クソ過ぎクリエイター学校vs元最強のゴーストライター   作:匿名

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002:私立毒ヶ峰総合芸術高校の愛すべき日常

 そこは学校の管轄にある寮の一室、備え付けられたベッドの上。

 

 定刻、アラーム音で目を覚ます。

 

 ここでは" 朝 "と称された時間にけたたましい警告音のような不快さをまき散らす装置はないし、それどころか自分で好きな音楽を設定して心地よく目覚めることができる。

 

 窓の外が明るい状態で、時計の長い針が7の数字を指す時間までは何度だって寝直すことができるし、なんなら昼過ぎまで起きずにいようとも大事にはならない。

 

 もっといえば1日中ずっと布団の中にいたままでも身の危険はない。

 

 しかし、この部屋から一切出ないというのはここのルールでは本来よくないことなので、俺はこの愛すべき日常を維持するためにも、適度に弾力性のある白いベッドから半ば浮かれながら浮かぶようにして起き上がった。

 

 朝起きたらシャワーを浴びてもいいし、浴びなくてもいい。

 

 これは各々に委ねられたマナー。だが浴びないというのもよくわからない。いつ何時、好きな時に入浴して身体を清潔にしてもよいというのだ。

 

 許されているのだから、俺は1日3度は使用したい。

 

 浴室から出て身体から水気を拭い、髪を乾かす。この大人たちがよく着ていたスーツに似て非なる制服に着替える。ボタンを留めるというこんなにも機能性を損なう無駄なものを最初こそ訝しんだものだが、これこそがその人間の社会性を担保するというのだから不思議なものだ。

 

 そして玄関で靴を履き、ドアを開けて外界へと出る。学校の校舎と隣接した食堂に行けば、毎日あたたかな食事があるというのだ。

 

 ――ああ、ここはなんと楽園なのだろう。

 

 自由。安心。平穏。

 

 常識的な世界がここにはある。

 

 あたりまえの平穏を象徴するように、通学路、道すがら。今日もいつものように生徒が声を張り上げている。この学校に通い始めて1週間、それはすでに見慣れた、なじみ深い光景だった。

 

 

「アニメーターに人権を!!」

 

 

「「「「「アニメーターに人権を!!!!」」」」」

 

 

「給料が少ないぞ!!」

 

「残業代を出せ!!!!」

 

「10秒の動画に何枚描いてると思ってる!!」

 

「ちょっとのことで作画ミスって言うな!!」

 

 

 今日も『待遇改善!!』と書かれたプラカードを掲げるアニメーター志望の生徒たちが、賑やかに演説をしていた。

 

 その様子を眺めていると、こちらに気付いた集団の1人が声をかけてきた。

 

「おはよう、鬼柳(きりゅう)君。今日もいつもの、やってるところだよ」

 

「朝早くから大変ですね」

 

「大変だ。だが、アニメーターの破滅する未来を変えるためには、こんな積み重ねが大事なんだ」

 

「素晴らしいですね。応援します」

 

「君もやっていくかい?」

 

「せっかくですので、是非」

 

 

「「「「「「アニメーターに人権を!!!!」」」」」」

 

 

「――なにやってるの、鬼柳くん……?」

 

 集団に混ざって声を張り上げる俺に、どこか珍獣でも見ているかのような視線が向けられていた。

 

 

   *

 

「学生運動は一種の伝統。褪せた記憶の中でもひときわ輝き続ける青春の(ワン)ピース。だって聞いている。俺もたまには参加したっていいだろ。朝の良い運動になる」

 

「絶対そういう意味じゃないよ……」

 

 アニメーター志望生たちに見送られて食堂へ向かう俺ともう一人。呆れたというか心配そうにこちらを見る女子生徒。

 

 名前を 五条(ごじょう)史華(ふみか)

 

 歌手志望。通常授業を受ける教室にて、俺の隣の席に配属された生徒だ。入学して1週間、俺の現存する唯一の友人でもある。

 

 ――" 私立毒ヶ峰総合芸術高校 "。

 

 ここはあらゆる分野の" クリエイター "を育成する場であり、主にイラストや小説、作曲に歌唱、動画制作など、現代及び未来のサブカルチャーシーンを代表する技能を培うことを目的とした教育機関である。

 

 所属する生徒が志す専門分野の種類といえば、厳密な把握など到底不可能。その数は両手なんかでは足りるわけがなく、専門分野の授業以外は各学科ごとに分かれずに混合となっている。

 

 音楽関係ということで、交流のためにもある程度の便宜は図られているとは言うけれど。

 

「アニメーターさんたちも、真剣なのはわかるけど……。でも鬼柳くんまで一緒にならなくてもいいんだよ。そもそも鬼柳くんアニメーターじゃないし。その、言いにくいんだけど、ああいう運動はあんまりよくない目で見られちゃうから」

 

 五条史華は困ったように笑って見せる。冗談っぽく締めて空気を重くさせない手法だろう、それからすぐに話題を変えた。

 

「鬼柳くんは今日も学食? 朝ごはん」

 

 頷くと、優しくはにかんだ。さっきより自然体な笑顔だ。

 

「私もなんだ、今日は。食後の歯磨きとかあるし、そういうのも全部本当は寮で済ませたいんだけど、自炊は……ちょっとね、難しいよね」

 

 曇った笑顔だ。種類のある笑顔、写真にでも記してコンプリートして並べてみたい。

 

 しかし、朝食のために学食へ向かうというのは至極効率的なことであり、そしてやむを得ない事情が俺たち毒ヶ峰の新入生にはあるのだ。そしてそれは上級生にもあり得るものなのだった。

 

「月あたりの最低支給額が8万ペルリ。この学校の物価が高いのかは正直わからないけど、おにぎりを買うと2000ペルリ。自炊できるものじゃないのは把握した」

 

10ペルリで1円だからね……。なんでこんな意味不明なことをしてるんだろ」

 

 苦々しそうに言う五条史華。笑顔でない彼女も多くはないが割とよくある。

 

「海外の人から依頼を受けるときに備えてだと聞いている。ただ、管理が面倒だからただ0を付け足しただけになってる、形骸化した悪しき文化ってやつだ」

 

「廃止させたい……」

 

 雑談をしていると無事に食堂へ到着。

 

 中は人でごった返しており、正にゴミのような人ごみがそこにあった。毒ヶ峰高校の毒の入っていない料理を振舞う食堂は、今日も朝から大盛況である。

 

 食事に舌鼓を打ちながら、舌打ちをする上級生などよく見る顔だ。俺たちは常連フレンズ。

 いつも同じような顔ぶれがいつも同じような気だるげな表情で、いつも同じような食事をしながらいつも同じような会話をしている。

 

「なァなんか割の良い依頼ねーの? 紹介してくんね?」

「あるわけねーよ。ンなモンあったら俺が知りてーわ」

「だよなァー。俺も有料の記事書いて課金させようかな」

「やめとけアレ、苦情になった時に学校がだいぶ怠い処置するらしい」

「楽して稼ぎてェー。一発当たりさえすればなァー」

 

 毒ヶ峰の変わらぬ日常の風景である。

 

「今日も混んでるね。私の友達は……これじゃ合流できないね」

 

「席3つ空いた。俺そこ行くけどどうする?」

 

「私もそこ、いい?」

 

「先行って取っておく。じゃ」

 

 学校から支給されたスマホを(かざ)すことで、学内専用の決済アプリを用いた電子認証が行われる。

 食券の販売機から出た紙切れが、なんと立派な食事に変わる。あたたかな食事の乗った盆を受け取った俺は、さっさと人の波を避けて進み席を確保した。

 

 教室で隣の席なだけのやつにここまでする義理が無いといえばないかもしれないが、シャツのボタン然り世の中意外と無駄を搔き集めて充実させるようになっている。

 

 まあ友人だし。リターンがなくとも人は動くことがある。たまに。

 

「ありがとね……えへへ」

 

 俺の向かいに腰を下ろす女学生。その盆には食パン1枚にジャムとマーガリン、小さなサラダとコンソメスープが乗っていた。洋風。これなら盆じゃなくてトレーだなと、無駄なことを考えてみる。

 

 投げればフリスビーと言うのかもしれない。いやこれ四角いから言わないな。

 

 俺のは茶碗に盛られた米とみそ汁、漬物と納豆だ。和風。じゃあ盆である。色も材質も同じものだけど。

 

「今日はコンソメスープだ。コーンポタージュとどっちかだよね。鬼柳くんは?」

 

「わかめと豆腐。茄子(なす)……は今日は入ってないか。あれ美味しかったけど、1度しか見ていない」

 

 米かパン。この2択こそ、毒ヶ峰総合芸術学園の学食における大人気メニューだ。

 

 その価格なんと0ペルリ。つまり無料ということだ。無料ということは、つまり無料ということなのだ。

 在学中の生徒は最低限の食事の保障として1日3回、朝昼夜の決められた時間中に1度ずつこのセットを食すことができる。無料で。無料で。

 

 ありがたいことだ。

 

 ここではどんなに生産性のない無能なクリエイターにも、最低限の生活が保障されている。水道、ガス、電気、家賃といった住居は完全に学校管理の下で賄われているし、こうして食事もある。

 

 本当に、ありがたいことだ。

 

 ふふん。

 

 満足に納豆をかき混ぜる俺。すると目の前の女子生徒、五条史華がどこか引きつらせたような顔をしている。気がする。円とペルリのレートの話題をしていた時よりは遙かにマシな表情だ。

 

「楽しそうだね……」

 

「楽しいのか? 楽しいのかもしれない。遊んでいるわけじゃないぞ、こういう食べ物なんだ。遊んではいない。五条史華は納豆は食べないのか?」

 

 納豆を混ぜる間の手慰みに――手は埋まってるけど――なんとなく聞いてみる。前にも近くの席で食べたことがあったけど、その時もパンだった記憶がある。

 

「な、納豆はちょっと……」

 

「なんでだ? 納豆はいいぞ。柔らかい豆にタレをかけて食べる。面白い食べ物だ」

 

「納豆初めて食べた人みたいなこと言ってる……」

 

 疑問に思う俺に、五条史華が苦笑いを向けた。まったく、謎である。こんなに美味しいものを拒む理由があるのだろうか。

 

「朝はパン派だし。朝ごはんには量もちょうどいいし、ちゃんと収入がある生徒も普通に利用するみたい。

 収入かぁ……。き、鬼柳くんは、どう?」

 

「ない」

 

「だよね。入学してまだ1週間、ひとまず渡されたのが8千円。この先どうなっちゃうんだろ」

 

 その答えはお先真っ暗。そんな洒落を言ってみたくなるような風体に、彼女をしてしまったのはこの学校独自の制度が起因する。

 

私立(しりつ)毒ヶ峰(どくがみね)総合(そうごう)芸術(げいじゅつ)高校(こうこう)

 

 ここは全生徒が寮で生活し、校内で使用できる仮想通貨『ペルリ』を対価に物を得る世間的に特異な教育機関なのだ。

 

 生徒は学校のwebサイトを通じて制作物を販売することができる。実物、DL販売問わず販売する仕組みがあり、その売り上げから手数料を引いたものが謎の仮想電子通貨『ペルリ』として使用可能となる。

 

( ※ 通称。厳密には違う。公式に仮想通貨を名乗ると法律が許さない。労基などに合わせて無駄な設定が用意してあるがここでは割愛する。 )

 

『毒ヶ峰』という名前をブランドとした市場を使用できる、それを目的として入学する生徒というのも少なくなく、利用者も青田買いの一環、未来の成功者とのコネづくりとしてサイトを確認するケースも多い。安く買い叩くのが目的のケースもある。

 

 最低限の生活は保障されているので、つまるところ、その生活に+αして豪華にしたければ、自分で稼げということなのだ。

 

 敷地外への外出は基本的に不可能。ペルリを貯めて『1日外出券』を買うしかない。

 

「あァークソ!! カツ丼食いてェー!!」

 

 遠くの席から嘆きの声が聞こえる。楽しい食事にそんな毒にしかならないものを持ち込むなと文句を言いたいが、かくいう俺たちだってその話題をしつつあった。

 朝から暗い話題をしてしまうのも必然、ここは自分の財政状況を嫌でも自覚する場であるからなのだ。

 

 食堂とは、いつでもあたたかい食事の得られる天国のような施設であり、いつでも自分のつめたい現状を直視させられる地獄のような施設でもあるということだ。

 

「私なんて売るものがないよ……。曲のカバー──歌ってみたを投稿するのも、まだまだ収益化条件通りそうにないし。

 

 ……よく混ぜるね、納豆」

 

「納豆は300回混ぜると良い、そう聞いたことがある」

 

(五条史華、筆舌しがたい苦笑い。汗のついた笑う絵文字を参照)

 

「……ご飯が食べたい気分になったときは、納豆だけあげるね」

 

「ありがとう。感謝……ッ!」

 

 これこそが。

 

 入学して1週間にしてすでに当たり前のものとなった、私立毒ヶ峰総合芸術高校の愛すべき日常。

 

 その朝の光景であった。

 




■略称は『クソクリ』……!
 
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