上位存在のクソデカ師匠に生まれ直しを迫られてる 作:上位存在って総じてエッチだよね
次の日。
俺は当たり前のように師匠の家で過ごし、当たり前のように登校するために師匠の家を出ていた。
背には通学鞄と、そして鞄には到底入りきらないほどの大きさを持つ重箱。
スーツケースが二つ入りそうなほど大きいし、いろんな意味で重い。やはり体がでけえと全部のスケールがでかくなるのだろうか。
「嫉妬心でもあるのか、ないのか分かんないなあの人」
重箱の中身は師匠が丹精込めて作ったらしい弁当であり、明らかに月城さんへの対抗心からの贈り物だった。
師匠からは『愛をこめてつくったので、月城とか言う小娘の前で広げて食べてネ☆』という有難い言葉を貰ったのだが……。
「しかしなあ。向こうがせっかく用意してくれたんだし、どうするべきか」
月城さんが裏では『え、弁当?まさか本当に用意してくるとでも思ったの?(笑)』とか宣う性格でない限り、用意しているだろうし。
誤解とはいえ、せっかくのご厚意を無下にするわけには行かない。
それと同時に、師匠の厚意も無下にしてはならない。
というかぶっちゃけこっちの方が問題ありだ。
もし弁当を食わなかったら、どうなるか分かったものではない。
もしもの未来を予期してしまったことで、俺は背筋を震わせる。
月城さんの前で食べろってのが、より面倒だ。
隠れて食うにもどうせバレるし。
「外聞と命。まったく、どちらも取らないといけないってのが大変だな。ま、試練だと思うことにするか」
とりあえず、俺が取ったの選択は先送り。
一旦考えないようにして、学校に行くため山を下りることにした。
時間が空けばきっと良い選択肢も見つかるかもしれないから。
見つかって欲しいな。多分叶わない願望だけど。
「あー、瞬間転移でもできれば楽なんだが」
崖の下を見る度、憂鬱になる。
師匠の家は雲が発生する高度よりもさらに上。
「紐無しバンジーなんて、今時流行らないぞ」
俺は軽くつま先を地面に叩いてから、崖を飛び降りる。
最初のころはビビって師匠の腰にしがみついていたが、今では呼吸を行うくらい容易い行為だ。
ただ、なんとなく嫌なだけで。
決して怖くないが、決して一ミリも怖くなんて無いが、この時ばかりは憂鬱になる。
「っと」
落下時間にして大体一分くらいだろうか。
ほどなくして、ふわりと俺は地上に降り立った。とはいってもまだ山の中ではあるが。
「うーん、やっぱどうするかなあ。流石に月城さんの目の前で食べたらヤバい奴だし。孤立しそうだし」
落下する間に現実逃避は済ませてきた。
学校にたどり着くまでに解決方法を編み出しておかないと。
「邪魔」
『マシ?マシマシ?マッ』
俺は思索を巡らせながら無造作に片腕を薙ぎ払い、進行方向に立っていた謎の言語を話す化け物を屠りつつ、山の中を駆け抜けていく。
「うーん、隠す……うーん……あ!」
その時、俺に電流落ちる。
名案名案大名案。これならば、師匠と月城さん両方に対応ができる。
「はーっはははははははは!俺は天才だあああああああ!」
もし、この山に化け物以外の誰かがいたのなら。
狂気乱舞しながら重箱を背に持って走る俺を、化け物と称するだろう。
まあ、この山に人がいるわけないんだがなガハハ!。
「……ひぇ、ばけもの。にんげんのきょうき、こわい。ひえぇ」
しかし、悲しいことに。
俺の姿を目撃していた少女が実際にいた。
油断もあり当時の俺が気付くことはなかったが、それは確かにいたのだ。
◆◇
昼休み。
無事にミッションをクリアした俺は月城さんの弁当を喰らっていた。
「美味い、美味い、美味い!高級な味がする!」
「えと、市井のものと大差ないはずだけれど」
「うおおおおん、うおおおおおん、うまいよおおおおお!」
「ちょっと、落ち着いて!?」
時には涙さえ零しつつ、月城さんが用意した弁当を食べ進めていく。
美味いのは当然だが、ここまでオーバーリアクションに見えるのは俺の喜びによるところが大きい。
「この味はぁぁ、達成感の味だあああああ!」
師匠のオーダーは、月城さんの前で重箱を広げて食うこと。
そう、月城さんの前で食いさえすればよいのだ。
彼女や、他人の認知は必要としていない。
つまり彼女の前でバレないように食えばオーケーというわけだ。
昭和にあったといわれる早弁文化と似ているかもしれない。
俺が採ったのは認識の阻害。
昨日師匠が俺にやった催眠の劣化版だ。
催眠のように記憶を良いようには弄れないが、指定した事象を極限まで気付きにくくすることができる。
いわば過去まで変えられる催眠に対し、認識の阻害は現在のみを変える。
師匠の飯を食べている俺という認識を阻害し、普通に授業を受けている俺という認識に変更した。
これならば堂々と月城さんの目の前で飯を食ってもバレないというわけだ。
……まあ、胃袋は死にかけたが。量多すぎだぜ師匠。
頑張って昼休みになるまでにある程度は消化したから、月城さんの飯はギリギリ食える。
かくして俺は、命も外聞も守ることができたわけだ。
「うんめえええええええええ!努力、勝利、友情!」
俺が過度に反応し続けていると、ずっと観察し続けていたクラスの人々が口々に感想を言い合う。
「月城さんのお弁当。そんなにおいしいのかな?」
「ああ、めっちゃ気になる」
「ペロペロしたい」
「俺の弁当いるか?」
変な奴がいた気がするが、まあ今の俺には気にならない。
喜びの味を今は堪能するとしよう。
「ああ、そうだ。用意してもらって申し訳ないんだけれど、言っておくことがあるんだ」
「ええと、何かしら?」
俺は口に運んだ料理を飲み込んでから、ひきつった笑いを浮かべている月城さんに言った。
多分、笑みが引き攣っているのは変な奴のせいだろう。
「俺は別に生活に困窮しているわけではないんだ。本当に。金持ちというわけではないけど、平凡な暮らしは出来ている」
「でも、なんであの時雑草を?」
「ああ、あれは趣味だ」
「趣味……趣味!?」
月城さんの引き攣り具合が一段と酷くなった。
ミスった。
「嘘。雑草を食ったのは……そこにあったから」
「そこにあったから!?」
ミスった。二回目。
この際、仕方ない。このまま押し通す。
「まあ、だから気にしなくて良い」
「いや、気にすると思うのだけれど」
「心配なら、明日弁当を見せる。それなら、君の心配も解けるだろう?」
「まあ、それなら」
俺は昨日彼女がしたように、頭を下げる。
謝罪の意味合いではなく、感謝として頭を下げた。
「とはいえ、ありがとう。お弁当美味しかったよ」
「あ、ありがとう?」
「この恩は、いつかきっと返す」
今日の思い出。
飯が旨かった。
◆◇
「……私は、あの小娘の前で食べて格の違いを思い知らせたかったのですが……まったく、我が弟子にも困ったものですね」
一部始終を家のテレビで見ていた葵の師匠は、ため息を吐く。
葵のした行動は百点だったかもしれないが、彼女にとっては零点だ。
とはいえ、言葉足らずだったのも事実。
この件についてとやかく言うことはできなかった。
「まあ、でも?私のお弁当美味しく、いっぱい食べてくれたことだけは?もう百点?いや一億点?無限に点数上げちゃいますがね?ふふ」
彼女はにへら、とだらしなく表情を緩め、機嫌良さそうに足をぷらぷらと揺らしている。
「ああ、今日我が弟子が帰ってきたら何をしましょうか?褒めて、よしよししてあげましょうか?それともそれとも……あぁ、もうすでに待ち遠しい。一分一秒、瞬きの時間すら惜しい。愛おしくて、たまらない!」
自分自身の身体を抱く彼女は、恍惚に頬を染めている。
唇に人差し指の先を当てて、艶めかしく言った。
「生まれ直させて、欲しい」
葵は何度も拒否しているものの、彼女の願望は変わらない。
「——きょうき、ここにもあり」
「あら?」
いつの間にかに、少女が立っていた。
葵よりもなお小さい、七、八歳くらいの小柄な少女の外見。
山の神である彼女と比較すると、少女はあまりにも小さかった。
しかしその身に内包する気配は山の神と同様のものであり、人が上位存在と呼ばれるものこそが彼女の正体だった。
麦わら帽子に白のワンピース、虫かごに虫取り網という田舎のわんぱく少女といった風貌。
舌ったらずな口調が特徴的だ。
「これは夏。久しぶりですね、二百年ぶりくらいでしたっけ?」
「いな、さんびゃくとごねん」
「そんなに経っていたのですねえ」
突然の来訪者に対し、朗らかに山の神は笑っている。
山の神と、彼女が夏と呼んだ上位存在の二人は旧知の中であるということが分かる。
「むだにでけえから、じかんのかんかくもおかしくなってる?」
「でかくないです。時間間隔がズレたのは……そうですね、ふふ」
「わらってる、こわい。あと、でけえ。むねがでけえ。けつもでけえ。ぜんぶでけえ。よこせ」
「最近、時間が過ぎるのが本当に早いのですよ」
夏の嫉妬は無視し、山の神は喜ばしいことのように自分の事だけを話す。
「我が弟子は、本当に可愛らしい。我が弟子と共にあるだけで、長かったはずの時間が一瞬で過ぎていくのを感じます」
「へえー」
夏はどうでも良さそうな無表情。
だが、彼女の無表情は今に始まったことではない。デフォルトで無表情なのだ。
度々仲良くしている山の神でさえ、夏が無表情を崩しているのは数度しか見ていない。
「それで、何をしにここに?」
「むしとり」
「貴方は相変わらずですね。でもわざわざ私のところまで来るなら、まだあるのでしょう?」
夏は首肯。
表情を変えず、ただ言った。
「やべえやつがいた。こわかった」
「んん?」
「なんか、きせいあげてはしってた。なつ、にげた」
「はあ……?」
注視してみれば、夏の身体は小刻みに震えていた。
表情は全くの無表情なものの、身体だけは反応を示している。
何か、それほど怖いものにでもあったのだろうか。
上位存在である夏を怖がらせるだなんて、一体何を見たのだろうかと山の神は訝しむ。
「あとは、そう。あれだ」
「あれ?」
夏は目を細めて下を指差して言った。
「ふゆが、ちかくにくる」
「……冬が?」
冬。それは、全ての終わりを告げる存在。
一年の終わりを告げる季節が、来訪しようとしていた。
「何が目的ですかね?」
「さあ?あいつはあたまおかしいから、あまりあいたくない」
「まあ、同意見ですが」
夏は周囲を見回して、また目を伏せる。
少し見ない間に、様変わりした住処。キッチン、食器、ゲームに、何から何まで。
もっといえば他者の……人間の痕跡があることに夏は気づいていた。
「それで、うまれなおしをさせたいってのは」
「はい」
「しょうき?」
がたがた、と突然地震のように家全体が揺れる。
コップが落ち、ガラスが割れ、階段が軋む。
それらはすべて、夏が醸し出す異様な圧が原因だった。
その圧を一心に受ける山の神は、にんまりと満面の笑みを浮かべて、頷いた。
「ええ、もちろん」
「………おまえ、いったい、なにをかんがえてる」
「あの子と一緒にいたい、ただそれだけです」
夏は初めて表情を歪めて、嫌そうに言った。
「おまえ、こわい」
「それほどでも」
むしとり