クソ過ぎクリエイター学園vs元最強のゴーストライター 作:匿名
毒ヶ峰高校から初めて与えられた課題。それは" 楽曲 "の作成だった。
歌手を志望する私にとって、楽曲と言われてしまうとそれだけで急に敷居が上がってしまう。10メートルくらいある気がする。ただの壁。敷居の上にあるはずの、ふすまはどこへ行ったの。開けることさえもできない。
この学校に入ってからできた友達たちは、意外となんとかなりそうらしい。入学前から知り合いの先輩が面倒を見てくれそう、公式サイトのポートフォリオを見て協力する人を見つけた。
課題の発表からもう1週間が経った。締め切りまで残された時間は2週間。
私の気分は朝から最悪。気が重すぎて地面に埋まっちゃいそうなくらいの身体を引き摺って、朝ごはんのために食堂へ向かう。食べ物が喉を通りそうもないけど、でも今は暖かいスープが身に沁みる。傷口には滲みなくてよかった。
いつもは朝ごはんを一緒に食べる友達は、それぞれ協力者と時間を共にしている。今は1分1秒が惜しいのだとか。少しでもアイデアを伝えあって、課題に挑む。残された時間は少ないのだ。
先輩に面倒を見てもらうという子は、食事の面倒も見てもらってそうなのが何となく伝わってくる。毎晩頼れる女子の先輩とほぼ同棲状態だ。他の子から僻まれているのがわかってしまってちょっと居心地が悪い。
「あ、鬼柳くん……」
食堂に入ると、たまたま隣の席の男子を見つけた。
男子はあんまり得意じゃないんだけど、となりの席だったからお話をするようになった。普通の男子よりは大人っぽいし、この学校特有のクリエイターとしてのプライドみたいなのが感じられないから、一緒にいても苦にならない。
彼は今日も無料のセット。ご飯の方。トレーを持って席へ向かう所だった。
お味噌汁……。
私もご飯にしよう。日本の味を感じたい。
機械から食券を受け取って列に並ぶ。タイミングが良かったのかすぐに配膳口に辿り着いた。私もトレーを持って空いている席を探すのだけど、知っている顔で目が止まる。鬼柳くん。隣の席が空いている。
そうだ。納豆をあげよう。元々そのつもりだった。3日くらい前にも一度あげている。
「となり、いいかな? これは相席料です……」
そっと納豆を差し出す。
「え、ありがとう。これだと、お釣が出るな。漬物でいいか?」
納豆をかき混ぜながら掴みどころのない返事をする鬼柳くん。私が列に並んでる間ずっと納豆を風ていたんだね。やっぱり違う席にしようかな。
「おつりなんていいって。その代わり……ご飯ももらってくれるかな? あんまり食欲がなくて」
おかずもない。ご飯、納豆、漬物、味噌汁。納豆がなくなってしまえば、漬物と味噌汁でこの控えめに盛られたご飯を食べきらなくてはいけない。
「遠慮なくいただきます。でも本当にいいのか? ただでさえ少ない食事がさらに減ってしまう」
「遠慮してるような……。いいの。実はお味噌汁が飲みたかっただけなんだ」
ご飯茶碗ごと渡してしまい、味噌汁のお椀に口を付ける。インスタントではない、寸胴鍋で大量に作ったものだ。胃が熱を受け止める。
出汁の味と程よい塩味。
あ、ちょっとご飯食べたくなってきたかも。押し付けたご飯を、半分ちょっと取っちゃってと催促して残ったご飯を自分のトレーに戻す。
納豆を混ぜた箸でご飯を取ったのか……?
一瞬戦慄したけど、ちゃんとテーブルに備え置きにされている新品の使い捨てお手拭きで処置していた様子。というか男子に箸で取っちゃってはないよね。反省。
漬物とお味噌汁で少量のご飯を食べ、満足。
隣では納豆を啜る男。不満足。
「納豆が苦手だと、不都合があるよな」
急に切り出した納豆。じゃない、鬼柳くん。ひょ、表情に出てたかな……、いけない。
「クリエイター評価が上がると、この最低支給される食事も質が上がるのは知っているか?」
「あ、なんとなく。噂では。見た感じ、あんまりいないけど」
「評価が上がるような人間は、決まって収入もある。収入があれば自分で好きなものを買えるし、わざわざ朝から食堂に来て列に並ぶ必要もない。
仕事がない収入がないと嘆く声も聞きにくる理由もないし、そんなやつらから僻む目を向けられに来る意味もない。って話だ」
鬼柳くんはもの知りだ。こんな話を聞いた、と決まって後に付けるけど、なんだか詳しい人が知り合いにいるみたい。もしくは情報収集能力があるのか、それとも私の知らないだけで解説講座でもどこかにあるのかも。
「そもそも、俺たちのように時間を制限されていないらしい。学校内ランキングに入るようにもなると、そのくらいは便宜が利くのだとか」
へー。と相槌を打つ。
何をどうしてどれだけ販売して、どこまで稼いだか。
将来を活躍するクリエイターを養成するというのは、そのクリエイターが社会に出てからやっていけるかという観点で行われているものだ。
これは入学してからこの方ずっと聞かされている、この学校の指標なのだ。
校内ランキング。私たちのような入学したての生徒にはまだまだ縁遠いもの。少しは名が知れるようになるまではランキング外となっている。
私なんて、特にそうだ。
実績なし、才能なし、実力なし。ないない尽くしで、もはや" ないのがある "と表現した方がいいかもしれない。" ない "の結晶、
「ランキング上位ともなると、授業に出ずに食堂でステーキが無料で食えるらしいぜぇ……」
そんなこと呑気なことを言っている鬼柳くん。そんな情報どこから見つけてくるのか、そっちの方が気になってきた。
お腹を満たしたことで取り戻しつつあった元気はいずこへ。ため息を吐きながら、まずは食後の歯磨きのために教室近くの水道へ向かうのだった。
はぁ……。
*
技術のない人間は、協力することもできない。実績のない人間は、声を掛けられることもないし、対価を用意できない人間は、依頼をすることもできない。
レーベルに所属していなくて、プロデュースする人間が付いていない私のような人間は、自分で曲を用意するところからクリエイターとしての活動が始まる。
実は、私の方が少数派だったりする。
大抵の生徒は、ちゃんと入学試験にちゃんとしたポートフォリオを用意しているし、人によっては既に世間的な実績があったり、あるいはすでに名前が知られているような生徒だっている。
そんな中の、私。
ポートフォリオとしてサイトに提示されているものと言えば、有名ボカロ曲をカバーした音源。
カバー曲。もうこの時点でクリエイターとしての評価は減点となってしまう。カバー曲が悪いとは言わないけど、周りを見れば原因は明らか。大抵の歌手志望生は、それぞれオリジナル曲を提出している。
つまり。つまってしまうところ。
私は曲に頼らずに勝負できる歌声を持っている強者か、
オリジナル曲を用意することもできない弱者、
このどちらかなのだ。
もちろん後者。証拠に、ひとつたりとも合作の声は掛かっていないし、苦しいことに断られてさえいる。
これが、私の現状。
卒業までの三年間、無名のままを過ごして無駄にすることが、すでに突きつけられている――。
「課題の締め切りまで丸2週間だ。教師としてアドバイスできることは、レコーディングスタジオはちゃんと押さえること。機材の貸し出し申請を怠らないこと。
編集時間、そして販売サイトに登録する時間を考慮することだ。それらを見据えて課題作成を進めるといい」
教師の言葉も意味をなさない。だって私は――
「現状で、チームを組めていない生徒が何人かいるようだが――
――あまり創作を舐めないことだ。
お前1人ができることが、その道のスペシャリスト複数人による成果物と競うことができるのか、よく考えろ」
こちらを見ている気がする。私に言っている気がする。
だってそう。私だ、私なのだ。何もない私が、ただ独り、ここにいるだけ。
「まぁ――無理だよな、冷静に考えて」
呟いた声が耳に入る。隣の席、鬼柳歩夢くんだ。
そうだ、無理だ。無理なのだ。
「な、五条史華はもう誰かと組んでいるのか?」
「……へ?」
教師が話を続ける中、内緒話でもするように鬼柳くんが身体を傾けた。
「他に頼める人間が今の俺にはいない。まったく、全然、誰一人として。俺が歌ったところで、あの偉そうな先生の言う通りスペシャリストには敵わない」
鬼柳くん。鬼柳歩夢。一応、公式サイトは確認した。硬派なJ-popを提出していた、シンガーソングライター。
「俺は作曲家だ。どうしても、どうやっても今から歌は仕上げられない。じゃあ仕方がない、誰かに頼むのが手段だ」
*
帰りのホームルームが終わるなり、ちょっとついて来いやとでも言うように鬼柳くんがこちらを見たので、私も頷いた。
場所を変える。次第に生徒の喧騒が満たしていく教室から離れて、少し人気のない校舎の隅へ。
「そんなわけで、歌ってくれる人を探そうと思うんだ。五条史華。俺の歌になってくれないか?」
なんかプロポーズみたいな言い方になってるけど、それは置いておいて。
「え、でも……。私のポートフォリオ、見てないの……?」
「見た。もう誰かと組んでるよな。そこを何とか、頼めない? もちろん今組んでる方を優先していいから。俺もポートフォリオのやつよりはもっとマシなもの、作るよ」
「そ、そうじゃなくて……」
思いもしない、申し出。思わぬところから差し伸べられた、救いの手。
喉から手が出るほどに、その手を取りたい。
「まだ、誰とも組んでないよ」
「本当? じゃあ組もう。依頼料は……すぐには用意できないけど、いつか返す」
「いらないよ、そんなの。私も、誰とも組めなくて困ってるし。鬼柳くんこそ、いいの? 私の方だって、お金とか、ないよ」
胸が苦しいほどに、高鳴っている。
この機会を逃せば、私はこの課題をクリアすることができない。言葉は、慎重に選ばなくては。
そして言うのだ。私の内心も知らずに、鬼柳くんはまたいつものように、掴みどころのない不敵な嗤いを浮かべて、言うのだ。
「五条史華がいらないなら、俺だって依頼料はいらないだろ。まあでも、あれだ――
――食堂で納豆をもらっているからな。そのお釣りだ」