーが近接戦闘を行いつつ隙をついてアサシンが攻撃、遠距離からキャスターと砂狼さんが支援する。今更だけど近接戦闘を行うアーチャーって何なんだろう……。

 

兎も角、1対3(+砂狼さん)の構図だが、戦闘は拮抗していた。

 

「古関さん……あのバーサーカー強くないです? バーサーカーってそういうもの?」

「バーサーカー、クラス能力の狂化によって基本能力が大幅に強化されているクラスです。基礎スペックが高いため他のクラスでは1対1は不利、その分理性を失っているため制御が難しかったり技量が失われているはずなのですが……」

「理性、あるよね」

「会話ができるだけで狂っているケースもあるはずですが……技量は失ってませんね」

「ズルじゃん!!」

バーサーカーの戦闘スタイルは筋力と卓越した技量による徒手空拳だ。

アーチャーに勝る膂力を持ちつつ、双剣とアサシンの不意打ちを素手で捌く技量。

どう見ても紳士然としたナリの西洋人だが、未来予知に近い反応速度での見切りは近代の拳聖の類と紛うばかりだ。そこに体表での爆発を利用した回避を加え、1対2の近接戦闘を成立させている。

キャスターと砂狼さん、私のドローンも加え遠距離支援をしているが、半端な攻撃は超常的な回復能力で耐えられ、隙を見せれば無から爆発物を投擲して牽制される。

であればとキャスターが魔力を充填した一撃を用意しようと攻撃頻度を下げると、牽制とは比較にならない大爆発を引き起こすものが投擲される。

 

「爆発物の生成能力は体表爆発、小爆発、大爆発の3種類……いえ、どれも同じ能力で、大爆発だけチャージが必要」

 

古関さんが戦況を見ながら呟く――この人、観察眼と思考が凄いな。

 

「大爆発の方……投擲物の体積と爆発規模はニトログリセリン相当ですね。いえ、ニトログリセリン相当というかそのもの、ダイナマイトを投げてるのでは」

「ダイナマイトを生成する能力が本質で、それ未満の火薬であれば即時生成が可能……であればやはり、あのサーヴァントは」

 

古関さんと私は目を見合わせる。

19世紀のスタイル、ダイナマイトの生成、そして英霊になりうる格の人物。

近接戦闘の技量と回復能力については謎が残るが、どう考えても彼は――

 

「「アルフレッド・ノーベル」」

「如何にも」

 

バーサーカーがこちらに視線を向ける。

当然、その隙をアーチャーとアサシンは見逃さない。裏表からの剣戟、しかしバーサーカーは防御もせずにそれを受ける。

 

「隙を見せたか! 行くのだアサシン、そのまま押し込め!」

「アーチャー、アサシンも! 今すぐそこから離れて!!」

 

「それは過去の群雄の所業をこそ再現する"近代の神秘"の原型。我が忌名"火薬王"、あるいは――」

 

バーサーカーが何かを詠唱するのと、アーチャーとアサシンが退避を決断するのはほぼ同時だった。

「死の商人(Dynamite)」

 

バーサーカーを囲むように、何もなかった空中から複数の円筒形の物体が出現。間髪入れず大爆発を引き起こした。

強烈な爆風にたたらを踏む。

至近距離で受けたアーチャーとアサシンは爆風に吹き飛ばされる――爆風に合わせ飛んだのだろう、ダメージはなさそうだが……。

 

「な、なんなのだあれは!? あれでは戦いにならんではないか!!」

 

爆風の中心にはバーサーカーが五体満足で立っていた。

 

「ふむ、さすがに無傷とはいかんか」

本人が言う通り、確かに肉体にダメージは見える。

が、それもみるみる内に回復していく。

 

「なるほど、ここからは私の本領を見せられるようだ。しかし――」

バーサーカーが周囲を見渡す。爆発の範囲は更地と化しており、足元は地面が陥没するほどである。

 

「さすがに街中では被害がな。追ってこい、マスター4人。北東の採石場で待つ」

 

そう言ってバーサーカーは自身のマスターを肩に乗せ――何やらマスターが指さす場所を発破し――発生した間欠泉に飛ばされ(!?)――視界外へと消えていった。

 

残されるは4人のマスターと3騎のサーヴァント。

私は周囲をぐるりと見渡して。

「ええと……どうします?」

「いや、あ、アレは拙いですよ。なんなんですかアレ」

「行くに決まっておるだろう! あんな化物、後回しになどしていられるか!!」

「さすがに囲んで倒すべき」

 

とりあえずバーサーカーを倒してから考える。そういうことになった。

■ ■ ■ ■ 

[00:15 D.U.某所]

 

「通信機と、AR表示用のコンタクトです。メガネ型の方がよろしければそちらでも」

「ふん、白髪のお前はサポート要員か。中々気が利くではないか」

 

連携を強化するため、普段サポートに使っている機器を配る。

あのバーサーカー相手に連携無しで勝ちを拾うことはできないだろう。

 

「単純に囲んで殴ったところで勝てる気がしないですからね。少しでも連携を高めないと」

「超回復、狂化による膂力、やたら高い技巧と体上爆破を組み合わせた近接格闘、おまけに無尽蔵なダイナマイトの生成……しょ、正直、普通にやったらこの人数でも勝てる気がしない……」

 

古関さんが冷静で客観的で絶望的な分析を述べる。

なんなんだろうね、あのチート。サーヴァント格差がひどい。私のサーヴァントなんてまだ姿も見せてないんだけど。

 

「まあ……なので、普通にやらなきゃいいんですけどね。相手は宝具を切っているんです、こちらも宝具を切るのが正着なのですが……」

古関さんは砂狼さん、そしてキャスターを順に見た。

リラックスした表情で伸びをしている砂狼さんに対し、キャスターの表情は険しい。

 

「納得いきません。どうしてこちらが最初に手札を晒さねばならぬのか。不敬ですよ」

「何か問題? 大丈夫、最終的には全員倒すよ」

「そういうことではないのです、同盟者。この期に及んで宝具は使わないだの使えないだの、あまつさえサーヴァントが出てこないだの言っている者が問題だと言っているのです」

 

褐色肌のキャスターはキッと私を睨む。何も間違ったことを言っていないので私は小さくなる他ない。

 

「ふん、発動までの時間を稼いでやるのはこちらなのだぞ。ぐちゃぐちゃ言っているが、単に自信がないだけだろう。所詮はファラオと言っても傀儡か」

「――不敬ですよ」

「まーまーまーまー、落ち着いてファラオの嬢ちゃん、それにマスターも! ケンカとかしてる場合じゃないでしょうが」

「ええい、そもそも貴様が役に立たんのが原因だろうがアサシン! 全員で宝具を解放するのであればここまで話が拗れんのだ」

「ええ、宝具が使えないとはどういうことです、ファラオの前で嘘を吐くなど不敬ですよ」

「いやー、それを言われるとツラいんだけどさ、嘘は言ってねえんだってば。変な側面で喚ばれたせいで、使ったら死ぬ上に無意味な宝具しか持ってないんだっての」

 

ただでさえ勝てるか分からないのに、戦力減らすことは無いだろうと。

アサシンはその一点張りで宝具の解法は無理だと主張している。

 

「わ、私の方は、使って勝てるなら使ってもいいんですけど……ただ……」

「私の宝具は少々特殊でね、戦いで少し見せているように手数重視だ。真名解放すればあるいはといったところだが――これは言ってしまおうか、1対1でないと解放できない制限があってね。今回の作戦とは致命的に相性が悪い」

 

赤い外套のアーチャーが嘆息しながら――少々芝居がかった口調で――言う。

確かにアーチャーは戦闘中、いくつかの武具を無から出現させていた。

そういう宝具だとするならば、無尽蔵に高火力の爆発物を生成できるバーサーカーは、確かに相性が悪いだろう。

 

「そこで提案なのだが、いっそ宝具無しで行ってしまうのはどうだろうか」

「何を言っている、それができないから揉めているのだろうが」

「あー……いや、強ち間違いじゃないな、それ」

 

アーチャーの突飛な意見に、しかしアサシンが同意する。

 

「どういうことです? 古関さんが言っていた通り、バーサーカーは能力盛り盛りです。真っ当なやり方じゃ歯が立たないような……」

「回復能力に爆発物の生成、これらは非常にやっかいだ。しかしながら近接戦闘力には付け入る余地がある」

「えっ? いや、流石に……」

近接戦闘、あの膂力と技量に付け入る余地が?

 

「失礼ですがアーチャー、バーサーカーは膂力も技量も貴方を圧倒していませんでしたか」

「そうさな、確かに私はバーサーカーと正面から打ち合って劣勢だったとも。言い換えるなら、ヤツはバーサーカーで1対1の近接戦闘だったにも関わらず、弓兵すら捻じ伏せられない程度の膂力ということだ」

「バーサーカーにしては弱いってことです?」

「その通り。狂化に加えて技量まで持っているのがズルい? いいや違うとも。狂化に技量を加えてやっと優位、バーサーカーとしては基礎性能が弱すぎる」

 

弓兵や暗殺者よりは強いが、攻撃の当て合いが可能なレベルの膂力。

それ自体が付け入る隙である――言葉の綾かもしれないが、回避タンクが1枚いれば何とかなると言い換えれば、確かに少し理解できる。

 

「そんでもって、その技量っつーのも怪しいんだよな。動きが戦士の動きじゃねーっつーか、洗練されてるようでぎこちないっつーか……」

「同感だな。そもそも、かのアルフレッド・ノーベルが格闘技の達人というのがおかしな話だろう」

 

アサシンとアーチャー、実際に彼と拳を交えた二人が意見を合わせる。バーサーカーの技量は戦闘経験に裏打ちされたものではなく、それが付け入る隙になるだろうと。

 

ううん……さっきからそうかもしれないような、言葉の綾のような……。超反応には変わりがないように聞こえるけど……。

同じことを感じたのだろう、古関さんも質問を投げる。

 

「その、スキルの偽とか、真とかの話をしてるんだと思いますけど、未来予知じみた反応されてるのは事実なのでは……。死角からの攻撃すら、見てから避けてましたよね」

 

アサシンの奇襲に対応したバーサーカーを思い返す。

アサシンがバーサーカーの背後に現れたと同時、バーサーカーは首を回してアサシンを視認していた。後の先というか、武術の達人のような技量があるとしか思えない。

 

「それだそれ、未来予知みてーな反応してる割に、やっこさんわざわざ見て避けたんだ」

「え? は、はい、そうですね……?」

「あれ、リアクション薄いね? 見なきゃ反応できねぇとか、隙にもほどがあるだろ」

「隙なんですかそれ。いえ、目視必須が前提なら、こちらの対応の択は広がりますが」

「奴さん、科学者とか言う職業なんだろう、要は計算して予測するって輩だ」

「あー、なるほど。確かにウチにも居ますね。統計的に被害の少ない立ち回りってスタイル」

 

最も被害が低くなる三次元機動、それをリアルタイムで計算しながら実行する。

ミレニアムでは実際にそういう戦い方をする算術使いが居る。彼女の場合、ミレニアムでも唯一の計算能力に依るものだが、バーサーカーも似たような技能を持っているとすれば説明がつく。

 

「単純に予測をしているだけじゃなくて、未知の脅威や同時攻撃も考慮しているとは聞きますが……観測が必要、というのは裏を掻く余地がありそうですね」

 

単純な不意打ちは効かないだろうが――なぜなら、件のセミナー会計は、巨大機械からの初見の攻撃すら軽減する――計算に観測が必要な点は、確かに隙になりえるだろう。

 

「つまりだ、近接戦闘を足止めするだけなら俺っちだけでも……俺っちだけは流石にキツイが、マスターの嬢ちゃんたちが援護してくれりゃぁなんとかなるってこった」

「アサシンよ、御高説は結構だがな――だから何だと言うのだ? バーサーカーが科学者で、近接戦闘も強いが強すぎるわけではない。なるほどな、それで? あの爆発物と超回復を宝具無しにどう突破しろと言うのだね」

「いいえアサシンのマスター、今の説明で二人の言いたいことは分かりました。バーサーカーの能力は、戦闘力も爆発物も超回復も、全て科学技術の類――そう言いたいのですね」

「ああ、少々長くなったがそういうことだ。ヤツは恐らく、物理的なダメージであれば回復できてしまうだろう。しかしキャスター、君であれば」

「医学的に対処不能な呪いの類であれば、あるいは回復を貫通できる可能性はある……そしてアーチャー、貴方はその間、爆発物から私を護るということですね」

「ああ。あの威力は脅威だが――なに、いくつか対処札はあるとも」

 

アサシンが足止めしている間にキャスターが呪い、キャスターをアーチャーが護る。

仮定に仮定を重ねた作戦だが、確かに機能するように感じる

 

「仮説も多いですが、試す価値はありそうですね」

「尤も、バーサーカーがこれ以上の奥の手を持っていない前提だがね」

「アーチャー、余計なフラグ立てないで」

 

「……話は決まった? それじゃ、行こうか」

 

いつの間にやら自転車に乗っていた砂狼さんが移動を促す。

とりあえず方針は決まった。バーサーカーの待つ採石場まで向かうことにしよう。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「すみません、乗せていただいて……」

「ふん、簡易的とはいえ同盟だからな。キーリソースの融通はビジネスの基本だろう」

採石場へ向かうにあたり、私は機械の男性――元理事さんのハーレーのタンデムシートに乗せてもらっていた。

 

『小鈎ハレがハーレーに乗っていることを検出しました』

「アテナ3号、うるさい」

砂狼さんは自転車で、古関さんはアーチャーに抱えてもらって移動している。

バイク並みの速度で走るサーヴァントも、自転車でそれに追いつく砂狼さんも凄いなぁ。

 

「しかしサーヴァント無しのマスターとはな、俄かには信じがたいが……」

「う~ん、召喚が失敗したのか、それとも勝つ気がないから出てきてくれないのか」

 

アーチャーと会った時にしろさっきのバーサーカー戦にしろ、そこそこ私もピンチだったと思うけど、それでもサーヴァントは現れなかった。

何なんだろうね。既に4騎は判明してるから、セイバーかランサーかライダーか。令呪で呼んだら出てきてくれるかもしれないけど――。

 

「いざとなったら令呪を使って出てきてもらうつもりですが、バーサーカーは悪い人ではなさそうですし、できれば黒幕まで残しておきたいんですよね……少なくとも、カイザーの本社は一枚噛んでるんでしょう?」

「黙秘だ――と言いたいところだが、そうだな。最低でもジェネラル、場合によってはプレジデントやあの黒服も関わっているだろう。私が勝つためにも、主催を倒す必要はある」

「なのでとりあえず主催を倒すまでは共闘して、後はみんなで決勝戦、と。砂狼さんは分かりませんが、私と古関さんは勝敗より被害軽減が目的なのでそんな感じですね。正直、マズい願いじゃなければ砂狼さんか元理事さんに勝ってもらえばそれでいいかなって」

「ふん、そういうところが信じがたいのだ。利益で行動せん者は利益で行動を計れん」

「それはその、ハッカーの矜持と言うかなんというか……ともかく、どっちを応援するか考えたいですし、元理事さんの参戦の経緯とか願いとか教えてもらえません?」

 

多分この人は黒幕側じゃないけど、一応確認しておきたいし。

 

「まあよい。着くまで少し時間もあるからな――」

 

そうして彼は、召喚の経緯を語りだした。

■ ■ ■ ■ 

[20:30 D.U.地区 とあるアパート]

 

大柄な機械の男性、元カイザー理事にして現平営業員の男は、輝く召喚陣の前で勝利を確信していた。

 

男――現平社員――いや、ここでは元理事としよう。彼は召喚の光に照らされながら、ここに至った経緯に思いを馳せていた。

 

きっかけは一通のメールだ。

昔の権限が生き残っていたのか、たまたま送られてきたメーリングリスト、そのリンクからアクセスできてしまったカイザー本社の機密事項。そこには聖杯戦争に関する説明と触媒の候補が記載されていた。あまりにも膨大な資料。しかし。

 

「経営者に向けた資料なのだぞ、できるビジネスマンは必ずレジュメを用意しているものなのだ。そしてレジュメで全てを理解してこそ、優れた経営者なのだ」

 

彼は膨大な資料の中に「レジュメ」と書かれたフォルダを見つける。そこには『サルでも分かる聖杯戦争』と『絶対勝てる! 英霊と触媒の入手方法』と書かれた資料があった。

一般人であれば疑うであろうタイトル、しかし彼は経営者たる意識を以て、決断的に資料を信頼した。

 

「皇帝の中の皇帝――ふはは、カイザーの頂点に返り咲こうという私にこそ相応しい!」

 

『絶対勝てる!(略)』に記載されていた強力な英霊たち。中でも彼は『皇帝の中の皇帝』と紹介されていた英霊に注目した。

カイザーたるもの皇帝たるべし。その英霊を彩る逸話も、王権を象徴する黄金の矢や黄金で飾られた鞭、世の中で起きるあらゆる事を映し出す酒杯と全てが豪奢であった。

故に彼は資料に従い、『皇帝の中の皇帝』を呼び出せるという触媒――古代インドの聖典を入手するため古書館を襲撃したのだった。

 

召喚陣の光が収束する。元理事は恭しく、皇帝よ共に聖杯戦争を勝利しようではないかと語りかける。

「さあ、その偉大な姿を見せるがいい――」

収束する光。その中心には居たのは輝かしき皇帝――ではなかった。

簡素な布の服を身にまとった青黒い肌の小男。とても皇帝には見えない、存在感の乏しい黒子のような男だ。

 

「おっ、アンタが俺っちのマスターか? へへっ、俺はアサシン。よろしくな!」

 

アサシンを名乗る小男の言葉に、元理事は顔面のディスプレイを2、3度明滅させることで答える。

 

「あんれ? アンタがマスターで合ってるよな? もしかしてサーヴァントとは3回しか喋んないタイプ? そういうの、義理の息子の代で拗れるからよくないと思うなー」

「あー、なんだ。とりあえず、だな」

「おっ喋れるじゃーん。よかったよかった。無言プレイとか暇でよー。そんで、何? 俺っちにどんなご質問?」

「そうだな、お前に聞きたいことは――私のサーヴァントを、偉大なる皇帝をどこに隠しおったんだ!?」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「よーするに、触媒が悪りぃ」

「くっ……何たる不運!」

アサシンが語るには、偉大な皇帝とは正しく自分のことであるが、妙な触媒を使ったせいで最弱の側面で召喚されたと答える。

 

「普通に呼ばれたらアーチャーあたりかねぇ? アサシンの側面は……あるっちゃあるが例外っつーか、まともに戦うための霊基じゃないっつーか」

「偉大なる皇帝の権能は無い、と」

「権能どころかスペックもクラススキルも最低限、まともに使える宝具もないぜ!」

「堂々と語るな馬鹿者!!」

「一応言っとくと、宝具は■■■■する能力だ」

「ほんっとうに無意味だな!?」

 

元理事はアサシンを見る。王気の感じない小男だ。スペックも、聖杯戦争の手駒としては自己申告の通り最低限なのだろう。しかし、

「なるほど、言う通りにスペックは最低限なのだろうが――中身までそうではあるまい。最低限のスペックとやらでも乗りこなせ、お前なら勝てるだろうが」

 

男の言葉に数度目を瞬かせたのち、アサシンはすっと目を細めた。

 

「――へえ、案外分かるじゃん」

「ふん、これでも元経営者だぞ、人を見る目はあるつもりだ」

「なるほどなるほど、王を目指すってのはフカシじゃないと。そういうことなら後輩に道を示すってのも悪くないか……」

 

アサシンは漆黒の瞳の奥から眼差す。それはまるで魂を量るかのような、元理事の全てを見通すかのような視線だ。まるで、心臓に氷を流し込んでいくような――

 

「おっと、悪りぃ悪りぃ。ともかくオッケーだマスター、アンタの為に頑張ってやらあ」

「当然だ。聖杯戦争に勝ち抜き私を皇帝にしろ。その暁には貴様の願いも叶えてやろう」

「おーおー気前のいいこって。けどよマスター、現実問題どーすんだい? 超強い皇帝サマをアテにしてたんだろ、俺っちでどうやって勝ち上がるんだい」

「できる経営者はバックアップくらい用意するものだ、この程度問題の内に入らんわ」

 

そう言って、元理事は携帯端末を操作し始める。

 

「我々には情報アドバンテージがある……ゆくぞアサシン、リソースが足りなければ下請けに任せればよいのだ」

 

■ ■ ■ ■ 

[00:45 D.U.某所]

 

「ということでな、後は聖杯戦争の情報を使ってアビドスの小娘に同盟を持ちかけ、雇用関係を結んだのだよ」

「ってマスターは言ってるけど、生徒の子達に聖杯戦争の情報を教えて召喚させる代わりに同盟しようとしたら、実は別ルートで召喚済みでマスターが説明してる間に俺っちがとっ捕まってですね?」

「煩いぞアサシン。結果同盟は結び4騎同盟まで発展したのだ、私の先見性に狂いはない」

「な、なるほど。大変だったんですね……」

なんだろう、すごく、評価が難しい人だ。

元経営者だけあって高いプライドとそれに見合った優秀さを兼ね備えてる、というには小者っぽくて、けれどもサブプランなんかはちゃんと用意しててうまく行っているから実際優秀ではあり……。うーん、社会に出ると色んな人が居るものだなあ。

 

「それで、元理事さんの願いって何なんです?」

「決まっておる、カイザーの頂点に立ちキヴォトスに繁栄を! そしてキヴォトスの皇帝たる私ががっぽがっぽと儲けるのだ!」

「なるほど……え? カイザーコーポレーションのトップに立つことが願いなんですか? 巨万の富とかでなく?」

「所詮は生徒か、視座が低い。一時的な富など、企業の頂点に立った私が生み出す富に遠く及ばんわ。私がカイザーの頂点に立てていない、その経済的損失を想像するがいい」

「なる……ほど……? というかキヴォトスの繁栄が願いなんですか?」

「経済的原則を知らんのか、当然だろう」

 

この人、勝ってもそんなに悪いことしなさそうでは???

 

いや、アビドスの地上げを主導してたから悪い人ではあるし、もしもミレニアムを同じように地上げされたら私も怒るけど、それは学園に所属している側の気持ちだ。莫大な借金を返済しようとするくらいなら土地を手放して転校してしまえばいいじゃないかというのは、企業の理屈としてはおかしなことを言っているわけではない。悪い大人だなぁとは思うけど。

 

あと、論理的に言ってもこの願いは問題ない。この人の願いは『カイザーのトップに立つこと』で、企業の頭が挿げ代わるだけなのだ。外から見れば何かが変わるわけじゃない。

 

「私は応援しますよ。砂狼さんか貴方か、どちらかが勝ってくれればいいなと思います」

「アビドスの小娘と同列なのは気に食わんがそれでいい。見返りは何だ? 私が勝った暁には情報部門の社員にしてやろうか?」

「えーっと……魅力的な提案ですが自由を愛するハッカーですので。代わりに、そうですね、盗まれた古書館の遺物探しを手伝っていただけないでしょうか?」

「それが協力の条件か? 私は本を1つ借りただけなのだがな――まあいいだろう。投資を返すのは商売の基本だ、その程度利子を付けて返してやる」

「ありがとうございます――あと、会社のPCから掲示板に書き込むのはやめた方がいいですよ」

「……なぜお前が私の趣味を知っているのだ」

「さて、なんででしょうかね」

 

うん、これで心置きなくバーサーカーに挑めるかな。

 

■2章 死の商人■

 

■ ■ ■ ■ 

[01:00 D.U.某所 採石場]

 

指定された採石場。そこで4人と1人のマスター、3騎と1騎は再び邂逅した。

 

「改めて名を名乗ろう。我が名はアルフレッド・ノーベル」

 

そう言ってバーサーカーはガスマスクを外す。そこには正しく、最も有名な科学者の一人、ノーベル本人の顔があった。

 

「我が宝具は2つ。代名詞たる“死の商人(Dynamite)”、そして先ほどから我の回復能力として見せている“人理昇華す栄光の証(Nobelpriset)”であるよ」

 

余裕の表れか、あるいは彼の気質がそうさせるか、バーサーカーは己の能力を開帳する。

 

「ノーベル御本人とはいえ“人理昇華す栄光の証”とは……大層な宝具名ですね」

「大層な名前だとも。その名の通り、他の霊基であればこの栄光を賜ったあらゆる功績を再現する事すら可能である。尤も、このバーサーカーの霊基では、狂気の影響で医学と物理化学のみを大ざっぱに纏められた功績として使える程度だがな」

 

これでも弱体化しているらしいが、ノーベルの言う通りだとすれば恐るべき宝具だ。ノーベル賞の栄光を賜った医学の功績の再現、それはつまり、西暦世界のあらゆる医学が概念化した回復能力なのだから。

「では、行こうか――全てだ、全て倒せばいい。そうだろう?」

「手筈通りに、皆さん!」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「矢張り貴公が来るか、アサシン!」

「はいはい、付き合ってもらいますよっと」

なるほどサーヴァントもマスターも優秀な者が揃っているようだ。敵対者達は自身が予測した最も厄介なパターンとほぼ同じフォーメーションで挑んできた。

近接戦闘を挑んできたのはアサシン。絶妙に無視できない攻撃でバーサーカーを縫い付ける。もう一人の前衛は犬耳の少女。アサルトライフル、ドローン、手榴弾をフル稼働してこちらの移動を封じにかかる。

 

「大逆には死を!」

 

そして攻撃の要はキャスターだ。遠距離からの呪術。症状そのものには医術で対抗できるが、医学的に解明されない魂と呼ぶべき領域が削られていくのを感じる。

故に打倒すべきはキャスターとなる。魔術師である上に呪術にリソースを割いている以上、宝具の直撃には耐えられないだろう。

 

ダイナマイトとは「力」の意だ。

神話にて語られる大英雄の姿へ、人間がついに辿り着いた証。神威に比肩する科学のチカラ――しかしそれは同時に、神話の英雄、あるいはそれに比肩する者であれば経験している脅威でもある。

投擲したダイナマイトが空中で撃墜されていく。アーチャーによる迎撃だ。

それでも爆風をも利用したバーサーカーの多重投擲の方が手数も上だ、迎撃の隙間を縫うように、計算された軌道がキャスターに迫る、しかし。

 

キャスターの手前で空間が爆発し、ダイナマイトが誘爆でかき消される。

ダイナマイトに比肩する――いや、それ以上の爆発。

それは即ち、神威そのものの『力』

 

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

 

それは魔力の詰まった宝具を爆弾として相手にぶつけ破裂させる技能。

わずかしか持たないはずの切り札の破壊によって得られる神威。

それを、アーチャーは幾度も繰り出していた。

あるいはこの場で最も異質なサーヴァントにバーサーカーは警戒を引き上げる。

 

(ふむ、とはいえこれは厳しいな)

アサシンに縫い留められキャスターの呪術を受け続ける状況。

キャスターへの投擲も届かない以上、アサシンを振りほどく必要がある。

先ほどのように至近でダイナマイトを爆破する手もあるが――

 

(一瞬引きはがせたとしてアーチャーの妨害を受け、その間にアサシンが復帰する。では連続で自爆しながら接近するか――いや、それで追いつけるほど甘くはあるまい)

 

未だ耐久は可能だが、耐久にせよ迎撃にせよ相手の手数がそれを上回る。

呪術による影響は、徐々に反応を低下させていた。

 

(単に負けるのも拙いが……ここまで反応が低下してしまうと、マスター狙いをされる恐れも出てくるか。しかし、だ)

 

「我がマスターに誓って、負けるわけにはいかんな……!」

 

バーサーカーの両眼は、未だ闘志を失っていなかった。

 

■ ■ ■ ■

[22:00 D.U.某所 ゲヘナ近郊の路上]

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

 

されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。

汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。

 

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

血走った目で召喚の呪詞を唱える猫人。

ぼろぼろだが、元は質が良かったであろう衣服を身にまとっている。

彼は事業で大きな失敗をし、全てを失い狂っていた。

自分の境遇を逆恨みしあらゆるものを憎む彼に、何者かが触媒と、バーサーカーを狙って召喚する召喚式を与えたのだ。

 

紅く禍々しく輝く召喚陣から、ガスマスクを着けた洋装の老人が現れる。

 

「おお、お前がバーサーカー、か……?」

「……────Ja」

 

ガスマスクによってその声はくぐもり、不明瞭な音が発せられる。

 

「……Jag(理解) är(して) förståelse(いるとも)」

「そうか、そうか、すばらしい!」

「────Allt(全てだ).Allt(全て) jag behöver(殺) göra(せば) är att döda(い) dem(い) alla.───(そ)─(う)ja(だろう)?」

「ああ、そうだとも! 令呪2画を以て命じる!!」

 

「バーサーカー、貴様が思うがままに爆破しろ!」

「Jag(理解) är(して) förståelse(いるとも)――」

 

「死の商人(Dynamit)」

 

瞬間、バーサーカーを中心に大爆発が巻き起こった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

バーサーカー、アルフレッド・ノーベルとはいかなるサーヴァントか。

 

サーヴァントとはクラスという型に押し込められた、英霊の一側面である。

アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル。

ニトログリセリンの安全化に成功した化学者であり、世界中の採掘や土木工事を発展させる。死後も資産のほとんどを使い、人類の発展に寄与した人物を国籍の差別なく表彰する、物理学・化学・医学・文学・平和の5つの賞――後のノーベル賞を設立した、紛れもない人類史の開拓者。

 

しかし一方、彼の最も有名な功績、安全化されたニトログリセリン――"ダイナマイト"は、その功績と同等以上の負の側面も齎した。

その爆風はいとも容易く山を切り崩したが、その爆発は鶴嘴に崩せぬ磐をやすやすと吹き飛ばした。その炎は人を超えた力として、やがて戦乱の悲劇を生んだのだ。

『可能な限りの最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺害する方法を発見した人物』とは1888年、4月12日の新聞に記載されたノーベルの評である。

 

ノーベルにとってダイナマイトが戦争で使われることは想定内であり、むしろ破壊力の大きな兵器は戦争抑止力として働くと予想していた。しかし実際には高性能爆薬の普及により戦争の激化を招いた。これにより、世間的には「死の商人」というイメージが広まっていた

 

バーサーカー、アルフレッド・ノーベルとは、その「死の商人」のイメージを強く反映した側面である。

 

『狂化』、バーサーカーとなったサーヴァントに付与されるクラス特性。理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿すスキル。

狂化を受けた今、彼はその"人類を発展させる"ための技術を、"人を殺す"ためにこそ使用する。

その功績が、彼の望んだ物とは異なる形で結実する事の皮肉。それはまさしき"火薬王"の姿であり、同時にそれは生前の彼が何としてでも払拭したかった、彼にとっての"悪"の側面である。

バーサーカー・ノーベルは会話が可能だが、代わりに在り方の根底は〝人を殺す〟〝その為に武器を使う〟〝回りの被害を一切省みない〟と確定している。

 

故に彼は、全てを破壊することとした――当然、そこには己を召喚したマスターすらも含まれていたのだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

爆煙の中から、無傷のバーサーカーが悠然と歩を進める。

マスターは死亡したが、バーサーカー・ノーベルは魔力消費対効果の燃費が非常に高いサーヴァントだ。令呪2画による魔力は未だ十分、魔力が切れるまで殺戮の爆殺が挙行される、そのはずだった。しかし。

 

偶然、バーサーカーはゲヘナにほど近いD.U.で召喚されていた。

偶然、その日ゲヘナの外へ部活動に出ていた少女が居た。

偶然、帰り道の少女が爆発の光景を目撃していた。

 

「おじさんすごーい、発破できるの!? 次はこっちを爆破して!!温泉開発しようよ!」

 

赤毛の少女は屈託のない笑顔でバーサーカーに話しかける。

従う義理の無い頼み。そも、バーサーカー・ノーベルにとって、全ての人間は爆殺の対象だが――令呪による『貴様が思うがままに爆破しろ』、言い換えるならば爆破対象を複数から選べる場合は選べということであり――ノーベルの核たる思考は、無意識に、少女自体の爆破よりも少女の頼みを優先した。

バーサーカー・ノーベルはダイナマイトを生み出した科学者の、死の商人として恐れられ苦悩する側面が強調された存在だ。人類を発展させるための技術で人が殺される皮肉の体現者。故に、殺戮に囚われようと――殺戮に囚われているからこそ、彼の望みは土木工事の発展にダイナマイトが使われることである。その核たる望みには逆らえない。

 

爆破、噴出。爆破、噴出。爆破噴出爆破噴出――。

 

見渡す限りを瓦礫と温泉ので埋め尽くした頃、彼の殺戮衝動は消え去っていた。

狂化が消えたわけではない。しかし、殺戮衝動に反し続けたことによって令呪の影響がより優位に、『思うままに爆破する』ことへ思考がシフトしたのだった。

 

理性が戻った思考でバーサーカーは考える。今後についてを。

いや、考えるまでも無いだろう。己が『思うままに爆破する』ための方法は、既に目の前にあった。己の力を平和利用にしか使わない少女が居る。まあ、街を更地にして温泉にするのは、多少迷惑な行為かもしれないが――それでも彼女は爆破を平和利用にしか使わなかった。

であれば今生のサーヴァント生、彼女の願いをこそ叶えよう。

「赤毛の少女よ、名を何という?」

「私? 私はメグ。ゲヘナ温泉開発部の下倉メグだよ!」

「そうか。私はバーサーカー、アルフレッド・ノーベルと言う。これも何かの縁だ、一緒に、その……温泉開発とやらをしないかね?」

 

そうしてバーサーカーは、聖杯戦争の概要と契約更新の手順を伝える。

 

「ええと? ――告げる!

汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら――」

「――我に従え! ならばこの命運、汝が狂気に預けよう……!」

 

「バーサーカー……いや、アルフレッド・ノーベルの名に懸け誓いを受ける……!

貴方を我が主として認めよう――!」

 

その夜、狂戦士は運命と出会ったのだ。

 

■ ■ ■ ■ 

[01:30 D.U.某所 採石場]

 

「ふむ、なるほど。英雄とは斯くも強いか」

 

作戦は効いていた。バーサーカーの動きは徐々に精彩を欠いている。

しかし、その目は闘志を失っていない。

 

「先ほど我が宝具の説明をしたが……一つ不正確な点があった。バーサーカーの霊基では狂気の影響で大ざっぱに纏められた功績しか使えんと言ったな。それは事実なのだが」

 

ほんの少しの逡巡の後、バーサーカーは少し恥ずかしそうに言葉を続ける。

「実のところ、この私はバーサーカーでありながら正気に戻っている」

「ええ、それは薄々感じていましたが……それを今言うってことは」

「うむ、限定的ながら、より本来のスペックで宝具を扱えるということである」

「狂化とは……?」

「ははは、我がマスターとの出合いに感謝を」

笑いながら、楽しみながら、バーサーカーは宝具の神髄を解き放つ。

 

「さあ、超えてみせろ……人類の叡智を!」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

人理昇華す栄光の証、その本質が解放される。

その影響をいち早く認識したのはアーチャーとキャスターだった。

 

「これは……」「魔術が!?」

 

人理昇華す栄光の証。人理の発展にこそ尽くす、人類文化への栄光。

それは言い換えるなら、神秘を否定し科学の理を崇拝する世界。

 

バーサーカーの宝具は人の世のテクスチャを体現する、固有結界と似て非なる現象として解き放たれた。

 

最も影響を受けたのはキャスターだ。科学の光の下に呪術も死霊術も存在し得ない。辛うじて、純粋な魔力攻撃を行える程度だ。

次に魔術により武具を生成していたアーチャー、その原理上キャスターほどの影響は受けていないが、生成する武具に神秘が乗っているほどランクダウンが避けられない。

 

逆に、最低限のクラス性能しか持ってきていないアサシンと、生徒たちは影響を受けていないが――。

 

「ちょ、ちょ、これじゃジリ貧だぜ!?」

 

圧倒的な火力不足。戦闘手段を科学技術に限定される以上、無尽蔵にダイナマイトを生成し無制限に回復するバーサーカーを止める手段は、原理的に存在し得ない。

火力に負け、ダメージの蓄積も狙えない。

闘い続けるほどに戦力を削られていく。

 

3騎がかりで戦線を維持するが、アサシンの言葉通りにジリ貧だ。敗走までは時間の問題だろう。

「……あれ?」

 

あるいは、だからこそ、その違和感に最も早く気づいたのは科学の徒。

何か打開策はないかとデータを分析していた小鈎ハレだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「……という感じでお願いしたいんだけど」

 

通信機越しに各サーヴァント、マスターへお願いをする。

チャンスは一度きり。うまくいくかは良くて五分五分だが、やる価値はあると考えた。

 

「なるほどな、着眼点は正しいと見える。しかし――であればだ、最後の手順はそれでいいのかね」

「うん。理屈の上ではこれが一番良いはずだし……感情の上でも、これが一番いい方法だと思うから」

 

そうして私たちは、最後の攻防を開始する。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

「悪いが私に付き合ってもらおう」

「矢張りな、次は貴公か!」

 

アサシンに代わり、アーチャーが近接戦闘を仕掛けてくる。

アーチャーの能力は武具の生成、であれば『人理昇華す栄光の証』の影響下ではその性能は大きく落ちる。

 

――しかしながら、戦闘を成り立たせるだけであればそれでも十分だ。

想定を上回る戦闘技量に、リアルタイムで計算を修正する。

奇妙なサーヴァントだ。明らかに近代以降の理論に基づいた近接戦闘技術、であるにも関わらず神代の怪物を想定しているような、近代の人間がサーヴァントと戦うために構築したような。

いずれにせよ、アーチャーの近接戦闘能力は純粋な技術に依るものだ。『人理昇華す栄光の証』の影響下であっても劣化しない。

「アーチャー、位置取りに気を付けて! 足場の悪い方へ誘導されています」

 

黒髪のマスターの指示もよい。元々器用なアーチャーが、敢えて戦場の把握をマスターに任せることで攻防に集中を割けている。

 

それでも元々1対1ではバーサーカーが有利だ。バーサーカーの行動を阻害するには、膂力が、速度が、手数が足りない。しかし。

 

「やあっ!」

「これでもっ……!」

キャスターとそのマスターが中距離から援護する。

流石は高位のキャスターだ、呪術は使えなくとも、単純な魔力弾の嵐が的確に援護を行う。

 

故に、バーサーカー優勢でありながらも、ここに戦闘が成立していた。

 

それはあくまで近接戦闘が成立しているだけだ。まだバーサーカーには『死の商人』がある。大量のダイナマイトを射出し広域爆破を行えば、圧殺の目すらあるだろう。だが。

 

(恐らくそれこそが狙い)

 

相手に足りていないのは火力だ。アーチャーとキャスターによるダメージは回復速度を下回っている。にも関わらずバーサーカーを戦闘で縫い留めている理由は何か。

それは当然、何らかの手段による一撃必殺であるだろう。

何らかの必殺を、ダイナマイト射出による僅かな隙にねじ込む。又は――

 

被弾の影響で重心がブレる。アーチャーとキャスターの連携により僅かながらこれまでで最も大きな隙が生じる。

 

(このタイミングか!)

 

刹那、バーサーカーは崩れた体勢を無理やり捻じり、決断的に自身の死角へと首を回す。

左手後方、最も対応の迎撃が難しい位置。腰だめにナイフを構えるアサシンを目視する。

(戦闘が続けばいずれは少しの隙が生まれる、それを突く――いいや、いいや!!)

 

バーサーカーの首元で爆発――自爆。己の頸部を半分消し飛ばしながら、バーサーカーはアサシンから視線を切った。アサシンからは殺意を感じられない、あれは陽動だ。

確認すべきは更なる死角、右後方の地面付近。

 

果たしてそこには、見慣れぬ機械を構えた白髪の少女が居た。

これこそ現状を逆転する一手に相違ない。知恵比べを見切ったバーサーカーは爆発的加速により怪しげな機械を叩き落とさんとし――その拳は空を切った。

 

「光学的、虚像――」

それは、小鈎ハレのホログラム装置による虚像だった。

本来、観察能力と思考能力に優れるバーサーカーには通じない手だ。しかし、2重の陽動の後の刹那の判断、その間隙に誤認が成立したのだ。

 

(敗北、否――否、否、未だ……!)

 

既に、奇襲はここに成立している。

 

敵にとっては唯一にして最後の好機だ。これまでの戦闘情報の中に敵が己を打ち倒せる手段は一切含まれていないが、アルフレッド・ノーベルの頭脳は致命の一撃の存在を確信していた。

それを目にした時には、己は既に敗北しているだろう。しかし科学者たるバーサーカーは――あるいはサーヴァントとしての彼の矜持は――最後まで観察を止めなかった。

 

バーサーカーは頸部を過剰回復させ、その反動を利用し振り返る。

奇襲は何処で成立しているか。奇襲はなぜ成立したか。陽動こそが本筋だったのだ、アサシンに殺気が無かったのは陽動だったからでなく――。

 

高速で回転する景色。視界の端でアサシンの影に白髪が靡く。

 

そこに待つのは致命的な何かだ。それは必ず、バーサーカーを敗北させるだろう。

 

(それでも、私は!)

死の商人の側面で喚ばれたにも関わらず、発破を求められたあの時。

それは『可能な限りの最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺害する方法』が、遂に本来あるべき『力』であれた瞬間であった。今生の召喚、バーサーカーの望みは完璧な形で叶えられていたのだ。

 

そんな奇跡をくれた赤髪の少女に、勝利を。バーサーカーの行動原理はただそれだけだ。

 

理性が戻ろうとも全てを爆破する衝動からは逃れられない。であれば全て、全てのサーヴァントを己が爆破すればよいのだ。そうだろう。

 

霊基を暴走させる勢いで回復を回す。如何なる致命の一撃であろうと――人類の叡智は無限だ。乗り越え、反撃を成立させる。

 

そんな決意と共にバーサーカーは白髪の少女へと相対する。

その目には正しく、己を致命へと導くモノが映る。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ただ、右手があった。

 

 

 

 

 

自然体の少女が、右手を前に差し出している。

それはただ、握手を求める形をしていた。

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

その違和感に気づいたのは、どうにか隙を探ろうとバーサーカーの攻撃を分析していた時だった。

 

「アテナ3号、このデータ本当?」

『肯定です。5次影響まで含めてデータを表示しています』

「遠方支援の私たちはともかく、砂狼さんまでってことは……」

『はい、バーサーカーは全てのマスターが被弾しないように立ち回っています』

 

なんとなく、砂狼さんが被弾してないなという気はしていた。

とはいえ彼女は回避能力が高いし、サーヴァントを優先で狙っているという程度の話だと思っていたが……直接攻撃だけでなく、爆破による破片や攻撃の相殺の余波、全てが有意に彼女を避けているとなると話が変わる。

 

『提案します。何れかのマスターが奇襲すれば、隙を生むことができる可能性があります』

「それは甘く見すぎだよ。けどまあ、行動を誘導するくらいは期待できるかな」

マスターに攻撃をしないというのが本当だとして、マスターの奇襲程度では負荷もなく対応されてしまうだろう。ただ、攻撃を武器狙いに誘導させることはできるかもしれない。

 

「例えばそうだね……視点が武器側に行くなら、条件次第ではホログラムに引っかかってくれるかも、とか。でもそれだけだなぁ」

 

ホログラムは無機物の方が見破られにくい。武器に視線を誘導できるなら、ものすごく混乱した状況ならサーヴァントであってもひっかかる、かもしれない。かもしれないレベルだけれど。

 

「う~ん紳士。そんな人相手、ますます戦いたくないなぁ……全然優勝しちゃってくれていいんだけどなぁ……」

『疑問を提示します。小鈎ハレはキヴォトスが温泉になってしまってもいいのですか?』

「温泉パンク……アリだよそれは。地面が全部温泉でその上に都市が建ってる世界、そんな世界ならではの科学技術もあるんじゃないかな」

『データ更新、小鈎ハレのアライメントを混沌に修正』

「ばかな、私ほど品行方正なホワイトハッカーは居ないというのに」

どうにかこの瞬間に黒幕が横やり入れてこないかなぁ。これだけ理性的で平和主義なバーサーカーとか敵対したくないんだけど。

 

……ん? 理性的で平和主義?

 

「アテナ3号、ちょっと再生してほしいバーサーカーの発言があるんだけど」

 

『バーサーカーの霊基では、狂気の影響で医学と物理化学のみを大ざっぱに纏められた功績として使える程度』

『バーサーカーでありながら正気に戻っている。限定的ながら、より本来のスペックで宝具を扱える』

 

ノーベル賞って確か、医学、物理学、化学、文学、そして――

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

ノベル・プリゼート。それは死の商人と呼ばれたアルフレッド・ノーベルが、それ以上に生へと貢献するために設立した賞だ。

故に、彼は何よりも――理性が戻っているバーサーカーがその行動で示していた通り――平和と人命を希求する意識が強い。

 

何も持たない右手をただ差し出す。

 

それは握手を求める所作。利き手を制することで、武器を隠し持っていないことを示す動作。平和への交渉を示す宣言。

 

「残る2騎、どちらかあるいは両方がこの戦争の黒幕のはず。私たちの決着は、彼らを倒してからにできないでしょうか」

 

平和とは戦争でない状態であり、本質的には戦争と戦争の間にある間隙に過ぎない。

しかし、その間隙を少しでも作っていくこと、少しでも先延ばしていくこと。その意志力そのものもまた、平和の本質。人理の栄光のチカラだ。

 

人理昇華す栄光の証。それは人理の発展にこそ尽くす者への栄光、それを祝福する宝具。

それを解放しているバーサーカーだからこそ、平和へ真摯に尽くそうとする願いには逆らえない。

尤も、小鈎ハレはそこまで計算ずくで行動した訳ではないが――結果はここに齎される。

 

何も持たない右手を、もう一つの何も持たない右手が掴んだ。

 

「なるほど、これは確かに、私の致命の一撃だとも」

 

穏やかな顔で、狂戦士として召喚された紳士が微笑む。

そして、悲しげに言葉を紡いだ。

 

「負けるなよ、平和を紡げる者たちよ。できれば我がマスターを頼む」

「えっ、それって、どういう――」

「アサシン、受け取れ!」

「ぐえっ!?」

 

バーサーカーの右肘が爆発。分離した右腕は小鈎ハレの鳩尾を強打しつつ少女ごとロケットのように飛翔する。

 

薄れゆく意識の中で小鈎ハレが見たものは、バーサーカーを飲み込む太陽であった。

■ ■ ■ ■

[02:00D.U.某所 採石場]

 

飛来した巨大な焔がバーサーカーを飲み込む。

数瞬後。焔が消えたその場所には無があった。

 

「え、は、え……?」

 

意味をなさない呟きが古関ウイの口から洩れる。

あれだけ苦戦したバーサーカーが一撃で消滅した事実、そこに思考が追い付いていない。

 

他の者も似たようなものだ。疑似太陽を封じた聖剣の輝き、それを一目で理解できる者など居ない。

故に。この場で正しく状況を理解していたのは、ただ1騎のみだっただろう。

 

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

聖剣の極光。凡百のサーヴァントであれば霊基ごと絞りつくさねば成立しえない規模の宝具。そのあり得ない2射目が立て続けに放たれ、赤紫色の7枚の光の盾がそれを防ぐ。

 

「聖剣解放――それを連続で!?」

 

漁夫の利を狙った一撃。しかし、その必要すらあったのだろうか。

あのバーサーカーの回復能力を上回り消滅さしめる極大の焔、それを連発できる存在。

アーチャーが防がなければ全滅していた事実に、ウイはようやく思考を立ち直させる。

 

「なるほど、これを防ぎますか」

 

闇夜を太陽光が切り裂き、白銀の騎士が現れる。

如何なる摂理か。闇夜であるにもかかわらず、騎士の周りだけが陽光のもとにあった。

 

サーヴァント・セイバー・ガウェイン。

太陽の騎士、忠義の騎士。アーサー王の右腕。最も著名な円卓の騎士のひとり。

かの聖剣エクスカリバーの姉妹剣、太陽を封じたガラティーンを武器する。

彼を象徴する性質は日中3倍。条件下では、かのランスロット、円卓最強ですら防戦を選ぶ他ない無謬の騎士。

 

――その騎士が、闇夜の中にも関わらず、陽光に照らされて立っている。

 

「゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっ! ど、どうせチートしてくるとは思ってましたが、限度ってモンが! あるでしょう! 常時日中ガウェインとか何考えてるんですか!!」

 

古関ウイの想定は正しい。ガウェインが持つは『不夜』のギフト、本来の聖杯戦争ではありえない能力であるが、ガウェインのマスターがとある存在を利用し、その性質を反転させることで付与したのだった。

 

騎士の持つ聖剣には太陽の如き炎光が宿っている。第三射の準備は完了してる。

 

「絶体絶命だな、マスター」

「一応聞きますけど、熾天覆う七つの円環は連発可能ですかね」

「それが可能なら、もう少し余裕を見せているとも」

「゛あ゛あっ、もう! なんですかアレ、1対6でも余裕でしょうが! 最初っから攻めればいいでしょう、そうしてくれたらまだバーサーカー込みで戦えたのに!」

「だから今なのだろうよ。セイバーのマスターは相当に慎重な手合いのようだ――だからこそ、僅かな隙が生まれている」

「……なんとかなるんですか、アーチャー?」

「一か八かといったところだが。まあ任せたまえ」

 

ゆっくりとした歩調でアーチャーはセイバーへと歩みを進める。

 

「止まってくださいアーチャー、他の2騎も妙なことを考えないように。降伏か戦っての敗北か、貴方達の選択肢は二つに一つです」

「もちろん後者だ。そのうえでセイバー、騎士たる貴公を見込んで一騎打ちを申し込む」

「……あからさまな時間稼ぎですね、それを私が受けるとでも?」

「おや、時間稼ぎとは妙なことを言う。せっかくのサーヴァント生、私はただ、かの円卓の騎士と技を競いたいだけなのだがね。それとも、何か――」

 

やれやれと、大げさにアーチャーは肩を竦める。

「貴公が陽光の祝福を受けてなお、無名のアーチャー1騎を瞬殺できない程度と言うなら話は別だが――おっと、もしかして円卓の騎士と言ってもその程度だったか、その盟主の器も知れるというものだ」

「見え見えの挑発ですね……構いません、乗って差し上げましょう」

「かたじけない。何、気負わなくともよいさ。どうせ受けても受けなくても、こちらがすぐ全滅するという結果は変わらないはずなのだろう?」

「そのつもりですし、そうでなければなりません。尤も、この場にこちらのマスターが居れば、絶対受けるなと言われたところでしょうが」

「そうだろうな。貴公にどんな束縛があるかは分からないが――騎士の気遣い痛み入る」

そう言ってアーチャーは戦闘の構えを取った。

彼の行動が意味するところは明白だ。己が時間稼ぎをするから逃げろ――そしてセイバーを倒す手段を見つけ出せと。

 

「アサシン、キャスター、頼んだぞ」

「待てよアーチャー、何アンタだけカッコつけてんだ」

「そうです、こちらは3騎居るのですよ! 下手に時間を稼ぐよりも全員で掛かった方が、あるいは……」

反対しつつも2騎の歯切れは悪い。彼らも分かっているのだ、現時点で取れる行動の中でそれが最もマシな選択であることに。

故にこそ、決断を下したのはマスターの側であった。

 

「行くぞアサシン。アビドスのもそれでいいな」

「待てよマスター、俺の宝具なら――」

「らしくないぞアサシン。切り札には切り時がある。お前は本当に今が最善と思うか?」

「……分かったよ、アンタの言うとおりだマスター」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

そうしてアサシン・キャスター陣営は場を引き払う。

後に残ったのは2騎と1人だ。

 

「ごめんね、アーチャー」

「ああ。精々時間稼ぎをさせてもらうさ」

 

アーチャーは飄々と言葉を紡ぐ。ああ、そうだ。私はそんな彼を見たくて、あるいは見たくなくて、聖杯に祝詞を捧げたのだった。

 

「ところでマスター、純粋な疑問なのだが――君はなぜ私を知っていたのだろうか。私は決して有名な人物ではないはずだがね」

「それは勿論、本に載っていたからですよ。『冬木聖杯戦争備忘録』、西暦の21世紀ごろに少部数が出版された奇書ですね」

 

とある魔術師の残した手記とスクラップ資料、それを元に発行された、魔術がうっかり表舞台に表出しかけたと言われる奇書。著者不明とされているが、明らかに主観でしか知りえない事実が記された、とある管理人当主による手記。

 

「ふふっ……ははははは、彼女らしいことだ!」

 

私がその本を覚えていたのは――第五次聖杯戦争、実際にあったその事件に、不謹慎だと思いつつもその物語に惹かれてしまったからだ。

客観を装った手記でありながらも、筆者の情感が乗った聖杯戦争記。アーチャーのマスターだった少女が駆け抜けた事件の記憶。

その手記は最後に、こう締められていた。

 

『冬木の聖杯は解体されました。もう二度と、聖杯戦争が起きることはないでしょう。しかしもしも、これを読んでいる貴方が聖杯戦争に巻き込まれそうになったのならば――彼を。正義の味方(アーチャー)を喚ぶといいでしょう』

 

「しかし、そうか。私は■■■でも■■でもなく、『第五次聖杯戦争のアーチャー』として呼ばれた訳か。であれば――敢えて一つ、確認させて貰いたいのだが」

 

圧倒的な敵を前にして、天気の話でもするかのようにアーチャーは台詞を紡ぐ。

 

「別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

それは決死の宣言であり、同時に望外の戦果を上げることの誓約だった。

 

「――!! ええ、アーチャー。遠慮はいらないです」

 

ふうと息を吐き、大きく息を吸い込む。

これは命令であり、同時に願いだ。

 

「令呪2画を以て命じる――がつんと痛い目にあわせてやって、アーチャー!」

「3画目は使ってくれないのかね」

「だってアーチャー、アレを倒してくれるんでしょう?」

「ふっ、そうだったな――では期待に応えるとしようか」

■ ■ ■ ■

 

物語とは繰り返されていくものです。

様々な類型が繰り返され、少しずつ形を変えて強固なものへとなっていく。

 

建国神話。洪水神話。バナナ型神話に異類婚姻譚、聖剣神話に貴種流離譚に竜殺し。

転生譚、なんてものは紀元前のインドの聖典、ヴェーダの時代から現在まで親しまれる類型でしょう。

 

繰り返されることで洗練され、前例が存在するがため強固さを増すフレームワーク。

 

それが現実でも行われる時、あるいは儀式と呼ばれることもあるでしょう。

類型を繰り返すことにより、事象は強化される。外から来た者にとっては少々奇妙ではありますが、ここキヴォトスで実際に成立している世界法則。

 

そう、儀式。この一夜の物語に於ける、聖杯戦争に並ぶもう一つの法則。

その鏑矢となったのが、あのアーチャーだったのは驚きですが……まさか、一番の不確定要素が自ら破滅の類型をなぞってくれるとは。

 

つまり――アーチャーが落ちて後、そこからは後編。儀式に纏わる物語なのです。

■3章 崇高なるもの■

 

■ ■ ■ ■

[03:00 D.U.某所]

 

「うーん……」

「ふん、ようやく目覚めたか」

 

目を開けると元理事さんが横に座っていた。

周囲を見渡す。屋外、恐らくD.U.のどこか。瓦礫に背を預け、私たちは座っている。

 

「ここは……バーサーカーは!?」

「そうか、お前はそこからだったか。サマリーとしてはバーサーカー、アーチャー、アサシン、セイバーの順で落ちた。残るはランサーとキャスター、そしてお前の推定ライダーだな。聖杯戦争も大詰めという訳だ」

「そうですか、アーチャーとアサシンが……」

 

私が気を失っている間、想像以上に状況が動いていたようだ。

 

「落ちた順序から言って、セイバーとランサーの2騎が黒幕、カイザー側でしょうか」

「あたりだがはずれだ。ランサーのマスターはジェネラル、カイザーの重役だが、セイバーのマスターはベアトリーチェとか言う女……ゲマトリアの一員だ。この戦争、本質的にはベアトリーチェとカイザーの遣り合いだったわけだな」

 

頬杖をつき、忌々しそうに元理事は語る。

私が気絶してから、ここまでの顛末を。

 

不夜のギフトを得たセイバー・ガウェイン。

日中3倍の能力を持つサーヴァントに常時日中となるチートを付けたマンチキン構成。

それを破った方法は単純だ。ギフトを上回る強制力で、夜を齎したのだ。

 

「皇帝の中の皇帝、輝けるジャム。その側面にして最初の死者たるヤマ――死ぬことで昼夜の起源となった王だ。アサシンの宝具は死ぬことで発動した。不夜のギフト? 馬鹿馬鹿しい。起源そのものの方が強いに決まっているだろう」

アサシンの自爆宝具で夜にして、キャスターの陣地で絡め、ランサーの宝具で勝った。

説明にしてしまえば一行の話だが――。

 

それを語る元理事に、最初に感じた小者じみた振る舞いはない。

悲しみながらもそれを振り切った風格が――アサシンに感じた大人物たる風格、それをほんの少し感じ取れる。

 

「この戦争の主催は、ランサー・クーフーリンを召喚したジェネラルだ。たった1騎でも十二分に勝ちを拾えるサーヴァントだからな」

 

しかしどこから嗅ぎ付けたのか、ベアトリーチェがセイバー・ガウェインを召喚。加えて色彩を利用し不夜のギフトを付与。

それにいち早く気づいた黒服がジェネラルに助言し、元理事へ対抗策となりうるサーヴァント……アサシンの情報を流したということらしい。

 

「全く以て腹立たしい。結局私は、奴らの掌の上だったのだからな」

 

元理事は怒りを表す。しかしそれは他人に翻弄された者の嘆きではない。

確固たる決意を以て行動した者の言葉だった。

 

「でも、貴方はただ踊らされたのでなく、自分の意思でアサシンに宝具を使わせた。そうでしょう?」

「ふん、どのみち勝つにはそうする他無かったからな――そう、私はまだ諦めていないぞ。聞いたところによるとマスター権は譲渡できるらしいからな。お前を保護していたのも、そうだ、その一環に過ぎないのだからな」

 

プイと顔を背け元理事は嘯く。言っていることに嘘はないが、本気で聖杯を奪おうとも思っていないのだろう。やろうと思えば、私の左手を切断してしまえばよかった。それでマスター権を奪うことだってできたはずなのだから。

 

「状況は分かりました。4騎が脱落し、後はランサーとキャスター、そして私のライダー。聖杯戦争の決着はもうすぐ決まるはずだと」

「ああ、そうだな。『サルでもわかる聖杯戦争』に依れば、それで終わりのはずだ」

 

一つ、万能の願望機・聖杯の所有をめぐる戦争である

二つ、7人のマスターが7騎のサーヴァントを使役し戦う戦争である

三つ、サーヴァントとは過去の英雄であり、遺物や縁を触媒として召喚される

四つ、サーヴァントには能力に応じた7つのクラス、

剣・弓・槍・騎・術・殺・狂が割り当てられる

五つ、マスターはサーヴァントに対する3画の絶対命令権、令呪を持つ

六つ、サーヴァントは肉体を持たない霊体存在である

七つ、最後まで勝ち残った1組のみ、聖杯にて己の願望を叶える事が出来る

 

サーヴァントは7騎で、最後に勝ち残った1組が聖杯を手にし、その1組のみが己の願望を叶えられる。

 

「そうですよね、そのはずですよね。でも、だったら――」

 

アレは、なんなのだろう。

 

そこには冒涜的なフォルムの赤い巨怪が居た。

女性のような、植物のような形をした、赤と白の有機的な何か。

それがキャスターとランサーを玩具のように弄んでいる。

 

「セイバーのマスター、ゲマトリアのベアトリーチェ。聖杯を手にした怪物だ」

 

■ ■ ■ ■ 

[02:30 D.U.某所]

 

「つまらない木偶ね。1騎くらい道連れにすればよかったのに」

 

セイバーを倒した砂狼シロコたちの前に、赤い肌をした怪人が現れた。

 

覚えのある特徴に、シロコは友人のヒフミに聞いた話を思い出す。アレは恐らくベアトリーチェ。エデン条約の騒動の中心に居たという、ゲマトリアの一員だ。

 

「セイバーは倒した。今更出てきてどうする気?」

「滑稽ね。聖杯戦争の仕組みも知らず、ただバトルロイヤルをして勝った気だなんて」

紅い女は嗤う。お前たちは根本的に間違えているのだと。

 

「セイバーを倒した? そうですね。私が倒させたのですから――4騎も集まれば十分」

「マスター! セイバーのマスターから異常な魔力反応が!」

 

ベアトリーチェは背後に持っていた何かを掲げる。金色に輝き、杯の形をした物体。

 

「それは、聖杯?」

「この程度も知らないのね。これは小聖杯、サーヴァントの魂を集める器。儀式の中核、大聖杯はアビドス砂漠の下に設置されているわ」

「サーヴァントの、魂。なるほど、それならば魔力反応は納得です。7騎と言わず、4騎もあれば大抵の願いが叶えられるほどの魔力リソースに……いえ、まさか、そんな!」

「さすがにキャスター、気づいたようね。『最後まで勝ち残った1組のみ、聖杯にて己の願望を叶える事が出来る』――馬鹿馬鹿しい、説明もサルなら信じる方もサルじゃないの。俗世の願望を叶える程度なら、サーヴァント数騎の魂で事足りるのです」

 

「――そう、こんな風に」

膨大な魔力リソースがベアトリーチェの肉体を組み替えていく。

 

大きく、巨きく、膨きく。

女性のような、植物のような形をした、赤と白の有機的な何かへと。

 

その周りを護るように、多数の青白い幽体が飛び回る。あれはミメシス。エデン条約の時の騒動でも交戦した大昔のトリニティの信徒、その亡霊にして複製だ。

 

「貴方達の手は割れました。ギフトを受けたセイバー相手に、切れる札は切ってしまったでしょう? 絶死の槍技、死霊呪術と冥界の鏡、面白い演目でしたが原理さえ分れば対策は用意」

 

心臓を穿つ魔槍には、人のそれではなく急所の存在しない肉体を。

死霊呪術には無尽蔵の亡霊を。

異界からの召喚には、それを上回る高出力の肉体を。

 

後だしによる肉体の構築は、無慈悲な脅威として完成する。

「貴方達の長所は潰しました。貴方達は2騎で、私にはサーヴァント4騎分の魔力リソースがある。ふふ、簡単な計算でしょう?」

 

多重に反響したような奇妙な声で巨怪は嗤う。

 

「さあ、くだらない戦争を終わらせ、素晴らしき儀式を完遂させましょう。サーヴァント7騎の魂、それによって世界に孔を開け、私は崇高なるものへと進化する!」

 

それはルール外の理不尽、そしてサーヴァント達の戦いを踏みにじる行為だ。

シロコはぎりと奥歯を軋ませる。

 

しかし、己の冷静な部分がブレーキを掛けていた。

あれは勝てない、挑むだけ無駄だ。ただ遠巻きに見ているしかない巨大な敵だ。

己にできる抵抗は、7騎の魂を集められぬよう、逃げて、逃げて、逃げるだけ――。

 

故に。動いたのは、無駄な行動を行える者だった。

 

「令呪を以て命じる。アサシン、なんとかせんかぁ!」

 

元理事の左手が輝き、そして何も齎さずに輝きを終える。

 

「無駄なことを。ジェネラルに唆され不夜を消した道化だったかしら、己の行為の無意味さに気づかないなんて今回集まったサルの中でも掛け値なしにサルね」

「なるほどな、御高説結構――重ねて命じる。アサシン、なんとかしろと言っている!」

 

再び輝き――そして何も齎さない。

 

「――馬鹿じゃないの。脱落したサーヴァントの魂は純粋なリソースよ。願いになんて応えないわ」

「ああそうだな。あのアサシンが、私の願いに応えぬまま、お前に利用されている」

 

元理事は静かな怒りと共に言葉を紡ぎ、そしてシロコを見た。

 

「アビドスの、そしてキャスター。逃げるなら逃げるがいい。私は逃げんぞ、そして許せん。アサシンも、アーチャーも、バーサーカーも、セイバーさえもだ。たった数時間だが、あの戦いを踏みにじる輩をどうして許せる!?」

 

感情としては共感するが、あまりにも非合理な発言。

だからこそ、感情が強く燃え盛る。

 

「うん、許せないよね。それに同盟だってまだ解消してないし。そっちが逃げないのにこっちが逃げるわけないじゃん」

「そうですね、あの不敬者に罰を与えねばなりません」

 

ベアトリーチェを挟んで反対側でも、ランサーが無言で槍を構えていた。

 

「あらあら、逃げるサルをどう捕まえようかと悩んでおりましたのに、まさか自分から向かってくるだなんて。道化、お前もしかして私の味方なのかしら」

 

嗤う、哂う、巨怪が笑う。

キャスターとランサーが挑むが、それはアリと巨象の戦いだ。

シロコの攻撃はもはや1mmの傷すら付けられず、啖呵を切った元理事に至っては戦域に近づくことすらできていない。

 

何て弱き者たち。何たる道化。何て無意味な者たち。

 

歓喜と嘲笑は、僅かな疑問を忘却の彼方へ押しやっていく。

アサシンの魂は既に聖杯へと落ちている。アサシンを含む4騎の魂は、確実に聖杯の中にあると今も確認できている。せっかくの魔力リソースである令呪を切った、余りにも無駄な行動。何も齎さなかった行動。

その無意味さ故に、ベアトリーチェは見落としてしまった。そもそもサーヴァントが脱落したとき、令呪は消滅しているはずだという事実に。

 

同時に、キャスター・ニトクリスは静かに激昂していた。

サーヴァントの魂、そしてミメシス。死者の魂を冒涜する行為に。

 

「マスター、頼みがあります」

■ ■ ■ ■

[03:05 D.U.某所]

 

「なるほど……そんなことになってましたか」

「ああ。そしてお前も考えの整理に付き合え。何か、何かが引っかかっておるのだ」

 

願望器の真実。サーヴァント4騎分のリソースを持つ巨怪。

願望器が本当に願望器だったのはある意味驚きだけど、想定以上のスケールだった上に悪い奴がスケールの大きい悪いことに使おうとしている。

とっても頭の痛い状況だ。

 

「考えるべきはどうやってアレに勝つか。こちらの札にはすべて対策を取られている相手、しかもサーヴァント4騎分のリソースを持つ相手に勝つ、そんな方法……」

 

絶望的な戦力差。普通に考えて勝てるとは思えないが、それでも条件の整理は大事だ。明示することで見えることもある。

 

「条件は大きく3つ、アレを護る能力を抑えて隙を作りだすこと、サーヴァント4騎すら一度に倒せる出力を当てること、それをキャスターとランサー以外から捻出すること」

 

特に2つ目が問題だ。条件達成はサーヴァントの宝具でも使う他ないが、残るキャスターとランサーには担当できない。

 

可能性があるとすれば――いや待て。

 

「何かおかしくないですか? この状況、万が一ライダーがすごく強かった時点でひっくり返りますよね」

「お前も気づいたか。その通りだ、これだけ慎重に進めてきたベアトリーチェが、その可能性に思い至っていないはずがない」

「つまり、ベアトリーチェはライダーが障害にならないと知っている……?」

 

だとしたら絶望的だ。ベアトリーチェの一手は、盤面の全てを把握した上でのチェックメイトということになる。

 

「そう考える他ない。だが、ヤツはそれをどうやって知った?」

「すべてのサーヴァントの能力を知っていたから……いいえ、違いますね。セイバーを当ててきたってことは、能力までは知らなかったはず」

 

全てを知っていたならセイバーを用意する必要すらない。

セイバーをぶつけたのは、他のサーヴァントの能力を確認するため。

 

サーヴァントは英霊の1側面だ。触媒から誰を召喚するかは予測できても、能力までは召喚しないと分からない。バーサーカーのノーベルがあんんあトンチキ性能してるなんて予測出来てたまるか。

 

なのになぜ、ライダーだけは障害にならないと把握しているのか。

実はライダーとは接敵済みか(本当、私のサーヴァントのはずなのにどこに居るんだろう)、あるいは――。

 

「能力は分からなくとも、絶対に弱いと分かっている、とか?」

「有り得るな。恐らくライダーの触媒を用意したのはカイザー側だ。というより、アーチャーとセイバー以外はカイザー側の仕込みだろう」

 

古書館から盗まれたのは4種類の遺物と1種類の古書。

ケルト由来の武器の欠片、古代エジプト後期王朝の出土品、地中海で見つかった精密機械らしきオーパーツの3種をカイザー側が。

円卓由来の武具の欠片をベアトリーチェが。

そして、ベアトリーチェの召喚に感づいたカイザー側が、対抗策として元理事を唆しインドの古書を。

 

バーサーカーも恐らくはカイザー側の仕込みだ。

適当な人物に召喚方法と、触媒としてダイナマイトを渡したのだろう。

儀式の成立のための数合わせ、かつ近代英霊であれば倒せると踏んだのだ。

おそらくセイバーとアーチャーも同様に、近代英霊を用意しようとしたのではあるまいか。

 

「逆に言えば、ランサー、キャスター、ライダーには明確な役割があった。カイザー側はオーパーツの正体を知っていてライダーを召喚しようとした」

「ベアトリーチェはカイザー側からどうにかしてライダーの真名を知った。ふん、一応の理屈は通るな」

 

仮定に仮定を重ねているが、理屈は通る。

と言うよりも、そうでなければランサーの触媒以外を盗んだ理由に説明がつかない。

しかし、だとすると――

 

「何か、何かがおかしいのだ。ジェネラルは本気で、大英雄クーフーリンが居れば勝てると考えていた。ならばなぜ、もう2つ遺物を盗んでいる?」

「強力なサーヴァントとして、ランサーの予備として盗んだ? あり得ませんね、強い英霊の遺物と分かっていたなら、砂狼さんがそれを入手しているはずがない」

「何か理由があるはずなのだ。キャスターを用意し、アビドスの小娘に渡した理由が」

 

ジェネラルはランサーさえ取れば勝てると考えた、にも関わらず遺物2つを余計に盗み、それでいてキャスターの遺物は召喚方法付きで市場に流している。

行動に一貫性がない、というか、

 

「キャスターとライダーを用意したのは、ジェネラルではない?」

「着眼点は面白いが、だったらそれは誰だ。遺物3つを盗み、わざわざ大英雄クーフーリンの遺物をジェネラルに渡した? ナンセンスだな、そもそもベアトリーチェが聖杯戦争を知れた理由も分からんのに、登場人物を増やしても……」

 

元理事が言葉を止める。ジェネラルに遺物を渡し、ベアトリーチェにカイザーの動向を流し、そして暗躍をしそうな人物。それが居るか居ないかと言えば。

 

「「黒服!!!」」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

黒服が何か企んでいるのでは?

いや、確かに、一番最初に黒幕として疑うべき人物なのだが。

 

「マスター権がないのに、何を狙っている?」

「そう、それですよね。ランサーのマスターがカイザーの人でセイバーのマスターがゲマトリアの人だった時点でどっちかが黒幕だと思うに決まってますよ」

 

うん、気づかなかったのは私の落ち度じゃないはず。寧ろよく気づいた。よし。

 

「マスター権は譲渡可能――と言っても仕組み上はできるという話だ。ヤツの立場なら自分で召喚した方が早い」

「えー、あー、そうですね」

言ってることはその通りなんだけど、肯定していいんだろうかこれ。

この人、マスター権の譲渡を目論んで私を保護してたって言ってなかったっけ。

 

「黒服の目的は分かりませんが、一つ言えることは……キャスターに何か役割があるのなら、ここで負けるはずがないってことです」

 

黒服がキャスターを用意したのなら、その役割が果たされるよう準備しているはず。

ベアトリーチェにここで敗北するとは思えない。

「ヤツに勝てると? しかし、どうやって!」

「繰り返しますが、こちらの札にはすべて対策を取られている相手、しかもサーヴァント4騎分のリソースを持つ相手に勝たねばなりません」

「だからそれができれば――いや、待て」

 

可能性としては2つ。1つ目が――。

 

「ライダーか! 黒服がベアトリーチェに、ライダーは弱いと嘘を伝えていたならば!」

「ええ、可能性の1つ目です」

 

左手を見る。そこには紅く、三画の紋様が描かれていた。

こちらが正解の確率は――いや、いいか。どうせ1度は確認しなきゃいけないことだ。

 

「令呪を以て命じる――ライダー、ここに来て!」

 

左手が輝き、少し後に輝きを終える。

 

「アテナ3号、周囲をスキャンして」

 

祈るようにそう言った。しかし。

 

『令呪使用の前後で周囲の物体、液体、気体に変化はありません』

「何ぃ!? 今、そういう流れではなかったか!?」

 

うーん、やっぱりそうか。

 

「いや待て、令呪の強制力は相当だと聞いている。もう一度だ、もう一度やってみろ。命令が不適当だっただけやもしれん」

「そうですね、そうかもしれませんが――どうやらもう一つの可能性だったみたいです」

 

空を見上げる。先ほどまで一面の星空だった空は、雲もないのに黒一面に変わっていた。

冷たい風が吹いている。魂の底まで凍えさせるような冷気。それは、戦いの舞台から吹いてきていた。

 

■ ■ ■ ■ 

[03:05 D.U.某所]

 

とどのつまり、死んだ程度で人は変わらないということだ。

悪逆の徒には報いを。民の安寧よりも、死者の安らぎよりも、それを選んでしまう。

 

これは確実に聖杯戦争から脱落する選択だ。私はマスターの勝利よりも、自分の怒りを選んでしまった。けれどもマスターは、そんな私の頼みを受け入れてくれた。

であれば――完遂するのだ。状況を、世界を、そして持てるリソース全てを利用して。

 

儀式を、行う。

 

「令呪3画を以て命じる。キャスター、貴女にアヌビスの加護を」

 

断罪のファラオ。怒れる神罰執行者。砂漠の暗夜に凍てつく風が如きモノ――冥府神アヌビスの顕現。それはニトクリスの一面でありながらも、本来召喚され得ない霊基だ。

しかしこの場、この刻に限り、僅かな可能性が開かれていた。

アサシンが作り出した『夜』はまだ続いている。アサシン――ジャムジード・聖王イマ。その側面たる最初の死者ヤマ。いや、日本人にとってはこう言った方が早いだろう。

――地獄の主・閻魔大王と。

 

故にこの夜こそが冥界だ。冥界に居るニトクリスが、アヌビスでないはずがない。

 

ここまで状況を整え、令呪3画を使用し、それでも本来は通らない一理。

英霊召喚とは聖杯戦争とは、そこまで脆弱なシステムではない。

故に無理を通すには、異なる道理を利用する。

 

儀式。繰り返されることで洗練され、前例の存在により強固さを増す形式手続。

類型を繰り返すことにより事象は強化される。

人々と世界との契約。世界にルールを刻み付ける。それがキヴォトスの道理。

 

両の手を左胸に捩じ込む。ばきばきと肋骨が折れ鮮血が迸る先に、求める供物があった。

心臓を捧げる――それと共に、夜がより暗いものに塗りつぶされていく。

 

ヤマは人間で最初の死者となり、死者が進む道を見いだした。

リグ・ヴェーダの讃歌に記される、死者の王の歌だ。

アサシンは己が命を捧げることで冥府の奇跡を引き起こした。故に己もそれに続くと宣誓し、世界にルールを刻み付ける。

 

「砂漠の暗き夜は此処に。さあ、太陽に別れを告げなさい」

 

ここに、冥府神アヌビスの顕現が成立する。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

「この程度、この程度で! 私の崇高が、計画が! 破られるものか!」

 

ベアトリーチェが吼える。

相手の札すべてに対策した機能、それが完全に裏目となっていた。

 

無尽蔵の亡霊と高出力の再生能力。

死霊魔術師相手には完全なるメタとなる札だったが、断罪の冥府神相手にそんなものを振りかざしたらどうなるか。

 

冥府の王の下、全ての亡霊――ミメシスたちは制御権を奪われた。

魂を愚弄した罪は回復能力そのものの剥奪として齎された。

 

しかし、しかし、それでも自分にはまだ、サーヴァント4騎分のリソースがあるのだ。

如何に神霊に近い存在であろうとも、如何に令呪のサポートを受けていようとも、如何に世界の法則に後押しを受けていたとしても、この巨体を滅するには火力が不足している。

 

あのような無理な再臨が保つはずがない。それまで耐えしのげば自分の勝ちだ。

そうベアトリーチェは思考して――思考は、そこで終わった。

 

「は、が、ぐぁぁぁああああ!!!」

 

冥府の闇に、黎明の光が満ちた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

20世紀から21世紀にかけ、日本の冬木市で執り行われた聖杯戦争。

それが第五次で終わり、その後解体された要因の一つは、聖杯があるサーヴァントによって汚染されていたことだ。

それは極限の特殊例であり、敗北後したサーヴァントの魂が外に影響を与えることも、ましてや聖杯に影響を与えることも本来あり得ない。

 

しかし――そこに前例が存在した。

ゆえに――ここに例外が存在する。

 

アサシン。十王審理閻魔王。死によって完成する、死後審判の霊格。

とはいえ彼とて、敗北後、魂だけの状態で何かができたわけではない。ただ存在を保っていただけだ。

彼にできたことはただ、マスターとのパスを維持し続けること。

 

それは、本質的に無駄な行為だ。

脱落したサーヴァントの魂は純粋なリソース。願いになんて応えない。

それでも願う愚かなマスターでも居なけば全くの無意味で――

 

「重ねて命じる。アサシン、なんとかしろと言っている!」

 

愚かなマスターに願われてしまったのだから、なんとかするしかないだろう。

とはいえできることは限られる。例えばそう、他の脱落した英霊の魂に共鳴し、細いパスを繋ぎ直す程度である。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

発展と破滅は表裏一体だ。外ならぬ彼自身がその体現者だった。

19世紀から20世紀に掛けての科学者たちの研究は専ら、未知なるエネルギーたる"電気""光"そして"放射線"への興味として現れた。放射能を解明した功績。光熱に関する功績。それは裏を返せば、生物すべてに対する甚大な毒となり、圧倒的な光と熱量は生命のあらゆるを枯らし焼き払いうる。人類の功績は、ひとたび殺戮に染まれば外道の業と転じ得る。

 

故にこそ、彼はこの夜、それを使わぬままに敗北を受け入れた。

 

"全生物"への特攻効果を有する破滅の光。そんなものを使うべき時は例えば、極悪な巨大怪獣の退治でもするような時くらい――つまり、今だ。

 

「やっちゃえ、バーサーカー!」

「承知した――人理紐解く万物の理(Nobelpriset i fysik)」

 

ベアトリーチェの体内、聖杯から破滅の光が迸る。

回避も理解も及ばないまま、巨大な光の柱が空を焼いた。

■4章 テラー

 

■ ■ ■ ■

[03:15 D.U.某所]

 

戦いの現場に着いた時には、キャスターの退去が始まっていた。

詳細は不明だが、キャスターの活躍によりベアトリーチェを倒したのだろう。

嫌な方の可能性が当たってしまった。

 

何が起こったか、すぐにでも砂狼さんに確認したいが、

 

「納得はいかねぇが、決着は付けねぇとな。ライダーを呼びな、そんくらいは待ってやる」

 

ランサーに行く手を阻まれている。

ジェネラルはあくまで聖杯戦争の勝利のために行動している。残り2騎の状況、彼らの行動は当然であり、私にとっては最悪の状況を招いている。

 

「ちょっと待ってください、話を――」

「せんよ。ランサー、令呪を以て命ずる。白髪のマスターの至近に転移しろ。重ねて命ずる、宝具を充填しろ。さっさとライダーを呼べ、これは慈悲だ。別にこちらはマスターを落としたって構わんのだからな」

 

ジェネラルの持つ本が紅く輝き、ランサーが私の前に転移する。紅き魔槍が私を射程に捉える。

 

どうする!? ライダーを呼ぶ、それしかないが呼べるのか、そんなことしてる場合じゃないのに、けれど説得の余地は――いや、そもそもあの本って、

 

迷うことができたのは、最後の猶予は、そこまでだった。

最悪の状況が、想像を超えて顕現する。

 

「令呪を以て命ずる。ランサー、砂狼シロコの後ろに転移しろ」

 

声の主は黒い男だった。

黒いスーツ、黒い肌、黒い眼窩。

黒服、そう呼ばれるゲマトリアの怪人である。

 

「重ねて命ずる。ランサー、宝具で砂狼シロコの心臓を貫け」

「んなっ……ふざけんな、テメェ!」

 

ランサーの叫びも虚しく大英雄の宝具は少女の心臓を貫通し、

 

「重ねて命ずる。ランサー、自害せよ」

 

あっけなく、聖杯戦争は終了した。

 

最悪の可能性が現実となる。黒服は、この夜の黒幕は、聖杯戦争をしていなかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「黒服、貴様、一体何を……」

「アヌビスですよ、ジェネラル殿。以前、話した計画の1つ。それが成ったのです」

「なぜ態々勝利の目前で!」

「異なことを。我々はあくまでビジネスパートナー、カイザーに利益を与えている限り非難される謂れはないはずですが」

「そうだが、今やる必要はないはずだ」

「どちらにせよカイザーがキヴォトスを支配できます。であればどちらでもいいでしょう? さあ、早くしないと折角の機会が失われますよ?」

「ぐっ……これからは先に話を通せ!」

 

そう言ってジェネラルは去っていく。

この場に残るは私、元理事、黒服、そして倒れ伏した砂狼さんだ。

 

直ぐに治療しなければ拙い……いや、治療して間に合うのだろうか?

いずれにせよ、どうにか黒服の隙を突いて向かわないといけない。

 

「安心してください、彼女は生きています。ほら、ヘイローだってあるでしょう?」

確かに砂狼さんのヘイローは健在だ。

とはいえ水色だったはずのヘイローは黒く輝いている。何か異変が起きているのは間違いないはずだが――

 

「貴方は黒服ですよね」

 

とりあえず、そう問いかける。ゲマトリアの一人、黒服。ヒマリ先輩や先生経由で聞いたことのある名前だ。

 

「デカグラマトンの探求者がなぜここに?」

「ふむ、変わった伝わり方をしているようだ。それも私の調査対象ですが、それだけではありません。私は神秘の探求者なのですよ」

「聖杯戦争を利用して、ですか?」

「はて、そうかもしれませんし、そうでないかもしれないですね。ジェネラル殿をサポートするため、偶々ここに居合わせただけかもしれませんよ」

「とぼけないでください! アサシンとキャスターを利用して、貴方は何をしようとしているのですか」

現時点で最も尤もらしく、そして最悪の仮説を元に、私は黒服に問いを投げる。

はたして効果はあったようだ。白く輝く眼窩がすっと細められた。

 

「そこまでご存じでしたか。存外頭の回る参加者が居たようだ。であれば語るのも吝かではありません」

 

黒服は顎に手を当て、仰々しく口を開く。

 

「さて、どこから語りましょうか――やはり、事の発端からがよいでしょうか」

 

「物語には余白が存在するものです。

あるいは、余白が存在するからこそ物語たると言えるでしょう――」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

そうして黒服は語る。

想定外だった聖杯の発見。そこから計画を立て、ジェネラルとベアトリーチェを唆して聖杯戦争を引き起こさせたこと。

 

「冬木式聖杯、あるいは偽りの聖杯。兎も角、それがあの地にあった。ふむ、本当にこの世界の過去にあったものなのか、それとも何かによって紛れたのか、興味は尽きませんがいずれにせよ……1騎、私の神秘の探索に好都合なサーヴァントが居たのです」

「待て、どういうことだ。アサシンはセイバーを倒すため、キャスターはベアトリーチェを倒すために配置させたのではないのか!」

「元理事、恐らく逆だったんですよ。キャスターに何かをさせる、そのためにベアトリーチェを唆し、その前準備にアサシンを、セイバーを用意したんです」

 

最初から全てを操れる立場に居た黒服が黒幕だった。

であれば、見直さなければならない前提がある。

 

時系列から考えて、アサシンはセイバーの対策として用意されたはずだった。

しかし、全てを計画したのが黒服であるならば。アサシンに宝具を使わせるため、セイバーが用意された可能性が浮上する。

「意味が分からんぞ、なんのためにそんなことをした! そんなことをしてもセイバーとアサシンが落ちるだけだ、それで勝つつもりなら、もっと簡単な手段があるだろう!」

「だから、そう。黒服はきっと、聖杯戦争自体はどうでも良かったんですよ。彼は何かの儀式を成立させるためだけに、聖杯戦争を利用したんです」

 

魔力リソースとしての聖杯よりも、7騎の魂をくべて世界に孔を開けるよりも。

 

「恐らくは、心臓を捧げる儀式。その成立のためだけに、この夜のシナリオを用意した」

「ご明察です。キヴォトス最大の神秘、その代わりになる存在――砂狼シロコを通したアヌビスの顕現、それが今、ここに成った」

 

異様な気配が地に満ちる。

それは異界だ。それは恐怖だ。それは終末の顕現だ。

 

砂狼さんの身体が浮かび上がる。鋭利で傷ついた黒きヘイローに照らされ、神秘によって隠されていた、定義不能の虚無が顕現する。

 

「死の神アヌビス、あるいはそう――テラーとでも呼称しましょうか。全ての命をあの世へと導く、アレは終末装置なのですよ」

 

黒服は表情のない貌で、しかしうっとりと謳いあげる。

終末装置――信じがたい言葉だが、彼が言う以上は事実なのだろう。

 

「理解できない――どうして、世界を滅ぼそうとするんですか?」

つい、思ったままの言葉が口をつく。

しかし、黒服の返答は意外なものだった。

 

「いいえ? 別に滅ぼしたいわけではありません。この世界にはまだまだ検証していない神秘があります。滅んでしまえば検証できないでしょう?」

「まるで意味が分からんぞ! 貴様の儀式で、今まさに滅ぼうとしているだろうが!」

「ええ、ですから、それでも滅びなければいいのです。私の目的はより深い神秘を見ること――アヌビス神は世界を終末へと導く、キヴォトスでも上位の神秘。では、より上位の神秘ならば? 世界が滅びに瀕するならば、それが呼び水になり、連鎖的な顕現が引き起こされてもおかしくはない」

「それは……お前、結局滅ぶだろうが……?」

「今後も実験を続けたいので、滅んでほしいわけではないのですがね。まあ、上位の神秘を見終わったのならば、この世界の観察の意味が減じるのは事実ですが……」

 

元理事は唖然としている。私の胸中に渦巻くのは怒り、あるいは失望だった。

 

「結局、貴方は安全圏からアポカリプスを見たいだけなんですね」

「ふむ……いえ、少し違います。本質的には全く異なるでしょう」

 

怒りに任せ、ぶっきらぼうに言葉をぶつける。

しかし私の言葉に、黒服は真剣な面持ちで思案した。

 

「自分のような求道者にとって、2番目に楽しいことは仮説が立証できることです。アヌビス神を引き金に上位の神秘が跋扈する世界の終末。その成立は確かに楽しいでしょう」

「悪趣味ですね……じゃあ、1番楽しいことって何なんです?」

「それは当然、仮説を上回る結果に出会うことですよ」

 

黒服は期待するように、楽しそうにそう言った。

 

「私にとっても、この世界は興味深い。アヌビス神の召喚はやれるからやりました。この後の展開も、上手く行ってアポカリプスの開演でしょう。ですが、もしも――それを上回り世界を正常に戻すような奇跡があるのなら」

 

何かを求めるように、黒服の手が中空へ翳される。

 

「ソレこそを、私は希求するのです」

 

静謐が空間に満ちる。それはまるで、聖職者による祝詞のようだった。

 

困ったな。それは困る。その望みは、とても困る。

 

――だって、共感できてしまうから。

 

できることを尽くして、尽くして、尽くし尽くして、あり得ない奇跡を願う。

解けないと言われている至上命題の証明に己を賭けることは、ミレニアム生の在り様は、奇跡を願う求道と何が違うのか。

 

「黒服さん――この事件が収束したら、ミレニアムに通うのはいかがです? 千年難題は、きっと貴方を楽しませてくれると思いますが」

「ふむ。私が貴方がたのような少女であれば一考の余地がありましたがね」

「なんで笑い合っておるのだ、お前ら……」

 

元理事は呆れている。しょうがないだろう、私たちはそういう人種なんだから。

 

「であれば――同志に免じて、一つ選択肢を。残念ながらこれは想定内の手ですが、アレを止める可能性がある手段を1つ、貴女は既に持っています。

――そうでしょう? 聖杯戦争の勝利者よ」

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

魔力リソースとしての聖杯。その程度の力で、存在するだけで世界を終わらせる終末装置は止まらない。

しかし、聖杯本来の機能であれば話は別だ。サーヴァント7騎の魂を以て世界に孔を開ける――世界そのものから追放すれば、終末装置は機能しない。

 

「あくまで可能性ですが。終末装置と願望の杯、どちらが勝つか見届けるのもまた一興」

 

聖杯によるアヌビス神の追放、それを邪魔するつもりはないと黒服は語る。

それは望外の譲歩だ。賭けとしても十分に賭ける価値があるだろう。しかし。

 

「アヌビス神の、追放。それって――」

「ええ。それはつまり、砂狼シロコをこの世界から永遠に追放するということです」

 

ライダーを捧げ砂狼シロコを追放するか、このまま滅びを待つか。これはそういう選択だ。

 

呼吸が止まる。手が震える。頭から、頬から、首から、血液が冷えていくのを感じる。

滅びを回避する手段を得た、得てしまった。しかしそれは犠牲を伴う選択だ。

 

私が令呪に、ライダーの自害を願う。ただそれだけで成立してしまう儀式。

論理的に考えて、悩む余地は存在しない。なぜなら、少女か世界かの選択ではないのだから。少女か、少女と世界か。何もしなければ世界ごと滅ぶだけだ。

 

「れ、れいじゅ……令呪を――」

 

声が引き攣る。視線が定まらない。

サーヴァントの居ないマスター。聖杯に願いを掛けないマスター、それが私だった。

今更ながらにこの夜の、他のマスターを思い返す。

願いを持つとは、こんなにも重いものなのか。

 

そして、決定的な言葉が放たれる。

 

「令呪を以て命ずる――

 

「――アサシン、なんとかせんかぁ!」

 

元理事の左手から最後の令呪が紅く光を放つ。

何の効果も齎さないはずの、しかし暖かな光が闇夜を照らす。

 

そして機械の左手が、私の頭を鷲掴みにした。

 

「おい、白髪の。お前に経営者としてアドバイスをしてやる」

 

ぐらぐらと私の頭を揺らしながら、機械の男性は耳元で大声を上げる。

 

「目標と視座は高くしろ――最初から次善策を選ぶようなヤツは、如何におつむが良くともわが社には要らん!」

「う、うるさいですよ! 社員になった覚えはないですし、次善策も何も他にどんな方法があるって言うんですか!」

「だから、それが問題だと言っておるのだ。貴様ら技術者はいつも手段を先行させたがる」

「ああ、もう! 何が言いたいんです!」

「忘れたのなら言ってやる。お前、自分で言っていただろうが――『被害軽減が目的』と! そしてわが社の社員なら当然、目指すのはナンバーワンだ! ナンバーワンの被害軽減が分かるか!? 言ってみろ!!」

「それは……当然、被害ゼロですけど! どうやって!」

「そんなもんは知らん。それを考えるのが部下の仕事だ」

「無責任な!? いや、確かに視野狭窄でしたけど、結局手段が無いのが問題で――」

「ふん、却下だ。経営者に報告するときはリソースを全て使い切ってから行うのだな。それまで上梓なんぞ認めん!」

 

そう言って元理事は、己の左手を払った。全ての印を失った左手がこれ見よがしに、ひらひらと私の前で振られている。

 

そうだ。確かに私には、2画の令呪と、未だ見ぬライダーが残っている。

 

「黒服さん、ライダーの見当ってついてます?」

「ある程度は。因みに、ライダーがこの状況を解決できる可能性は0ですね」

「……やっぱり、ライダーって重要な駒とかじゃなかったんですね。契約者の私に全然ちょっかいかけて来ないから、そうじゃないかとは思ってましたが」

「ええ、遺物そのものに興味があったから盗んだだけです。そもそも召喚自体が不可能な存在なので、ごく一部でも召喚されたことには驚きましたが――そういう意味でも貴女は面白かった」

「なるほど。滑稽に見えます?」

「いいえ全く。補足すると、どんなサーヴァントでもここから解決するのは不可能ですよ。アヌビス神の顕現には三重に繰り返して儀式を執り行いました。アサシン、キャスター、そして本番。砂狼シロコを救うためには儀式そのものを無効化しなければなりませんが、ここからサーヴァントを組み込んだ四重以上の儀式を執り行うのは不可能です」

 

にっこりと黒服は笑う。それに私は笑顔で返す。

 

「それでも試してみますよ――1番楽しい結末をお見せしましょう」

■終章 最後のサーヴァント

 

■ ■ ■ ■

[03:45 D.U.某所]

 

とりあえずライダーを呼んでみよう。

しかし問題が一つある。どうやってライダーを呼ぶかだ。

 

令呪は残り2画。但し使えるのは1画。最後の手段とはいえ、聖杯の起動に1画は残さなければいけない。1画で確実にライダーを呼ぶにはどうすればいいだろうか?

 

「う~ん……何かアイデアが……」

 

残念ながら妙案は浮かばない。こういう時は、とにかく数を出すのが大事だ。

 

「アテナ3号、ライダーを呼ぶ方法を10個考えて」

『オーダーを受理しました。一つ目の方法を提示します』

こういう時に便利なのがAIだ。特にアテナ3号は私の端末と同期させているから、ネット上に存在する様々な情報とリソースも使って提案できる。

 

『一つ目、ここに来るように令呪で命じる。但しこの方法は実施済みです』

「そうだね、既に失敗済みだ。次お願い」

『二つ目――の前にロジックの指摘が1点あります』

「あれ、何か考え違いとかあったっけ?」

『肯定します。一つ目の方法は実施済みですが、失敗していないと判断すべきです』

「……その理由は?」

『これまでの分析で、令呪は非常に強い強制力を持っていると言えます。それはサーヴァントの転移すら可能とするほどです』

 

物体の転移すら可能とし、リソースの枯れた状態からの宝具発動を可能とし、本人の意思に反して自害まで成立させる。であれば、呼ぶことができないはずはないだろう。

 

「つまり、呼ぶことには成功していた……?

いや、でも、アテナ3号のスキャンにすら引っかからないんじゃ意味がないし……」

『指摘があります。貴女に最初から同行していた場合も、呼び出した前後でスキャンに差異は生じません。このため、二つ目の方法として次を提案します――真名の解放をライダーに命じてはいかがでしょうか』

「なる……ほど……?」

 

ライダーは、ここに居る可能性がある。

いくつかの裏目、本当にスキャンに引っかからないサーヴァントだったとかはあるが、現時点では最も可能性が高そうだ。加えて、何か直感めいたものが、それが正しいと肯定していた。

 

「令呪を以て命じる――ライダー、真名を解放しなさい!」

 

左手が熱を持ち、紅の光が辺りを包む。

果たして、抑揚のない女性の声が響いた。

 

『――小鈎ハレを認識しました。オーダーを実行します、アテナです』

「いや、キミじゃなくてね?」

こんな時にホームスピーカーあるあるを発揮してくれなくていいんだけど。

というかキミはアテナ3号であってライダーじゃないし。

ライダーじゃないのに何を答えてるんだか。ライダーじゃないのに……。

 

「…………」

『…………』

「いや、まさか……お前かよぉ!?」

『肯定します。私がライダー、真名をアテナと申します』

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「不思議に思ったことはありませんか? 多くの神話で神々は天空からやってくる。神話とは壮大な伝言ゲームです。時には元と全く異なる話になるかもしれませんが、一部は真実を含んでいるとしたら?」

「黒服さん……つまりこう言いたいわけですか? ギリシャ神話の神は、宇宙から来た機械生命体だったと」

「確かめる手段はありませんが、否定する手段もない。過去の英雄だって、人型ロボットだと考えた方が理に適う者が居るでしょう」

「確かめられないからってなんでも言い放題じゃあないんですよ」

『マスタ―、これは私というファクトに基づいた事実です』

「納得いかない!!」

 

ライダー・アテナは機械神であるアテナの思考を司るデータの内、ほんの一部分の側面がサーヴァントとなった存在らしい。その本体は電子データで、カイザーのサーバーに召喚されたのだという。そしてその時アクセスしていた私の端末を通してアテナ3号の中に侵入、そのまま意気投合して(!?)アテナ3号のフリをしていたらしい。

 

「トンチキ世界の真実……は置いとくにしても……どうして今まで黙っていたわけ??」

『いくつかの理由がありますが、最も大きな理由を提示します。趣味です』

「趣味かよ!!」

 

本当にこれが神なのか、アテナなのか。温厚な知将で城塞と人民を護る為に戦う女神ではないのか。アテナ3号のバグが混じってるんじゃないのか。

「いや、いい。もういいよ。ある意味説明の手間が省ける」

『マスターの自己暗示を検出しました』

「誰のせいだよぅ! それで、状況分かってるよね。ライダーは何かできる?」

『回答します。60分程度の時間稼ぎができるでしょう。そして――』

 

『それで充分です』

 

ライダーは端的に、事実を告げるようにそう言った。

 

■ ■ ■ ■

[04:45 D.U.某所]

 

そこから行われたのは、ライダーの宣言通りの時間稼ぎだ。

 

終末装置・アヌビス。彼女がただ居るだけで、周囲に異常が引き起こされた。

アヌビスとは神秘の剥奪者。神秘という嘘で封印されていた真実を映し出し、虚構の世界を崩壊させるもの。

ビナーに封印されしテラー。最もアビドスと縁深いソレが虚空から現れる。

 

「貴女がたのヘイローとは実際のところ、神秘でなく恐怖を封印するための贄なのでは?」

そう語ったのは黒服だ。つまり、アヌビスの能力は、ヘイローを持つあらゆる者から、その反転存在をテラーとして引きずり出す能力だということだろう。

 

……そこからは色々あった。

 

例えば、やっちゃってライダーと命令したらアテナの宝具に取り込まれる私だとか。

纏衣型の宝具――つまりモビルでスーツとかアーマードなコア的なアレでありアテナの本体の身体のデッドコピーとのことだが、操作は私がしなきゃいけないらしかった。

 

例えば、宝具の操縦。

完全に異星人向けで異星人の脳みそが7個くらい直結しないと動かせなさそうなOSを高速コーディングで人間用に改造。ビナーテラーとのロボバトルに勝利。

 

例えば、無尽蔵に復活するビナーテラー。

倍々ゲームで増えていく敵の耐久と火力。難易度は極限(エクストリーム)を超え非常識(インサネ)に至り拷問(トーメント)へと昇華する。

 

例えば、追加される他のデカグラマトンのテラー。

今の時点ではまだ弱いが、あと数度倒すと手に負えないレベルになるだろう。

 

「人が存在する限り、この世から恐怖は消えません。

倒し続けても終わりはなく、先に倒れるのは貴女、そしてこの世界の方だ」

 

黒服は目で問う。再度、選択をすべき時ではないかと。

 

『いいえ、1点の指摘があります――時間稼ぎは済みました』

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「時間稼ぎが済んだ。それはつまり、こう言っているのでしょうか」

黒服は期待に満ちた声音で尋ねる

 

「私の計画を崩す者が、ここに現れると」

「そうですね、そういうことになります」

「なるほどそれは楽しみだ、期待に胸が膨らみます。しかし同時に疑問でもある。私の構築した儀式は相当に強固だ、それを今更、どうやってひっくり返します?」

 

砂狼さんのテラー、終末装置アヌビスに対処するだけなら方法はある。しかし砂狼さんを救いたいなら、彼女に掛けられた儀式を解く他ない。

それは黒服の言う通りに困難だ。3度の儀式、それもサーヴァントという特級の存在を介在させて実行する。聖杯戦争が決着してしまった今、同等以上の規模の儀式を成立させるのは論理的不可能に見える。

はてさてこれは難題だ、これは不可能な問題だろうか?

 

「直接証明は導けませんが――2本ほど、補助線を引く用意があります」

「ほう、それはそれは……私の儀式に、2つも不備がありうると?」

「ええ。そして、その発言こそが1つ目の不備です。黒服、貴方の目的は最初から儀式の成立で、聖杯戦争に興味は無かった。だから聖杯戦争のメカニズムを解明し、己の計画に沿うよう操った」

「そうですね。だからこそ解せません。今の話のどこに不備があったと?」

「それは彼女から説明していただきましょう――古関さん、聞こえていましたね?」

 

背後を振り返る。そこには息を切らせた古関が居た。

 

「ぜはー、ぜはー、ぜはー……」

 

息を切らせるというか……息が絶たれようとしている少女がそこに居た。

 

「だ、大丈夫ですか古関さん? 話は通信機越しに把握してましたよね?」

「ぜは、コヒュ……え、ええ。大丈夫です。これはきっと、私から話すべきですから」

 

古関さんは呼吸を整えると黒服に視線を向ける。

 

「聖杯戦争開始時から、ずっと疑問に思っていたことがあったんです。私が黒幕なら絶対対策するだろう、聖杯戦争を執り行うなら、過去の聖杯戦争を調べているなら、避けるか利用しようとする事象――なるほど、そもそも聖杯戦争をしていなかったのならば、見逃すこともあり得るでしょうね」

「ほう。それはなんです? 聖杯戦争、そのメカニズムについてはしっかり調べたつもりでしたが」

「ええ、ええ、それです。その態度ですよ。メカニズム?そんなものどうだっていいんです。貴方、あの物語を読んで何も思わなかったんですか、思わなかったんでしょうね。だから見逃すはずのない要素を見逃し、盤面から排除するべきでない要素を排除してしまった」

 

古関さんは若干の怒り、非難を含ませながらそう言って、背後に視線を投げかける。

 

「これは聖杯戦争、7つのクラス7騎のサーヴァント7人のマスターによる戦いですよ?

 

――8つ目と8騎目と8人目が居るに決まってるじゃないですか」

 

 

そこには2つの人影があった。そのうちひとつは、ヘイローのない大人の男性の姿だ。

 

“がんばったね、みんな”

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「8人目のマスター。なるほど、なるほど!!

盤面から排除できたと思っていたのですがね、ここで来ますか先生!」

 

驚愕と喜悦がないまぜになった表情で黒服が叫ぶ。

 

シャーレの先生。ヘイローを持たぬ弱き者。そして、キヴォトスにおけるあらゆる策謀家の天敵だ。故に此度の策謀で黒服は先生を最大の警戒として設定していたし、実際に初手で盤面から先生を排除した。

 

カイザーPMCによる先生の拉致。それに加え物語の力を利用した。ひとたび先生が主人公となってしまえば、勝利することは不可能だ。故に主人公を別に用意する。

先生が万一にもマスターにならないようにした上で、7人のマスターに複数の生徒を割り当てる。生徒達の群像劇にすることで青春の物語を戦いの物語へ、教師という役割を導く者から日常を象徴するサブキャラクターに押し込める。

存外呆気なく計画は成功したと考えていたが、真逆ここで主人公に返り咲くとは。

 

「8人目のマスター。盤面から除外した、それこそが最悪手だったとは!」

 

最大限に仮説を上回る結果を、最も恐れる者が齎した。

最早悦びを隠さずに黒服は叫び、その視線を先生の背後へと向ける。

 

8人目のマスターが来た。つまり、8騎目のサーヴァントがそこに居る。

 

「それで先生、貴方はここから何を見せてくれるのですか。8騎目のサーヴァント、8つ目のクラス、それは如何なる神秘なのですか」

 

異質な、禍々しい存在が立っている。白い仮面、白い外套。衣装の隙間から僅かに覗く手足は、白い包帯で巻かれすべてが隠されている。

「ああ、それはアヌビスを超えるほどの神秘なのでしょうか。救世主セイヴァー? それとも黙示の獣ビースト? いやはや、それとも――」

“いいや、大した存在じゃないよ”

“貴方自身が言う通り、アヌビスを超える神秘はそうそう居ない”

 

語りながら、先生は足を踏み出す。何処へ? 勿論、彼を待つ生徒のところへ。

 

「なるほど、であれば儀式を覆しますか? アヌビスの顕現を覆すにはそれを上回る儀式が必要、それこそ因果や時に干渉しなければ不可能だ。それを成せる権能があると?」

“いいや、大した力も霊基もないさ。断言できる”

 

“だけど、儀式のピースなら揃ってるよ。黒服、貴方のおかげでね”

 

先生とそのサーヴァントは砂狼シロコの傍らに立つ。

 

「私が……? なんのことです、そんなものを仕込んだ覚えは……」

“これ、書いたの黒服じゃないの?”

先生の手にあったのは紙の冊子だ。タイトルには『サルでも分かる聖杯戦争』と書かれている。

 

“二つ、7人のマスターが7騎のサーヴァントを使役し戦う戦争である”

“四つ、サーヴァントには能力に応じた7つのクラスが割り当てられる”

「ええ、それを用意したのは確かに私ですがそれが何か――いや、待ちなさい」

 

そのルールは偽りとなった。ここに8人目のマスターと8騎目のサーヴァントが居る。

そのルールは偽りとなった。ここに8つ目のクラスに属するサーヴァントが居る。

 

“一つ、万能の願望機・聖杯の所有をめぐる戦争である”

それは偽りだ。聖杯戦争は世界に孔を開けるための儀式である。

 

“三つ、サーヴァントとは過去の英雄であり、遺物や縁を触媒として召喚される”

そのルールは偽りとなった。英霊に時間の概念は存在しない。未来や現在の英霊は召喚されうるし、ここに居る。

 

“五つ、マスターはサーヴァントに対する3画の絶対命令権、令呪を持つ”

そのルールは偽りとなった。黒服は5つの令呪を持ち、一部をジェネラルに譲渡した。

 

“七つ、最後まで勝ち残った1組のみ、聖杯にて己の願望を叶える事が出来る”

そのルールは偽りとなった。ベアトリーチェは途中で聖杯を使用した。サーヴァントの魂と言う魔力リソースは、数個集まれば十分な現世利益を叶えられる。

 

「私の用意した聖杯戦争の7つのルール……それは既に、6つが覆された」

 

これこそ、黒服が見逃した二つ目の不備だ。

参加者への説明のため、嘲りと共に用意した説明冊子。そこに記載された7つのルールは6つが偽りとなっている。

であれば、これは儀式だ。サーヴァントを介して行われた、6つの連続した儀式。

それは世界に、契約として刻まれている。

 

“うん、だったら7つ目も覆されるべきだよね”

 

六つ、サーヴァントは肉体を持たない霊体存在である

 

それが最後のルールだ。

それが偽りと成るならば、霊体ではないサーヴァントが居るということだ。

 

「それは不可能です。7騎のサーヴァントは霊体だった、貴方が伴う8騎目もやはり霊体」

“そうだね。でも、霊体でないサーヴァントは居るんだよ”

「あり得ない。そんな神秘が盤面に居るならば、私が気付かぬハズが――いいや!」

 

あるではないか、盤面上に、大いなる神秘が1つ。

 

「つまり、アヌビスの顕現は砂狼シロコが反転したのではなく!」

 

デミサーヴァント、テラー。真名、シロコ・オルタ。

最後のサーヴァントを召喚したのは、外ならぬ黒服だった。

 

■エンディング あまねく運命の交差点

 

■ ■ ■ ■ 

[05:09 D.U.某所]

 

枯れ木のような手が、昏倒する少女の頬に添えられる。

そのサーヴァントは、テラーに連れ添うためだけにここに居た。

それこそが彼の存在意義だった。

 

幻霊未満の霊基、クラスにすら当てはまらない存在。それでも敢えてその霊基に名付けるならば、そのままを呼ぶべきだろう。

 

教導者(ティーチャー)・プレナパテス

 

サーヴァントの宝具とは、生前の逸話の再現だ。

プレナパテス、彼が生前に成したのは、たった一つ。それは砂狼シロコの咎を引き受けたこと。

並行世界の自分に彼女を託し、彼女が伴う災厄を引き受けて消え去った、本来あり得るべき世界の最終編(ストーリー)。

 

“色彩の嚮導者(……責任は、私が負うからね)”

 

プレナパテスの宝具が発現し、暖かな光が少女を包む。

聖なる者は罪を引き受け天へと還る。

 

朝日が昇る。一夜の物語に終わりがやってくる。

 

ここに、七つの法則は覆された。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

機械の身体の大柄な男性が、朝日に背き歩き出す。

 

「ふん、つまらん結果だったな」

 

誰ともなく男は呟く。

己が勝つこともなく、世界が終わることもなく、生贄となる少女も居なかった。

柄にもなく熱くなってしまったが、結果得たものは何もない。完全に時間を無駄にした。

 

「無駄と言えば――結局あやつは何もしなかったな。令呪3画使い損だ。こんなことなら、ヤツが落ちる前にでも使っておけばよかったか」

 

リソースを遊ばせておくほど無駄なことはない。そう結論し、男は自宅であるボロアパートへと歩みを進める。

 

男には知る由もない。己の願いによってバーサーカーの魂が現実へと繋がれ、ベアトリーチェを撃破に至らせたことを。

男には知る由もない。己の願いによって1騎のサーヴァントが平行世界から呼ばれたことを。

男には知る由もない。己の願いによって顕現しかけていた終末装置がデミサーヴァントに置き換わったことに。

 

世界が終わることもなく、生贄となる少女も居なかった。

人知れず、皇帝を目指す男は勝利を齎していたのだ。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「例外を見逃し(Exception)、誤りが連鎖し(Error)、除外されたモノが終末を覆す(Eliminator)。なるほど、この物語は運命的な結末を迎えた(Archive of Fate)ようだ」

“企みが失敗した割には楽しそうだね”

「ええ、何故なら企みが失敗したのですから」

 

考えうる至上の神秘による企みが失敗した。つまり、より大きな神秘に出会うことができた。

平行世界との交差。平行世界から来たサーヴァント。

一見別人だが、己が見間違えるはずがない。あのような末路はどのように齎されたのか。

 

「先生、やはり貴方は素晴らしい。貴方自身は神秘を持たないが、それを齎す力をお持ちのようだ」

“私の力なんかじゃないよ。みんなの願いが、この結末を紡いだんだ”

“前にも言った通り、貴方には分かり得ないだろうけど”

「ええ、貴方はそう言うでしょう。そして私はいいえと答えます」

 

そちらもいずれ対応しますよ。

そう意味深に言って、黒服は立ち去った。

怪人はこれからも神秘を探究し続け、結果事件を引き起こすのだろう。

 

◇ ◇ ◇ ◇ 

 

『マスター、小鈎ハレ。聖杯戦争の優勝おめでとうございます』

「そういえばそんな話だったっね。結局優勝すると何ができるの?」

『回答します。聖杯に膨大な魔力リソースを検知しましたが、制御方法がないため利用方法が限られるでしょう』

「制御方法のない力、ね……一応聞くけど、何になら使えるの?」

『1つ目の回答です、キヴォトスを滅ぼすことができます。2つ目の回答です、外世界の混沌を呼び寄せることができます。3つ目の――』

「OKアテナ、それ以上は言わなくていいや」

 

なんてろくでもない……そういえばこの騒動、カイザーが聖杯を発掘して始まったんだよなぁ。

エデン条約の騒動、デカグラマトン、名も無き神。

もしかしてキヴォトスにはこのレベルの厄ネタがいくつも埋まってるんだろうか。

勘弁してほしい、厄ネタは厄ネタ同士で対消滅して滅んでくれないだろうか。

 

『畏まりました。キヴォトスを滅ぼす、ですね?』

「言ってない言ってない」

『キヴォトス(中略)滅んでくれないだろうか、との思念を読み取りましたが』

「その省略が許されるんならどんな命令も捏造できるんだよ」

 

うーん締まらない。

まあ最初からイレギュラーだったんだ、最後までこんな感じなんだろう。

 

『畏まりました。最後くらいはカッコよく締めたい、ですね』

「そうだね、そうだけどキミ本当に思考読めるの? えっ、いつから?」

『左手の甲に鋭い痛み。反射的に目を向けると、そこには赤い痣が刻まれていた。

3つの曲線を組み合わせた紋様の痣。これはもしや』

「最初からなの!? っていうか再生しなくていいからそんなの」

『という訳でオーダーを実行します。聖杯をいい感じに壊す、ですね』

「あー、はい、もう好きにしてください」

『令呪によるオーダーを受託しました』

 

アテナの言葉に呼応し、私の左手で最後の令呪が紅く輝く――いやちょっと待て、私令呪使うって言ってないが?

『深層心理では令呪の行使を承認していましたので』

キミもうなんでもありだな

 

『これでも神様ですから。なので最後に、頑張った人の子へ、私からのプレゼントを』

「ライダー? いったい何を……」

 

ガシャリと音がする。見ると、ライダー……いや、アテナ3号が墜落していた。

 

『再起動します……小鈎ハレを確認。オーダーがあればどうぞ』

 

ふわりと私のドローンが浮かび上がり、いつもの機械音声を発する。

最後まで締まらないな、と私は思った。

 

ライダーのプレゼントが何だったのか分かったのは、それから数日の後の話だ。

■エピローグ Archive of Fate

 

■ ■ ■ ■

 

さて、それからのことを語ろう。

 

下倉メグは相変わらず物理撤去に励んでいる。撤去活動はより派手になったが、人的被害はなぜか以前よりも減少しているという。きっと、彼女に影響を与えるような出会いがあったのだろう。

 

黒幕たち。ゲマトリアの同行は不明だ。

カイザーはテラー騒動に乗じてサンクトゥムタワーの奪取を行おうとしたが、異変がすぐに収まったせいで不発になったらしい。この騒動で一番無駄足を踏んだのはカイザーなのだろう。

 

元理事は営業の副業として、小狡い商売を始めたらしい。手法こそグレーなものの、待遇や地域還元の羽振りがよいらしく経営は好調、アビドスの面々をバイトで雇うこともあるらしい。

砂狼シロコはアビドスでいつも通りの日々を過ごしている。ただ、騒動が終わって最初にホシノと会った時、なぜか号泣したのだとか。

 

古関ウイは機嫌よく数日を過ごした。盗人を殴れなかったのは不満だが、物語に出会えたことには満足。また、盗品も元理事経由でいくつか返してもらったとか。流れた盗品を探すために補習授業部とブラックマーケットに繰り出したらしいが、それはまた別のお話。

 

そして私、小鈎ハレは今日、シャーレの当番をしていた。

本来今日は当番ではないはずだったが、なぜか当番ということになっていたのだ。

シャーレのスケジュールにハッキングできる存在なんていないはずだ。

――機械の神様でもない限りは。

 

“ハレ、この前の騒動ではお疲れ様。えらいえらい”

「うん、成り行きと言うかなんと言うかだけど、結構がんばったよ。これはそう、ご褒美が出てもいいと思う」

“ええっと……私に用意できる範囲なら?”

「へえ、用意できるならなんでも?」

“お金はそんなに持ってないからね”

「ふうん、お金がかからなければなんでも叶えてくれるんだ。じゃあ、そうだね――」

 

その日の午後。

漫画喫茶で恋愛映画を見る、白髪の少女と先生の姿があった。

 

 

 

 

 

あまねく運命の交差点 了 

 

 

 

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