翌朝、少年は五時四十分過ぎにはガレージの前にいた。
六時集合だと言っておいたはずなのだが、シャッターを開けると、新品らしいライディングジャケットに昨日見たばかりのグローブ、足元にはくるぶしまで覆うブーツ、さらに真新しいヘルメットまで抱えた少年が、待ちきれないとでも言いたげにこちらを見ていた。
「早いな、少年」
「姉ちゃんが遅えんだよ」
「集合は六時だ」
「初めて自分のバイク乗る日に、時間ぴったりで来る奴いるかよ」
「ここに」
「姉ちゃんは初めてじゃねえだろ!」
朝からよく声が出ている。
耳もぴんと立っているし、尻尾も本人が気づかない程度に揺れているので、今日を楽しみにしていたことはわざわざ確認するまでもない。
「眠れたか」
「寝た」
「そうか」
「なんだよ」
「いや。楽しみすぎて寝なかった、とでも言い出したら今日は乗せないつもりだった」
「そんなことするかよ。今日乗るの分かってんだから、寝れなくても寝るだろ」
「それでいい」
「レース前だってそうだったしな」
それもそうか。
考えてみれば、何万人もの観客が待つGⅠの前日に自分の身体を整えてきた少年である。楽しみで多少寝つきが悪くなるくらいのことはあっても、翌日のために眠るという自己管理そのものは、私よりよほど身体へ染みついているのだろう。
「じゃあ点検するぞ」
「昨日やっただろ?」
「昨日問題がなかったことと、今日問題がないことは別だ」
「毎回見るの?」
「簡単にはな」
昨日と同じようにカバーを外すと、黒とガンメタリックを基調にした四百が朝の薄い光の中へ姿を現し、少年は昨日散々眺めたはずなのに、初めて見たときのような顔でしばらく車体を見つめていた。
「やっぱカッケえな……」
「昨日も同じことを言っていたぞ」
「朝見ると違うんだよ」
「そういうものか」
「姉ちゃんだって自分のバイク見るだろ」
「見る」
「ほら」
否定できない。
二人で車体の周囲を回りながら、タイヤ、空気圧、チェーン、灯火類、ブレーキ、オイル、燃料と一通り確認していき、その都度、少年にも見る場所を教えると、面倒がるどころかかなり真剣にしゃがみ込んでいた。
「こういうの毎回自分でやんだろ?」
「全部を細かく見るわけではないが、最低限はな」
「それもカッケえよな」
「点検に格好いいも何もない」
「分かってねえなあ。自分のバイクのこと、自分でちゃんと分かってんのがカッケえんだよ」
「そういうものか」
「そういうもんだ」
少年の言う格好いいという言葉は昔から範囲が広い。
速いものも格好いい。
大きいものも格好いい。
自分で機械を直せることも格好いい。
約束を守ることも、危険なことを危険だと理解してやらないことも、本人なりには同じ「格好いい」の中に入っているらしい。
悪い価値観ではないと思う。
私も自分の大型をガレージから出した。
少年の四百と並べると随分と大きく、太いタンクもエンジンもタイヤも、何もかも一回り以上違う。
「やっぱ姉ちゃんのデケえな」
「大型だからな」
「いつかオレも大型取る」
「まず四百をまともに扱えるようになってからだ」
「分かってるって」
そう言いながら、少年は二台を交互に眺めている。
昔は私の一台しかなかった。
少年はいつもその横にしゃがみ込み、エンジンを覗いたり、これは何だ、あれは何だと質問したり、熱いから触るなと言われたマフラーへ何度も手を伸ばしては止められたりしていた。
今日はその隣に、少年自身の一台がある。
「さて」
ヘルメットを被る。
「行くか」
「おう!」
「少年が前だ」
「……やっぱオレが前なんだな」
「初心者を後ろに置いて、私についてこさせる方が危ない。お前が自分の速度で走れ、私は後ろから見る」
「分かった」
返事はしたが、さすがに少し緊張しているらしい。
少年は自分の四百を一度見てから、ゆっくり息を吐いた。
「怖いか」
「ちょっとな」
「それでいい」
「カッコ悪くね?」
「何も怖くない初心者の方がよほど怖い」
「……そっか」
「それに、何かあれば私が後ろにいる」
少年がこちらを見る。
「分かんなくなったら止まればいい。道を間違えたところで死にはしない」
「……おう」
「だから行け、少年」
「だから少年って呼ぶなって!」
文句を言いながらエンジンをかけた。
二気筒の低い排気音が朝のガレージに響き、少し遅れて私の大型も目を覚ます。
少年が先に道路へ出る。
その背中を見ながら、私は少し妙な気分になった。
今まではずっと逆だった。
小さな少年を後ろへ乗せ、私が前を見る。
少年は私の腰やジャケットを掴み、停まるたびに次から次へと話しかけてきた。
『なあ姉ちゃん、今のバイク何?』
『知らん』
『姉ちゃんより速い?』
『車種による』
『姉ちゃんのがカッケえけどな!』
『そうか』
少し大きくなれば質問も変わった。
『なんで曲がるとき傾けんだ?』
『傾けないと曲がれないからだ』
『もっとちゃんと説明しろよ!』
『説明しても今のお前には分からん』
『分かるって!』
さらに大きくなると、自分で雑誌や本を読み始めたのか、排気量やエンジン形式やブレーキの話までし始め、私が整備をしている横で勝手に椅子へ座り、知ったばかりの知識を得意げに披露するようになった。
その少年が今は私の前を走っている。
最初の交差点を左折する。
多少ぎこちないが、安全確認はしっかりしているし、必要以上にアクセルを開けることもなく、曲がる前にはきちんと減速し、横断歩道にも視線を向けている。
むしろ思っていた以上に慎重だった。
レースでは時速七十キロを超える速度で、生身の身体一つで集団の中を走っていたウマ娘である。
速度そのものへの恐怖なら、普通の初心者より遥かに薄いはずだ。
だから少し心配していた。
自分自身が速く走れるために、機械で出す速度まで軽く見てしまうのではないかと。
どうやら杞憂だったらしい。
競走場なら、一緒に走っている全員が同じ方向へ向かって走る。
コースも決まっている。
信号もない。
横から自転車が出てくることもなければ、前を走る車が急に曲がることもない。
だが公道は違う。
少年はその違いをきちんと分かっているらしく、レースで見せていたような思い切りのよさをそのまま持ち込むことなく、周囲の車や歩行者をよく見て走っていた。
いいことだ。
速く走れる者が、速く走らない判断をできる。
私はそういう方が格好いいと思う。
もっとも本人へ言えば、しばらく調子に乗るので今は黙っておく。
ただし、一つ気になる。
一度。
二度。
三度。
やたらとミラーを見る。
赤信号で隣へ並び、私はシールドを少し上げた。
「少年」
「なんだよ」
「前を見ろ」
「見てるよ」
「さっきからミラーばかり見ている」
「…………」
「私は消えないぞ」
「分かってるって」
「なら前を見ろ」
少年は少し黙ってから、気まずそうに視線を逸らした。
「……ちゃんといるか確認してんだよ」
「いるに決まっているだろう」
「…………」
「何だ」
「いや」
信号が青になる。
「なんでもねえ」
それからは、ミラーを見る回数が少し減った。
住宅地を抜け、交通量の少ない郊外へ入り、さらに緩やかな山道へ向かう。
初日の初心者を連れていくのだから、急な峠へ行くつもりはない。見通しの悪い場所も少なく、カーブも穏やかな道を選んでいるが、それでも教習所の決められたコースではなく、自分で速度を選び、自分で曲がる位置を決める最初の道である。
少年はやはり慎重だった。
直線になったからといって必要以上に速度を上げないし、後ろに私がいるからと見栄を張る様子もない。
曲がる前にはきちんと速度を落とし、出口を見て、それから少しずつアクセルを開ける。
肩には多少力が入っているが、初日ならそんなものだろう。
それ以上に、楽しんでいるのが後ろからでも分かった。
信号や交差点で停まるたびに尻尾が揺れているし、カーブを一つ綺麗に抜けるたび、ほんの少しだけ身体が弾んでいる。
昔から分かりやすい。
少年を初めて遠出へ連れていったのは、小学校へ上がって少し経った頃だった。
それまでは近所を回る程度だったが、ある日、家族の許可をもらって山の向こうにある湖まで連れていった。
道の駅で休憩すると、少年はバイクより売店のソフトクリームへ夢中になり、私にも食べろとしつこく勧めてきた。
『姉ちゃんも食えよ』
『いらん』
『うめえぞ』
『分かったからこぼすなよ』
『こぼさねえって』
その直後、私のジャケットへ落とした。
『…………』
『…………』
『少年』
『ごめん!』
あのときだけは、耳も尻尾も見事なほど垂れていた。
水場を探して、二人でジャケットを洗った。
中学生になる頃には、後ろで騒ぐことも少し減り、代わりに景色を見るようになった。
信号で停まったとき、不意に、
『姉ちゃん』
『なんだ』
『これ、やっぱ気持ちいいな』
と言ったことがある。
あの頃にはもうトレセン学園へ進むことも決まっていて、少年は競走の話をするたび目を輝かせていた。
私は競走ウマ娘の世界には詳しくない。
それでも少年が楽しそうにしているなら、それでよかった。
やがて少年はGⅠを勝った。
一つではない。
何度も勝った。
特に府中では、後世まで名前を残すだろうと言われるほど走った。
何万人もの観客から名前を呼ばれ、街を歩くだけでも気づかれるようになった。
それでも大きなレースが終わり、少し時間ができれば私のところへ来た。
『姉ちゃん、日曜空いてる?』
『仕事次第』
『どっか走ろうぜ』
『どこへ』
『どこでもいい!』
『一番困る答えだな』
後ろへ乗せれば、何万人から歓声を浴びるGⅠウマ娘も昔と大して変わらなかった。
一度、大きなレースを勝った直後に山へ連れていったことがある。
休憩所で炭酸を飲みながら、
『この前のレース見た?』
と聞いてきた。
『見た』
『どうだった?』
『速かった』
『それだけかよ!』
『勝っただろう』
『もうちょいあんだろ! カッケえとか!』
『格好よかったぞ』
『……そっか』
それだけで随分満足そうだった。
昔から褒められたがりだった。
いや。
私に褒められたがりだったのかもしれない。
山の中腹にある展望駐車場へ入る。
少年が慎重に枠へ停め、エンジンを切ったので、私も隣へ停めた。
ヘルメットを脱いだ少年はこちらを見るなり、待ちきれない様子で聞いてきた。
「どうだった?」
「かなりいい」
「マジ?」
「ああ。安全確認もできているし、無茶に速度を上げない。周囲もよく見えている。ただ、肩には少し力が入りすぎているから、もう少し腕を楽にしろ」
「そこまで分かんの?」
「後ろから見ていたからな」
「……そっか」
「それと」
「ん?」
「公道で調子に乗らなかったのは偉い」
少年が少し意外そうな顔をした。
「調子に乗ると思ってたのかよ」
「少し」
「オレだって分かってるって。レースと違うんだから」
「そうだな」
「速度には慣れてるけど、それとこれとは違うだろ。こっちは車もいるし、信号もあるし、歩いてる奴もいるし」
「よく分かっている」
「つーか、バイクで事故ったらバイク壊れんじゃん」
「そこか」
「そこもだよ!」
笑った。
やはり分かっているなら、それでいい。
「少年」
「なんだ」
「格好よかったぞ」
「…………」
「運転」
「……急に言うなよ」
「褒めろと言うから」
「今は言ってねえだろ!」
自動販売機へ行くと、少年はいつもの炭酸へ手を伸ばしかけて、隣のコーヒーへ視線を移した。
「無理をするな」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「顔に書いてある」
「飲めるし」
「昔、一口飲んで苦いと言っていた」
「何年前の話だよ!」
「記憶力は悪くない」
「そういうのばっか覚えてんなよ……」
結局、微糖を買った。
一口飲んで黙る。
「苦いか」
「……ちょっとだけ」
「炭酸にしておけばよかったな」
「でも飲める」
「そうか」
「姉ちゃんと同じの飲みたかったし」
「私はブラックだぞ」
「そこはまだいい」
「そうか」
何がいいのかは分からない。
柵の向こうに広がる景色をしばらく眺めたあと、再び走り出した。
少年は休憩前より少し肩の力が抜けていて、カーブも滑らかになっていたが、それでも速度を上げようとはせず、後ろから速いバイクが来れば安全な場所で先へ行かせ、追い抜いた相手が手を上げると、慌てて自分も左手を上げ返していた。
それだけで随分嬉しそうだった。
昼前には山を下り、昔からある小さな食堂へ入った。
「ここ覚えてるか」
「来たことある?」
「ある。少年が十歳くらいの頃だ」
「覚えてねえなあ」
「大盛りのカレーを頼んで半分で腹いっぱいになった」
「……あ」
「思い出したか」
「姉ちゃんにめちゃくちゃ怒られたやつだ」
「食べきれないものを頼むからだ」
「残り姉ちゃんが全部食ったよな」
「食べ物を捨てるのは嫌いだ」
「今なら大盛り食えるぜ」
「午後も乗るぞ」
「……普通にする」
「成長したな」
「だろ?」
得意そうに笑う。
確かに成長した。
身体は大きくなった。
大きなレースをいくつも勝った。
自分の限界も、無茶をしてはいけない場面も、昔よりずっと分かるようになった。
ただ、カレーを前に嬉しそうにしている顔だけ見れば、昔とさほど変わらない。
「なあ姉ちゃん」
「なんだ」
「オレが引退したの、どう思った?」
突然だった。
「どうとは」
「もっと走ってほしかったとか」
「少年が決めたことだろう」
「そうだけど」
「なら、それでいい」
「……そっか」
「走りたくなればまた走ればいいし、別のことをしたければすればいい。今まで十分走ったのだから、しばらく何もしなくてもいいだろう」
「姉ちゃんって、その辺あっさりしてるよな」
「何をしていても少年は少年だからな」
「それはいい加減やめろ!」
「未成年だろう」
「十六だって!」
「少年ではないか」
「その理屈いつまで使う気だよ!」
「便利だからな」
「認めやがった!」
昼食を終えて外へ出る。
当初なら、このあとは少し遠回りをしてガレージへ戻るつもりだった。
初日のツーリングなのだから距離を稼ぐ必要などない。
しかし少年は疲れている様子もなく、店を出た瞬間にまた自分のバイクへ目をやっている。
「少年」
「なんだ?」
「まだ走れるか」
「全然」
「本当に?」
「無理なら言うって」
「それもそうか」
「どこ行く?」
少し考える。
「海でも行くか」
一瞬で耳が立った。
「行く!」
「即答だな」
「姉ちゃんと海まで走るの、久しぶりだろ」
「そうだな」
「じゃあ決まり!」
午後は山を離れ、海の方角へ走った。
長い直線を抜け、小さな町をいくつか通り、川沿いの道へ出る。
少年は相変わらず前を走っていたが、朝よりずっと自然にバイクへ乗っていて、信号待ちのたびにミラー越しにこちらを見る癖だけは残っていた。
今度は注意しなかった。
確認して満足するなら、それでいい。
途中の休憩では自分のバイクを眺めながら、なぜか私にその格好よさを延々説明してきた。
「このタンクの色、めちゃくちゃいいよな」
「私が決めた」
「このラインも」
「私が決めた」
「このマフラーの角度もカッケえ」
「それも私が決めた」
「なんで全部知ってんだよ!」
「作ったのは私だ」
「分かってるけど!」
随分気に入ってくれたようなので、苦労した甲斐はあった。
しばらく走ると、風の中へ少しずつ潮の匂いが混じり始めた。
少年も気づいたらしく、信号で横へ並ぶとシールド越しにも分かるほど嬉しそうな顔をしている。
「もう近い?」
「ああ」
「やった」
「はしゃぐなよ」
「はしゃいでねえって」
「耳」
「関係ねえ!」
やがて建物の隙間から海が見えた。
少年がほんの少しだけそちらへ顔を向ける。
昔も同じだった。
初めて海へ連れてきたとき、海が見えた瞬間に後ろから肩を叩かれた。
『姉ちゃん! 海!』
『見れば分かる』
『でっけえ!』
『海だからな』
波打ち際まで走っていき、靴を濡らして、帰り道で足が気持ち悪いと散々文句を言われた。
海沿いの小さな駐車場へ二台を停める。
エンジンを切ると、それまで排気音に隠れていた波の音が急に近くなった。
「着いたな」
「おう」
「疲れは?」
「ちょっとある。でも楽しい方が全然でけえ」
「ならいい」
ヘルメットを置き、二人で砂浜へ降りる。
少年は昔のように波へ向かって走り出したりはせず、少し先まで歩いて海を見たあと、振り返ってこちらを待っていた。
「姉ちゃん、遅えぞ」
「砂の上を走る必要がない」
「年寄りかよ」
「もう三十近いからな」
「まだ二十代だろ?」
「少年から見れば十分年上だ」
「だから少年じゃねえって」
隣へ並ぶ。
午後の陽はすでに少し傾き始めていて、まだ夕暮れには早いものの、水面の光は昼より柔らかくなっていた。
「綺麗だな」
少年が言う。
「ああ」
「昔もこうやって来たよな」
「何度かな」
「そんときは姉ちゃんの後ろだった」
「そうだな」
少年が砂浜へ腰を下ろす。
私もその隣へ座った。
駐車場には二台のバイクが並んでいる。
今までは一台だった。
「なあ、姉ちゃん」
「なんだ」
「今日、変な感じしなかった?」
「何が」
「オレが前走ってんの」
「ああ」
「した?」
「した」
「やっぱり?」
「ずっと後ろにいた少年が前にいたからな」
「……そっか」
「随分大きくなったとは思った」
「今さらかよ」
「今さらだな」
少年が少し笑う。
「オレは逆だった」
「何が」
「今まで姉ちゃんの背中ばっか見てたから」
「ああ」
「今日はミラー見ると姉ちゃんがいた」
「だから朝は見すぎだった」
「そこじゃねえって」
「では何だ」
「……なんつーか」
珍しく、言葉に詰まった。
「今までずっと姉ちゃんについてってたけど、今日からは一緒に走れんだなって思っただけ」
「そうだな」
「これからも?」
「少年が事故を起こさなければな」
「起こさねえよ」
「なら何度でも走れる」
「……そっか」
少年が海を見る。
私も海を見る。
昔は私の背中へ掴まっていた。
今は隣に自分のバイクがある。
それだけのことなのだが、思っていたより感慨深い。
「姉ちゃん」
「なんだ」
「また行こうぜ」
「どこへ」
「どこでも」
「一番困る答えだな」
「じゃあ次はオレが決める」
「そうしろ」
「姉ちゃんも来いよ」
「仕事がなければな」
「仕事あっても空けろ」
「横暴だな」
「たまにはいいだろ」
「考えておこう」
「絶対来い」
「しつこいぞ、少年」
「少年じゃねえ!」
波の音に負けないくらい大きな声が砂浜へ響いた。
私は笑う。
少年も不満そうな顔をしたあと、すぐに笑った。
まだ陽は高い。
帰るには少し早い。
少年も、もう少しここにいたいらしい。
なら、しばらく付き合ってやればいい。
昔から私は、この少年には少し甘い。